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山口揚平「モノへの欲求が満たされた21世紀、最も価値を持つのは人の“つながり”。豊かな老後のために大切なのは、学び続けること、健康であること」

最終更新日時 2017/05/08

山口揚平「モノへの欲求が満たされた21世紀、最も価値を持つのは人の“つながり”。豊かな老後のために大切なのは、学び続けること、健康であること」

投資家支援サイト「Valuation Matrix」を運営する「株式会社シェアーズ」の代表にして、コンサルタント、投資家、思想家、作家など様々な顔を持つ山口揚平氏。氏が提供するシステム「Valaution Matrix」は、企業が持つ本来的な価値を見抜き、数字を超えた情報を個人投資家へ提供することを目的とする。マルクスをはじめとした近現代思想への造詣も深い山口氏が、多角的な視点から現代日本を斬る。

文責/みんなの介護

運動と予防医学で、健康へ投資していく

みんなの介護 山口さんは、人口問題の解決のためにはまず“健康への投資”が重要であるとブログに書かれていましたよね。

山口 はい。高齢化が進む中で労働人口の上限を引き上げることはひとつの解決策になります。つまり、健康寿命を延ばして高齢でも働き続けられる状況をつくるというやり方です。そのためには、運動する機会をある程度強制的につくることは重要かもしれませんね。人間、放っておくとどうしても怠けてしまいますから。

例えばスウェーデンは高齢者を寝たきりにしておかないような仕組みづくりをしています。スウェーデンでは在宅介護が原則で、介護付きの施設に入るのは基本的に人生の終末期だけ。しかも専門職員が必要と判断しない限り入居することができません。その代わり、食事介護を手厚くして自力で食事を摂ることを促したり、末期であっても自由に動いたり人と会ったりできる環境が整っていたりするので、そもそも寝てられないんですね。 このようなシステムは日本でもうまく機能するのではと考えています。

みんなの介護 学校の体育の授業のように、嫌々でも運動する仕組みを社会レベルでつくるんですね。

山口 はい。そして、ただやらされるのでは苦痛なので、人間が本質的に持っている欲求と結びつけてあげるんです。スウェーデンの例でも、美味しいご飯を食べたいとか動き回りたいとかいう欲求があるから末期の人でも体を動かしますよね。やるべきこととやりたいことを結びつけているんです。そういう観点で見ると「ライザップ」はすごく良いアプローチでしたね(笑)。冗談ではなくて、“モテたい”という欲求を刺激することで“痩せる”ことの動機づけに成功したじゃないですか。

みんなの介護 山口さんはライザップに通ってらっしゃる…?

山口 いや、そういうわけではないです(笑)!要は、少しスパルタな教師にお金を払って無理やり運動させてもらうと、その方が後で病院に通うことになるよりずっと良いということです。

みんなの介護 運動不足を自覚しながらも、つい面倒臭くてできていない、という人は多そうですよね。

山口 それから、予防医学や公衆衛生学の知を使って、未然に病気を防ぐことも大切です。

みんなの介護 公衆衛生学という言葉は聞き慣れませんが、どういった内容の学問ですか?

山口 これは、国民の健康を保全すること全般を研究する分野なんです。アメリカで一番優秀な医者・学者は公衆衛生学に回る、というくらい重要視されていて。病気になってからでは遅いのでそもそも病気にならないようにする。こういう予防の考え方が最先端なんですよ。

みんなの介護 最近よく耳にする“予防医学”とはどう違うのですか?

山口 一般に予防医学と言われるものは個人単位の医療を扱います。それに対して、公衆衛生学は社会単位で健康を考えるんです。食環境など社会そのものを健康的に変えていくというのが公衆衛生学のアプローチなので。例えば砂糖など将来的に病因になりうる食品をジャーナリズムによって弾いたりします。

みんなの介護 なるほど。山口さん自身も、予防医学などを用いて健康には気を使われていますか?

