兵庫県加古川市では、官民連携の取り組みとして「スマートシティプロジェクト」を推進している。目指すのは、ICTなどの先端テクノロジーを駆使し、高齢者や子どもを含めた誰もが健やかに暮らせるまちをつくること。全国に先駆けた取り組みも多く行なっている。今回は岡田康裕市長に、これまでの成果や展望について語っていただいた。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・岡田康裕】
ICT活用による官民連携の
見守りサービスの実証実験を実施

加古川市での「スマートシティプロジェクト」は、2018年度からスタートしました。もともとは子育て世代が安心して子どもたちを育めるまちにするために始めた取り組みです。
まずは、市内の小学生を対象に、ICTを駆使して位置情報を確認する「見守りサービス」を導入しました。民間事業者からの提案と協力があり、実現することができた取り組みです。
始動してみると、子どもたちだけでなく高齢者のニーズも見込めることに気がつきました。認知症で行方不明になる恐れがある高齢者やそのご家族にとって、心強いサービスになるだろうと考えたのです。
そんな考えのもと、ICTなどの先進テクノロジーを駆使することで、高齢者を含めたすべての市民が暮らしやすいまちづくりに取り組んでいます。
「ビーコンタグ」で市民の行動を見守る
見守りサービスを受けるために必要となる機器「ビーコンタグ」は、気軽に持ち歩けるコンパクトなサイズ。ランドセルや衣服にも簡単に取り付けられる。

このタグを身につけて、通学路などに設置された「見守りカメラ」の付近を通過すると、専用のアプリやメールを通じてご家族のもとへ居場所が通知される仕組みだ。現在、約1,000人が利用しているという。

2020年7月からは、市内在住の65歳以上を対象とした「見守りサービスにおける健康寿命延伸サービスの実証実験」も実施された(2021年3月末まで)。こちらは、前述の見守りだけでなく、「睡眠センサー」などを利用して、参加者の日常の行動や睡眠、家電の利用状況などの情報を収集し、ヘルスケアなどの分野へ応用することが目指されている。
市のオリジナルアプリにも同様の機能を実装
現在、加古川市内に設置されている見守りカメラは1,475台。これらに加え、公用車や郵便局のバイクのほか、市が無料提供するスマホアプリ「かこがわアプリ」内にも、ビーコンタグの検知機能がついている。

これらを含めると、市内には約6,000台の検知器があることとなる。まさに、「まちぐるみで見守る体制」が整えられているのだ。
現在、ビーコンタグはサービス提供事業者の異なる2種を併用している。同一の見守りカメラで、どちらの事業者のタグも感知できる仕組みだ。これも本サービスの画期的なところと言える。さらに、今後は近隣の自治体とも連携を進め、他市に設置された検知器でも検知ができる体制を考えているという。
オンラインでパブリックコメントを募集。
スマート化は市民の利便性を高める

