前野隆司「日本人は先天的に孤独を感じやすい心配性遺伝子を持っている」
慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長である前野隆司氏は一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事やウェルビーイング学会会長を務め、2000年代から幸福学研究の第一線を走ってきた。前野氏は新刊『幸せな孤独 「幸福学博士」が教える「孤独」を幸せに変える方法』を上梓。幸せと深い関係にある孤独について、データに基づいて解き明かしている。”おひとり様”も増える日本社会で必要とされる、孤独を幸福に変えるヒントを聞いた。
文責/みんなの介護
孤独にはソリチュードとロンリネスの2種類がある
みんなの介護 今、日本では政府が「孤独・孤立対策担当大臣」を任命するなど、「孤独」が新たな社会課題になっています。幸福学を専門とする前野さんは、孤独をどのようなものと捉えているのでしょうか。
前野 まず、孤独には2種類あります。ソリチュード(孤立・孤高)とロンリネス(孤独感)です。
例えば一人で森の中で陶芸に打ち込んでいるのは、ソリチュード。一人で過ごすことに幸せを見出している心境です。逆に寂しいなぁという気持ちはロンリネス。これは幸福度を下げます。
多少のロンリネスであれば、人間の心の機微として許容できます。でも、「私は友だちもいないし、誰にも貢献できていない」という人は気をつけた方がいい。日本語で言う「孤独」はロンリネスの方だと思います。
みんなの介護 ロンリネスをソリチュードに転換するにはどうしたらいいのでしょうか?
前野 まずは打ち込むことを見つけることですね。
一人ぼっちでもいい。本を読んだり陶芸をしたりして、何かやりたいことに打ち込む。そうすると、寂しさも忘れます。ロンリネスがソリチュードになる。新しいことにチャレンジするのも良いでしょう。
もう一つは、人とつながること。人と接するのが苦手だったら無理はしなくていいですが、似た者同士でぼそぼそ話すだけでもいいんです。
何なら会話すらしなくていいんですよ。極端に言えば一緒にご飯を食べに行って、ずっとスマホを見ていてもいいのです。誰かと一緒に食事をするだけでも、ロンリネスの感じ方が違う。
みんなの介護 喋らずに一緒にいるだけでもいいというのは、救われる気がします。
前野 そうですね。アメリカ人のように喋るのが好きな人はいっぱい喋ればいい。でも、無理に喋る必要はありません。家族と過ごすときのように、沈黙を楽しめるようになれればいいですよね。
「すみません、すみません」の精神は幸せを遠ざける
みんなの介護 なるほど。孤独が生まれる背景として、日本ならではの環境もあるのですか?
前野 日本人は、先天的に孤独感を感じやすい心配性遺伝子というものを持つ人が多いです。
欧米は個人主義的な社会で、心配性遺伝子を持っている人が少ない。一人で過ごしている人も「俺は今、一生懸命〇〇をしているんだ」と誇りを持って語る。幸せな孤独の方にいきやすい傾向があるようです。
みんなの介護 ご著書の中で、謙譲語や尊敬語など距離感を生む言葉遣いが、孤独の原因につながると書かれていましたね。どうすればいいのでしょうか?
前野 できる限り、「すみません」を「ありがとう」に変えることじゃないでしょうか?
日本人は、いろいろな場面で「すみません」という言葉を使います。例えば、落とし物を拾ってもらったときに「すみません」と言うじゃないですか。
それ自体は、手を煩わせてしまって申し訳ないという非常に謙虚な心のあらわれではあり、素晴らしいと思います。
しかし。「すみません、すみません」ばかり言うことによって、自分の脳にネガティブな情報をインプットしてしまう。私は人に迷惑をかけてしまったと。
拾ってくれるいい人がいたと考えて、「ありがとう」と言う方が、脳にフィードバックする情報としては良いでしょう。
実際、ほとんどの「すみません」は「ありがとう」に置き換えられるのです。日本人の9割ぐらいは、「ありがとう」と言えるはずの場面で「すみません」と言っています。
例えば「今日、何かお化粧のノリが良くてキレイね」と言われたとする。日本人のほとんどが、「そんなことないわよ」と言うじゃないですか。アメリカ人だったら「もちろんよ!今日はうまくやったから」という感じで答えるんです。
ポジティブな言葉を受け入れる練習をした方が生きやすくなるでしょう。
あとは、「どうせ」「私なんか」「面倒くさい」などのネガティブ単語を使わないことです。そのような言葉をつぶやく癖は、練習すればなくなります。
「面倒くさい」よりは「時間がかかりそうだけど、やってみようかな」の方が、やる気につながるでしょうね。
すべてが幸福だから一番の幸せというものはない
みんなの介護 ちなみに、前野さんがこれまでの人生で特に幸せを感じたことって何ですか?
前野 特に幸せを感じた瞬間、と聞かれると困るんですよね。私は最近ずっと幸せなんです。
例えば新婚旅行に行ったときは幸せだったけど、それと同じぐらい今も幸せです。私のように、「特別なことが何もなくても幸せだ」と考える人がもっと増えてくれればと思っています。
幸せに対応する言葉として、ハピネスとウェルビーイングがあります。
ハピネスと同じ語源を持つ単語「ハップン」は何かが起こるという意味です。イベントなど、何かの体験によって感じる幸せです。
ウェルビーイングは、「良い状態」であることを指します。イベントがあるから幸せということではありません。つまり私が実感しているのはウェルビーイングの方だということです。
みんなの介護 なるほど。ただ、なかなか前野さんのような境地に達する人は少ないのではと思います。どうすれば良いのでしょうか。
前野 私は研究者として、幸せについて研究し尽くしました。そこから言えるのは、幸せじゃない状況の人は、何らかの我慢をしている人が多い。例えば、好きになれない人と一緒に仕事をしているというのもそう。
今、雨が降っているとして、「あいにくの雨ですね」と言う人がいますが、私は「植物たちが喜んでいるな」と思うんです。そして、葉っぱの上に水玉がたくさん乗っかっている写真を撮る。「これは雨の日にしか撮れない写真、ラッキー」と思うと、まったく雨が嫌ではありませんね。
まずは発想をちょっとだけ転換してみることです。
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