山本一郎です。先日、無事実母が退院して実家に帰宅しまして、老いた実父と一緒に介護まわりの世話が再開されたわけですけれども、正直さまざまなデスクワークや支払いの管理といった実務から、薬の飲み方、食事、買い物、掃除どころか日々の生活の至らないところへの介護はとても大変です。

それも、本人がそれまで暮らせていた生活のクオリティが、病気の後遺症その他もあって大幅に下がって不自由を感じたとき、老夫婦の生活は不自由極まりないものと強く感じるようです。「お薬カレンダーから今日飲む薬を取り出して、口に入れて水で飲む」という作業ですら、本人がやると時間がかかるわけで、そうなりますと、せっかく訪問の薬剤師さんがさまざまな配慮をしてくれたことも、本人が薬を飲もうという意欲があるにもかかわらず無駄になってしまうことだってあるのです。

薬だけでなく、日々の暮らしで言えば食事から排泄まで、健常者ではなくなった要介護の家族が悪戦苦闘しているのは、まだ「きちんとやりたい」けど「なかなかできない」という状況であるだけマシです。身の回りの要介護の皆さんを拝見するに、オムツにして日々の暮らしは楽になるけれど、ではその生活に未来はあるのか?穏やかな暮らしで終(つい)を迎えられるか?となると、また違った状況に陥ることもあるのではないかと感じます。身の回りにいる人は、少なくとも、いま以上に人間らしい暮らしをして欲しいと願っていますし、不自由でも自分でできる何かを大事にしてもらいたいと感じるところが大きいです。

それを支える介護職については、この連載を読まれている方はご存知の通り、非常に待遇の低い仕事で日々を送っておられます。厚生労働省も、長年「これはヤバイ」と思っているわけでして、例年介護従事者の処遇について様々な角度から改善のための方法について模索しているんですが、これといった前向きな結論は出てこないわけであります。むしろ、社会保障費を国として全体的に抑制しなければならない中で、介護職も含めた広い意味での医療従事者が待遇改善や賃上げに具体的に寄与するなんてことはまずあり得ない状況です。

厚生労働省が発表している職種別の平均給与比較を示したグラフ,介護従事者の待遇の低さが給与の低さから見て取れる

介護離職ゼロを掲げたアベノミクス三本の矢
理想はわかるが、明らかに無理なレベルの話

一方で、介護離職をする家族は社会問題にすらなっています。実際、私も両親の不自由な生活を見かねて、仕事をいくつか減らして必要に応じて実家に足を向けたり、病院の方々とお打ち合せしたりしているわけで、当たり前のように日中の勤労時間や週末の育児の時間を削って対応しなければなりません。

介護と一般的な生活が両立しないのは当たり前として、そこで国民の選択として、いまの仕事を続けていてはなかなか親の介護が回らない、公的サービスでは限界があるのでどうしても仕事を辞めてでも親の面倒を見なければならないという事実に直面することになります。

2012年就業基本調査で発表している介護・看護のために前職を離職した15歳以上の人口を示した折れ線グラフ

そこへ、我らが安倍ちゃんがアベノミクス三本の矢で介護離職ゼロとかお題目に掲げてしまったため、これホントどうすんの?というレベルで引き返しのつかないことになっています。そういう理想を掲げるのは政策課題として大事だというのはわかりますが、いざ私自身が介護の現場で自分の親の介護さえ公的サービス一本では回らない現実を見てしまうと、政府だ地域だで高齢者の面倒を見るのは、理想として正しくとも、「やはり最後の受け皿はどうしても家族だよね」という話にならざるを得ないだろうという予想はつきます。だって、明らかに無理なんですもの。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表している仕事と介護の両立への不安を示した円グラフ,介護と仕事の両立に対して3人に1人が不安を抱いていることがわかる

そこで出てくるのが「第4次産業革命」で、福祉や介護の現場、医療までの社会保障全体を一気通貫で解決していくぞ、てな話であります。技術革新に夢のような話ばかりを追い求めるのは困難ですが、すでにできることや、海外でも事例のあるものも取り入れながら、介護現場の生産性を引き上げ、高齢者対策も経済成長の枠組みの一つにしていこう、技術がきっと解決してくれるのだ、そうだそうだということで、ここ数年、シルバーインダストリー界隈はそれなりに盛り上がっているところではあります。

生産性の低い介護は経産省的には頭痛の種!?
手厚くしたいけれど、社会保障費を考えれば
高齢者にはこれ以上の予算はかけられない!?

実際に、経済産業省が2016年4月に改めて取りまとめた「新産業構造ビジョン」では、その骨子の一角に「医療・健康・介護」とひとまとめになって、これからどうにかするぞという話が書いてあります。そうですか。ただ、いまの福祉や介護の現場はあまりにも生産性が低く、また産業としての価値がさほどないこともあって、これだけ国家の問題として騒がれている社会保障費の増大をどうにかしようという話があまりメインには据えられていません。

経済産業省が管轄している新産業構造ビジョンが発表している日本の戦略を図式化,データ利活用促進に向けた環境整備,人材育成・獲得、雇用システムの柔軟性向上,イノベーション技術開発の加速化「society5.0」,ファイナンス機能の強化,産業構造・就業構造転換の円滑化,第4次産業革命の中小企業・地域経済への波及,第4次産業革命に向けた経済社会システムの高度化

大きな理由は先にも述べた通り、介護職を労働力の投入という観点で見たとき、介護に対する需要が高いことは間違いないけれども、その目指す先は介護業界の市場拡大ではなく、介護業界に頼れなくて公的セクターからの支援だけでは回らない家庭において介護難民が発生してしまい、そういう人たちが仕事を辞めて介護をする羽目になってしまうという、働き盛りの労働力の摩耗回避に主眼が向いているからでしょう。

