加藤丈夫「「70歳雇用・70歳年金開始」の実現を国家の目標に」
「70歳雇用・70歳年金開始」の先にあるのは「生涯現役」
みんなの介護 超高齢化社会を迎えたわが国では「人生100年時代」が謳われています。私たちはどのように生きていくべきと考えますか。
加藤 今日お話しした中で、「70歳雇用・70歳年金開始」について言及しましたが、あの数字はあくまでも当面の目標です。最終的に「生涯現役」を貫くことができれば、こんなにすばらしいことはありません。元気な人は、80歳、90歳になっても、現役として仕事を続ければいい。
とはいえ、死ぬ直前まで働き続けると考えるのは、あまり現実的ではありませんね。どんなに元気な人でも、いつかは仕事を辞めてリタイアする時期が来る。そのとき、仕事以外に何か一つ打ち込めるものがあれば、その人の人生はより豊かになると思います。その場合、何か人の役に立つことのほうが喜びは大きいでしょう。
リタイア後に急に思い立って何かを始めても、なかなかうまくいかない。理想を言えば、遅くとも50歳くらいまでに自分の「ライフワーク」と呼べるものを見つけて、仕事と併行しながら少しずつ取り組んでおいたほうがいい。すでにご高齢になった人には酷な言い方かもしれませんが。
「人生100年時代」というフレーズは、老後をどう生きるかというよりも、長い人生をトータルでどう考え、どう計画するのか。私たち一人ひとりに問い掛ける言葉なのではないでしょうか。
みんなの介護 加藤さんご自身は、人生100年時代をどのように考えているのですか。
加藤 個人的な話になりますが、私たち夫婦は結婚して今年で55年になります。家内は結婚当初から私の仕事ぶりを見て、「この人をアテにしてはいけない」と、かなり早い時点で見切りをつけたみたいです。そのため、家内は若い頃から何でも1人で行動するようになりました。彼女は海外旅行が趣味なのですが、いつでも1人で出かけていきますね。コロナ禍の今はどこにも行けませんが、昨年くらいまで年5・6回海外旅行を楽しんでいました。
私たち夫婦は、若い頃から映画でも音楽会でも、それぞれ別々に出かけていくのが当たり前でした。最終的に自分の家に帰ってくればいいんだから、それまでは別行動を取るほうがおもしろい。それが加藤家の流儀。私たちにとっては、つかず離れずの関係のほうが心地良い。きっとこれから死ぬまでこの関係を続けるのではないでしょうか。
人間、最後は1人。孤独死なんて恐れることはない
みんなの介護 少し伺いにくい質問なのですが、加藤さんはご自身の死について考えたことはありますか。
加藤 あります。なんだかんだいっても、「人間、最後は1人で死んでいくのだ」と考えています。もし、家族に看取ってもらえるとすれば、それはむしろ幸運だと感謝すべきでしょう。
私が尊敬している慶友病院の大塚会長が常々語っている哲学が、「人間、最後は1人」。「孤独死なんて恐れることはない」と。その考えに私も共鳴して、「他人を頼らず、何事も自分自身で決める」と考えるようになりました。それもあって、私は延命治療をせず、最後まで人間としての自立と尊厳を大切にしてくれる病院が良いと思い、最後はそちらにお願いしようと思っています。
みんなの介護 加藤さんの奥様も同じ考えなのでしょうか。
加藤 そのようです。私がお願いしたい病院は東京に2ヵ所あるのですが、私がその一方に入る予定であることを伝えると、家内は「もう一方に入りたい」と言う。最後の最後は、どうせ周囲の状況などわからなくなっているだから、夫婦であえて同じところに入る必要はない、というわけです。これも加藤家の流儀ですね。まあ、これは半分冗談みたいな話なんですが。
従来の日本の働き方は職域と責任の範囲が不明確
みんなの介護 世界は今、終わりの見えないコロナ禍の中で心身ともに疲弊してきています。かつて高齢者雇用の世界に風穴を開けた加藤さんから、何か現状を打破するようなお言葉をいただけますか。
加藤 そうですね…。世界は深刻なコロナ禍に見舞われていますが、私は必ずしも悪いことばかりではないと考えています。それは今回の新型コロナを契機に、人々の働き方が大きく変わりそうな「うねり」を感じているからです。
