稲葉剛「“貧しさは自己責任”という偏見と差別が路上生活者の命を奪う」
“見える貧困”は減ったが“見えない貧困”が拡大
みんなの介護 1990年代から現在に至るまで、路上生活者の方たちの変化をどう見ていますか?
稲葉 路上生活者は、ピーク時の6分の1以下まで減りました。路上生活者が一番多かった2003年には2万5,000人だったのが、今は4,000人ぐらいになっています。
背景には、生活保護の申請がかなり進んだことがあります。1990年代は路上生活者の方たちが生活保護を申請すること自体が難しかった。でも2000年代に入って法律家の方々が支援活動に協力してくれるようになりました。
その結果、生活保護法に基づいて生活保護の申請をサポートする申請同行や申請支援が広がり、生活保護を申請して路上から抜け出す人が増え、路上生活者は減っていきました。
ただ、路上生活の一歩手前という方は逆に増えています。ネットカフェや24時間営業のファーストフード店、ファミリーレストランなどで夜を凌いでいる方は把握が難しい。外から見てもぱっとわからない場合が多いです。
2017年、東京都が一度だけネットカフェ生活者の調査を行っているのですが、そのときには、24時間営業の商業施設に寝泊まりしている人が東京都だけで4,000人いるという数字が出ました。しかし、その後はそのような調査はされていません。
ネットカフェを追われた人をメール相談で緊急支援
みんなの介護 2020年4月の緊急事態宣言では、東京や大都市部ではネットカフェに休業要請が行われましたよね。このとき、ネットカフェで寝泊まりしていた方にどのような支援をされたのですか?
稲葉 このときは、ネットカフェで夜を凌いでいた方が一斉に行き場を失う状況が起こりました。当時ネットカフェで暮らしていた人はおそらく4,000人は越えていたでしょう。
つくろい東京ファンドは、セーフティネットの隙間からこぼれ落ちていく人々を支えることを目的としています。2020年春に他の支援団体とともに、「新型コロナ災害緊急アクション」というネットワークを作り、駆け付け型の緊急支援活動を始めました。
緊急支援ではメールで、寝る場所がなくなって困っている人の相談を受け付けます。「お金がつきて今晩からネットカフェに泊まれない」とか「会社の寮に暮らしていたけどクビになって行き場がない」といった相談が届くようになりました。
そして、なるべくその日のうちにスタッフが駆けつけてホテルの宿泊費や生活費をお渡しします。緊急の宿泊支援を行って路上生活状態を解消し、公的な支援につないでいきます。
みんなの介護 メールで相談できるということがポイントなのでしょうか?
稲葉 そうですね。駆け付け型の支援の特徴は、電話相談ではなくメール相談ということです。実は電話相談会も一度開いたのですが、あまりかかって来ませんでした。
おそらく、電話回線が止まっていた方が多かったのでしょう。コロナの影響は早い段階から出ていて、2020年の3月ぐらいから仕事がなくなったために、電話代が払えなくなったという方がたくさんいました。
しかし、スマートフォンの本体はあるので、電源が入っていて、フリーWi-Fiのある場所に行けば、電話回線がつながっていなくてもメールを送受信することができます。そこに着目をしてメールで相談を受ける体制をつくりました。そしてSOSが次々と来るようになったのです。
支援を求める若者の多くは児童養護施設出身という現実
みんなの介護 若くして住まいを失う方の場合は、どのような傾向が見られますか?
稲葉 10代や20代前半で住まいを失う方は、多くが児童養護施設出身者です。
その年代で仕事がなくなってしまった場合、親に頼れる方は仕送りをしてもらったり、一時的に実家に戻ったりして、生活を立て直そうとするのですが、私たち支援団体に相談に来る若者のほとんどは親に頼れない状況にあります。その背景には、家族からの虐待があったり、親も貧困だったりする状態があります。
例えば、施設を出て住み込みで働いていたけど、コロナの影響で仕事も住まいもなくなったという若者もいました。
「貧困の世代間連鎖が起こっている」と言われますが、生まれ育った家庭環境によっても既に格差が生じていることがわかります。
みんなの介護 過酷な現実がありますね。年配の方の場合はどうですか?
稲葉 国民年金だけで生活ができないという高齢者が相談に来られています。アルバイト先の仕事がなくなって家賃を払えなくなったので、路上生活になった方もいました。
コロナ禍で大人食堂の来場者が増え続けている
みんなの介護 貧困状態にある方に食事を提供する大人食堂という試みも行われていますよね。これはいつから始められましたか?
稲葉 大人食堂は、2019年から2020年にかけて年末年始に開催したのが最初になります。
各路上生活者支援団体は年末年始に炊き出しや相談会を集中的に行います。その背景には、長期の休みになると日払いの仕事などがなくなってしまい路上生活者が増える傾向があるからです。普段はネットカフェで寝泊まりしていて、その期間だけ路上生活になる方もいらっしゃいます。
みんなの介護 大人食堂は従来の炊き出しとどのような点が違うのでしょうか?
稲葉 これまでの炊き出しは、参加者は中高年の単身男性が多く、若い方や女性は行きづらいと言われることもありました。
そのため、屋内で気軽に集まることができて、医療や福祉の専門家にも相談できる場所をつくったのです。
大人食堂は、コロナ禍で3回開催しました。回を重ねるごとに人数が増え、2021年~2022年の年末年始にかけては2日間で685人の方が集まりました。過去最多の人数です。
みんなの介護 やはりコロナの影響は大きいと感じますか?
稲葉 もともと大人食堂の目標の一つは「見えづらい貧困を可視化して路上生活になる前の段階で相談に来られる場所をつくること」でした。その後コロナ禍になり、非常に皮肉な形で貧困が可視化されてしまいました。
コロナ禍が長期化する中で、アパートやマンションに暮らしていた方が住まいを失ったり、持ち家を手離さざるを得なくなったりするケースが増えています。
世代も性別も国籍も超えて貧困が広がっている。10代~70代まで貧困状態にある方の年齢層の幅が広がっています。女性や外国籍の方の相談、子連れで炊き出しに来られるご家族も増えています。
こうした状況を踏まえ、つくろい東京ファンドでは、住まいのない方にアパートの空室を借り上げて提供する個室シェルター事業を拡充しています。部屋数はこの2年間で25室から52室へと倍増させましたが、常に満室状態が続いています。
私は「貧困パンデミック」と言っていますが、貧困が急拡大して多くの人たちが行き場を失う状況になってしまっています。
撮影:横関一浩
稲葉 剛氏の著書『閉ざされた扉をこじ開ける 排除と貧困に抗うソーシャルアクション』(朝日新書)は好評発売中!
「大人の貧困は自己責任」という不寛容が日本社会を覆っている。日々の寝泊まりにも困り、生活に困窮している人々が自ら声をあげにくい風潮はますます強まっている。住居を喪失した人が失うのは、生活の基盤となる住まいだけではない。その果てにあるのは、生存そのものが脅かされる恐怖だ。20年以上、現場を見て歩いてきた社会活動家が「社会的に排除された側」からこの国を見つめ直す。
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