今、介護現場で身体的負担の軽減に繋がるアシストスーツの活用が進んでいる。特に、腰の負担を軽減できるとあって現場で働くエッセンシャルワーカーからも好評だ。中でも特に支持が厚いのが、自動車部品メーカーJTEKTが開発・販売するJ-PAS fleairy(ジェイパス フレアリー)だ。2021年に、第10回ロボット大賞・優秀賞(ビジネス・社会実装部門)も受賞した同製品の開発秘話と、今後に向けた展望をキーマンたちに伺った。
目次
介助の負担を劇的に軽減 J-PAS fleairyとは?

取材でまず訪ねたのは、三重県鈴鹿市にある鈴鹿グリーンホーム。全国でもいち早く介護現場にアシストスーツを導入した施設だ。感染対策をした上で建物内にお伺いすると、介護スタッフの方々が、小さなリュックのような装置を背負って利用者の方々と接していた。耳を澄ませると、屈むたびにギュイン!ギュイン!と独特の機械音が響く。この装置こそが、今注目のアシストスーツ、J-PAS fleairyだ。装着はわずか20秒ほどと手軽。センサーが姿勢を検知し、モーターの力で身体をサポートしてくれるという。同施設のユニットリーダーを務める永戸明香里さんに、使用感について伺ってみた。
みんなの介護
今、装着していらっしゃるアシストスーツ、J-PAS fleairyの使用感はいかがでしょうか?
永戸
J-PAS fleairyを導入してから、明らかに身体的負担が減りました。肩、腕、そして何より腰痛がすごく軽減されている実感がありますね
私たちの施設では、車椅子で過ごされる方や、手すりは持てるけれども足の力が衰えていて介助が必要な方が多くいらっしゃいます。そうした方々を介助する際には中腰の姿勢を長く続ける必要があります。特に、入浴の介助の際などは30分近く中腰姿勢になることもあります。すると、若いスタッフでも身体的な負担がかかり、腰痛になりやすい傾向があるのは事実です。
日本社会福祉士会が発表したデータによると介護・福祉・医療現場での退職理由の1位は「心身の健康状態の不調」で40.9%だという。また、2012年にノーリフト協会が実施した調査によると、介護職の腰痛率は72%にも達するという。腰の負担軽減は、介護職場で解決が必要な喫緊の課題でもあるのだ。
みんなの介護
こうしたアシストスーツを使われてみて、身体的負担以外に変化を感じることは何かありますか?
永戸
身体への負担が積み重なると、どうしても後ろ向きな気持ちになってしまうことはありますよね。J-PAS fleairyを導入してからは、いつも明るく前向きに仕事に打ち込めるようになったとも感じています。入居者の方と、目線を揃えるために屈んでお話することも多いのですが、腰への負担が少ないのが嬉しいです。

