いいね!を押すと最新の介護ニュースを毎日お届け

施設数No.1老人ホーム検索サイト

入居相談センター(無料)9:00〜19:00年中無休
0120-370-915

武久洋三「2018年の診療報酬改定では、治療実績を評価するという本来あるべき方向に舵が切られた」

最終更新日時 2019/03/04

武久洋三「2018年の診療報酬改定では、治療実績を評価するという本来あるべき方向に舵が切られた」

1984年、日本一の慢性期病院を目指し、徳島県に60床の博愛記念病院を創設した武久洋三氏は、まさに信念の人。「絶対に見捨てない」をグループの旗印に、全国9都府県に25の病院、63の介護施設などを展開する平成医療福祉グループを率いてきた。社会保障審議会の委員として、歯に衣着せず、政府や厚労省にもの申す論客としても知られる。老年医学とリハビリテーションを専門とする医師として、また1万4,000人を擁する医療法人の経営者として、2018年の診療報酬・介護報酬ダブル改定をどう評価しているのか。まずはそのテーマから語っていただく。

文責/みんなの介護

これまでの診療報酬は治療の実績よりも職員配置で決まっていた

みんなの介護 2018年は6年ぶりに、診療報酬と介護報酬の同時改定となりました。武久さんは日本慢性期医療協会会長として、また病院や介護施設など100以上の事業所を束ねる医療福祉グループの理事長として、日頃から日本の医療と介護制度にさまざまな提言をされていますね。今回のダブル改定については、どのように評価されていますか?

武久 全体として、正しい方向に舵が切られたと考えています。特に急性期医療の入院料に関して、基準をより厳しくしたことは評価して良いのではないでしょうか。

みんなの介護 ちょっと難しいお話になりそうですね。読者の方には、「急性期医療とは何か」から解説していただいたほうがいいかもしれません。

武久 確かに、一般の人には、急性期病院と慢性期病院の違いから説明したほうがわかりやすいかもしれませんね。

病院には大きく分けて「急性期病院」と「慢性期病院」の2つがあります。急性期病院とは、がん・脳卒中・心臓病・肺炎などの病気やケガの治療を行う病院のこと。救急病院をはじめ、皆さんが精密検査などで普段お世話になっている一般病院のほとんどが「急性期病院」ということになります。一方、急性期治療を終えて、リハビリなど一定期間の治療が必要な人のための病院が「慢性期病院」です。

2018年の時点で、日本の病院数は約8,300病院あります。精神病床を除く病院の総ベッド数は約122万床で、そのうち一般病床が約89万床、療養病床が約33万床です。

みんなの介護 武久さんは以前から、「日本の医療費を抑制するには、急性期病院(一般病床)の病床数を大幅に削減せよ」と主張してこられましたね。

武久 はい。急性期病院の入院料は、慢性期病院に比べて高すぎるからです。

もう少し詳しくお話ししましょう。

病院の入院基本料はこれまで、看護職員の配置に応じてランク分けされていました。最も手厚いのが、1日を通じて平均して患者さん7人に対して1人の看護職員を配置する「7対1」。この配置を実現するためには、病院側は患者1.4人に対し1人の看護職員を雇用しておく必要があります。そこから順に「10対1」「13対1」「15対1」「20対1」「25対1」と手薄になっていきます。

もちろん、入院費用は看護職員配置が手厚いほうが高額で、「7対1」の平均請求額は1日約4万5,000円。逆に、最も手薄な「25対1」の平均請求額は1日約1万5,000円。ちなみに、「20対1」や「25対1」は慢性期病院の人員配置になります。

みんなの介護 病院側からすれば、看護職員を「7対1」で配置すれば、「25対1」で配置するよりも、患者さん1人あたり、つまり、ベッド1床あたり1日3万円の増収になるというわけですね。

武久 そのとおりです。それまで最高で「10対1」だった看護配置基準に、厚労省が新たに「7対1」という手厚い基準を導入したのは2006年から。厚労省からすれば、「7対1」は、がん・心臓病・脳卒中などの重篤な患者さんに高度な急性期医療を提供する病棟、と位置づけていたようです。