話題の「スマートシティ」を実現するメリットには、さまざまなものがあります。もっとも大切なのは、市民の皆さまに利便性の高い生活を提供することだと考えます。
では、実際に市民の皆さまはどのようなことを行政に求めているのでしょうか。これらを探るために、コード・フォー・ジャパンと協定を締結し、市民からの意見を募集する「Decidim(デシディム)」をウェブサイト上に立ち上げました。
Decidimとは、バルセロナなどで使われている市民参加型民主主義プロジェクトのためのツールで、オンラインで市民の皆さまが、政策について議論することができます。今後はさまざまな事業について活用していく予定です。
2020年度に始めたばかりですが、反響は予想以上に良いものでした。これまでも市のホームページなどでパブリックコメントを募集していました。Decidimにおいても、活発かつ建設的なご意見をいただいています。貴重な声を活かして、高齢者を含めたすべての人々が利便と安心を感じられるまちを目指します。
ICTで住民同士の対話や参画を促す
加古川市は、コード・フォー・ジャパンが提唱する「DIY都市」のコンセプトを念頭に、市民のニーズを反映したスマートシティの実現を目指している。DIY都市とは、「DIY(Do It Yourself)」とあるように、その地域で暮らす人たちやその地域を愛する人たちが主役となり、自分たちでまちをつくっていこうという考えだ。
加古川市では、以前よりホームページなどでパブリックコメントを募集していた。しかし、思うようには意見が集まらなかったという。市民参加型合意形成プラットフォームDecidimを導入してからは、積極的に意見を提供してくれる市民が増えたそうだ。
理由として考えられるのは、書き込んだ意見に対してダイレクトにフィードバックがあると感じられることだろう。また、SNSのようにツリー形式でコメントが積み重ねられ、議論が深まっていく過程をリアルに感じられるのもポイントだ。
導入当初はいわゆる「荒らし」的なコメントがあることも覚悟していた。しかし蓋を開けてみると、ほとんどが建設的な意見だったという。加古川市というまちに愛着を抱き、「DIY」的に自分たちの手でより良いまちにしていきたいと思っている市民の多さがうかがえる。
今後はこのシステムによって得た意見を行政が活かし、サービスの利便性が向上していく。その中で、高齢者への支援の充実に向けたアイデアも生まれてくることに期待が寄せられている。
高齢者の移動支援もICTで大きく進展した
スマートシティプロジェクトが目指すのは、生活インフラ・サービスを効率的に管理・運営することで、高齢者や障がい者、子育て世代を含めたすべての人々が、快適かつ安心して暮らせるまちをつくること。実現するためにはいくつかの課題がある。北西部の交通インフラが不十分なことも、そのひとつだという。
そこで近年、加古川市では、当該エリアの交通インフラの整備に注力している。100円~200円で利用できる「かこバスミニ」のルート・ダイヤを増やしたほか、神姫バスのICカードを利用した市内上限運賃制度も導入。さらに、ネッツトヨタ神戸と連携して、「チョイソコかこがわ」といった移動支援サービスの実証実験を2021年1月より開始した。
チョイソコかこがわとは、予約方式の乗合デマンドタクシーだ。複数の利用者の希望目的地や希望到着時刻から、専用システムのAIが予約の可否や最適なルートを決定する。実証実験の結果を踏まえて本格運行へと移行し、ほかのエリアへの導入検討へと展開していく予定だ。
デジタルとアナログを掛け合わせて
「助け合い」のまちづくりを進める

加古川市では「デジタル」と「アナログ」の良いところを掛け合わせて、「相互に助け合える空気」に満ちたまちづくりを進めています。
まず、ICTやビッグデータを活用した行政サービスの可能性は、これからますます広がっていくと思います。コロナ禍で困窮する飲食店に対して実施した、クラウドサービス「kintone(キントーン)」による支援がそのひとつです。
市内にある飲食店のテイクアウト情報を「GIS(地理情報システム)」上に集約し、市民に広く発信しています。密な状況での飲食を控えなければいけないという状況下で、テイクアウトによる需要と供給のマッチングを促進して経営者を支えたいと始めたものです。
一方で、アナログな手法の可能性も感じています。例えば、民間企業などが実施している「移動スーパー」です。交通インフラが未発達な地域に住む高齢の方や障がいをお持ちの方は、タクシーを呼ぶ以外に移動手段がありません。必要なものが近場で気軽に購入できるこのサービスは、ありがたいものなのです。
今後はこういったアナログな手法も取り入れながら、誰もが快適に暮らせるまちづくりを進めてまいります。
災害には人力で支援できる体制づくりで備えておく
デジタル化を推進する一方で、加古川市はアナログな支援にも力を入れている。そのひとつが「避難行動要支援者支援制度」だ。
高齢者や障がい者など、災害時に避難の支援が必要と思われる人について「避難行動要支援者名簿」の作成を行っている。
この制度は、避難時の誘導や補助などの支援を希望する人が、名簿に登録された情報を町内会などの地域の避難支援等関係者へ提供することについて同意することで、日頃の見守りや災害時の安否確認、避難誘導などに役立てられる。
「自助」で健康への意識を高める取り組みも
高齢者支援では、「互助」だけでなく、市民が自ら健康を維持するための「自助」についても重要視している。
加古川市では「いきいき百歳体操」という体操の普及を推進。こちらは、DVDなどで映像を見ながら、椅子に座って30分ほどでできる体操だ。個人に合わせておもりの重さを変えて、効果的かつ安全に負荷をかけることができる。個人のペースにあわせて実践できる筋力トレーニングで、約5,000人もの高齢者が実践している。
この運動を通じて、「いきいき」と暮らしを楽しむための体づくりを推進しているのだ。こうした個人の意識を高める取り組みも、まちの健康増進に必要なひとつの手段と言えるだろう。
※2021年2月25日取材時点の情報です
撮影:KOYABU SATOSHI