子どもの転入超過が多いことで知られ、「子育てしやすいまち」である町田市は、「高齢者や認知症の人にもやさしいまちづくり」にも取り組み続けている。最近では、人気のカフェを利用して「認知症カフェ」を開催していることで話題だ。このように町田市では、行政主導ではなく、市民やスターバックスなど民間企業が主体となって行政と連携するなど、多様性を活かした施策に取り組んでいるのが特徴的だ。今回は石阪丈一市長に、その秘訣を教えてもらった。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・石阪丈一の声】
スタバで認知症カフェを開催…目指すのは高齢者が外出しやすいまちづくり

町田市では、2017年10月から市内にあるスターバックスコーヒー全店舗で、「認知症カフェ」の取り組みである「Dカフェ」を月に1回、開催しています。
Dは英語で「認知症」を意味する「dementia」の頭文字。認知症の当事者とご家族、介護や医療の専門家などが、気軽に集まって話をする場です。予約なしで、どなたでも参加できます。お店で居合わせたお客様の飛び入り参加も、歓迎しています。
開催される日には、店内の一角に「Dカフェ=出張認知症カフェ」の看板が置かれ、当日の進行役が皆さんの会話を取り持って行きます。スタバの飲み物を片手に、認知症についていろんな人がそれぞれの好きな話をします。おしゃれで気軽な雰囲気であることから、2018年度では延べ945人が訪れました。参加者は年々増えています。
Dカフェ開催のきっかけは、スターバックスコーヒー町田金森店の林健二店長から「地域貢献事業の一環として、市内のスターバックスコーヒーで月に1回程度、認知症カフェを開催したい」とのお申し出をいただいたことでした。認知症について、多くの方に知って関心を持ってほしいという思いから、開催に至りました。
まちのおしゃれなカフェが、日常的につながれる「場」に
「特別な場所」から「日常の場所」へ――町田市のDカフェのコンセプトである。認知症の当事者やその家族が日常的に行きやすく、継続してつながりを持てる「場」を作ることで、認知症になじみの薄い地域住民に知識や関心を持ってもらうことも期待できるという。

国内に約1,500店舗を要するスターバックスコーヒージャパン㈱は、以前から社会貢献に理解があり、一般の企業イメージも高い。また、Dカフェがこうした「おしゃれなカフェ」を活用することにも話題性がある。
市内では、スターバックスコーヒー以外にも認知症カフェを主体的に運営する介護事業所やNPO法人などの市民団体が増えている。2019年5月現在では、市内に30ヵ所ほどもあるという。
石阪丈一市長は、「スタバのDカフェは、年間を通して多くの方に参加いただいていることから、今後も続けていきたいと考えています。Dカフェの事例を参考に、地域での理解が広がり、認知症の人が外出しやすい場が増えるよう普及啓発を進めていきます」と意欲的だ。
「子育て世代から選ばれるまち」町田市の人口政策とは?
1958年2月に東京都で9番目の市として誕生した町田市は、島嶼地域(とうしょちいき/伊豆諸島および小笠原諸島)を除くと都内では最南部に位置している。
都心部からのアクセスが良いことや、豊かな自然に恵まれていることもあって、市制施行当時は約6万人だった人口が、現在では約43万人にものぼっている。
また、町田市内は0歳児から14歳までの子どもの転入超過が多く、「子育て世代から選ばれるまち」としても知られている。2016年は全国1位、17年は東京で1位となっている。このほか大学や関連施設なども集まっているため、「学園都市」としての役割も担っている。
一方で、「少子高齢化」と「人口減少」の問題は、少しずつ深刻化している。2015年1月の「新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)」では、認知症カフェについて「18年度からすべての市町村で地域の実情に応じ実施する」とされていた。
その策定を受けて、町田市でも認知症カフェの実施のほか、「認知症の人にやさしいまち」を目指す取り組みや、全市民参加型のプロジェクトなどを打ち出してきた。
「認知症の人にやさしいまちづくり」で、市民の当事者意識を育む