山口 はい。予防医学と公衆衛生学の研究の情報に準じて食べるものを選んだりしています。健康こそもっとも有意義な投資先だと、思っています。健康を損なうと歩けなくなったり、動きが遅くなったり、時間を大きくロスしてしまいますから。

「賢人論。」第39回(前編)山口揚平さん「幼稚園の隣に老人ホームをつくれば 世代間のつながりが生まれるし、 「介護士兼保育士」という 新たな働き方を可能にもする」

時間と健康が21世紀の“貨幣”になる

山口 21世紀という時代において、この“時間”こそがお金より何より大切になるんですよ。

みんなの介護 それほど“時間”が重要なのはなぜですか?

山口 20世紀までの“モノが欲しい”“お金が欲しい”という欲求はもう満たされてしまいましたよね。「Amazon」でポチっとクリックすれば欲しいものが簡単に手に入る時代ですから。人間は次の高次の欲求に関心が移動するようになっていて、物欲の次、すなわちこれからは繋がりや尊敬、承認など、コミュニケーションに関わる欲求がみんなの関心になってくる時代がやってくると思っています。これらのものはお金では買えません。その代わり、人に会ったり自分を磨いたりするための時間が必要になるんです。

みんなの介護 人間の欲求が、物質的なものから精神的なものへ移っていくんですね。

山口 はい。その通りです。そして今はちょうど、「モノ」から「つながり」への欲求の移行期間だと思います。例えばコミュニケーションツールであるLINEのスタンプのためにお金を出したり、インスタグラムで共有するために高いレストランやパーティへ行ったり。そういう具合に、お金という通貨を通して得たモノを経由してつながりを得ているという面がまだ見られますから。

でも今後は、もっと直接的なコミュニケーションにシフトしていくはずです。時間を使って、よりダイレクトに心を通わせるやり方に。そうなると、いわば時間がお金に取って代わる時代がやってきますよ。

みんなの介護 そういう「つながり」をつくっていくことを山口さんは「有機化のプロセス」という言葉でも表現されています。それに対してビジネスは「無機化のプロセス」であると。

山口 はい、20世紀までのビジネスは特にそうでした。「標準化」「画一化」「中毒化」をどんどん推し進めて。無機化のプロセスも終焉を迎えつつあると思っています。

みんなの介護 介護のビジネスがそういう、冷たいものにならないためにはどうすればいいでしょうか。

山口 介護ビジネスは人の命を扱うものですから、それこそ「つながり」を大切にしたものであるべきですよね。例えば、老人ホームは幼稚園や小学校の隣につくったほうがいいですよね。そういえば最近、アニメーション監督の宮﨑駿さんもそんな絵を描いていました。

子供と高齢者をくっつければお互いの関係をつくることができますし、「介護士兼保育士」という働き方も可能になりますよね。土地を共有するのでマネジメントも楽になります。子供は老人のところへ遊びに行って知恵も授けてもらえるし。

みんなの介護 「効率化」と聞くとなんとなく機械的で冷徹な印象を持ってしまいますが、有機的な効率化、という道もあるのですね。

山口 はい。より正確に言い表すとすると、有機化をすることがまず大前提として大切なことなのです。その上でどうせやるなら効率的にしましょうよ、という考え方ですね。効率化されても、有機化されていなければ「つながり」という欲求は満たされませんからね。最悪なのは、高齢者を隔離して、カプセルホテルみたいな狭い部屋でチューブに繋げて…というような方向性ですよね。それは無機的な効率化の極地ですから、絶対にいけません。

「賢人論。」第38回(前編)山口揚平さん「知識をアップデートし続けること、それが進歩し続ける社会からはぐれないためには必要だ。学ばない人は偏屈になっていく」

社会からこぼれ落ちないよう、知識をアップデートしていく

みんなの介護 山口さんがそこまで「つながり」を大切にされる理由は何ですか?