平たく言えば、経済を担当する官僚からすると介護の問題は生産性の低い困った厄介な問題で、理想は高いけど現実にはもうこれ以上社会保障費も積み上げられない以上、高齢者に対してはお金が払えないよ、という話であるわけです。

その極め付けが、要介護度3以上でなければ特養に入所できないという、2015年度から行われた大規模な制度変更です。カネがないんですよね。当然、そういう専門の施設に入所できないのですから、政策の方針としては在宅介護を各家庭にお願いせざるを得ません。在宅介護と一口に申しましても、ご家族のおられる方ばかりではありません。独居老人の場合もあれば、三世帯同居で家族ぐるみで暮らしておられる方もいらっしゃいます。

状況は個人個人で違うにせよ、やはり家族として「特養に入れなかった要介護1か2」の親族がいたとすると放っておくわけにもいかない、となるでしょう。必然的に、「多少仕事の時間は削ってでも介護しなくては」となる方は増えるでしょうし、場合によっては介護離職をして、失業手当をもらいながら当面は親の状況が落ち着くまで介護しようとなるでしょう。

そういう介護難民を救えるのは、単純にそれを肩代わりしてくれる介護業界の育成だという話になるのですが、増える老人と減らしたい社会保障費の狭間で、介護が必要な老人一人当たりに使える公的金額が少なくなるようでは、業界の育成どころか介護士の待遇が改善できず、短期離職当たり前の世界になるのは当然ではないかと思うわけであります。

第4次産業革命が起これど介護の未来は暗い!?
「スマート技術」への投資が約束されるも
具体策を調べてみると不安でいっぱいに

どだい無理難題な話なので、どうにかしたくてもどうにもならないのが日本の高齢者問題だとするならば、せめてそこで働く人たちの作業効率を引き上げたり、老人の健康寿命を延ばして介護のクオリティをなるだけ下げずに社会保障費を削減しようという話にならざるを得ません。

そこで、冒頭にも述べた通り「きっと技術が何とかしてくれるに違いない」ということで、出てきているのが第4次産業革命であります。

第4次産業革命についての解説

その大半は自動運転や人工知能(AI)、ビッグデータ解析、モノのインターネット(IoT)といった、直接介護には関係なさそうな分野ばかりで残念な感じはします。人が便利に生きることには市場性を認めて技術革新は進んでも、人が穏やかに死ぬことについては市場が国庫や年金基金で市場が削減されていくばかりなのでなかなか話が先に進まない印象はあります。

それでも昨今、新産業ビジョンで出てきている数少ない福祉・医療・介護分野でのブレークスルーは、もうすでに実現可能なものとして介護用リフトなどの「スマート技術」に対して投資を行っていくという方針が打ち出されました。本当にできるかどうかは知りません。2016年9月11日、官邸で行われた未来投資会議では介護現場における諸問題が議論されたうえで、11月10日のアジェンダでは介護の現場に対する実情への解決がほんのり増強された謳われ方をするなど、少しは現実に対応した内容になってきたなとは感じます。

介護現場は人手不足、給与が低い、離職率も高いということで、今後は膨大な医療データの利活用、介護報酬の改革などを通じたIoTや人工知能、ロボットを医療や介護現場に入れていくということ。(未来投資会議の議事録より抜粋)

では、具体的に何をするんだという話になりますと、経済産業省が発表している第4次産業革命関連の資料でキーワードをピックアップすることになるわけですが、ペラッと「Human Life:日本の高品質なサービス業、医療・介護、物流等と融合し、豊かな生活を提供」とだけ書かれているようだとなかなか現状を打破できる気持ちになれません。大丈夫なのでしょうか。

介護現場を低賃金で回せるのも、もう限界!?
まずは介護職が働きやすい環境や制度を
仕組みで促していくことが先決なのでは

結局のところ、高齢者と介護産業の関係でいうならば、理想と現実の狭間を介護職の殺人的な現場や創意工夫と低賃金でどうにかしているというのが実情でありまして、恐らくは社会福祉法人も「もっと介護職に手厚い対応をしてあげたいけど、国や自治体から払われる金額が決まっているので経営改善でどうにかするには限界がある」のでしょう。

そして、見てきたように「よし、我が国ジャパンは技術立国だ!世界を先取りする先進技術で劇的に高齢者問題を解決するぞ!」という夢のような話は一切ありません。むしろ、目の前の話として「おい、お爺ちゃんをベッドから引き上げるリフトすら普及してねえのかよ」というレベルで留まっていて涙目なのが実情であるならば、日本の介護職を救うには高齢者の在宅介護を促してバラバラの点をサポートするよりは、むしろ政府が主導して老人の集住を促せる制度作りを行って合理化するほか方法がないのではないかとまで思うわけであります。

介護用リフトの普及率はわずか8%

もちろん、介護をするために住み慣れた家を離れるのか、ロボットが老人介護をするなんて人のぬくもりが感じられないという意見が多数出るのは確かです。その一方で、介護職も人間であり、まずは介護職が働きやすい環境を制度や仕組みで促していくのが必要なことなのでしょう。

実際、私も実母が退院して実家で暮らし始めると、健康だったころと後遺症のある今とでは、全然住みやすさが違います。以前は感じなかった不満も多数出るのを目の当たりにすると、やはり高齢者に住みやすい仕組みを社会が適切な形で考えてあげながら、介護のための設備を充実させる集合住宅や社会福祉法人への手当てを考えたほうが近道なんじゃないかと強く感じる次第であります。