というわけで、安倍晋三さんが政権に就くにあたって国内の経済改革で根本問題であった社会保障費の未来を占う「全世代型社会保障検討会議」なるものの設置が決まり、9月20日にその第1回の会合がありました。

国民年金制度はもう限界…?!
高齢者向けの社会保障費は削減の方向に進んでいる

先に結論を書いてしまいましょう。つまり、本件は「高齢者向けの社会保障費はこれ以上払えないので削減しますよ」という話です。

無理もないんですよね。そもそも年金制度が始まったころは、国民の平均寿命も60歳代、55歳定年から10年も経たずに概ねの日本人は皆亡くなる時代です。

この国民年金制度は、高齢者の増加にともなって、以下のように変遷してきました。

国民年金制度の変遷
1961年
国民皆年金の体制が実現
1985年
中曽根康弘政権で、全国民共通の基礎年金制度による大改正が実施
2004年
マクロ経済スライドが導入

年金制度に関する変遷で良く議論になるのは「サザエさんで、一家の大黒柱である爺さん然とした波平さんは『54歳』という設定である」という話です。

妻のフネさんは50ン歳(公式ホームページより)。サザエさんの連載開始は1941年、テレビアニメの開始が1969年であることを考えると、その当時の高齢者とはどのくらいの年代であったのか垣間見えようというものです。そこから、ずいぶん日本も変わりました。

「公平性」を唱える安倍政権は本末転倒ではないか…
生活保護世帯が増えて国の財政は圧迫される

高齢者、勤労世帯、出生率といった激変する日本の人口構成の変化にあわせて、概ね一貫して社会保障の公平性や安定性を求めて改革が続けられていくなか、安倍さんは「全世代型」というキーワードを提唱しています。

「これから生まれてくる赤ちゃんにも、いま働いている人たちにも、子育て世代のお母さんや失業者にも社会保障を行き渡らせるためには、社会保障を高齢者のためだけに照準を合わせて制度が固定化してはだめだ」という結構強烈なメッセージを投げかけていたというわけです。

ただ、それを直接言ってしまうと、なにぶん政治の世界ですので政権が持ちません。「高齢者向けは切り下げる」というのではなく「赤ちゃんから傷病者、失業者にも手厚く」という言い方になるのです。物は言いようというか。

ただ実際には、特に介護や年金の水準を下げ、高齢者の負担率引き上げの方向で高齢者への給付を減らす方向で動く場合は、機能しなくなる恐れがあります。これは結果として、高齢者を介護する家庭への負担が大きくなったり、年金では生活の成り立たない高齢者や傷病者が生活保護世帯になってしまったりするためです。

お金のない世帯は本当にどうしようもないので、医療負担がゼロの生活保護になってしまうと、結局はそういう人たちの社会保障を年金制度以外のところで国家・社会が負担するということになってしまいます。

「70歳まで就労」が当たり前の世の中に
あわせて年金支給の収入・所得制限が変化する予想も…

さらに、今回の会議では企業に対し、日本人の就労機会を70歳まで延長するよう求めるという内容が盛り込まれそうです。

漫画『サザエさん』の波平さんを見てもお分かりの通り、確かに昔の55歳は相当な高齢者であり、引退待ったなしという前提で社会制度が成立していました。しかし今の日本では、70歳以上の就業率は14%ほどで、70代男性では30%近くがまだ現役で働いています。

70歳を過ぎても働きたいという健康な日本人は少なくない一方、年金の支給制限になるような高い報酬を得られる仕事は忌避する傾向にあります。そのため社会保障の制度改革で、このような収入・所得制限を年金支給においては撤廃するべきかどうかも話し合われるんじゃないかと思います。

年金がもらえなくなったり、減らされたりするぐらいなら、働いて得られる給料を減らそうという高齢者もそれなりにいるはずです。そう考えれば、高齢者の勤労意欲を湧き立たせるためにも、「働いていても、年金はきちんともらえますよ」という制度設計が必要だということでしょう。

で、元気な高齢者がまだまだ活躍できるような社会にするというのは実に素晴らしいことなわけですが、問題は、働けなくなった、あまり健康ではない高齢者です。

健康寿命と平均寿命の差が、実際には社会保障制度の負担率においては常に問題になるのですが、2018年発表の健康寿命と平均寿命の差は、男性で約8年、女性で約13年あります。

