石川ヘルスケアグループは、「社会医療法人 石川記念会 HITO病院」「医療法人 健康会」「社会福祉法人 愛美会」の3法人で構成され、愛媛県内に医療・介護・福祉にかかわる36の施設を持つ。同グループのHITO病院では、iPhoneの音声入力による大幅な時間外労働の削減など、さまざまな方法でのICT活用に取り組んできた。それらは、高齢者の身体機能の回復やご家族の介助の負担軽減につながっている。今回は、患者さん、ご家族、病院スタッフの「いきるを支える」を実現するために役立った具体的なICT導入について、石川ヘルスケアグループの石川賀代総院長にお話を伺った。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・石川賀代】
「いきるを支える」手段としてのICT。
サービスの質を落とさずに効率化を

HITO病院は、旧病院から数えると、今年で45周年になります。この間、24時間365日の救急医療を続けてきました。当院が目指すのは、最期まで住み慣れた町でその人らしく暮らす「いきるを支える」ための医療です。これは、「旧病院開業時の『誰も見捨てない』という、私の父の理念を新しい病院になっても残したい」という思いから定めました。
患者さんだけではなく、スタッフに対しても同様です。私たちの暮らす地域では、晩婚化が進んで出生率が低下するのに伴い、少子高齢化や人口減少の問題が深刻化しています。このような背景を考慮して、患者さんへのサービスの質を落とさずに業務の効率化を考えたとき、以前よりICTの活用が不可欠だと感じていました。
私たちはまずiPhoneを使ったカルテの音声入力からICTの導入を始め、現在は、医療の質と業務の効率化の両輪を実現しています。今後、高齢化が進んでも「いきるを支える」ことができる体制づくりのために、さまざまな方法でICTを活用しています。
iPhoneによるカルテの音声入力で時間外労働が激減
同グループで最初のICT活用になったのが、病院内でのiPhoneを使ったカルテの音声入力だ。この取り組みは、もともとリハビリテーション部を中心に進めていたもの。
リハビリテーション部では、カルテの入力をするためにパソコンのある部屋まで病棟内を移動する必要があった。さらに、パソコンが空いていないと、セラピストたちはカルテを別の時間でまとめて入力することになり、場合によっては時間外労働が発生していた。
iPhoneの導入後は、時間や場所を問わず、電子カルテの音声入力ができるようになった。時間外労働も減り、リハビリの施術時間は増えた。今では日勤スタッフのほぼ全員が、iPhoneを持つようになっている。

また、医師など一部のスタッフには、iPhoneの院外持ち出しを許可し、院外からも電子カルテを見ることができる。そのため、急な確認が必要になる事態が起こっても、可能な限り早く対応できる体制が整った。
業務用SNSの活用では関係者への即時連絡を可能に
また、これまで電話や訪問などで行っていた連絡業務の手段をSNSに切り替えた。病院・施設・法人グループなど目的に応じたグループを作成し、さまざまな患者情報を関係者全員に即時的に共有する。
以前は、医師の確認が必要な事態が発生した際でも、手術などで夕方まで連絡がつかないような場合があった。しかし、SNSで必要な情報を配信しておけば、隙間時間に医師が確認をしてくれる。これにより、報告・連絡・相談が円滑に進むようになった。時間外労働も、導入前に比べて50%ほど減った。

また、多職種間での情報共有が進み、退院支援もスムーズになった。例えば、「患者さんが夜に施設で転倒のうえ骨折して、入院した」というような情報も、翌日の朝には関係者全員に共有されている。事前に情報共有が済んでいるため、会議時間の短縮化にもつながっている。
高齢者の活動を支援するために
AIやロボットを積極的に導入