みんなの介護 しかし、病院側はそうは考えなかったんですね。

武久 そうです。お金儲けに走ってしまったんですね。厚労省の当時の担当課長は、新たに「7対1病床」として申請されるのは5万床くらいだと予想していた。ところが、実際の申請数は35万床を超えてしまいました。

そのとき、全国の病院で何が起こったかというと、すさまじい看護職員争奪戦です。病院側からすれば、とにかく看護職員の頭数さえ揃えてしまえば、もっとも高額な「7対1」を申請できるのですから。

その結果、一般病床の4割近くを「7対1病床」が占めるようになってしまった。そして、ベッドを埋めるために、手厚い看護ケアを必要としない患者さんまで、そこに入院させるようになったのです。その入院費用の7?9割には莫大な保険金や公費などが投入されている。これこそ、医療費の無駄遣い以外の何物でもありません。

みんなの介護 そこでようやく、冒頭のお話に戻ります。今回の診療報酬改定では、その部分にメスが入れられたわけですね。

武久 そのとおりです。これまでは、看護職員の頭数さえ揃えておけば、7対1の一般病床=高度急性期病床として高額の診療報酬が受け取れました。しかし、これからは、急性期病床の重症患者割合が厳しくチェックされるようになります。

具体的には、従来の「7対1」と「10対1」の病棟が統合され、急性期一般の入院料は7段階に細分化され、「一般病棟用の重症度、医療・看護必要度に係る評価票」という評価基準に応じて、「呼吸ケアをしたら1点」「心電図モニターを管理したら1点」など、医療行為が細かく評価されるようになったのです。

結論から言えば、急性期病床の評価基準は「人員配置」から「重症度」や「アウトカム(治療実績)」重視へと、大きく舵を切りました。すなわち、今回の改定は「アウトカム元年」となります。冒頭で申し上げたとおり、診療報酬体系の在り方は正しい方向に向かっていると思います。

みんなの介護 全体として、アウトカムを正しく評価しようという動きになっているんですね。

武久 それが日本の医療制度が進むべき正しい方向だと思います。たとえば、国民皆保険制度のないアメリカでは、医療費は莫大です。盲腸の手術はおよそ400万円、胃がんの手術はおよそ700万円。日本に比べてめちゃくちゃ高額です。

一方、国民皆保険の日本はどうかというと、盲腸の手術を成功させて患者さんを1週間で退院させるよりも、盲腸の手術に失敗して再手術を行い、患者さんを1ヵ月間入院させたほうが、病院は儲かる。手術に失敗したほうが報酬を多く受け取れる制度なんて、どう考えても間違っています。

国民皆保険という素晴らしい制度を維持したうえで、日本ももっと成果や成功が重視される仕組みを考えていくべきです。

淘汰の先にあるのは高度急性期病院と地域多機能病院の二極化

みんなの介護 ここまでのお話は、日本の医療制度がアウトカムを重視する流れに変わってきたということでした。しかし、この改革についていけない医療機関は一体どうすれば良いのでしょうか?

武久 私は、これからの医療機関は、二極化すると考えています。高度な急性期医療を施す病院と、地域に根ざした地域多機能病院です。地域多機能病院は、「地域包括ケア病棟」の機能を中心に慢性期の治療やリハビリなどの機能を併せ持つことで、地域の多様なニーズに応えることができます。

みんなの介護 2014年に設立された「地域包括ケア病棟」ですが、まだまだ一般的な認知は広まっていないようですね。どのような位置づけの病棟なのか、簡単に説明していただけますか?

武久 「地域包括ケア病棟」とは、急性期病棟での治療を終えた患者さんや在宅療養中の患者さんを受け入れ、在宅復帰に向けて一定期間医療ケアやリハビリを行うための病棟であり、また、一部に急性期治療が主な患者さんも受け入れます。

みんなの介護 確か、地域包括ケア病棟は、武久さんのご提言がきっかけで創設されたと伺っています。

武久 私の発言だけで、できたわけではありませんが(笑)。

私が数年前から主張していたのは、アメリカのLTAC(Long Term Acute Care Facility=長期急性期病床)のような病棟が日本にも必要だということ。ポイントは、単なるLTC(Long Term Care=長期療養)の病棟ではなく、Acute、つまり急性期の患者も受け入れるという点です。

みんなの介護 なぜ、急性期の患者も受け入れるのですか?