みんなの介護 加藤さんはわが国の人材不足を解消する2つめの施策が「女性の活用」でしたね。「うねり」もこれと関係しているのでしょうか。
加藤 そうですね。「女性の活躍」はわが国の人材不足を解消する重要な視点です。実は意外にもわが国の女性の就業率は諸外国と比べても高い水準を維持しています。総務省統計局の『労働力調査』を見ると、女性の就業率は全世代平均で2013年以降年々上昇しており、2019年は前年比0.9%増の53.2%になりました。生産年齢である15歳?64歳に限れば70.9%に達しており、これはアメリカよりも高い数値です。
ただし、わが国の女性の就業率が高いといっても、その50%以上が非正規雇用なので単純に喜べるものではありません。女性の働ける場所は確実に増えたものの、女性の労働環境や労働条件は必ずしも改善されているとは言えない。これが過去30年におけるわが国の労働市場の実態なのです。
みんなの介護 非正規雇用が多い理由として、どういったことが考えられるのでしょうか。
加藤 理由は2つあると考えています。まず1つ目が、日本企業の悪しき慣習である「長時間労働」が当たり前になっていたこと。そしてもう1つが、これも日本企業の伝統である「メンバーシップ型雇用」が主流だったことです。
従業員一人ひとりの仕事と責任の範囲が明確なのが「ジョブ型雇用」で、不明確なのが「メンバーシップ型雇用」です。ジョブ型は自分の仕事と責任の範囲が限られていて、基本的にほかの従業員と職域が重なることはありません。一方、メンバーシップ型では、それぞれの従業員を核とした円が微妙に重なり合いながら複数存在しているイメージ。その円は本人の能力に応じて大きくなったり、小さくなったりするし、忙しくなれば多くの円が重なり合って、共同で仕事をこなすことになります。ジョブ型はスペシャリストの集合体、メンバーシップ型はジェネラリストの集合体、と言い換えることもできます。
みんなの介護 女性の場合、従来の「メンバーシップ型」では働きにくいということですね。
加藤 そうです。メンバーシップ型はどうしても長時間労働に陥りがち。職域と責任の範囲が不明確なので、自分だけ早く仕事が終わっても、同僚が残っている間は帰りにくいし、仕事を手伝わなければならなくなることもあります。そうやってダラダラ仕事をして、仕事の延長で飲みに行ったりすればなかなか家に帰れない。これがかつての日本企業で多く見られた悪しき慣習でした。
男女共働き世帯では、こんな働き方は許されません。仕事が終わり次第帰宅して、家事や育児を分担しなければなりませんから。つまり女性が活躍するためには、自分の仕事が終わればさっさと帰宅できる「ジョブ型雇用」が望ましいのです。
日本企業は強制的にジョブ型への移行を経験した
みんなの介護 実際にコロナ禍で日本の雇用はどのような変化を見せたのでしょうか。
加藤 今年4月に緊急事態宣言が発令されると、多くの企業がリモートワークにシフトせざるを得なくなった。リモートワークはもちろん、各個人で仕事が完結するジョブ型の働き方になりました。つまり新型コロナの影響で、日本企業は半ば強制的にジョブ型への移行を経験することになったわけです。リモートワークという働き方を通して、多くの人が「ジョブ型でも仕事は回せる」と気づいたのではないでしょうか。
さらに心強いことに、大学を含めた多くの学校で、学生たちにとってはリモート授業が当たり前になった。彼らが社会に出る頃には、リモートでのコミュニケーションにさらに習熟し、ジョブ型の働き方を推進していくでしょう。長い間果たそうとして果たせなかった働き方改革が着実に動き出しているのです。
これから、ワクチンの普及などで新型コロナが沈静化の方向に向かえば、私たちの国は女性にとってもっと働きやすい社会になっているはず。そして女性たちが活躍すれば、わが国全体がもっと生きやすい社会へと変わっていくでしょう。
今は確かに苦しい日々が続いていますが、私はそんな明るい未来を信じていようと思っています。
撮影:荻山 拓也
国立公文書館
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