高齢者が生活上の危険や不便さを感じる場面で、AIやロボットの力を活用したサポートを行っています。例えば、患者さんのライフログや心拍数などのデータを使い、AIによるさまざまな支援方法を考えられると思っています。
現在、高齢者の役に立っているものとして、「転倒転落リスクの予測」や「装着型サイボーグ」などが挙げられます。これらは、高齢者の生活を楽にして、「いきるを支える」うえで大いに役に立っています。
そして、今後もより一層、AIやロボットの活用には力を入れていきたいと考えています。
電子カルテをAIで解析して転倒・転落のリスクを予測
高齢者の日常生活で起こり得る危険のひとつに、転倒・転落のリスクが挙げられる。高齢者に対して「どこで転ぶかわからない」という不安があったが、AIの活用で事前にリスクが予測できるようになったのだ。
同グループで使っている「Coroban(コロバン)」は、電子カルテの中の看護記録をAIが解析し、過去のデータから患者さん一人ひとりに合わせた転倒転落のリスクを予測。転倒のリスクがあると、アラートを表示して知らせてくれる。

装着型サイボーグによって筋力の低下をサポート
加齢に伴って生じる悩みのひとつに、筋力の低下がある。高齢者になると、自分の足で歩くことが困難な方も増えるため、同グループでは装着型サイボーグ「HAL(R)腰タイプ自立支援用」を導入している。
これを寝たきりなどで廃用症候群になっている方の腰に装着すると、スクワットなどの運動機能をサポートすることができる。これにより、90歳以上の慢性心不全の方でも即時効果で立ち上がり動作や歩く動作が速くなるということが起こっている。

HAL(R)腰タイプ自立支援用は、地域包括ケア病棟などでも使用され、効果を発揮している。2018年度~2020年度に地域包括ケア病棟で平均年齢84歳の男女にHAL(R)腰タイプ自立支援用を使用した実験の結果、「5回立ち上がりテスト」では約40%、「Timed Up & Go Test」では、約22%のスピードアップにつながった。
ICTは病院内だけでなく
退院後の家族の負担軽減にも役立つ

患者さんの退院後、ご家族の介護負担を減らすためには、リハビリが大切です。食事や排泄、着替えが本人の力でできると、ご家族の介助の負担を大きく軽減することができます。
そのため、病院と同等の「ケアや食事に関する指導」を、動画を使ってご家族に行っています。
これまでは、病院で家族への指導を行っていましたが、新型コロナウイルス感染症の影響で面会が禁止となったため、Zoomを使ったオンラインでの指導が実現しました。
トイレの移乗や食事指導を動画で共有
トイレの移乗は、適切に誘導しないと転落や転倒のリスクがある。そのため、在宅や老健でも病院と同じようにケアができるよう、動画で体の支え方を共有している。さらに、看護師がiPhoneなどで歩行時の介助の様子を写真や動画に撮り、その様子をご家族がZoomを使って自宅で見られるようにした。

また、嚥下指導を動画で行うことにより、専門用語が多くてわかりづらかった食事の内容が、一目瞭然となった。さらに、一人ひとりに合わせた入院中の食事の量やスピードを、PDFにしてSNSで共有。紙面で共有していた頃に比べ、現場まで届ける時間が削減できるうえ、何度も見返して確認することができるようになった。退院後も入院時とほぼ同様に食事を提供できている。
排尿をサポートする排泄予測デバイスも導入
排泄予測デバイス「Dfree」は、適切なタイミングでの排尿を支援するためのツールだ。シールを使ってデバイスを下腹部の膀胱の上あたりにつける。膀胱の中の圧力が高まると、デバイスがそれを察知してiPhoneに通知が届く仕組みだ。
患者さんの尿がたまってきたタイミングや排出のパターンを適切に知ることができるため、そのタイミングでトイレに誘導をすると、失敗なく排尿ができる。人によって排尿のタイミングはさまざまだが、個々に合わせた排尿支援ができるのが特徴だ。

今までは時間に合わせてトイレへの誘導を行っていたスタッフも、iPhoneに通知が来るので、本当に必要なタイミングで支援することができる。「失敗なくできた」という、患者さんの自信や達成感につながることもポイントだ。
排泄予測デバイスは、回復期のリハビリテーション病棟などのほか、尿意を感じるが尿失禁が多い方に対して使用している。
このように、石川ヘルスケアグループでは、患者さんとご家族、スタッフがICTの活用によってさまざまな恩恵を受けている。労働時間や手間の削減に加えて、「院内と同じような医療の質を退院後も維持できるように」と語る石川氏の念頭にあるのは、何よりも「人のいきるを支えたい」という思いだ。
※2021年7月28日取材時点の情報です