武久 そうした方が、治療効果が高いためです。

たとえば、長期療養中の患者さんが肺炎にかかり、症状が急激に悪くなったとします。その場合、慢性期病棟から急性期病棟に移すのではなく、慢性期病棟のベッドに寝たまま急性期の治療を受けたほうが、予後が良い。慢性期病棟には、普段から患者さんの多くの臓器の状況を把握しているスタッフがいるのですから。

そこで、基本的には長期療養中の患者さんを受け入れると同時に、必要に応じて急性期医療も提供できる病棟が必要ではないかと考えました。

幸い、私と同じように考えている医療関係者が多かったようで、日本版LTACが「地域包括ケア病棟」新設のきっかけとなり、2014年から日本の医療制度に組み込まれることになったのではないかと思っています。

みんなの介護 地域包括ケア病棟は、最長で60日入院できることになっていますね。

武久 地域包括ケア病棟の主な役割のひとつが在宅生活への復帰支援です。高度急性期病棟で症状が改善した患者さんが在宅生活へ戻れるようになるために、リハビリを行います。地域包括ケア病棟で高度急性期の病棟のような難しい治療が行われることはありませんが、患者を総合的に診ることができる医師が必要です。

「賢人論。」第84回(後編)武久洋三氏「患者を臓器別ではなく、総合的に診ることのできる医師がより重要になってくる」

低栄養と脱水が寝たきりの高齢者を生み出している。そのことに医師が気づけないのは、臓器しか見ていないから

みんなの介護 今回の介護報酬の改定では、管理栄養士以外の介護職員による栄養スクリーニング加算や、低栄養リスク改善加算が認められました。高齢者の低栄養状態については、武久さんも著書のなかで危惧していましたね。

武久 そうなんです。急性期病院から私たちの慢性期病院に転院してくる高齢の患者さんのなかには、驚くほど低栄養で、しかも脱水状態に陥っている人が多くいます。

急性期病院では、その患者さんが入院する原因となった病気そのものについては経過観察するものの、全身の栄養状態については、あまり関心が払われないケースもしばしば見受けられます。これは実は、非常に危険なことなんですよ。

一般の成人であれば、たとえ低栄養であっても、食事で比較的速やかに栄養状態を改善できます。しかし高齢者には、一般成人のような予備的な体力はありません。食事をするにも実は体力が必要なので、その体力すらない高齢者の場合、栄養状態の改善は容易なことではないのです。

みんなの介護 低栄養状態に陥ってしまった高齢者はどうなるのでしょう。

武久 低栄養と脱水が進んだ高齢者は、話しかけても反応が鈍く、一目で心身の衰えを感じさせます。低栄養が寝たきりをつくり、命まで縮めるケースを何度も見てきました。

低栄養や脱水が進んだ結果、腎不全で命の危険にさらされることもあります。また、低栄養のために免疫力が低下すると、各種感染症にかかりやすくもなります。

ときには、そのあまりにも悄然(しょうぜん)とした心身の状態から、認知症を疑われたり、終末期だと誤解されたりする患者さんさえいるのです。

みんなの介護 病院に入院中の患者さんは、多くの医師や看護師の目にさらされているわけですよね。にもかかわらず、患者さんの低栄養と脱水が進んでしまうのはなぜでしょうか。

武久 一つには、患者さんの主治医が臓器別専門医だから、という理由が考えられますね。たとえば心臓病の患者さんなら、心臓血管外科や心臓血管内科の医師が主治医を務めることになりますが、専門性に特化するあまり、全身の栄養状態に関する知識の乏しい医師もときに見受けられます。

また、医療行為そのものが高齢者にマイナスに働くこともあります。たとえば、検査のために絶食を強いられたり、薬の副作用で食欲が減退し、そこから体力の低下を招くケース。絶対安静を強要したため、全身の身体機能が低下してしまう場合もあります。このように、医療行為が原因で心身の状態を悪化させることを、「医原性身体環境破壊」と呼んでいます。

