先日、厚生労働省が進めている「人生会議」のパブリシティとして、吉本興業所属の芸人・小籔千豊さんを起用したポスターやPRビデオが不謹慎であると取り上げられ、回収や発送中止になるという騒ぎがありました。

厚生労働省のポスター回収で話題の「人生会議」とは?
自分の最期を共有することには抵抗もあるが…

今回、話題となった「人生会議」とは、亡くなるかもしれない疾病や事故など、もしもの時のために、国民一人ひとりが望む医療体制やケアの内容について、家族や医療者・ケアチームと繰り返し話し合って共有する取り組みです。一般的に「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」の日本版と言えます。

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出典:厚生労働省の発表を元に作成 時点

もちろん、今までもこれに似た議論は多々あったわけですが、例えばドナー提供の可否や、救急隊員に対する蘇生行為など、いわば人の散り際、死に様についての議論を国民に促すわけです。

普段考えたくはない「自分の死の間際」について自身で考え、家族と話し、医療機関と共有しろと言ってもなかなか心理的に抵抗のあることではあります。

私も、関係先や社員で身寄りのない人から「自分の終末期をどうしたらいいでしょうか」って質問されるんですよね。あまりプライベートに踏み込んで話すことなど当然できず、しかたなく「飲み代減らして少しでも貯金したらいいんじゃないでしょうか」と、毒にも薬にもならないことを申し上げるわけですが。

全年齢の人たちが対象?独居老人は誰に相談する?
啓蒙しようにも幅が広すぎてどうにも…

しかも、一口に「自分の死について、あらかじめ考えて家族や医療機関と話し合っておく」といっても、どうすればいいのかわかりません。今後の高齢者の終末期を考えると、独身者がそのまま高齢化した「独居老人」もそれなりのペースで増えていくので、「相談したくても、相談できる家族さえいない」状態になることすら予見されます。

また、ACPは、死の近くにいる高齢者だけではなく、全年齢の人たちが対象。さらに、慢性病や急性疾患など必ずしも死にいたる病気や怪我を負っている人だけが対象ではないというのもポイントです。

つまり、自分が今、健康なのはありがたいとしつつも、それを当然と思わず、病気になったり身体が動かなくなったりしたときのために、自分の家族構成や所得・貯蓄などの経済力も考えて、あらかじめ受けたい医療を決めておいて欲しいという話です。そのため、いざ啓蒙しようとなると幅広すぎてどうにもならないんですよね。

1粒で4度おいしい「在職定時改定」とは?
なぜ今までこれを導入しなかったのか…もったいない

逆に、「いつまでも元気で働ける高齢者は、年金受給年齢になってもバリバリ働いてもらおうぜ」ということで、今度は厚生労働省が高齢者ワークプランをつくり、与党に掛け合うという事態も発生しています。

もちろん、これ単体で見ればとても良いことですが、一方で、働く高齢者は一定金額以上の所得があると年金支給額が減額されることも含めて、勤労を続ける意欲を減衰させる政策になっているんじゃないかという問題意識は常に持たれてきました。

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出典:『平成30年版高齢社会白書』(内閣府)を元に作成 時点

そして、思いっきり、文書に「在職定時改定」が出ているわけですが、ポイントは「年金を受給しながら働く在職受給権者の経済基盤の充実を図る」の一文に尽きます。つまり、長く働いた国民が増えるほど、年金の支給開始年齢が先延ばしにできるだけでなく、経済基盤も強くなります。いわゆる貧困に陥る老人が減るうえ、健康寿命の延伸も期待できるという話であります。

むしろ、なぜ今までこれを導入しなかったのかと思うぐらいで、高齢者の勤労収入を増やすメリットを放置してきたのは、改めて考えるともったいなかったかもしれません。

高齢者の4割が「働けるうちは働きたい」
今後、再雇用や専業農家化で働き方は多様化していく

本連載でも繰り返し引用しているところではありますが、高齢社会白書でも毎年記述がある通り、「働けるうちはいつまでも働きたい」という60歳以上の日本人が約4割を占める現状があります。また、実際に年金以外の所得がある高齢者世帯は、全体の35%ほどになっています。

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出典:『平成30年版高齢社会白書』(内閣府)を元に作成 時点

これに在職定時改定が制度として加われば、年金を受給するよりは、意味のある仕事に就いて引き続き働きたいと思う高齢者が増えるのは間違いありません。

これらの高齢者の所得については、調査方法によって多少の前後はありますが、所得の性質で割合の多いものから順に概ね「嘱託など非正規雇用従事者」「正規雇用従事者」「農業・漁業など一次産業従事者」「不動産・証券など投資による所得」の順になっています。