山口 人間は本質的に社会的動物なので、社会からの距離によって幸せは決まるんです。ブログにもデータを出しましたけど、人は酒や煙草が原因ではほとんど死なないんですよね。社会的関係の欠如によって死ぬんです。

みんなの介護 それは、孤独や憂鬱が病を招いたりする、ということですか?

山口 精神病という極端な例だけではなく、全員に当てはまることだと思っています。近所に病院が建つと病人が増える、という研究もあるくらい、病というものは精神から来るので。「つながり」を保つために、社会からはぐれない努力をするということが、特に高齢者には必要ですよね。というのも社会環境はどんどん変わっていきますから、長生きをするとそれだけ社会から取り残されるリスクが高くなるんです。

例えば高齢者の方は未だに固定電話に料金を払い続けていますけれど、いま主流はFacebookとLINEでしょう。スマートフォンを使えなくなってしまったら多くの人とコミュニケーションが取りにくくなってしまうということですよね。だからその時その時の社会に合わせ、知識をどんどんアップデートしていかなければならないんですよね。

みんなの介護 そういう、社会の中でつながりを保ちながら生きてゆくための技術を学び続ける必要がある。

山口 そうなんです。しかし人間という生き物は、歳を取ると昔のシステムを維持しようとするので厄介です。例えば僕たちはパソコンを使う世代ですが、もっと若い子はスマホで済ませてしまうでしょう。そうするとなんだか腹が立って「ちゃんとパソコンを使えよ!」と思ってしまう。でも本当は、新しい技術に合わせていかなければならないのは僕ら古い世代の方なんですよ。

中でも、40歳を過ぎてくると既得権というのを意識し始めます。体力が衰えたり、守るべきものが増えてくると、今まで積んできたものをなんとかガードしようと思うわけですよ。そうして知識のアップデートを怠りがちになり、結果的にどんどんシニカルな人間になってしまうので注意が必要なんです。

みんなの介護 いわゆる「偏屈じいさん」みたいになってしまう…。

山口 はい。それを防ぐためには、学びの環境を整えることもやはり大切です。例えばアメリカだとどこの大学を出たというのは関係がなくて、単科ベースなんです。つまりこの単位を取ったということやコースを取ったということそのものに価値が置かれるんです。

日本でもこういう単科ごとの履修証明を発行していって、それが社会のパスポートになっていくようにするべきだと思うんです。そうして、70歳、80歳までも単位を取り、社会に適応し続けられる環境をつくっていくべきですよね。

80点か、120点か。合理的な目標設定はそのどちらかしかない

みんなの介護 山口さんは今の日本の働き方に対して批判的な意見をお持ちなのですね。

山口 はい。根本的に、日本の現在のサラリーマン社会はすごく効率が悪くて不合理な仕組みになっています。イメージとしては武家社会に近いですよね、ちょんまげを結って、誰も来やしない土地の門番をずっとやって俸禄をもらっているという。特に大企業はその傾向が顕著です。小さい企業と比べると生産性が圧倒的に低く、3分の1くらいなんです。

みんなの介護 その無駄はなぜ生まれてしまったのでしょう?日本人のメンタリティに由来するのか、それとも制度から来るものなのか…?

山口 制度です。日本は島国なので制度が硬直しやすく、一度縦社会のヒエラルキーがつくられると長く続いてしまうんですよ。

武家社会からヒエラルキー構造の変化がないという意味で、日本のサラリーマンのネクタイは、武士の頭についていたチョンマゲを取り外し、首へ巻き付けただけのものとも言えますよね(笑)。これは冗談としても、そういう古風なサラリーマン武士みたいなものは、そろそろ「大政奉還」して終わるべきだと思うんですよ。

みんなの介護 そうですね。しかし、仮に生産効率の良い仕組みをつくり直し、8時間分の仕事が6時間で終わったとします。すると今の社会は「じゃあ12時間やればその倍できるね」という風に上へ上へと仕事を要求してくる雰囲気がありそうです。

