上山信一「行政改革は首長の力が弱いと途中で失敗するか、うやむやになって終わる。一目瞭然ですよ」
慶應義塾大学総合政策学部教授で、経営コンサルタントの上山信一氏は、企業のコンサルティングのみならず、政府機関や地方自治体の行政改革プロジェクトを数多く手がけ、日本に「行政経営」や「政策評価」の概念を広めた改革プロデューサーである。元大阪市長の橋下徹氏のブレーンとして、問題の多かった大阪府市の行政の体質改善をなし遂げたことは記憶に新しいが、この3月末まで約1年半「都民ファースト」を掲げる小池百合子知事がひきいる東京都庁の特別顧問としても活躍されてきた。日本の行政の問題点とは何なのか?さまざまな話を上山氏に聞いた。
文責/みんなの介護
行政の費用対効果をチェックすると「目からうろこが落ちた」と言われた
みんなの介護 上山さんが「行政評価」「行政経営」という言葉を日本に広め、民間企業の経営手法を行政に導入するようになったのは、最初に旧運輸省で社会人としてのキャリアをスタートさせたことが大きいのでしょうか?
上山 旧運輸省に入ったのは、旅が好きで鉄道ファンだったからです。別に政治家志望などではなかった。6年経ってマッキンゼーの経営コンサルタントに転職しましたが、自分自身の”民営化”と民間のいろんな会社の仕事を見てみたいと思ったからでした。
みんなの介護 そんな上山さんが行政評価に関わることになったのは、今から20年前マッキンゼーの共同経営者をしていた1997年頃からだそうですね。どんなきっかけがあったんですか?
上山 当時は橋本龍太郎さんの第2次橋本内閣が「行政改革会議」を設置して、省庁再編や公共事業の見直しなどに取り組み始めた頃です。官僚や改革派議員の人たちに招かれて経営についての勉強会をやったのが最初ですね。
あの頃の官庁には、企業では当たり前の業績評価、すなわち、「投入した予算(インプット)と整備水準(アウトプット)を測定する手法」がまだ浸透していなかった。受け手の利便性や満足度などの成果(アウトカム)を指標とする手法もなかった。これらを紹介したら、「目からうろこが落ちた」とか「こういうことをやるべきだった」と喜ばれたのです。
みんなの介護 1998年に上山さんが上梓した『「行政評価」の時代(NTT出版)』は大きな反響を呼びますが、批判もあったそうですね。
上山 当時は経営=金儲け。役所には関係がないとか、神聖な行政の現場にお金の話は持ち込まないで欲しいといった意見が結構あった。出版社の人でさえ、最初は「“お上”のやることを評価するというのは違和感がありますね」と言っていたくらいです。
なぜそういう状態だったかというと、1990年代は財政赤字が今ほど深刻ではなかったから。数字にしにくい行政の費用対効果をチェックしようなんて言い出す人も役人や市民団体にはあまりいなかった。政治家や納税者も今みたいにうるさくなかった。
そんな中、本を出した同じ年に大蔵省接待汚職事件、別名「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」が起こって官僚たちと業界の癒着体質があらわになった。そして社会のあちこちで役人批判が強まっていった。
おりしもバブルが崩壊し、政治家も官僚も国と地方の借金が膨れあがっていくことへの危機感が高まった。そこで事業の成果をメリハリつけて見直す「行政評価」の考え方が全国に普及します。特に三重県などが注目される。さらに2000年には政策評価が国の法律でも義務づけられるようになって現在に至る。そんな感じでしょうか。
自治体改革をお引き受けすることは少ない
みんなの介護 上山さんは90年代後半に神奈川県逗子市のアドバイザー(顧問)を務めたのを皮切りに、福岡市、大阪市、愛知県、奈良県、新潟市、東京都など、数多くの自治体の改革にたずさわってこられました。しかし、いまだに改革できずに問題を抱えた自治体が多いのはどうしてですか?
