広島県は「がん対策日本一」の実現を目指し、がん検診の受診率を向上させる取り組みを進めている。啓発活動をはじめ、クラウドファンディングを取り入れた「SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)」の活用や、企業を巻き込んでの取り組みなど、内容は多岐にわたる。今回は湯﨑英彦県知事に、民間と連携して「がん対策」を行う意義や現時点における成果についてお聞きした。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・湯﨑英彦】
国内初の広域連携型SIBを導入して
「がん検診」の受診率向上に取り組む

広島県の「がん検診」の受診率は、長い間、全国平均を下回っているのが実状です。そこで受診率を向上させるため、2012年度からアーティストのデーモン閣下を起用してがん検診啓発キャンペーンを展開しました。その結果、県民のがん検診に対する関心・認知度は8割を超え、一定の効果を上げることができました。
しかし、それでも県の目標である受診率50%には及びませんでした。つまり、がん検診に対する県民全体の関心は高まったものの、実際の受診行動までには結びつかなかったのです。
そこでターゲットを、例えば「働く女性」「中小企業の従業員」「従業員の被扶養者(家族)」「がんのリスクが特に高い人」といった方々に絞り込み、個別にアプローチを行うことにしました。
その際、特にイギリスで成果をあげている「SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)」という新しい官民連携の手法を導入しました。クラウドファンディングで事業資金を調達しつつ、民間企業のノウハウを取り入れながら行政コスト抑制を同時に可能とする仕組みを活用することにしたのです。
AI分析によるオーダーメイドの「検診のお知らせ」を送付
SIBとは、民間資金を活用して革新的な社会課題解決型の事業を実施し、その事業成果(社会的コストの効率化部分)を支払いの原資とすることを目指すものだ。
初期投資を民間資金で賄い、成果報酬型の事業を実施するSIBは、複数年度にわたる事業として設計される。そして初期投資に大きな費用を要する「予防的な事業」に取り組む際に、大きな効果が期待できる。
広島県の「大腸がん検診の個別受診勧奨」事業では、まず対象者の検診情報や検査情報をAI(人工知能)が分析。その結果を基に、対象者一人ひとりに適したオーダーメイドの働きかけが行なわれた。
〈1次検診の勧奨〉過去3年分の特定健診・がん検診の個人データを分析。大腸がんのリスク要因(加齢、飲酒、BMI、運動不足など)に3つ以上該当した場合、「検診のお知らせ」にそのチェック項目を印字して、がんのリスクを強調。
〈精密検査の勧奨〉1次検診の結果について、検出値まで明記。なぜ精密検査を受診しなければならないのかということを基準値と照合して伝えることで検査の必要性を訴求する。

「広域連携型」のSIBは全国で初の試み
広島県は県内6市(竹原市、尾道市、福山市、府中市、三次市、庄原市)と大腸がん検診の勧奨事業を実施。この全国初となるクラウドファンディングを活用した広域連携型SIB事業に参加したすべての市で、大腸がん1次検診(2018年度)および精密検査(2018年度・2019年度)の受診者がともに増加した。
ただし、この取り組みは複数年(2016年から2018年)で事業成果を測定して事業者への委託料を決定するものだ。単年度の予算しか組めない国の補助金は使えない。
さらに、全国でも前例のない事業であるがゆえに、参加する自治体との調整に手間取ってしまう。このような財源上の問題や、実務面における課題も浮かび上がっている。
行政と企業の連携によって
「総合的ながん対策」を実施へ

広島県は2010年度に、がん検診の普及啓発を行う組織として「がん検診へ行こうよ」推進会議を立ち上げました。
がん検診の受診率向上のための取り組みは、あくまで、がん対策の入り口でしかありません。医学の急速な進歩によって、いまや「がん=死」ではなくなり、支援のあり方も様変わりしています。そんな現在では、がんになった社員の治療、仕事との両立支援、患者団体への支援なども求められているからです。
そこで広島県では、「総合的ながん対策」に積極的かつ主体的に取り組む企業の登録制度「Teamがん対策ひろしま」を2014年度から開始しました。県はさまざまな形で登録企業の取り組みをバックアップし、企業による社員や地域の方に向けたがん対策を推進する制度を設けることにしたのです。
企業を巻き込むことで社員やその家族へのアプローチが可能に
Teamがん対策ひろしまは、民間企業を巻き込んだ取り組みだ。自治体と個人の間を企業に取り持ってもらうことで、社員やその家族に対するきめ細やかで効果的アプローチが可能になった。例えば、啓発チラシの手渡しによる配布や、社員向け研修の実施などである。