みんなの介護 武久さんは以前から、臓器別専門医よりも、テレビ番組「ドクターG(NHK)」に出てくるような総合診療医を増やすべきだと発言されていますね。

武久 急性期病院と慢性期病院を併せて、現在、病院に入院している患者さんの8割は高齢者だというデータがあります。高齢者の場合、複数の臓器に病気を抱えていることが普通ですよね。だとすると、ある特定の臓器だけしか診られない臓器別専門医では、高齢者の全身状態を管理できないことになります。

一方、総合診療医であれば、高齢者の全身状態を把握しつつ、総合的な知見と判断で治療を進めることができます。もちろん、低栄養や脱水についてもケアできるし、複数の症状に対して、優先順位を決めて治療することで、必要以上に薬を処方することもなくなり、医療費の抑制にもつながります。

これからさらに高齢化が加速するわが国の医療現場において、最も必要とされているのは総合診療医だといえるでしょう。

みんなの介護 そういえば、新たな専門分野として、2018年から総合診療専門医の研修制度がスタートしたそうですね。これから、総合診療を専門とする医師が増えていくのでしょうか。

武久 そうなることを期待しています。現状では、総合診療医の数は医師全体の1割にも満たないのですが、将来的には、総合診療医:臓器別専門医の比率が5:5、あるいは7:3くらいになるのが適正ではないかと考えています。

特養でインフルエンザの死者が出たのは、医療と介護の連携が上手くいっていないから

みんなの介護 2018年の診療報酬・介護報酬の改定では、「医療と介護の連携の推進」「医療・介護の役割分担と連携の一層の推進」がそれぞれ謳われています。現在、医療と介護の連携はどの程度進んでいるのでしょうか。

武久 残念ながら、十分に連携しているようには見えませんね。

たとえば2019年1月、特別養護老人ホームでインフルエンザの集団感染が発生し、入所者が何人も亡くなりました。こうした悲劇が起こること自体、医療と介護の連携が上手くいっていない証拠だと考えられます。

みんなの介護 もし、両者の連携が上手くいっていれば、入所者の方は亡くならずに済んだとお考えでしょうか。

武久 その可能性は高いと思います。特養における医師の配置基準は、入所者100人に対して医師は週に1回程度来るだけでよいとされているのです。看護師は3人。医療環境として、決して整っているとはいえません。ですから、インフルエンザの症状が重い人は、ただちに病院に入院させ、適切な治療を行うべきなのです。

ところが特養側は、入所者を病院に入院させることをどうしてもためらってしまう。なぜなら、入所者が病院に入院している間、ベッドを空けて待っていなければなりません。特養としては、その期間、減益になる。だから、入所者を病院に入院させたがらないのです。

みんなの介護 しかし、インフルエンザであれば、1週間程度の入院で済むのではないでしょうか。

武久 はい、そうです。しかし今度は逆に、ベッドが空いてしまうので病院側が患者を退院させたがらないのです。特に地方の病院であれば、その傾向が強いですね。

超高齢化が進行しているわが国では今、後期高齢者の数が増え続けています。しかしそれも2040年で頭打ちになり、それ以降はあまり増えません。つまり2040年以降は、病院や介護施設のベッドが次第に空いてくると思います。

みんなの介護 そうだとすれば、高齢者向けのベッドを増やすのは考え物ですね。

武久 そのとおりです。事実、地方の病院や地方の特養の4人部屋では、すでに空きベッドが大量に発生しつつあります。今の時代、地方の人口はどんどん減ってきていますからね。

人口減少で地方の住民サービスはどんどん削られているし、高齢者は運転免許返納を迫られ、移動手段をなくしつつある。地方の病院に入院している人も、入院が長期化すると、息子や娘が暮らしている都市部の病院に移らざるを得なくなる。そうやって、都市部以外の地方では、人口が急速に減ってきています。

