加藤丈夫「「70歳雇用・70歳年金開始」の実現を国家の目標に」
公文書館は第三者チェックと歴史資料館の2つの顔を持つ
みんなの介護 加藤さんは2013年に現職である国立公文書館の館長に就任なさいました。一般の人々にとって、「公文書」はあまり馴染みのないものだと思いますが、公文書を長期にわたって保存する意義はどういったところにあるのでしょうか。
加藤 まず、「公文書とは何か?」から説明したほうがよさそうですね。公文書とは、国や地方の公務員が業務を遂行するために作成した文書のこと。例えば民間企業でも、新規事業やプロジェクトを進めるために、企画書や提案書、計画書、スタッフ名簿、備忘録などの書類を作成しますよね。それのお役所版が「公文書」です。条約や法案の下書きなど、すべて公文書に該当します。ちなみに、それに対して民間企業の作成する書類は「私文書」と呼ばれます。
次に、公文書を長期間保管しておく必要性について。それは、国家公務員にしろ地方公務員にしろ、職務を遂行するために国民の税金が使われているからにほかなりません。公務員は国民のために働くことを理念として掲げ、国民は自分たちの納めた税金が公務員によって正しく使われているかどうか、知る権利があります。だからこそ、ある政策や法律に携わる公務員の仕事が正しく公平に行われたかどうかを後から検証できるよう、記録としてきちんと残しておく必要がある。そういった公文書を永久保存し続けているのが、この国立公文書館なんです。
このように公文書をきちんと検証できるシステムが整っていて、常に国民の目が光っているのだと意識していれば、公務員もいい加減な仕事はおのずとできなくなります。これも公文書館が存在する意義の1つと言えるでしょう。
みんなの介護 自分たちの仕事ぶりが常に記録に残り、第三者にチェックされ得るということになれば、公務員も自ら襟を正す、というわけですね。
加藤 そうなんです。公文書館としては、人々の暮らしに影響を与える法律の内容とその成立過程を国民に見てもらうことで、国や自治体のガバナンスを検証すること。これは民主主義の原点とも言えます。また、先人の残した歴史的に貴重な資料を国民に見てもらうことで、日本人としての誇りや自信を感じてもらうこと。かっこいい言い方をすれば、それが日本民族としてのアイデンティティの確認につながるのではないでしょうか。
地域の重要な資料にアクセスできる文書館や資料館
みんなの介護 なるほど、よくわかりました。続けて素朴な疑問なのですが、「国立」公文書館があるということは、都立や県立の公文書館もあるのでしょうか。
加藤 もちろんあります。国立公文書館は国の歴史的に重要な公文書を保存・管理し、それらを広く国民が利用できるように整理・提供している独立行政法人、ということになります。
一方、東京都の都政に関する公文書を保存・管理しているのが、東京都国分寺市にある東京都公文書館。あまり知られていませんが、地方公共団体の設置している公文書館は、県レベル、市町村レベルを含め、全国に83館設置されている。国民は各館の利用案内にしたがって自由に閲覧することができます。ただし、必ずしも「公文書館」という名称とは限らず、「文書館」「歴史文書館」「資料館」「アーカイブズ」などを名乗っている館もあります。
国立公文書館では、国の重要な意思決定にかかわる「日本国憲法」をはじめ、「終戦の詔書」や法律・勅令・政令・条約の公布原本など歴史公文書を約105万冊、江戸時代以前の将軍家や寺社・公家・武家が所蔵していた『吾妻鏡』などの古書・古文書約50万冊、個人から寄贈された『佐藤栄作日記』など、合わせて約155万冊を保管。そのうち30点は重要文化財に指定されています。
最新の企画展のテーマは「グルメが彩るものがたり?美味しい古典文学」で、『日本書紀』『徒然草』『今昔物語集』の食べものに関する記述を書写本で展示しました。ちなみに、入場はいつでも無料です。
みんなの介護 なんだかおもしろそうですね。歴史に詳しくない方でも楽しめそうな企画です。
加藤 そう言っていただけるとうれしいですね。ほかにも国立公文書館の一組織である「アジア歴史資料センター」では、インターネットで公文書資料をいつでも閲覧できる「デジタルアーカイブ」の拡充にも力を入れています。現在、日本国憲法や国会開設の勅諭など、3,200万画像のデジタル化を終えて、順次新しい画像を追加しています。興味がある方は、一度ご覧ください。
日本に保管されている公文書の所蔵量はアメリカのわずか20分の1
みんなの介護 加藤さんは2013年に国立公文書館の館長に就任して以来、「国公立公文書館ニュース」を定期的に発行するなど、広報活動に力を入れられていますね。