上山 私はいろいろな自治体から「行政改革に手を貸してほしい」と相談されますが、すべて引き受けるわけではありません。お断りすることも、もちろんあるんです。
そもそもボランティアに近い安い委員報酬でやっているし、外部委員やコンサルタントというのは一種のビタミン剤のようなものでしかない。明らかに「無理」な改革に手を貸すことはありません。
みんなの介護 なぜ改革が「無理」だとわかるのですか?
上山 わりとすぐにわかります。トップである首長に決意とやる気があるかどうか。やる気があっても、議会の多数派と対立して首長の力が弱すぎる場合は途中で失敗する。なので、自治体改革はお引き受けするよりお断りするほうが多いです。
投資、人口減少、税収伸び悩みへの対策を同時平行するのが東京の難しさ
みんなの介護 上山さんが橋下徹氏の推進した「大阪維新」プロジェクトに参画したのは、橋下氏の考えにポテンシャルを感じたからですか?
上山 もちろん、そうです。しかし私が大阪の行政改革に関わったのはもっと前です。最初のきっかけは、2004年に問題が発覚した、大阪市役所の職員厚遇問題です。職員の「カラ出張」や「カラ残業」の実態が明らかになり、2005年から2007年にかけて關淳一市長と大平光代助役(当時)の要請を受けて厚遇問題の解明と行財政改革のお手伝いをしました。
その後、市長が平松邦夫さんに変わって大阪市とはいったん縁がなくなりましたが、2008年に橋下徹さんが大阪府知事になった。それで大阪府の特別顧問として空港戦略や改革全般をお手伝いしました。また、2011年には松井一郎さんが橋下さんの後に知事となり、橋下さんは大阪市長になった。そこからはずっと府と市の特別顧問として地下鉄、下水、水道の民営化や都構想の設計を手伝っています。
大阪の場合、改革を推進しようとする首長たちに極めて高い問題意識とやる気があった。能力も高かった。だからこそ引き受けたし、成果もでました。
みんなの介護 2015年5月に行われた住民投票で、「大阪都構想」はいったん白紙に戻され、市長の橋下徹さんは任期を満了して政界から引退しました。このことから、大阪府市の改革は志半ばに終わったように感じている人も多いようです。上山さんはどう思いますか?
上山 全国ニュースになったのは住民投票だけですが、その後も大阪維新はずっと続いています。2018年4月には地下鉄が民営化したし、府立と市立の大学統合も決まった。大阪府市の改革は2004年末の職員厚遇問題から数えてほぼ13年も経っています。だからかなりの成果が出てきました。
ほかにも赤字に苦しんでいた関西国際空港は前原誠司国土交通相(当時)との「橋下・前原ライン」で伊丹空港と経営統合し、再生しました。今はLCCでにぎわっています。また、不良債権化していたWTC(大阪ワールドトレーディングセンタービル)や“りんくうゲートタワービル”の債務も処理しました。
「大阪都構想」は府と市の二重行政を解消することを目指した計画でしたが、2011年以降はたまたま大阪維新の会の政治家が府知事と大阪市長を務めています。ですから府市が連携して高速道路や鉄道などのインフラ投資ができるようになりました。しかし、今後の選挙で知事と市長の連携関係が崩れると、またぎくしゃくとした二重行政、二重投資が起こってしまう。だから残る課題は2人の首長をなくして1人にすること、つまり「大阪都構想」への再挑戦です。
みんなの介護 小池知事をトップとする東京都の改革についてはどのように見ていますか?
