凍えるような寒さの冬、暖かいリビングからトイレへの移動や、寒い脱衣所から暖かい浴槽への移動などによる気温の急激な変化を受け、血圧が頻回に上がったり下がったりを繰り返します。急激な血圧の変動は、心臓や血管に負担がかかり、疾患につながることがあります。これを「ヒートショック」といいます。特に入浴時の事故は深刻で、その死亡者数は交通事故による死亡者数の約1.6倍にものぼります。
高齢者の介護において、転倒や誤嚥に注意する方は多いものの、ヒートショックの危険性については、意外にも見過ごされがちです。
しかし、ヒートショックは適切に対策ができれば防ぐことができる事故でもあります。
この記事では、ヒートショックの基礎知識から予防法、そして緊急時の対応まで、介護する家族が知っておくべき情報を詳しく解説していきます。
ヒートショックとは?
ヒートショックとは、急激な温度変化によって血圧が大きく変動し、心臓や血管に重大な負担がかかる状態と冒頭でお伝えしました。これは単なる「寒暖の差を感じる」という状態とは全く異なる、深刻な健康被害をもたらす現象です。
私たちの体は、温度変化に対して血管を収縮させたり拡張させたりすることで体温を調整しています。しかし、この変化があまりに急激な場合、時として心臓や血管系に重大な負担をかけることになります。特に高齢者の場合、この調整機能が若年層に比べて低下しているため、より深刻な事態を招きやすいのです。
ヒートショックが起こるメカニズム
温度変化に対する人体の反応は、精緻なメカニズムで成り立っています。
例えば、暖かい部屋(室温20度以上)から寒い浴室(室温10度以下)に移動したとき、私たちの体は急激な温度低下に対応しようと、いくつかの生理的な変化を起こします。
まず、体温を維持するために皮膚直下の血管が急速に収縮します。この収縮により、体の表面を流れる血液量が減少し、体の中心部の温度を保とうとします。しかし、この血管の収縮は同時に、血管内の圧力を上昇させることになります。その結果、血圧が急上昇するのです。
その後、熱い湯船(38~42度)に浸かると、今度は反対の現象が起きます。温かいお湯に触れた皮膚の血管が急激に拡張し、血液が皮膚表面に集中します。その結果、先ほどまで上昇していた血圧が一気に低下することになります。
このような急激な血圧変動が、心臓や血管に大きな負担をかけるのです。
さらに、湯船から上がるときにも同様の現象が起きます。温まった体が再び寒い空気にさらされることで、血管が急激に収縮し、血圧が上昇します。つまり、一回の入浴で複数回の大きな血圧変動が起きているのです。
なぜ高齢者が特にリスクが高いのか
消費者庁の調査によると、2019年の家庭の浴槽での溺死者数は4,900人にのぼり、そのうち高齢者(65歳以上)が約9割を占めています。
この数字が示すように、ヒートショックは特に高齢者にとって健康的被害をもたらす大きな危険となっています。では、なぜ高齢者がこれほどまでにリスクが高いのでしょうか。
その主な理由は、加齢に伴う以下の3つの身体機能の低下にあります。
まず第一に、血管の弾力性の低下です。若い世代の血管は、温度変化に応じて柔軟に収縮・拡張することができます。しかし、加齢とともに血管の壁が硬くなり、この調整機能が低下していきます。その結果、急激な温度変化に対して適切な対応ができなくなります。
第二に、自律神経系の機能低下です。自律神経は体温調節や血圧調整に重要な役割を果たしていますが、加齢とともにその反応速度が遅くなります。そのため、温度変化に対する体の適応が遅れ、血圧の急激な変動を招きやすくなります。
第三に、温度感覚の鈍化です。高齢者は温度変化に対する感覚が鈍くなっているため、危険な状態に陥っていることに気付きにくくなります。例えば、お湯の温度が高すぎても気付かないまま入浴を続けてしまうことがあります。
- 高血圧症:すでに血圧が高い状態にあるため、さらなる上昇が危険です
- 糖尿病:血管や神経の障害により、温度変化への対応が遅れます
- 心臓病:心臓への負担が通常よりも大きくなります
- 不整脈:血圧変動により、不整脈が誘発されやすくなります
- 脂質異常症:動脈硬化を促進し、血管の弾力性を低下させます