自動車部品の技術から生まれたアシストスーツ
2021年に発売され、既に全国各地の介護施設での導入が進むJ-PAS fleairy。どのようにして、この画期的なアシストスーツは生まれたのか?開発した株式会社JTEKT(ジェイテクト)本社を訪ねた。実はJTEKTは、トヨタグループに属する世界的な自動車部品メーカーとして知られている。しかし、なぜ自動車部品大手が介護用アシストスーツを開発したのだろうか?アクティブ・ライフ事業部 商品開発室 室長の太田浩充さんと、事業開発室 アウトサイド開発グループ グループ長の新井智樹さんが取材に応じてくれた。お二方とも、開発を主導したキーマンだ。
みんなの介護
JTEKTさんといえば自動車部品のイメージで、まさかアシストスーツを手がけられているとは、今回の取材で初めて知りました。
太田さん
我々は製造業なのですが、一番最初に開発したアシストスーツは工場や物流現場で使うためのものだったんですよ。工場のラインは機械化できても、最後の荷積みや荷下ろしなどの工程は人力に頼らざるを得ません。その負担を軽減するにはどうしたら良いか?という問題意識から開発しました。今販売しているJ-PAS fleairyも、当初は、金属などの硬いフレームに覆われたような、もっとがっちりしたタイプの非常にパワフルな製品だったんですよ。
みんなの介護
そもそも、なぜ、介護用アシストスーツを開発されたのでしょうか?
新井
少し意外だったのですが、お客様から介護業務でもアシストスーツを使えないかという声を頂いたのが開発のきっかけです。私たちも介護用途は想定していなかった訳ではないのですが、想像以上に介護業界からのニーズが大きかったんです。もともと介護用に開発したわけではなかったのですが、介護現場に適合したものを作るために、ほぼゼロベースで作り直しました。
一体、着心地はどうなのか?今回、特別に試着を許可して頂くことができた。装着は想像以上に手軽だった。制御ユニットを背負って、ベルトと膝からすねにかけてのアタッチメントをワンタッチで固定するだけ。電源を入れるまでに20秒も掛からない。重さは制御ユニット単体で約1.6kgとのことだが、装具込みでも約2kgと、ノートパソコンを1台入れた通勤用リュックよりも軽く感じた。これなら長時間着用していても疲れなさそうだ。電源を入れ、アシストを有効にした上で中腰になってみると、ギュイン!という特有の音とともに腰から下の装具が突っ張るような感覚があった。腰だけでなく、背筋から肩にかけて、普通に中腰姿勢をとるよりも遥かに楽だ。まるで、屈むたびに誰かがスッと腰のあたりに手を差し伸べて支えてくれているようだった。
みんなの介護
絶妙なタイミングでアシストしてくれるJ-PAS fleairyですが、一体、どんな技術が使われているのでしょうか?
太田
自動車のハンドル、正確に言えば電動パワーステアリングの技術を応用しています。
みんなの介護
車のパワーステアリングと一体どんな関係があるのでしょうか?
太田
車の電動パワーステアリングも、ハンドルを切ろうとする意図を検出して主に電気でアシストしているのですが、J-PAS fleairyも原理は同じです。センサーがわずか0.001秒で身体の傾きや動きを検出して、モーターで即座にアシストする仕組みなんですよ。パワーステアリングは、我々JTEKTの基幹部品です。そこで培った技術があったからこそ、J-PAS fleairyが生まれたと言えるかもしれませんね。開発自体は比較的スムーズに進んだと思います。
介護現場で使って貰うために必要だったチャレンジの数々
みんなの介護
新井さんは、介護職員初任者研修を修了し、スマート介護士Expertの資格もお持ちとのことですが、介護現場で実際に使ってもらう過程はいかがでしたか?
新井
機械を中心とするものづくりが私たちは得意なので、その考え方で作っていったのですが、それだと介護現場で受け入れて貰えなかったんです。私たちのオーソドックスな発想だと、堅牢な構造で安定性と信頼性が高い製品を志向することになります。しかし、それでは、介護が必要な利用者ファーストではなかったことに現場で気付かされました。
みんなの介護
現場での気付きとは、具体的にはどんなことでしょうか?
新井
まずは重さですよね。出来るだけ軽くしないと、装着する方の負担が大きくなってしまって使って貰えません。そのため、軽量化のために部品点数を減らすことに取り組みました。部品の点数が減ればコストの削減にも繋がりますので、価格も下げられますしね。現在、J-PAS fleiryは1着セット34万8,000円という価格設定です。行政から補助金などを受けられることもあるため、場合によっては1台当たり10万円台で導入できることもあります。価格を下げられたのは、シンプルな構造にできたことが大きいと思います。
みんなの介護
重さ以外にも、介護現場特有の事情などが多くありそうですね。
新井
一番は、利用者の方と触れる可能性がある部分の素材ですね。堅牢なパーツを使ってしまうと、確かに身体にガッチリと固定できて、装着する人にとっても楽です。しかし、万が一とはいえ、移乗介助の際に利用者の方の目や肌に当たって傷つけてしまう可能性もあります。介護現場で働く皆さまに出来るだけ肌触りがやさしく、傷つけてしまうリスクが低い布系の素材を使う必要がありました。
太田
もはや、機械ではなくてファブリック(衣類)を作るようなものだったので、機械メーカーの我々にとっては初のチャレンジでした。特にこだわったのは、肩まわりのパッドなどですね。普通なら、より確実に固定するため、前面の胸側にも留め具を付けるのがセオリーです。しかし、それでは利用者を傷つけてしまう恐れがあります。そこで、前面留め具無しでもずり落ちず、しっかりと固定出来るように素材と縫製には工夫を重ねました。さらに、入浴介助などもありますので、浴室での作業にも耐えうるIP55規格の防水性能も持たせました。
2018年にスタートした開発プロジェクトは、これらのチャレンジを乗り越え、2021年3月の発売へと漕ぎ着けた。今後、JTEKTはJ-PAS fleairyの製造台数を年間1000台以上に拡大していく構えだ。大都市圏を中心に常設展示場を設けることに加えて、導入前に無料試用もできる体制も構築し、日々問い合わせが相次いでいるという。

介護施設だけでなく在宅介護の支援にも繋げたい
みんなの介護
J-PAS fleairyを導入された施設からは好評とのことですが、今後についてはどんな展望をお持ちでしょうか?
新井
介護士の方が腰の負担を減らすことができれば、間違いなく働きやすくなります。そうすれば、施設で生活されている高齢者の方々もより幸せに、笑顔になれると思います。少子高齢化が進む社会全体のことを考えて、製品の改良と普及に取り組んでいきたいですね。
太田
介護現場での声を頂いて、製品を改良していきたいのはもちろんなのですが、在宅でも使いやすい形の商品を展開していきたいですね。在宅介護も大きな社会的な課題になっていますが、ご家庭でもアシストスーツをリーズナブルな価格で導入して頂けるようになれば、介護当事者の方の負担も軽減されると思います。
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