山口 そのやり方では生産性は上がりません。生産性関数というのは緩やかに下がっていくものなので。6時間で急激に上げられたとしても、そこから先の増分はほんの少ししかないんですよ。

みんなの介護 生産性というと、どうしても単純な比例直線で考えがちになってしまいますが、違うんですね。

山口 人間は疲れていきますからね。仕事もそうですし勉強もそう、生産効率というものはおしなべてそのような下降曲線になっているんです。反対に、グラフの増率が大きい80点くらいまでは、適度な努力でわりと簡単に到達するものなんです。したがって、80点に到達したらそこでストップし、無理に100点まで上げようとしないことが合理的な選択であるということになります。

もう一つ効率が良いのは、逆に120点を目指すことです。100点から120点にかけて、再びグラフは急な上り坂に入っていきますから。あえて過剰な目標設定をすることで、異次元へ突き抜けてしまうというアプローチです。さくっと80点を取るか、突き抜けて120点までいってしまうか。正しい目標設定というのはそのどちらかしかないんです。

「賢人論。」第39回(中編)山口揚平さん「120点を目指していけば異次元の景色に到達できる。自分のオリジナリティが生まれるのはそのとき」

好きなことにだけ120点の力を注げばそれでいい

みんなの介護 その理論を、山口さんは仕事上で実践されているんですか?

山口 僕は前の会社のときに「120点ルール」というのをつくって、絶対にクライアントへ“お土産”を持っていけと社員を指導していました。つまり、完璧に仕事をこなすだけでなく、プラスアルファの付加価値を生み出すまでをゴールにする。そうすると、1つ上のレベルに到達することができるんですよ。

みんなの介護 単に何時間働け、という量的目標ではなく、質的に高い仕事を要求するのですね。他にはどんなことで「120点」を目指すのでしょうか?

山口 好きなことに対して、ですね。中でも僕は考えることが好きなので、貨幣論や論文、本の世界に対しては全力で取り組みました。自分しか競争相手がいないので、心置きなく120点を目指せるんですよね。で、本の中からまだ他の人が見つけてないものを探し出す、ということをゴールに置いて。

みんなの介護 本の内容を理解することが100点だとしたら、それにプラス、自分オリジナルの解釈を生み出すことが20点分なのですね。

山口 と言うよりは、120点を目指して研究しているとオリジナリティは勝手に出てくるものですよ。要は“フレーム“を超えることができるんですね。例えば数学オリンピックに出るような子供は、小学5年生なのに高校の理論方程式を解いていますよね。テストの「100点満点」という枠に囚われず、数学そのものの美しさを追い求めることで高いレベルに達しているんです。

みんなの介護 山口さんは反対に、「80点」のラインを目標に設定することもあるんですか?

山口 学校の勉強や仕事など、外部から与えられるたぐいのタスクは80点で済ますようにしています。興味がないですからね。実は、僕は受験勉強を3ヵ月しかやってないんですよ。しかも、合格最低点をぎりぎり取れるような楽な勉強の仕方をしていました。

みんなの介護 受験には興味が湧かなかったんですか?

山口 まったく興味がなかったわけではなくて、それ以上に釣りがしたかったんです。高校を出た後の数ヵ月、僕は働きもせず釣りばかりしていました。するとある日、知人がやって来て「揚平くん、プータローは良くないから」と言って受験を勧められたんです。その人は父の会社で勤めながら町田の予備校でアルバイトをしていたそうなんです。そんな彼が「勉強なら教えてあげるから」と言うので、言われるがままにその予備校に入って。

その時点ですでに受験まで3ヵ月しかなかったんですが、それでも釣りは辞められなかった(笑)。だから模擬テストで70点を切らないためのチェックをする、という簡単な勉強だけを続けたんです。もちろん点数はだんだん下がっていくので、なんとか合格点だけは割らないように注意して。で、そのまま入試を迎えたわけです。