Teamがん対策ひろしまは当初、2023年度までに100社登録を目標に募集を開始した。ところが、2019年度の時点で登録企業は100社を達成したのだった。一方、5万社あると言われる県内の企業数を考えると、その数はまだ少ないとも言える。
報告義務などのハードルをクリアした登録企業の姿勢は、非常に前向きだった。中には全検診項目の受診率100%を達成している企業も複数含まれており、高いレベルでのがん対策が実施できている。
表彰企業の具体的な取り組みとは
広島県はTeamがん対策ひろしま登録企業の中で、特に優れた総合的がん対策を実施している企業を表彰している。それによって企業側も社員や社会への貢献を広くアピールできる仕組みになっている。
以下は登録企業が行なった先導的な取り組み例である。
- がん予防につながる生活習慣改善に取り組むとともに、35歳以上の社員は人間ドック受診を義務化
- 受診結果を会社でも管理し、検診後のフォローアップを実施
- 全社員を会社負担で医療保険に加入させ、がんなどの病気になっても経済的不安なく治療を続けて復帰できるように備える
- コロナ禍で通勤などに不安のある闘病中の社員にテレワークを認めるなど、本人の希望や体調にあわせて柔軟に対応することで両立支援を実践
今後の課題は「健康寿命の延伸」
SIBが応用できる可能性も

広島県のがん検診の受診率は、未だに目標とする50%に至っていません。医療の進歩やさまざまながん対策の効果もあって、がんで死亡する県民は減少傾向にありますが、一方で広島県は他県に比べて健康寿命が短いという課題も抱えています。
健康寿命の延伸のため、がんの個別受診勧奨と並行する形で「QOL(クオリティー・オブ・ライフ/生活の質)の向上」にも取り組んでいきたいと考えています。
そのために、介護予防の取り組みを重要視しています。この分野はすでにさまざまな事業者によってノウハウが蓄積されていますから、介護予防に関してもSIBを活用して事業化できる可能性があると考えています。
広島県の健康寿命延伸における現状と課題
広島県の健康寿命は男性が約72.0年(全国27位)、女性が約73.6年(全国46位)となっており、他県と比べて低位に甘んじている。
そこで、健康寿命の延伸を図るため、県では先に述べたがん対策に加え、生活習慣病の発症予防、早期発見・早期治療、重症化予防をはじめとした、体と心の健康づくりに取り組んでいる。
また、県では、健康寿命との相関性が認められる「要支援1・2」「要介護1」の認定を受けている高齢者の割合を低減するため、「介護予防」の推進に注力している。
しかし介護予防には、要支援・要介護となった原因が「生活習慣病」か「フレイル」なのかでも対策が異なるという難しさがあり、エビデンスのある取り組みが求められる。
SIB活用で他分野の社会問題にも取り組んでいく
現在、欧米を中心に世界で100件以上のSIBの事例が生まれている。今後の日本でも、医療・介護・就労・教育など、さまざまな分野の社会的課題の解決促進に活用されることが期待されている。
SIBが社会的課題の解決に適している理由
- 事業の結果ではなく実施した成果が可視化される
- 成果に応じて行政から支払いが行われる
- 成果が出るまでの事業資金は行政ではなく民間が負担する
行政は財務的リスクを抑えながら民間の効果的な取り組みを活用でき、事業者は成果を重視した柔軟なサービスの提供が可能になる。
人口減少と少子高齢化に加え、長引く新型コロナ流行の影響で、地方自治体はますます厳しい財政運営を強いられている。民間の資金を活用するSIBは、まさに切り札と言えるだろう。
※2021年4月23日取材時点の情報です