2014年に200万7,000円だった高知県須崎市へのふるさと納税寄附額を2021年に21億4,000万円にまで増やした地域創生請負人・守時健氏。須崎市役所企画課で、公式キャラクター「しんじょう君」とPR活動を活動を行ってきた守時氏は、現在同市役所を退職し、地域商社「パンクチュアル」の代表を務める。同社が行う地方活性化、目指すべき地方のあり方について話を伺った。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・守時健】
地方活性化に欠かせない3つの力とは?

「僕のことを"超公務員"なんて呼んでくださる方がいます。須崎市の公式マスコットキャラクター『しんじょう君』を全国区の知名度にしたり、市へのふるさと納税を1000倍に増やしたり、いい意味で公務員らしくない、と。

ただ、出身は須崎市ではなく、岡山県の倉敷市なんです。旅行でたまたま須崎を訪れ、お酒が入った時の須崎市民のパワフルさに触発されて須崎に住んでみたいと思ったんです。2012年に須崎市役所に就職し、町の未来を担う企画課に配属されました。
僕の知る須崎市民はお酒が入ると、とても元気になるんですが、昼間はおとなしいんです(笑)。当時は『どうせ何やっても寂れていくんでしょ』みたいなあきらめムードがあり、町全体がどんよりしていました。『須崎をおもしろい町にしていきましょう!』と意気込む僕に対しても『よそ者が何やったって変わらんよ』という対応で、正直『移住失敗した…』と思うこともありました。
文字通りのアウェイですから、きゃりーぱみゅぱみゅさんの『インベーダーインベーダー』という曲の『Let's 世界征服』というサビを聴いてテンションを上げていたというか…自分を励ましてましたね。
でも、その疎外感があったからこそ、『今にみてろ!須崎を変えてやる!』と須崎の変革を担うであろう、しんじょう君のゆるキャラグランプリ1位獲得にのめり込んでいったのかな、という気もします。当時は、『Let’s 須崎征服!』と頭の中できゃりーさんの曲の歌詞を替えて歌ってましたから(笑)。
よそ者の僕がここまで須崎に溶け込めるようになったのは、当時所属していた元気創造課の係長と楠瀬市長のおかげです。就任1年目の市長と入庁1年目の僕とは同期だったんです。とはいえ、普通は市長と一般職員が同期でも関係ないと思いますが、楠瀬市長は『須崎を未来ある町に!』という同じ目的を持った同志みたいな感じで、僕に接してくれてバックアップしてくれました。
地域に変革を起こすためには、まずはチームとしての力が必要なのだと思います。しんじょう君も、僕一人が通訳として彼に付いていたわけではなく、市長を始めとした大勢の人たちの力があって、全国区の人気者になれたわけです。
次に、その場所を客観的に見ることができるよそ者の力が絶対に必要です。他の地域を知っているからこそ、そこの地域ならではのよさに気付けますから。
しかし、時としてよそ者は地域住民からの反発も招きやすい。だから、よそ者と地域住民との間に入って、両者を1つのチームとしてまとめ上げてくれる力も必要不可欠です。
須崎の場合は、この3つめのまとめる力の部分に、係長と市長という非常に大きな力が入ってくれたおかげで、スムーズに変わっていくことができたのだと思います」
ゆるキャラグランプリ1位獲得。ふるさと納税を千倍に
守時氏を中心にした須崎市企画課の「元気創造課」。2013年に生み出した、須崎市のマスコット「しんじょう君」は、2016年のゆるキャラグランプリで見事一位を獲得する。しんじょう君の人気が全国区になっていくのに比例し、2014年に200万7,000円だった須崎市へのふるさと納税額は、2015年に5億9,743万円、2016年は9億9,961万円と順調に増え、2021年には21億4,000万円にまで増加した。守時氏が入ってからは千倍超だ。

ふるさと納税寄付額が増えると、あきらめムードだった市の空気が変わった。
2018年に四国初の海上アスレチック施設「COMODO URANOUCHI」を浦野内湾に開設。2022年春には、市と(株)ロゴスコーポレーションがコラボした総合アウトドアレジャー施設「LOGOS PARK SEASIDE KOCHI SUSAKI」がオープンした。
市外はもちろん県外からの家族連れキャンパーたちが、須崎の豊かな自然の中でさまざまなアウトドアアクティビティを楽しんでいる。