また、これらの病気の治療のために服用している薬が、血圧の変動を助長する場合もあります。例えば、高血圧の薬は血管を拡張させる作用があるため、入浴時の血圧低下をより顕著にする可能性があります。
ヒートショックが引き起こす重大な健康被害
東京都健康長寿医療センター研究所の調査結果により、1月は、入浴中の心肺機能停止者数が最も少ない8月の約11倍にも達することが明らかになっています。この数字は、温度差の大きい冬場が、いかに危険であるかを物語っています。
ヒートショックによって引き起こされる健康被害は、その重症度によって大きく3段階に分けられます。
最も軽度な症状は、めまいや立ちくらみです。これは血圧の急激な変動によって、一時的に脳への血流が減少することで起こります。多くの場合、この段階であれば休息を取ることで回復しますが、状態異常の警告としてとらえる必要があります。
中程度の症状としては、動悸や息切れ、吐き気などが現れます。この段階になると、心臓や血管系に相当な負担がかかっている証拠です。特に注意すべきは、これらの症状が入浴中に起こった場合です。吐き気やめまいによって意識が朦朧とすると、溺水の危険性が高まります。
最も重篤な状態として、心筋梗塞や脳梗塞、大動脈解離などの致命的な疾患を引き起こす可能性があります。急激な血圧上昇により血管が損傷を受けたり、血圧低下によって心臓や脳への血流が著しく減少したりすることで、これらの重大な健康被害が発生するのです。
実際の統計を見ても、その深刻さは明らかです。
2024年の統計では、ヒートショックに関連した死亡者数は4,900人と報告されています。これは同年の交通事故による死亡者数約3,000人を大きく上回る数字です。
また、たとえ一命を取り留めた場合でも、重度の後遺症が残るケースも少なくありません。脳梗塞による半身麻痺や、心筋梗塞による心機能の低下など、その後の生活に大きな影響を及ぼす可能性があります。
さらに見過ごせないのが、ヒートショックの影響が慢性的な健康被害につながる可能性です。頻繁な血圧変動は、たとえそれぞれは軽度であっても、何度も繰り返すことで長期的には血管の損傷を蓄積させ、動脈硬化を進行させる原因となります。
このように、ヒートショックは一度の事故で重大な結果を招くだけでなく、繰り返される温度変化によって徐々に健康を蝕んでいく可能性もあるのです。それだけに、適切な予防対策を講じることが極めて重要となります。
高齢者のヒートショック予防法
ヒートショックは、適切な予防対策を講じることで防ぐことができます。予防の基本は「温度差をなくすこと」ですが、それぞれの場所や状況に応じた具体的な対策が必要です。
日々の体調に不安がある方は、入浴直前にバイタル測定をすることをおすすめします。
今回は入浴時を例に、対策方法をお伝えしていきます。
入浴のタイミング
入浴のタイミングとしては、体温が最も安定する16時から19時の間がベストです。この時間帯は自律神経のバランスが良く、血圧も比較的安定しています。なお、食事直後(食後1時間以内)や飲酒後、睡眠薬や安定剤の服用直後も入浴は避けるべき時間帯です。
なお、本人の体調によっては入浴を控えることも大切です。血圧値が収縮期血圧(最高血圧)が180mmHg以上、または拡張期血圧(最低血圧)が110mmHg以上の場合は、入浴を控えることが推奨されています。また、体調不良時や極度の疲労が見られる場合も入浴は控えめにすべきです。特に風邪気味だったり、めまいを感じる場合は注意が必要です。
浴室での予防策~温度管理と入浴手順~
浴室は最もヒートショック事故が起きやすい場所です。その主な理由は、体全体が温度変化にさらされることと、意識を失った場合に溺水の危険性が高いことにあります。
以下、時系列に沿って具体的な予防策を見ていきましょう。
入浴前の準備として最も重要なのが、浴室と脱衣所の温度管理です。
浴室に暖房設備がある場合は、入浴の30分前から暖房を入れておきましょう。目標とする温度は20度以上です。
暖房設備がない場合でも、以下のような工夫で室温を上げることができます。