加藤 はい。国立公文書館について、国民の皆さんにもっと知っていただきたいと考えています。なぜなら、わが国の公文書保管システムは、ほかの先進国に比べてものすごく遅れているから。陸上競技に例えるなら、欧米よりも2周ほど周回遅れの状況なんです。
みんなの介護 周回遅れとは具体的にどういった状態なのでしょうか。
加藤 わが国はそもそも、国立公文書館の設立そのものが遅かった。国立公文書館が設立されたのは1971年。国の公文書をきちんと管理し始めて、まだ半世紀も経っていないことになります。それに比べ、フランスで国立公文書館が設立されたのは230年前の1790年。フランス革命の翌年には、すでに公文書館がつくられていたわけです。またイギリスは1838年、ドイツは1919年、アメリカは1934年。どの国でも、第二次世界大戦の前から公文書館は機能していた。韓国は日本とあまり変わらない1969年でしたが。
みんなの介護 設立されて日が浅いということは、収集されている資料もそれだけ少ない、ということでしょうか。
加藤 そうです。そこがまさに問題なのです。言語や書式が違うので単純には比較できませんが、例えば資料を収めた書架の長さ(横幅)を合計すると、わが国立公文書館の資料所蔵量は総延長68.6km。これだけ聞くと膨大な量に思えますが、諸外国に比べると桁違いに少ないです。イギリスが約200km、ドイツが338km、フランスが351km、アメリカに至っては1,400km。日本と二桁違いますね。同時期に国立公文書館を開設した韓国でさえ、366.5kmにも及びます。
みんなの介護 公文書資料の数が少ないと、どんな問題があるのでしょうか。
加藤 例えば、日本が他国との間で、対立する問題について外交交渉を始めたとしましょう。そういう場合はまず事務方が、お互いに持っている歴史的資料を突き合わせるところから始めます。そんなとき、日本が10冊の資料を持ち出すのに対して、先方が100冊200冊の資料を出してきたらどうなるか。すべてが信頼できる資料だとすれば、資料の少ないほうが不利になります。
このように、所蔵し管理している公文書が少ないと、ときに国益を損なう結果にもなりかねません。だからこそ、公文書管理は国にとってもきわめて重要な課題なのです。
公文書のスペシャリスト「アーキビスト」認証制度
みんなの介護 加藤さんが国立公文書館館長に就任して力を入れているものの1つが、公文書管理の専門家「アーキビスト」の育成ですね。なぜ、アーキビストという資格を創設しようと思われたのでしょうか。
加藤 アーキビストという専門職が必要だと考えた一番のきっかけは、ここ十数年の間に、公文書管理にまつわる数々の不祥事が立て続けに起きていることです。年金記録に漏れや誤りがあったり、中央省庁の文書が勝手に改ざんされていたり、重要書類が誤って廃棄されたり。こうした法令違反がなぜ繰り返されるのかといえば、1つには公文書の価値をきちんと理解し、見極め、保存する“目利き”の専門家がいなかったから。
あのような不祥事が起きる前に、各省庁に少なくとも数名のアーキビストが配置されていれば、必要な重要書類はきちんと管理されていたはず。そこで、私たち国立公文書館は「アーキビストの職務基準書」を3年間かけて作成。アーキビスト認証準備委員会を立ち上げ、東京大学史料編纂所などで活躍された歴史学者・高埜利彦先生らの専門家にも委員会に加わっていただきました。
みんなの介護 すでに第1回目の希望者の募集は締め切られたんですよね。
加藤 はい。今年9月、1回目のアーキビスト認証に向けて申請者を募集したところ、予想を大幅に上回る約250名の応募がありました。それも、大学院卒業レベルの知識に加え、実務経験もある、かなりレベルの高い人ばかり。現在、アーキビスト認証委員会で審査を進めていて、2021年1月には日本初の認証アーキビストが誕生する予定です。
みんなの介護 長年放置されていた問題が、急転直下で動き出した印象ですね。
加藤 まさにそんな感じですね。今後の目標は、築50年経って老朽化している現在の国立公文書館に代わって、現・憲政記念館の敷地に新国立公文書館を建設すること。延床面積は現在の4倍以上になる見込みで、2026年開館を目指しています。また、新館がオープンする2026年までに、アーキビスト1,000人体制をぜひ実現させたいと考えています。
撮影:荻山 拓也
国立公文書館
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園3-2 電話:03-3214-0621(代表)
独立行政法人 国立公文書館は、国の行政機関等から移管を受けた歴史資料として重要な公文書等を将来にわたり確実に保存し、皆様にご利用いただくため、閲覧、展示、インターネットによる公開等さまざまな取組を行っている機関です。
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