こんにちは。甲斐・広瀬法律事務所の弁護士で、「介護事故の法律相談室」を運営している甲斐みなみと申します。
これまで、介護事故の類型別に、損害賠償請求ができるのか、事例をもとに解説してきました。
転倒事故については、既に第15回で解説いたしましたが、今回は、入所者同士のトラブルによって転倒等の事故が発生した場合の責任について、検討してみたいと思います。
利用者同士のトラブルの激化を防ぐには施設側の対応が重要
施設に入所したり、デイサービスなどを利用すると、利用者同士でトラブルになることがないとは言えません。
認知症の症状などから、他人に対して攻撃的になったり、暴言を吐いたりしてしまう方もいますし、被害妄想によってトラブルに発展することもあります。
私が介護事故で依頼を受けてから介護記録を見てみると、「Aさんが私のものを勝手に取った」「Bさんに悪口を言われた」と、介護者に訴える方がいるようです。
中には、認知症で自分の部屋がわからなくなって、ほかの利用者の部屋に入ってしまったという事例もありました。
認知症でも、好き嫌いなどの感情は残っていますし、相性の合う人もいれば合わない人もいます。
私がこれまで介護記録を通じて間接的に見てきた例でも、「今日もAさんと食事中にもめた」など、特定の人とトラブルになっている例が多いように思います。
利用者同士がトラブルになった場合には、まず、当事者同士が顔を合わせて再びトラブルになることがないよう、デイルームなどの共用スペースに出る時間帯や、食事の際の座席の位置を変更するなどの対応をし、トラブルが激化しないように工夫することが必要と思われます。
利用者同士のトラブル-転倒して骨折してしまった事例
介護サービス事業所にとっては、このような利用者同士のトラブルは、日常的に起こっていて、決して珍しいことではありません。
しかし、利用者同士のトラブルから、どちらか一方が怪我をし、事故にまで発展することもあります。
大阪高裁平成18年8月29日判決を参考にした、利用者同士のトラブルから転倒して骨折した事案を検討してみましょう。
Xは、90歳の女性で要介護5の認定を受けており、時々Yの開設する特別養護老人ホーム(以下、「Yホーム」)でショートステイの利用をしていました。
Xは、介助があれば自力歩行することも可能でしたが、ショートステイ利用時は車椅子を利用していました。
Aは、93歳の女性で要介護3の認定を受けており、ときどき、Yホームでショートステイを利用していました。
Aは認知症のため、普段から他人のものを自分のものと勘違いすることがあり、
また、機嫌が悪いと、施設職員にも暴言を吐いたり、叩くなどの暴力的な行動も見られました。
Xがデイルームでテレビを見ていると、自室にいたAがXの車椅子を自分のものと勘違いして、デイルームに入っていき、Xの車椅子のハンドルをつかみました。
ほかの入所者の介護にあたっていたYホームの職員Zがその様子を目撃し、「この車椅子はXのものである」と説明してAに部屋に戻るように言い、Aは自分の車椅子を受け取って自室に帰っていったのです。
しかし、その後、Aは、もう一度デイルームに行き、Xの車椅子のハンドルを揺さぶったり、Xの背中を押したりしていたので、Zは、再度Aに言い聞かせて、部屋に戻らせましたが、少しすると、またAが同じ行動を繰り返していました。
ところが、Aは、その後もまたデイルームに来て、Xの車椅子のハンドルを揺さぶったり、Xの背中を押したりしました。そこで、Zは、もう一度、Aに部屋に戻るように言いました。
その後、Zがほかの入所者の介護をしている間に、Aがまたデイルームへ来て、Xの背中を押すなどしたために、Xは車椅子から落ちて転倒し、左大腿骨頸部(ひだりだいたいこつけいぶ)骨折の怪我を負い、後遺障害が残りました。
加害者・加害者家族・施設側の責任は?