上山 東京都の場合、前の2人の知事が政治とカネの問題から途中で辞めて、都民の信頼が地に落ちていた。そこへ小池さんが出てこられた。情報の透明性や改革に対する都民の期待が高まっていたこともあって、2017年7月の都議選では都民ファーストの会が大躍進しました。
改革を進めるには良い環境が整ったのですが、東京都は大阪府市よりお金に余裕があって、都民も議会も危機感に乏しいのが問題です。
大阪の維新改革は、お金がなかったから実現しやすかったという面があります。ジリ貧状態だから、改革しなければ潰れていくしかない。ところが東京都ではオリンピックの準備に2兆円近くもかかったり、築地市場の移転に5,800億円をかけてしまうなどありえない金額が出てくる。「お金がある」ことによって生じる問題があると思われます。
ですから、知事や都庁の幹部は先を考えて動かれているが、大阪と比べれば改革への問題意識はまだまだ低く、改革への切迫感が弱いのです。
みんなの介護 しかし、東京都とて高齢化、人口減少といった問題は避けられません。人口が右肩上がりに増えていた時代のやり方を改革し、新しい戦略に打って出なければならないときにきていると思うのですが。
上山 人口減少については東京では、他の都市と比べて10年のズレがあって、2025年から減り始めることになっています。
小池さんが知事になってから、待機児童問題を解消するために保育所の定員を急速に増やしています。オリンピックのための施設や道路、臨海部の有明の都市開発もやる。事業の見直しも一気に進んでいます。投資もやりつつ2025年以降の人口減や税収伸び悩みに対応する施策も打っていく。それが東京都の難しさです。
潜在労働力を掘り起こす「ソフトインフラ」への投資で少子化に歯止め
みんなの介護 上山さんは、さまざまな機会で「21世紀は都市の時代である」と発言されています。都市の時代とはどんな時代なのでしょう?
上山 19世紀は大帝国が軍事力で領土を争っていた時代です。20世紀は国民国家がGDPで競い合いました。21世紀は、都市が主役です。東京、大阪、ニューヨーク、ロンドン、パリ、上海のような世界の大都市が競い合いながら互いに発展していく時代になるという意味です。
みんなの介護 日本の都市が他の都市との競争力を持つにはどうすれば良いのでしょう?
上山 海外から多くの人々が訪れたいと思う魅力的な環境をいかにして作っていくかが大事です。そのためには工場誘致よりもアート、デザイン、グルメ、エンターテインメントといったあらゆる面で楽しい街にする。これは経済学で創造都市戦略と言われる手法です。また、重要なのはセーフシティ。誰もが安心して生活を楽しめる都市にするということです。
日本の個人金融資産は2017年の4~6月の時点で過去最高額の1,832兆円となりましたが、これは弱者に対する政府のセーフティネット政策が充実していないせいもある。国民、特に高齢者は将来に不安を抱いてお金を貯め込んで使わないという状態でもあります。
そこで、介護サービスや看護師常駐型の老人専用住宅・老人ホームなどを充実させて、高齢者が一生安心して暮らしていけるようにする。すると貯蓄が消費にまわります。
それから、女性が子育てしながら安心して働ける託児所などを充実させる。それで眠っていた女性の潜在労働力を掘り起こすことも重要です。米国や北欧がそうだったように、将来の教育費負担への懸念が減れば、少子化にも歯止めがかかります。
20世紀の日本は新幹線や空港、高速道路といった「ハードインフラ」に投資して経済成長を支えてきましたが、これからは眠っている資産や労働力を掘り起こすための「ソフトインフラ」への投資を行うべきす。こうした取り組みを通してダイバーシティ(多様性)のある多世代混住型の都市をつくることが重要だと思います。
介護職員は介護のプロであれば良い。事務のプロではありませんので