定年後も職場に再雇用されるなどして現役で働いている人たちや、兼業農家だった人が職場の定年に伴い、専業農家化するケースが多く見られます。地域社会を支える自治体非正規職員での雇用も増えているのが特徴で、高齢者の働き方の多様化が進んでいる証拠です。

一方で、高齢者の就業においては、地方経済の低迷に伴って都市への人口移動を強く伴うという分析もあります。まあ、高齢者にとって、毎日通勤のために山道を車で移動することが、負担が大きいのは言うまでもありません。

都市計画では「高齢者の働きやすさ」が要に!
現行の制度や仕組みは果たして適切なのか…

ともあれ地域社会でいかに共生していくかを考えると、働く高齢者に住みやすい地域社会の創造を、都市計画の中に組み込んでいかなければならないことは自明になってきています。

この場合に、社会福祉法人や医療施設などが中心となって地域共生社会をデザインしようという話になると、必然的に「働ける高齢者の居住・職場環境もふまえた生産性を確保する」部分と、「介護や医療体制(在宅を含む)も含めたセーフティネットの充実を図る」という部分の二層構造が重要になってきます。

働く意欲のある高齢者にどんどん活躍してもらいながら年金制度改革を推し進めるためには、働きやすさと暮らしやすさが両立する地域づくりが必須になります。さらに、それを実現するためには、果たして現在の自治体ごとの制度や仕組みで適切なのかという議論がどうしても出てきてしまいます。

例えば、不採算で持ちこたえられず病床や診療科が削減された市立病院について、その機能を近隣市の医療機関と統合することが進んでいった場合を考えてみます。

その自治体で暮らしていた高齢者は、あるタイミングで、頼れる医療機関や社会福祉法人のある近隣の市に移り住む決断をしなければならないかもしれません。しかし、働く高齢者を増やしながら地域を再設計し、都市開発を策定したい自治体は、今抱えている住民の数とサービスのバランスを取りながら仕組みを考えていくほかありません。

働けなくなった高齢者の行く先は…?
都市部に集中する高齢者をどの自治体が吸収するのか

結局、ある程度の都市設計を充実させようとなると、産業競争力を確保できる人口30万人以上の中核都市に人口が集まる傾向が強まります。それ以外の近隣自治体は、自前の運営努力ではどうにもならない時期に差し掛かってきました。

それは、働いてくれる高齢者もまた勤労人口であり、担税力がある住民だとするとき、そう遠くはない「自分たちが働けなくなる日」を見越して都市部へ集住する高齢者を、どの自治体がどう吸収するのかという話になります。

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出典:『東京圏高齢化危機回避戦略』(日本創成会議)を元に作成 時点

一口に地域共生社会といっても、自活できない世帯がいくら集まったところで、老老介護の果てに擦り切れるように倒れていく人たちが出るだけで、あまり幸せなことにはならないのかもしれません。

そんな高齢者の受け入れを一手に担うのが社会福祉法人の介護職の皆さんであったとするならば、実に先の見えないしんどい仕事に従事することになりかねません。真の意味で、地域の計画をより広範囲に、細かく作っていかないと大変なことになります。

医療同様、効率化のための統合が介護でも進んでいる…
今一度、自分の終末期を考え直すきっかけに

同じことがすでに医療現場では起こっています。効果的な診療を行うためにマイナンバーや医療IDの利用促進、お薬手帳も含めた電子カルテの充実、遠隔医療と在宅医療の普及促進も含めた、統合的な仕組みがどうしても必要になります。

そうなると、冒頭の話に戻って、芸人の小藪さんが「こんなはずじゃなかった」という前に、「本当にこの地域で終末期を過ごせるのか」ということも含めて、きちんと吟味する必要があります。

当然、生まれ育った、愛着のある地域で自然に帰りたいという人の気持ちも充分にふまえたうえで、命が残りわずかな人とまだまだ働ける人が、自己決定の範囲内できちんと人生を全うできるような社会保障が求められています。

なんかこう、吉本興業の芸人が出てくるというだけで物凄く議論が矮小化されているような感じがして個人的には残念ですが、あのポスターは私は面白い問題提起だったと思います。産業としても社会としても「この日本に生まれてきてよかった」と思えるような制度改革に一歩を進めて欲しいと思う気持ちがより一層強くなる一件でした。