みんなの介護 そういう状況であれば、地方の病院は患者さんを退院させたがらないでしょうね。

武久 そうなんです。特養はインフルエンザの患者を病院に送りたがらないし、病院は一度入院した患者を退院させたがらない。もし、特養と病院の関係がうまくいっていて、「特養は重症化した入所者をすぐに病院に搬送する」「病院は症状が改善した患者をすぐに特養にかえす」という体制が確立していれば、この冬、特養でインフルエンザによる死亡者を出さずに済んだのではないかと私は考えます。

「生きたい」と思っている人を医療は全力で支えるべきだと考えます

武久 先ほど、「特養は入所者を病院に送りたがらない」という話をしましたが、それは国の意向でもあるように思います。特に、財務省の意向、ですね。

みんなの介護 どういうことでしょうか。

武久 財務省はとにかく、医療費と介護費を削りたくて仕方がないんです。だから、特養、在宅での「看取り」を推奨している。下手に病院にかかって延命措置されて、その分、医療費がかさむことを恐れているようにも思えます。

みんなの介護 財政難のしわ寄せが、そうさせるのでしょうか。

武久 他にも、財務省は「75歳以上の窓口負担を2割に引き上げる」など、高齢者に対して酷な物言いをしています。しかし、私に言わせれば、そんな酷なことをしなくても、医療費はもっと簡単に削減できるのですが…。

また、この際だから言わせてもらうと、個人的には、今の終末期医療の流れについても疑問を感じています。

みんなの介護 終末期医療と言えば、厚労省は終末期に延命措置を望むかどうか、意識がはっきりしているうちに、家族や医療・介護スタッフと事前に話し合っておく「ACP(=アドバンス・ケア・プランニング)」を推進しています。

武久 ACPの取り組み自体は有意義なことだと考えています。人間誰しも、どう死んでいくか、自分で決める権利がありますから。

ただ、病状が変化するごとに「延命措置を受けたいですか?」としつこく聞かれるのは、本人にプレッシャーをかけることにならないかと危惧しています。「この期に及んで、まだ命に固執してるの?」と聞かれているようで。気の弱い人なら、「じゃあ、もういいです」と言ってしまいかねません。

私は、人間一人ひとり、寿命があると考えています。100年も150年も生きられるわけではありませんが、それでも、それぞれの人の天寿を全うさせてあげたい。それを叶えてあげるのが医療の役割だと思います。ですから、本人が「もっと生きたい」と望んでいる間は、医療は全力で本人を治療するべきであると考えています。

ただし、本人が末期がんなどで苦しんでいる場合には、延命より痛みを取ることが優先されなければなりません。

多すぎるベッド数と長すぎる入院日数が、日本の国民医療費を増大させています

みんなの介護 2016年度の日本の国民医療費は約42兆円。団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年には、60億円に達すると推計されています。その一方で、現役世代といわれる生産年齢人口は年々減少を続けており、2025年には2002年より1,350万人少ないおよそ7,200万人に。このままでは、国家財政は医療費をまかないきれなくなるとの試算もあります。

そんななか、武久さんが2017年に上梓した『こうすれば日本の医療費を半減できる』は、各方面で話題になりましたね。

武久 おかげさまで。自分としては、特に目新しいことを書いたつもりはないのですが。

みんなの介護 本のなかで、武久さんは「日本の病院のおかしなところ」を列挙していますね。

武久 まず言えることは、日本は他の先進国に比べて、病院のベッド数が格段に多いこと。人口1,000人あたりの総病床数は13.4床で、これは3.1床のアメリカの4倍、2.6床のスウェーデンの5倍です。

一方、日本は他の先進国に比べて、医師と看護師の数が極端に少ない。病床100床あたりの医師数は、最も数の多いスウェーデンが148.7人、イギリスが97.7人、アメリカが79.9人。それらに対して、日本はわずか17.1人。スウェーデンのおよそ9分の1、アメリカのおよそ5分の1です。

また、病床100床あたりの看護職員の数は、スウェーデンの420.2人、アメリカの371.4人、イギリスの292.3人に対して、日本はわずか78.9人。スウェーデンのざっと5分の1です。

みんなの介護 なんだか、ずいぶんアンバランスですね。

武久 次に、患者さんの入院日数を見てみると、スウェーデンの平均在院日数は5.8日、アメリカは6.1日、イギリスが7.2日。そして日本はスウェーデンのおよそ5倍の約30日。