みんなの介護 第6期東京都高齢者保険福祉計画の推計によると、2017年度で既に介護職員の数が需要に対して約1万5千人も不足。この不足が2020年度には約2万3千人、2025年度には約3万6千人にもなると言われています。そのような状況にもかかわらず、介護職員の離職率は2015年の時点で15.7%(2015年度介護労働実態調査)。就業3年未満の離職者が7割以上を占めています。なぜ、このようなことが起きているのでしょう。
上山 介護職員の離職の理由は人によってさまざまですが、この問題を語るときに必ず話に出されるのが「賃金が低い」「仕事がキツい」ということですね。しかし、サービス業の女性のデータと比べてみても決して低賃金ではない。仕事のつらさもやりがいとの相関関係なので風評被害があるように思います。
私は、介護の仕事の厳しい面ばかりを強調するのは若い人たちに間違ったイメージを与えるのではないかと危惧しています。人を助けるやりがいのある仕事ですから。
もちろん、賃金水準を上げる努力はするべきです。でも全体の水準を上げるよりも、勤続年数や取得資格などを考慮してインセンティブを与えるなど、人事と評価の制度を納得のいくものにする、つまり、人事システムの整備が必要だと思います。
あと、業務の効率化。介護施設では役所に提出しなければならない書類が膨大にあります。これらも様式を簡素化したりIT技術を使ってスマホやパソコンなどで簡単に書類を作成できるようにするなど、事務仕事の手間はできるだけ軽減すべきでしょう。介護職員は介護のプロであれば良く、事務のプロではありませんし。
介護施設への補助金は予算の都合上、あまり積極的に宣伝していない
みんなの介護 介護事業者は小規模なものが多く、就業人数19人以下の事業所が半数を占めているそうです(2015年度介護労働実態調査)。そうなると、人事制度を見直すと言ってもそういう作業が得意なスタッフもいないのでは?
上山 そこで、国や東京都は介護施設に人材コンサルタントを派遣する制度を設けたり、介護福祉士の資格取得のために補助金や助成金を用意しています。しかし制度そのものがあまり知らされていないのか、充分に利用されていない。
あと、お役所というのは「手上げ方式」といって、申請をしたところにはお金をおろすけれども、そうでないところには何も連絡しないのが基本です。そもそも全ての事業所が申請してしまうと予算が足りなくなってしまうので制度をあまり積極的に宣伝しない。
しかし東京都は、小池都政になってからは全施設に対して「人材コンサルティングを派遣しますので、給与テーブルを見直しませんか?」と積極的に呼びかけていく方針に変えました。
みんなの介護 事業所が小さいことが問題ならば、合併させて大きな組織に作り替えていくという方法もありますね?
上山 それが一番効率的です。1970年代までは役所がいろいろな業界で小さな事業所をどんどん合併させた。そこに役所の人が天下りして音頭をとっていた。
しかし、そういうやり方は今の時代には合いません。経営者もオーナーでいたい人が多い。むしろ共同組合組織を作って、そこでスタッフ研修などを一括して行うという方法のほうが馴染みやすいでしょう。
介護付き旅行ツアーとか富裕層向け介護サービスがもっと出てきて良い
みんなの介護 行政機関と同じように、介護事業にも経営的な考えは必要だと思いますか?
上山 もちろんです。しかし中には「介護は福祉事業だから赤字になるのは仕方がない」とか「補助金の範囲内でまわしていけば良い」といった考え方もある。これではやがて事業は破綻するでしょう。
そういう現場では、精神主義がまかり通っている。職場環境が劣悪でも「介護は神聖な仕事なんだから、奉仕の精神で働きなさい」とスタッフに無理をさせる。一方で国に対しては「赤字で大変ですから、もっと補助金をください」と泣きつく。二枚舌ですね。
みんなの介護 あともうひとつ気になるのが、平等主義の良し悪し。介護施設にはいろいろな層のサービスがあって良いと上山さんはお考えですか?