まず、シャワーを浴室の上部から流し、蒸気を立てます。この際、シャワーヘッドは上向きにし、浴室全体に温かい蒸気が行き渡るようにします。また、浴槽に湯を入れる際も、高い位置からお湯を落とすことで室温を上げる効果があります。
浴槽の湯温も重要な要素です。41℃以上の熱いお湯は危険です。なぜなら、熱いお湯は血管の急激な拡張を促し、血圧の急低下を引き起こすためです。適温は38~40℃。この温度であれば、体への負担を最小限に抑えながら、十分な温まり効果が得られます。
入浴時間は10分以内を目安とします。これは単なる目安ではなく、医学的な根拠に基づいています。10分を超えると体の深部温度が上昇し過ぎ、血圧低下のリスクが高まります。また、長時間の入浴は脱水症状を引き起こす可能性もあります。
入浴の手順も重要です。まず、かけ湯は下半身から始めます。徐々に体を温めることで、血圧の急激な変動を防ぎます。最初から肩まで湯をかけることは避けましょう。心臓に近い部分への急激な温度変化は、血圧変動を大きくする原因となります。
湯船につかる際も、一気に肩まで浸かることは避けましょう。まずはみぞおちあたりまでゆっくりと、体が温まってから徐々に肩まで浸かります。この際、深く息を吸ってから、ゆっくりと息を吐きながら浸かることで、血圧の上昇を抑えることができます。
浴槽から出る際も注意が必要です。急な立ち上がりは血圧の急低下を招く原因となります。まず浴槽の縁に腰掛け、1分ほど休んでから立ち上がるようにしましょう。可能であれば、手すりを設置することをお勧めします。手すりがあれば、ゆっくりと安全に移動できますし、万が一めまいや立ち眩みが生じた場合に身体を支えることもできます。
家族による見守りのポイント
また、可能であればご家族による見守りの実施が望ましいです。理想的には浴室内での付き添いが望ましいものの、現実的には難しい場合も多いでしょう。その場合は、定期的な声かけを心がけましょう。具体的には、10分おきを目安に声をかけ、返事の様子や声の調子にも注意を払います。必要に応じて扉を開けて様子を確認することも大切です。
一人暮らしの高齢者の場合は、さらなる安全対策が必要です。入浴前後に家族や近所の方に電話で連絡を入れる習慣をつけることが有効です。また、防水型の携帯電話を浴室内に持ち込むことで、緊急時の連絡手段を確保できます。最近では、異常を自動的に検知して通報するセンサーシステムなども開発されており、これらの活用も検討します。
緊急時の対応~素早い発見と適切な救助~
なお、緊急時の対応は、その後の生死を分ける重要な要素となります。
状況に応じて、適切な対応を取ることが必要です。
意識がある場合は、まずゆっくりと浴槽から出るようサポートします。急な動きは血圧の急激な変動を招く恐れがあるため、できるだけゆっくりと行動することが大切です。
浴槽から出たら、温かいタオルで体を包み、水分を補給します。この際、冷たい飲み物は避け、ぬるま湯を少しずつ飲むようにします。その後は安静にして様子を見ますが、症状が改善しない場合は迷わず医療機関に相談しましょう。
一方、意識がない、もしくは反応が悪い場合は、一刻も早い対応が必要です。
まず周囲に助けを求め、すぐに119番通報をします。
通報後、まず浴槽の栓を抜き、水位を下げることが重要です。可能であれば浴槽から引き上げますが、無理な引き上げは危険を伴うため、難しい場合は顔が水没しないよう支えることを優先します。
救急隊が到着するまでの間、呼吸の確認が重要です。普段通りの呼吸が見られない場合は、心肺蘇生を開始する必要があります。胸骨圧迫と人工呼吸を組み合わせて行いますが、人工呼吸に不安がある場合は、胸骨圧迫だけでも継続することが大切です。
また、救急隊に備えて、普段から高齢者の持病や服用している薬の情報をまとめておくことも対策の一つです。緊急時は焦りから必要な情報を伝え忘れることもあるため、あらかじめ紙にまとめて浴室の近くに貼っておくなどの工夫も効果的です。
まとめ
このように、ヒートショック対策は環境整備、適切な見守り、医療機関との連携という三つの要素が揃って初めて、十分な効果を発揮します。家族だけで抱え込まず、医療や介護の専門家と協力しながら、安全な居住環境を整えていくことが大切です。