みんなの介護 つまり日本の病院は、他の先進国より医師や看護師が少なく、逆にベッド数が多い。そして、入院期間も長い。いずれも極端な差異がありますね。

武久 そのとおりです。それぞれの国の、医療の在り方の違いが見えますよね。たとえばスウェーデンでは、1人の患者さんに対して何人もの医師と看護師が集中して治療にあたり、短期間で病状を回復させて退院まで持っていく。だから、ベッド数はそれほど必要ありません。

一方の日本は、1人の患者さんに対して医師と看護師のマンパワーをあまり割かない代わりに、比較的時間をかけて病状を回復させる。だから入院日数も長くなるし、必要なベッド数も多くなります。

ここまでのお話から、日本の医療費の無駄が見えてきませんか?

みんなの介護 そうか、日本の病院では、多くの患者さんを無駄に長く入院させているんですね。

武久 まさに、そのとおりです。しかも、無駄に長く入院させている病床が、今日のお話の前半で出てきた「7対1」の一般病床だったりするのです。

みんなの介護 1日あたり約4万5,000円以上という、先ほど出てきたあの病床ですね。

武久 そうです。病院側からすれば、「7対1」一般病床の病床1床を1人の患者さんで埋めておけば、それだけで1日4万5000円以上の収入になる。2週間で63万円になります。

みんなの介護 なるほど。問題解決の糸口が少し見えてきました。つまり、無駄に高額な病床に寝ている患者さんを退院させるか、あるいはもっと安い病床に移ってもらえば、医療費もそれだけ削減できるということですね。

武久 考え方としては、そのとおりです。しかし現実には、それほど簡単にはいきません。

病院で1ヵ月安静にして過ごすと、そこから体力を回復させることは至難の業

みんなの介護 日本の病院ではなぜ、欧米のように、患者さんの入院、治療から退院までを早いサイクルで回せないのでしょうか。

武久 欧米のように、急性期の患者さんを集中的に治療するには、医師も看護師も足りません。もし、欧米並みのサイクルで治療を進めるのであれば、医師と看護師の数を現状の3から5倍に増やす必要がありますが、そうなると、日本の教育システムそのものから再編しなければならなくなります。

みんなの介護 それは確かに、現実的な解決策ではありませんね。では、どうすればいいのでしょうか。

武久 医師や看護師の数を増やして患者さんを早期に退院させるのではなく、患者さん自身の力で、早期に退院してもらえればいいのです。つまり、リハビリが重要ということですね。

日本の患者さんの入院日数が長いのは、実際に寝たきりの患者さんが多いから、でもあります。なにしろ、寝たきりの患者さんの数はアメリカの5倍もいるのですから。

みんなの介護 日本はどうして、寝たきりの患者さんが多いのでしょうか。

武久 それこそが、日本の医療における最大の問題だと考えています。結論から言えば、病院が寝たきりの患者さんを量産しているのです。

たとえば、ご高齢の患者さんが心臓病、がん、脳卒中などの重篤な症状で急性期病院に入院し、治療を受けたとしましょう。そして幸いにも、命を取り留めたとします。

ここまでは、なんの問題もありません。ポイントは、病状が安定してから、ただちにリハビリを始めるかどうか。患者さんの機能回復に対して意欲の強い病院であれば、たとえ脳梗塞で入院した患者さんであっても、入院初日から足を動かしたり、ベッドで上半身を起こすなどのリハビリを促すはずです。

しかし残念ながら、急性期病院の多くは、リハビリに関してそこまで意欲が高くありません。むしろ、「しばらくは安静に寝ていてください」などと、誤った指導をするケースさえあります。すると、どうなると思いますか?

みんなの介護 どうなるのでしょうか?