上山 はい。サービス産業は何でも、高レベルのものから一般的なものまで裾野が広がる方が良い。その方がサービスの質を保っていけます。
例えばホテル業。海外の要人を招くことができる一流ホテルもあれば、庶民が気軽に利用できるもの、安い民泊等さまざまなレベルのものがある。そして、高価なものから安価なものまでそれらを一手に手掛けているホテルチェーンほど経営効率は上がります。
だから看護師常駐型の高齢者専門マンションとか、介護付き旅行のツアーとか、富裕層向けの介護サービスはもっと市場に出てきて良い。そこで稼いだお金を一般施設の赤字の補填にまわせば良いのです。まさに一石二鳥です。
「介護は家族がやるもの」という考えは捨てた方が良い
みんなの介護 かつて上山さんが民間企業の手法で行政評価を行ったとき、「神聖な役所に金儲けの理屈を持ち込むな」という抵抗があったように、介護の現場にも「金儲け」に対する拒否反応があるような気がします。
上山 「2025年度には約3万6千人の介護職員が不足する」という推計を見るまでもなく、今のままでは立ち行かないのが現実なんだから、変えるべきところは変えていかねばなりません。
それから事業者の変化とは別に、介護を受ける側の人も、サービスを受けるリテラシーを身につける必要があるでしょう。
以前、新潟市の改革の中で、市の在宅介護の利用率が全国他都市よりも低いのに気づきました。分析してみると、親に介護が必要になっても、子どもが近所の世間体を気にしてヘルパーを家に入れることを好まない傾向があった。ギリギリまでヘルパーや通所施設に頼らず、家族だけで介護をして、弱ってから施設に入れる。しかし、本当はもっと早くからサポートを得た方が弱らないのです。
これに対して、関西などでは考え方がドライで現実的です。「親の介護は家族がやるべき」という固定観念がなく、ヘルパーを呼ぶのに心理的抵抗もない。こうした発想は行政への依存心が高い感じもするけれど、結局、家族の負担が低下するし、重症化も防げる。そして行政コストも最終的には安くあがる。
もっとも、タクシーの代わりに救急車を呼ぶみたいに何でもヘルパーに頼られると困るのですが。
みんなの介護 介護を利用する側が遠慮や気兼ねをすることなく、かつ節度をもって介護を利用するリテラシーが必要なのですね?
上山 その通りです。現在、日本全国で医療と介護の連携が進み、地域が包括的に住民の健康をサポートする体制が作られつつあります。予防医療に力を入れて、要介護になる人を減らす努力もこれからは続けていくべきだと思いますね。
日本人は悲観的すぎるが、それは現状打破の推進力と表裏一体
みんなの介護 上山さんはさらなる高齢化に向かう日本社会の未来をどのように見ていますか?
上山 日本がこれから経験しようとしている超高齢社会は人類がいまだ経験していないものだと言われ、悲観論も聞きますね。しかし、まだ誰も見たことのない社会を世界に先駆けて経験できるわけです。それに対応した新しい生き方や社会の仕組み、そして新しい産業を生み出すチャンスと捉えることもできるでしょう。
例えば車椅子に乗ったら歩くよりも早く道路を走ることができるとか、健常者以上の生産性を担保できるロボットスーツが開発できるかもしれない。
それから、がんを克服する薬品や治療法、再生医療の技術などが進んでいけば、誰もがピンピンコロリで死の瞬間まで健康を保てる未来がやってくるかもしれません。
みんなの介護 医療技術の進歩は、最先端の治療を受けられる人と、受けられない人の経済的格差を助長するという分析もあります。
上山 発想が後ろ向きすぎます。進歩した方が良いに決まっている。日本人は物事を楽観的に見ずに、悲観的に捉えすぎです。
例えば「ごみ処理場があと3年で満杯になる」という報道が新聞やテレビをにぎわせました。しかし、そろそろ30年が経とうとしています。「石油燃料は枯渇する」と叫ばれていたのはそれよりもっと前のことで、今は誰もそんなことを言わなくなりました。
みんなの介護 地震や台風などの天災の多い日本の風土が、そのような悲観主義を一般的にしたのかもしれませんね。
上山 そうですね。でも実を言うと、そうした悲観主義は、日本人の短所ではなく、むしろ長所だとすら思います。短所だと思うこと自体、それもまた悲観主義なのです。
「わが国は世界から遅れている。このままでは大変なことになる」という悲観的な見方は現状打破の推進力にもなります。政策決定を行うときにも最悪の事態を想定して安全策を考えておく。日本人特有の悲観主義が有効に働くこともある。
福祉や医療、教育が整う日本。ほとんどは「偶然」の産物
みんなの介護 「21世紀は都市の時代」と発言されている上山さんは、日本の都市をニューヨークやロンドン、パリ、上海といった海外の都市と比べてどのように評価していますか?