加害利用者
AはXの背中を押して転倒させた結果、怪我をさせてしまったので、Aに不法行為に基づく損害賠償責任が発生するかが問題となります。
しかし、民法は「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態」で他人に損害を与えても、賠償責任は負わないと定めています(民法713条)。
Aは、認知症がある程度進行していたようですから、Aには賠償責任が認められない可能性が高そうです。
加害者の家族
民法は、責任能力がない人が不法行為をしてしまった場合に、監督義務を負う者が代わりに賠償責任を負うと定めています(民法714条1項)。
ただし、民法は「監督する法定の義務を負う者」と定めており、また、監督義務者が監督義務を果たしていた場合には責任は負いません。
認知症のため徘徊した男性が列車にはねられた事故で、JR東海が家族に監督者責任を追及し、ニュースとなった最高裁の平成28年3月1日の事案では、認知症患者の家族がこの監督義務者の責任を負うかどうかが争われました。
最高裁の判決では、以下のような判断をする結果となりました。
- 法定の監督義務者に該当しない場合(例えば、認知症患者の妻や子)でも、身分関係や日常生活での接触状況から監督義務を引き受けたと認められるような「特段の事情」がある場合には、監督義務者に準じる者として責任を負うことがある
- 列車にはねられた男性を自宅で介護していた妻と、介護体制に関する話し合いに参加していた子について、監督義務者に準じる者にはあたらず、賠償責任は負わない
Aの家族に責任追及ができるかどうかは、Aの介護体制や家族の監督状況次第となりますが、最高裁が監督義務者に準じる者としての責任が認められるのは、「特段の事情」がある場合としていることからすれば、家族への責任追及は難しいとも思われます。
また、Aの家族は一個人ですから、別途賠償責任保険に入っているなどの事情がない限り、後遺障害についての賠償をするだけの資力がない可能性があるという点にも、留意が必要です。
サービスを提供していた施設の運営者
では、XとAをショートステイさせていた施設を運営するYの責任はどうでしょうか。
この点、まず、民法は、監督義務者に代わって監督する者(代理監督者)も、監督義務を果たしていない限り、責任能力がない人が不法行為をしてしまった場合の賠償責任を負うと定めています(民法714条2項)。
代理監督者の具体例は、幼稚園や小学校の先生、精神病院の医師などです。
また、ショートステイのサービスを提供するYは、契約上、利用者の生命・身体の安全に配慮する義務を負っています。
安全配慮義務違反ないし注意義務違反(過失)によって、利用者の生命・身体に損害を与えた時は、賠償責任を負うこととなります。
このように、(不法行為か債務不履行かという)法的構成はともかくとして、Yは、AがXに危害を加えることがないよう防止する義務を果たしていなければ、Xの負った怪我について賠償責任を負うことになります。
判例の結論
大阪高裁平成18年8月29日判決は、
- Aは二度、三度と重ねて執拗にXの乗っている車椅子は自分のものだと主張していた
- Aは単にXの車椅子をつかむというだけではなく、揺さぶり、さらにXの背中を押すなど有形力を行使(平たくいえば、暴力を加えること)していた
- Aは日頃から施設で暴力的な行為をしていた
ことから、職員Zの説得には納得せず、その後も継続してXに同様の行為をすること、また、Xが車椅子から転落して事故が起こることは容易に予見できたと判断しました。
そうすると、Zは、単にAを部屋に戻らせるだけではなく、Xを別の階に移動させるなどしてAとXを引き離し接触できないようにするべきだったのに、そのような措置を講じなかったからYには安全配慮義務違反があると判断しました。
家族同士での話し合いを促すのは不適切
以上、ほかの利用者とのトラブルで転倒等の事故が発生した場合の賠償責任について、具体的事例をもとに検討してきました。
実際に施設でこのような事故が起こると、施設側は、被害者側と加害者側の家族同士に直接話し合いをするよう勧めるケースが多いようです。
しかし、これまで述べてきたように、利用者同士の衝突による転倒であっても、施設に責任が発生することが十分あり得ます。
したがって、施設が自分には関係がないという態度で、家族同士の話し合いを勧めるということは、適切ではないと考えます。