武久 高齢者が病院で1ヵ月も横になったままの状態でいると関節が拘縮し、全身の筋肉が減少するだけでなく、心肺機能まで急速に衰えます。さらに、1日に必要な栄養や水分を与えないと、物を食べる機能まで失われてしまい、そこから体力を回復するのは至難の業。先ほどお話ししたように、急性期病院では患者さんの低栄養や脱水状態に気づかないことも多く、そうなるとほぼ間違いなく、寝たきりになってしまいますね。

みんなの介護 高齢者の立場からすると、発症後すぐに入院した病院がリハビリ意識の高い病院かどうかで、その後の運命が決まってしまうんですね。

武久 そういうことになりますね。発症から最初の1ヵ月が重要なのです。必要以上にベッドに横たわっていても、体にいいことはひとつもありません。

私たちの医療グループは全国9都府県で25の慢性期病院を運営していて、リハビリの必要な患者さんが急性期病院から転院してくるのですが、「もっと早くリハビリを始めていれば……」という患者さんがあまりにも多く、いつも心を痛めています。

みんなの介護 急性期病院では、患者さんが寝たきりになってしまうまで、どうして放置してしまうのでしょうか。

武久 “自称”急性期病院では、リハビリが十分に行われず、そのうえ早く退院させると病床が空いてしまうので、長く入院させることによってどうしても寝たきりの状態になってしまうのです。

みんなの介護 急性期病院ではそうやって、寝たきりの高齢者がつくられてしまうんですね。

武久 さらに、特定除外患者としていつまでも入院できるようになっているのです。

しかし、実は、急性期病院だけに責任があるのではありません。患者さんの家族から、「もう少し入院させておいてください」と頼まれるケースも結構多いのです。

何らかの事情により、自宅では病人の世話が見られないとか。あるいは、自宅に帰っても患者さん本人の居場所がないとか。病状的には退院できる状態なのに、何らかの社会的な理由で入院し続けることを「社会的入院」といいます。この社会的入院も、わが国の医療費を増大させる一因になっています。

「賢人論。」第84回(後編)武久洋三氏「病院が寝たきりの高齢者を生み出さないようになれば、医療費は半減できます」

病院で早期リハビリを徹底させることが、医療費と介護費用の大幅な削減につながります

みんなの介護 これまでお話を伺ってきて、日本の医療費を大幅に削減するためのヒントが見えてきたように思います。まずは、欧米に比べて多すぎるベッドの数を減らさなければいけませんね。

武久 そのとおりです。現在、約90万床あるといわれている一般病床のうち、少なくとも30万床くらいは減らさなければなりません。

特に、1日4万5,000円以上のという急性期医療の「7対1」一般病床については、きちんと稼働しているところ以外、淘汰されるべきですね。現状では、看護師の頭数を合わせただけの、“なんちゃって急性期病床”が多すぎるのです。

今回の診療報酬改定で、治療実績の少ない「7対1」一般病床は、「10対1」一般病床や「地域包括ケア病棟」や「慢性期病床」に転換していくだろうと期待しています。

また、入院日数そのものを減らすには、寝たきりの高齢者を減らすためにも、あらゆる病棟で早期リハビリを徹底すること。これからは急性期病棟においても、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士を積極的に登用し、1日でも早くリハビリを始動すべきです。

さらにいえば、医療と介護の連携も重要ですね。単純計算でいえば、介護施設の入所費用は病院の入院費用の2分の1から5分の1。つまり、治療を終えた高齢者が、介護施設に順次転院してもらったほうが、社会的なコストを抑えられる。病院と介護施設の間で、高齢者の移動がもっとスムーズに行われるようになれば、医療費の大幅な削減にもつながるはずです。

みんなの介護 病院での早期リハビリが徹底されれば、それだけ在宅復帰できる高齢者が増えることになり、結果的に介護費用の抑制にもつながりそうですね。

武久 まさに、そう言えるでしょうね。介護施設のような福祉系施設と、病院のような医療系施設は、これまでずっと仲が悪いと言われてきました。厚労省の中でも、老健局、医政局、保険局は完全な縦割り行政になっていて、そこには厳然たるセクショナリズムが存在しているように見えます。

とはいえ、医療費の爆発的な伸びが懸念される超高齢社会において、セクショナリズムなどにとらわれている余裕はありません。今後増え続ける医療費を抑制するために、私たちは何を成すべきなのか。そろそろ真剣に議論すべき局面が近づいてきているのです。

撮影:公家勇人

関連記事
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」

森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07