Q.54 経済産業省では、「介護」という産業についてどのくらいの温度感で、主に何についての議論がされているのでしょうか?(ハック・会社員)
省庁間の力関係の話ですが、経済産業省というのは、財務省や厚生労働省に対して、経産省内での決定事項をどれくらい押し通す力があるのかな?と思いまして。ド真ん中にいた宇佐美さんなら、実感値でお答えいただけるでしょうか。
経産省が厚労省に対する権限を持っているわけではありませんが、規制緩和を仕掛けるような働きかけは継続的にしています
大変いい質問だと思います。お答えをするに当たって、少し経済産業省の内部構造の話をしたいと思います。経済産業省の中で主として介護事業に関与している部署は二つあります。一つは製造産業局のロボット政策室でこちらはメーカーと連携して介護ロボットの研究開発を推進しています。
もう一つは経済産業政策局の産業構造課という部署で、この部署では2015年から2016年初頭にかけて「将来の介護需要に即した介護サービス提供に関する研究会」という会議を開催して介護事業の生産性向上に向けた政策のあり方を議論していました。経産省の介護ロボット開発に関しては以前「Q.7介護ロボットについて、もう数年前から話題に上っているにも関わらず、一向に実用化される気配を感じられません。実際のところ、経産省的には介護ロボットの開発や導入についてどのような温度感なのでしょうか?」で触れましたので、今回は後者の「産業構造課」という部署の役割について説明したいと思います。
産業構造課は経済産業省の中でも少し特殊な部署でして、他省庁の所管する法律に対して、事業者の要望を聞いて規制緩和を仕掛けるという性質を持っています。そのためこの課の業務は必ずしも経済産業省の中に納まっておらず、特区制度を担当する内閣府と密接な関係を持っています。
そもそも特区制度の原案自体がこの産業構造課から生み出されたものです。ここから見えることは、経済産業省は2015年の段階で特区制度を通じて厚生労働省に規制の緩和を働きかけようと画策していたということです。実際、先ほどの研究会の報告書でも保険外サービスと保険サービスを組み合わせる「混合介護」の重要性が語られています。
では今回の産業構造課の試みはうまくいったのかというと、2016年末から「混合介護に関する特区制度を政府が創設しようとしており、東京都がそれに手を上げている」というニュースがにわかに報道されるようになってきています。このような状況を見る限りは、まだ結論は出ていないものの、産業構造課の試みは一定の進捗が見られているようです。
このように産業構造課は、省内のみに収まらず、内閣府、東京都、企業といった外部の機関と連携して政策を実現する政治環境を作り上げることに長けています。ただこうした手法が成功するかどうかは政治的状況や担当の属人的スキルに大きく依存しますので、必ずしも経産省が継続的に介護に関与する権限を持っているというわけではありません。官庁の中でもこのような動きをする省庁は経産省だけで、経産省は介護分野においても官と民の間で上手く立ち回って規制緩和をしかけるというやや特殊な役回りを果たしているのです。