いわゆる団塊世代(1947~1949年生まれ)が75歳以上となる2025年には、「認知症またはその疑いがある人が、国民の5人に1人にものぼる」と試算されています。
町田市では約2万3,000人が該当するため、認知症になっても地域で自分らしく生活していくための政策を進めているところです。そのひとつに「16のまちだアイステートメント」の作成があります。
これは「認知症の人にやさしいまち」のための地域と社会の取り組みについて、認知症の当事者として声明(ステートメント)を述べることで、認知症への理解をさらに深めてもらおうというものです。認知症の当事者とご家族、医療や福祉関係者、民間事業者などが参加してまとめています。
「私は、早期に診断を受け、その後の治療や暮らしについて、主体的に考えられる」から始まる声明をあらかじめ述べておくことは、「自分ごと」として認知症を考える好機となります。
2018年には、このステートメントの普及を目的に、「まちだDサミット」を開催いたしました。認知症について地域に住むさまざまな立場の方が議論をするイベントで、400人以上の方にご来場いただきました。
イラストで理解できる「認知症ケアパス」のパンフレットを配布
認知症について知ることは、当事者と周囲が安心して暮らせることにつながる。
町田市では、都内で初となる「認知症ケアパス」(状態に応じた適切なサービス提供の流れ)を盛り込んだパンフレット「認知症ケアパス 知って安心認知症」を2015年に作成、配布している。認知症のチェックリストや、発症した時に利用できるさまざまサービスなどがイラストとともにわかりやすく紹介されている。
石阪市長自身も、実母の介護に携わったという。
「私自身の経験で申しますと、横浜市に勤めていた時に2年半ほど兄弟たちと交代しながら母の介護をいたしました。晩年の母は、昨日はできていたことが今日はできなくなっていたり、戸締まりを5分おきくらいに確認したりしていて、『認知症とはこういう状態なのだな』というのがわかっていきました。認知症について知ることはとても大切です」と明かす。
独自の介護予防トレーニング「町トレ」で交流もさかんに
町田市では、社会情勢に関する未来予測を踏まえて、10年後の町田市における高齢者福祉施策の方向性を示す「高齢者福祉計画」を2012年に策定した。
この計画では、高齢者が住み慣れた地域で元気に暮らし続けることを目指し、地域包括ケアシステムの深化を狙っている。2017年度には、最新の情報を加味して、一部修正も行っている。
内容としては、認知症支援施策のほか、健康づくり・介護予防の推進、高齢者支援センター(地域包括支援センター)の機能の充実、地域に密着した介護保険サービスの提供などを盛り込んだ。
具体的には、健康づくり・介護予防として、町田市オリジナルの筋力トレーニング体操「町トレ」をはじめとした市民の自主的活動の支援、介護予防サポーターの育成などだ。

「『町トレ』は、仲間たちと手軽に行えるのが特徴で、2016年8月にスタートしました。2019年10月には142のグループが地域で取り組み続けています」と石阪市長。
外出して仲間と交流する機会ができることで、介護が必要なほどではないが健康なときに比べて心身が弱っている状態である「フレイル」予防にも有効だという。
高齢者から子どもたちまで、幅広い世代が住みやすいまちを目指して

人口減少、少子高齢化は子どもの転入率の高い町田市においても大きな課題となっています。ただし、こうした課題すべてを自治体主導で解決していくことは難しいとも感じております。
そのため、生き方の違う人たちが、それぞれのライフステージにおいて主体的に活躍できるような仕組みをつくっていくことが必要と考えております。 そうしたなかで誕生したのが「まちだ○ごと大作戦18-20」です。
「18-20」とは、2018年2月1日の「市制60周年」に加え、「ラグビーワールドカップ2019日本大会」「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」がある2018~2020年までの3年間のことです。このプロジェクトで市民活動や地域活動を盛り上げ、町田の魅力や活力を高めるのが目的です。
地域が主体となって行政と連携しながら進める「作戦」を公募し、すでにいくつもの案が実現されています。
「高齢者という人」はいない、というのが私の持論です。高齢者が1,000人いれば、1,000人の生き方があります。生き方の違う人たちが、それぞれのライフステージにおいて主体的に活躍できるような仕組みを作っていくことが行政の務めです。キーワードは「多様性」ですね。
あとは、いつも「何か新しいこと」を考えること。職員たちにも「去年と同じことはするな」と言っています。
外出困難な高齢者向けに「電動カート」での送迎をスタート
「まちだ○ごと大作戦18-20」のうち、高齢者を対象としたプロジェクトでは、19年11月から町田市北東部の鶴川団地にて、地域の福祉事業者らによる「鶴川団地活性化プロジェクト 団地名店街へ行こう!」などがスタートしている。
買い物や外出がしづらい高齢者を4人乗り電動カートで送迎する。
使用するカートは国土交通省が進める「グリーンスローモビリティ」に該当し、自家用有償旅客運送による本格事業化は全国初の取り組みとなっている。

また、坂道の多い南部の西成瀬の鞍掛台地区では、福祉施設事業者の送迎車を利用し、空き時間に買い物バスとして走らせる取り組みがスタートしている。
このほか、西成瀬に隣接する成瀬台地区では認知症の基礎知識を学ぶセミナーが開催されたり、中東部の玉川学園地区では多世代交流の場づくりが行われたりと、新たなプロジェクトも進んでいる。
未来を見据えて、子どもの「居場所」を積極的につくる
少子化への対策として、町田市では「子育て世代から選ばれるまち」を目指し、働きながら子育てしやすい環境づくりに取り組んできた。
国内では統廃合が進み、数が減少しつつある児童館も、町田市では増設を進めている。例えば、2019年11月にオープンした駅(旧南町田駅)直結で、公園、商業施設、パークライフサイト(美術館やカフェなど)が一体となった「南町田グランベリーパーク」にも、「子どもクラブ」(児童館)が併設されている。

なお、同施設にはスターバックスコーヒーも新設されており、店内とバックヤードがバリアフリーで、顧客や従業員の多様性に対応できることで注目されている。
石阪市長は、「南町田グランベリーパークのほかにも、市内全域で子どもたちの居場所づくりを進めています。市内の公園には木登りや泥遊びを楽しめる『冒険遊び場』をつくり、子どもたちが放課後を安心して楽しく過ごせる『放課後子ども教室 まちとも』の全小学校への設置を進めております。今後も多くの皆さんに町田市で暮らしていただける施策に取り組んでまいります」と結んだ。
※2019年12月3日取材時点の情報です
撮影:丸山剛史