「賢人論。」第39回(中編)山口揚平さん「社会に出てからの3年間はキャリアを決める大切な時期。“現場修行”の期間が長すぎて有望な新社会人が腐ってしまう」

社会に出た学生を腐らせてしまう構造的な問題が日本にはある

山口 でも、最近はもっぱら「80点」志向です。経営者としては中流で良いかな、と思ってきたので。僕、最近は1日3時間しか働かないんです。

みんなの介護 たったの3時間ですか?

山口 3時間×4日間ですね。マックスでも週に15時間ということにしています。今日はこのインタビューに1時間半使ってしまったので、あと半分しかないんですよ(笑)。僕は仕事を「貢献」であると定義しています。そういう、誰かの役に立てることは効率よくこなしていきたいと考えていますが、単なる「労働」に関してはずっと「80点」水準で楽していたいものですよ。

僕は、時間には大きく分けて3種類あると思っています。一つめは、1ヵ月に3時間程度だけ生まれるひらめきと洞察を得られる「神」の時間、二つめは、1週間に5時間程度ある問題の構造化が可能な「思考」の時間、三つめは、それ以外の凡庸な考えしか浮かばない「事務」の時間です。そしてこのうち質の高い「神」の時間と「思考」の時間だけを絞って使うととても生産的なんです。

みんなの介護 やるときだけはとことんやる、というのが山口さん流なのですね。

山口 確かに僕の働き方は極端かもしれませんが、フィンランドだって労働時間が5時間ということに決まりましたからね。

みんなの介護 そう決めて、実際にフィンランドではそのルールは守られているんでしょうか?

山口 フィンランドはまた状況が大変ですからね。子育てをしながら高い税金を払わなければいけないので。それにフィンランドでは出生の3分の1以上が私生児ですから、家族で助け合う、ということが難しい状態なんですよね。要は、仕事以外のことが忙しすぎるんです。

みんなの介護 そういう事情により、労働時間を5時間に済ませなければならなかったという面があるんですね。

山口 はい。それに労働環境も日本とはずいぶん異なります。フィンランド人はほとんどクリエイティブ(創造的)な仕事しかやりません。オペレーティブ(事務的)な仕事は移民がやってくれますから。一方で日本はまだ移民政策が充実していないので、あらゆる仕事を日本人がこなさなければならないという状況ですよね。

例えば、携帯電話の会社に就職すると、たいてい3年間は店舗で働くらしいですよ。学歴がそれなりに高く、クリエイティブな仕事を担う枠で採用された人たちも、まずはじっくり事務仕事を学ばされるんですね。

みんなの介護 まずは現場を知らないと、という考え方ですね。

山口 現場を知ることは確かに重要だと思います。だとしても3年も要らないですよ。社会人の最初の3年、すなわち22歳から25歳という時期はすごく重要で、人生のキャリアのほとんどを決めるものなのに。そんなことをしてたら、最初の段階で腐ってしまいます。

日本は学校教育が充実していて、初等教育から受験競争まで通して大切に学生を育て上げています。しかし、そんなせっかくの学生たちが、社会に出た途端にダメになってしまう。つまり、学校という世界と現実の社会が連続的でないんです。こういうのも、日本社会が持つ不合理な部分だと思いますよ。

人間の体力には限界があるから、負担を軽減してくれるツールとして介護ロボットを上手に使うべき

みんなの介護 山口さん自身、現在はお母様の介護をなさっているそうですね。

山口 ええ、3人兄弟と父で協力して母の介護をしています。母は電話さえ使えない状態なので、通話機能のついた見守り用のカメラを使っているんです。僕が使っているのはアプリと繋がって電話としても使用でき、おまけにサーモセンサーも付いている優れものです。

みんなの介護 最近は便利なツールが出ているんですね。その他に介護ロボットなどをお使いになる予定はありますか?