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出典:『平成30年版高齢社会白書』(内閣府) 時点

あくまでこれは平均ですので個人差がとても大きいデータではありますが、裏を返せば概ねこのぐらいの年数を、日本人は「家族らの支えがあったり、社会保障の介護や医療の恩恵を受けながら余生を過ごしている」ということになります。

少子化の原因は出生率の低下ではない?
子育て世代への給付は少子化対策として有効なのか

そして、この健康ではない高齢者層にこそ、年金や医療、介護の負担部分が詰まっています。そのため、男性で72歳まで健康、女性で74歳まで健康だとするならば、制度的に「おい、元気なら70歳まで働けや」となるのでしょう。

年金支給開始年齢を70歳にまで引き上げるために選択制とする話も、今回の「全世代型」では議論されるわけです。けれども、本当に社会保障改革のメニューとして、高齢者や支える世帯が納得するかどうかは、別問題かもしれません。

一方、少子化対策もまた待ったなしで、今回の「全世代型」の目玉のひとつとして、子育て世帯に対する補助、給付の拡大が挙げられています。しかし、子育てに対する家庭の負担を減らすという大義名分は別としても、それが政府の狙う少子化対策に直結するのかというのは議論があります。

評論家の荒川和久さんが正面から書いていたので、ご関心のある方はご一読をと思いますが、実際のところ、お母さん一人当たりの出生率自体は、今回の少子高齢化が始まる前からあまり変わっていません。

2019年、ついに出生数が90万人を割ることが判明…
個人の負担が増える一方、財政はより苦しくなっていく

私も子どもを4人もうけて、自宅が戦場になりながら頑張って子育てしていますが、前述の年金制度が中曽根政権で大改革された約30年前の1985年と、現在とでも、お母さん一人当たりの出生数はほとんど変わっていないというのは紛れもない事実です。

ただし、数字にトリックがあるとすると、その4人以上の子どもという家庭の分類で見れば、実は6人、7人いる家庭は昔のほうが多かったため、厳密にはやや昔のほうが多いのですが、まあ全体で見れば誤差に近い数になります。

逆に言えば、3人以上子どもを産む世帯が増えなければならないとしても、どんなに少子化対策のために費用を使ったところで、若く結婚する男女の割合が増えて、早くから出産を始めてくれない限り、食い止めることはできないのです。

必然的に、若い日本人男女に結婚を促すか、結婚をしなくても子どもをどんどん産んで良いという結婚観・出生観が浸透しない限り、子どもの数は劇的に回復するわけではないのです。

そしていつの間にやら、2019年の出生者数も90万人を割ってしまいました。オイオイ。

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長い目で見れば、働いて稼いでくれる子どもの数が減ってしまえば、どんなに消費税を上げて社会保障費の給付水準を切り下げても、国の財政がどんどん苦しくなってしまうのは間違いありません。

勝ち逃げできる世代はともかく、いまの40代、50代が非常に苦しい社会情勢に陥る前に、この安倍さんの改革が良い形で進めばよいのですが。

意外なことに、国民の約半数が消費増税に合意!
「社会保障費の増大はやむをえない」と理解を示す

最後に、その苦しい社会保障費の財源として消費税10%に増税しますよと言って強行した本件ですが、国民がすんごい反発するのかなと思いきや、日経新聞では賛成48%、朝日新聞でも賛成39%とまあまあ受け入れていることがわかります。

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出典:『日経世論調査アーカイブ』(日経新聞) 時点

1989年に竹下登政権で消費税導入がなされた結果、不人気すぎて政権ごと倒れた事例を知っているおっさん世代としては、ずいぶん日本人も消費税をすんなり受け入れるようになったもんだと思うわけでございます。

ともあれ社会保障費が大変だというのはそれなりに国民の理解としてあり、そのためには増税もやむを得ないというコンセンサス(合意)があったというのは驚きです。

税制の観点からみると、いまや安倍政権のほうが消費税撤廃を求めることもある野党に比べてよほど社会主義的な政策を打ってきているように見えてなりません。さて、提唱される「全世代型社会保障」では今後どんな議論が飛び出すのでしょうか。