空気を吸って、食べて、居て、初めてその地域のことが分かる

「職場のみなさんにも恵まれて、しばらくは須崎市職員として面白いまちづくりに邁進していこうと思っていたのですが、急性膵炎になり、2カ月間入院したことで変わりました。『人間いつかは死んでしまうんだ。だったら生きている間にやりたいことをやっておきたい』と思うようになって。
『辞めたい』と伝えた時、市役所のみなさん、僕を引き留めてくれたんです。すごくありがたくて、うれしかった。でも、やっぱり、自分ができることをもっと試してみたい、起業してみたい、という気持ちは消せなかったんです。それだけでなく、しんじょう君のチームで一緒にやっていた子たちの中には非正規雇用の職員もいて…。彼らの賃金ってすごく安いんですよ。だからもっと払ってあげたいとも思ったんです。
2020年の3月に8年間勤めた須崎市役所を退職し、地域活性化を請け負う会社を立ち上げました。須崎市からは、市役所に在籍しているしんじょう君のマネジメントとふるさと納税の寄付金をアップさせるためのマーケティングを委託されています。だからやっていることは公務員時代とあまり変わらない、というか公務員時代よりも自由度がきくようになったので、もっといろんなことができるようになりました。
すごく悩みましたが、結果的に今は、退職してよかったと思っていますね。『今は』なのかもしれないですけど。
人の考えって、その時々で変わるじゃないですか。以前はこれが正しいって思っていたけど、今は違うってよくありますよね。普遍的なことって、探してみると少ないんじゃないでしょうか。だから『××する秘訣は○○です』って同じ事をずっと言い続ける人に僕は怪しさを感じちゃいます。『○○』は変化するんです。時期や環境によってそれぞれ違うはずなんですよ。
会社を立ち上げて2年経ちましたが、ここ須崎本社の他に全国4か所に営業所を設置しています。地域を活性化するための『○○』を探し出すためには、その地域を訪れるだけじゃダメなんです。その地域の空気を吸って、その地域で採れたものを食べて、ある程度の期間そこにいなきゃその地域のことは分からない。
それに地方だとありがちなんですが、自分のところの産物に責任を持ちすぎ、っていうか100点のものしか外に出したがらないんですよ。でもそれって僕たちよそ者から見たら、70点も100点も違いが分からないくらいレベルが高いものなんです。だから地域の人たちがそのよさに気付かない70点のものを見つけ出して拾い上げて、『これは世界に誇れるスゴイものなんだから、実際そういうものにしていきましょう!』とプロデュースしていくのが僕らの仕事です。
だから自治体から仕事をいただいたら、社員を派遣し、ある程度の期間そこに住んでもらいます。そうして地域の方々とタッグを組んで、その地域の魅力を、その時々の最良の方法でより魅力的に発信していくんです。社是にもしている『ホントの地方創生』とは、ビジネス的な最適解を目指すのではなく、その地域のポテンシャルを引き出していくことに他ならないと思っています」
地域商社「パンクチュアル」
守時氏は2020年の3月に資本金100万円で(株)パンクチュアルを立ち上げた。社名の由来は、守時氏の名前、“時間を守る”の英訳“punctual”からきている。古い倉庫を借り、事務所への改装費用をクラウドファンディングで募ったところ、100万の目標に対して910 万超が集まった。

現在、須崎本社の他に、徳島県阿波市、香川県さぬき市、山口県下関市、静岡県沼津市に営業所を構えている。積極的な営業はしていないとのことだが、自治体からの依頼は年を追うごとに増えており、今後も全国に増える予定だ。

まちおこしの正解とは?

「『まちおこし』ってよく言いますけど、まちおこしの正解って何だと思いますか? 人によって正解の判断基準は全然違うと思うんです。『あんなに人が集まって東京が大成功している』と言ってもまちおこしが成功したからだって思う人はいないでしょうし、日本一裕福な村と呼ばれている愛知県の村だって、たまたま立地がいい港が村内にあったからそうなったにすぎないわけですし。
どういう状態が『まちおこし』として正解になるのかはそれぞれですから、誰かが正解をつけられるものでもありません。だけど、ふるさと納税とその発信については数字がありますから、そこについてははっきり答えが出ます。
現在、須崎市には給食センターがないので、小・中学生はお弁当を持って学校に行っています。給食センターを完成させるには15億円くらいかかるらしいんですが、須崎市はそこを目指しています。それに、給食センターが建設・運営されるようになれば、『まちおこし』の成功のかたちとして分かりやすいんじゃないでしょうか。昔はしんじょう君のお兄さんと呼ばれ今は給食センターのおっちゃんと呼ばれる。…いいかもしれないと思っています(笑)。
僕に頼めばお金が集まると勘違いされてしまうと困るのですが、うちの会社の強みはマーケティングと発信力です。金塊作成ではありません(笑)。その地域のファンをつくるために、地域とファンがwin-winの関係になれるものは何かを探り、ファンに愛される地域としての状態をキープしていく仕組みづくりを考え、実践しています。と、言ってしまえばこれだけなんですけど、これがなかなか根気のいる地道な作業なんですよ。楽しいですけどね。
年齢関係なく実力のある人が伸びていくのがうちの会社です。今いる社員31人のうちで一番結果を出してくれているのは、最年長の40代の社員の方です。面白いと思いませんか?年齢関係ない実力主義のベンチャー企業で、一番実力があるのが一番年上の人だなんて。
50代60代の人は経験が豊富な分、いろんなアイデアも持っていらっしゃる。だから65歳で定年なんてダメですよ。75歳くらいまで現役でいてもらって、日本社会をまだまだ引っ張っていっていただきたいと僕は思っています」

(株)パンクチュアル・代表取締役 守時 健(もりとき たけし)氏
1986年広島県呉市生まれ。岡山県倉敷市育ち。(株)パンクチュアル代表、地域創生請負人。地域活性化に向け、さまざまな方法を研究・実践している。変化の激しい時代、変わらないものは猫の可愛さ。「ねこかわいい」は、どんな時代でも、どんな人にも通用する最強のキラーワードだと思っている。好きな食べ物は、出汁全般。趣味はピアノと読書。

編集後記
インタビュー後、事務所で「ラクガキ」を見つけた。

聞けば「社長のギャグです」とのこと。 事務所のあちこちに隠された"冗談"を見つける度に、社員の方々はくすっと笑ってしまうのだという。守時氏の人柄が垣間見えるエピソードだ。
オフは猫と遊んだり、ショパンを弾いたりと、外見とのギャップこそあるが豊かな人間性で誰からも愛される守時氏。そんな彼が代表を務めるパンクチュアルは、いかにして地方から日本を変えてくれるのか。私たちがどこかで「ラクガキ」を見つけるとき、その土地にはきっと笑顔が溢れているのだろう。
※2022年6月3日取材時点の情報です
撮影:林 文乃