山口 介護ロボットには「監視型」と「コミュニケーション型」の2種類があると思います。いま言ったカメラのような「監視型」はどうしても評判が良くないですよね。

一方で、コミュニケーション型は良いと思いますね。「Pepper」なども人気らしいですし。例えば認知症の方と会話してくれるロボットがあれば介護の負担がぐっと減るのではないでしょうか。そういう、介護する側とされる側のクッションになってくれるようなものが良いなと思っています。

みんなの介護 ロボットにコミュニケーションを任せる…となると、心理的な抵抗感を覚える人が多いかもしれません。

山口 その気持はわかります。しかしそうは言っても、介護する側にも体力・精神力の限界がありますよね。うちだって、もし僕1人で母の世話をしていたら大変ですよ。家族で介護を手分けするのと同じように、ロボットを第三者として仲介させれば介護する側がずっと楽になるし、その結果、介護される側の尊厳を守る余裕も生まれますよね。

みんなの介護 いわゆる“介護疲れ”になってしまう前に、そういう技術の力を適切に活用することが大切ということですね。

山口 他には、人間の力を拡張する用途でロボットの力を借りるのも良いと思いますね。いまのところ要介護者の選択肢は自力で歩くか車椅子か寝たきりかという3択しかありません。この中間に、例えば歩行を助けるAIなど、いくつか段階があれば良いですね。とにかく人間は歩かないといけない生き物なんです。

みんなの介護 介護される側はなるべく自力で動けるように、介護する側は仕事がやりやすいように、テクノロジーで手助けするんですね。

「賢人論。」第39回(後編)山口揚平さん「意識を可視化するテクノロジーが自分を見つめ直す手助けになる。心や死生観について考える機会を積極的にもつことはとても大切」

意識の動きを可視化する「意識産業」が死生観のヒントをくれる

山口 テクノロジーによる人間の「肉体的な拡張」というのがいまのお話です。一方で「精神的な拡張」に関わる産業も今後は伸びてくると思います。

みんなの介護 精神的に人間の能力を拡張する、という言葉にあまりピンと来ないのですが、どういうことなのでしょうか?

山口 最近、メディテーション(瞑想法)やリトリート(ストレスのない環境でゆっくりと過ごすリラックス法)が流行っていますよね。人間の意識は放っておくとしっちゃかめっちゃかになってしまいますから、これらを抑え、整えることで癒しを得るという方法です。

みんなの介護 そういった精神統一の過程にテクノロジーがどう関わるのでしょう?

山口 具体的には、科学技術の力で意識を可視化するんです。意識の動き方が目に見えるようになれば、より自分の意識をコントロールしやすくなりますよね。

みんなの介護 そんなことが可能なんですね。イメージとしては脳波計のようなものなのでしょうか。

山口 脳波計はわかりやすい例ですね。「瞑想」というと漠然として非科学的な雰囲気がありますが、テクノロジーによって可視化されることでこの不明瞭さはなくなります。例えば、赤外線はかつて見ることができないものだったのが、センサーで検知できるようになってから身近な存在になりましたよね。

それと同様に、意識の動きを可視化していくことで“癒やし“を得る能率がぐんと上がるんです。こういった意識産業はこれから伸びると思いますね。

みんなの介護 そもそも、瞑想法などによって意識を整えることがなぜ重要なのですか?

山口 意識を見つめていくと、僕たち人間がどういう存在なのかがわかってきます。結論から言うと、人間とは「情報が吸着した意識体」と呼ぶべきものなんです。ここでいう“情報”とは、記憶や知識や肉体や感覚などのことです。僕たちの本来的な姿は、それら後天的に吸着した情報たちをすべて削ぎ落としたもので。その残ったもののことを“意識体”というんです。

みんなの介護 たとえば“意識体”が一個のビー玉だとすると、それが“情報”という雪の上を転がってできた雪だるまが人間という存在、みたいなイメージなのでしょうか。

山口 そうですね。このような認識をもつことで死生観が変わります。そもそも死とは肉体を失うという出来事ですよね。そして一般に死はすべての終わりだと考えられている。

しかし“意識体”という見方をすれば、肉体というのは大きな雪だるまのうちの一部分でしかないわけですよね。それを失ったところで中心のビー玉がなくなるわけではない。肉体だってたかだかいち情報にすぎないんだと考えれば、死が怖いものではなくなるでしょう。

みんなの介護 その境地に至るには時間がかかりそうですが…。ともあれ「死は多様に解釈し得る」ということを知るだけでも、効果的な“癒やし”になりそうですね。

山口 こういうことを本来なら教育の場で「死生学」としてちゃんと教えていった方がいいんですけどね。例えば理科の授業なら、僕らの世代は「物質の最小単位は原子だ」と習い、その次の世代は「さらに小さい素粒子がある」と最新の知識を習います。こんな風に人類の知識はふつうどんどんアップデートされていくわけですよね。でも「自分とは何か」「死とは何か」という問いについての知識はぜんぜん進歩していない。だからいつまでも死は怖いもののままなんです。

僕は“メメント・モリ“、つまり死について考えることを年に一度やっています。自分が死んだときのことを考えて、やり残したことを考えるんです。たいていの人は病気になったりしない限りやらないものですが、僕はあえて向き合う機会をつくっているんです。

みんなの介護 現代人は多忙ですし、ときにそういう時間をゆっくり取ることは有意義かもしれませんね。

「賢人論。」第39回(後編)山口揚平さん「大切な記憶を書き出すことは死や喪失への備えになる。自分の本来の姿に立ち返るには持ち物を“引き算”していくこと」

失うときに備えて、大切な記憶を整理しておく

山口 “意識体”の見地を得ると、死ぬことだけでなく生きていくことも楽になります。

みんなの介護 それはなぜですか?

山口 意識体である自分を認識することで物事への執着が薄くなるからです。例えば、僕はもし母を失ったら激しく傷つきます。これはなぜかというと、僕の意識体が母の記憶を膨大に吸着しているからです。けれど「母という存在は後天的に吸着したものにすぎないんだ」という風に母を僕から分離することができると、ダメージが少なくて済みますよね。

具体的な方法としては、大切な記憶を書き出すことが効果的です。なぜなら、言語化という行為は記憶を“外部化”することだからです。僕という存在の中に一体化していた記憶は、言葉に起こすことによって外に出る。それがまさに書き“出す”ということで。

みんなの介護 自分の中にあるままで失うと痛いので、それを言葉という形で外へ出して整理しておくというイメージですね。

山口 “癒し”の本質は「バック・トゥー・ザ・ベーシック」なんです。つまり本質に戻るということ。言語化・外部化のプロセスを通して記憶や知識を整理していくことで、自分自身についての知識が増える。すると人生が前に進みやすくなるんです。

みんなの介護 部屋を大掃除していると、忘れていた思い出を再発見して懐かしくなることがあります。それと同様に、ときには心の中を整理整頓することも大切なんですね。

山口 人間、歳を取るほどいろんなものを吸着していきます。例えば40歳の人なら40年分の記憶や知識を吸着しているわけですよ。どこかの時点で整理するか捨てるかしないと重たくなり、自由な精神が失われてしまう。

そういう意味でも、ミニマリズムは当然だと思います。世の中にはモノや情報が多すぎ、しかもそれらはまだ十分にアテンション(集中)されていません。得るべき情報を絞り、集約するという動きが今後は必要とされてくるんです。例えばウェブ上の情報だってすでに膨大すぎますから、いかにそれを引き算していくかという発想にシフトしていかなければいけません。

撮影:公家勇人

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07