上山 私はこれまで111ヵ国を旅していろいろな都市を見てきましたが、日本の都市はとても魅力的で競争力を持っていると思います。
治安が良い、物価が安い、それからごはんが美味しい。エンターテインメント分野でも多くの目玉を持っています。近年、外国人観光客が急速に増えているのはそうした日本の特性が発見されたからだと思っています。
みんなの介護 日本の都市は、なぜそのような魅力を獲得できたのでしょうか?
上山 他のアジアの国々より早く近代化した。その結果もあって第二次世界大戦の敗戦を経験したが、結果的にそれで日本が経済的な繁栄を実現できた。
戦後、米ソの冷戦下で各国は軍事力を増強して国防政策を進めた。しかし日本は再軍備が禁じられ、一方で日米安保体制のもと、敵国である米国の傘下に入って平和を保てた。軍事費も費やさなくて済んだ。
戦後の自由貿易体制のもと、戦前のように食料や燃料を入手する苦労もなくなった。今のようにアジアの各国が発展するより前に輸出で稼いだ。そのお金を政府が補助金や公共事業で地方にまわし、国内で循環させた。
その結果として税金は安く、福祉や医療、教育が立派に整った国ができあがったのです。でも、これはほとんどが戦後の歴史の「偶然」をきっかけにして成立している。
みんなの介護 これまでの日本の繁栄が「偶然」によるものだとしたら、それが長続きしないことも明らかですよね。
上山 すでにその兆候があらゆるところで顕在化しています。
かつて企業は社員を終身雇用制で雇い、企業年金や退職金で老後の面倒までみたけれど、そんなやり方は通用しなくなった。国の補助金や公共事業で経済をまわしてきた地方も、財政赤字が深刻化して立ち行かなくなっている。
このように、かつての成功モデルが時代に合わなくなっているのなら、新しいモデルに変えていかなくてはなりません。
みんなの介護 どのように変えるべきだと思いますか?
上山 会社にも行政にも介護施設にも、もっと経営上の工夫が必要です。特に、人材や不動産、特許、ブランドなどの資産の有効活用です。企業も自治体も過去20年をふり返ってみると、人や経営資源がサイズダウンしていく世の中に合わせて節約とコストダウンに追われてきた。
しかし、それでは縮小していくだけです。役所は数字のみにとらわれ過ぎている。特に予算の削減。削るといってもいずれ限界がくる。今後は、「節約」だけを意識するのではなく、持っている資産を有効に生かす高いレベルの「経営的発想」が必要になってきます。例えば、今まで寂しかった大阪城公園は今、古い建物がリノベーションされ、外国人観光客でにぎわっています。これは民間企業に20年の運営委託をした結果です。こうした発想で、眠れる資産を活用するべきです。
定年を境とした「第二の人生」型ライフスタイルはもっと柔軟に
みんなの介護 上山さんは何歳まで「現役」として働けると思いますか?
上山 それについては自然体。あまり深刻に考えないようにしています。何歳までバリバリ働くという目標を掲げて、その後は悠々自適で暮らすというようなプランも立てていません。
私は2000年からの3年間、マッキンゼーを退職して米国の大学に籍を置いてセミリタイアに近い生活を経験しました。本来は働き盛りの40代半ばに充電したのです。ジョージタウン大学に籍を置いてたくさん本を書きました。2ヵ月に1回帰国して2週間仕事もした。しかしそれ以前の生活と比較すると遊んで暮らしていたようなものです。
今も慶應義塾大学の職に就きながら企業顧問や非常勤監査役、政府や自治体の政策アドバイザーをボランティアでやっています。これも基本的にはどこかの組織に縛られないフリーな立場なので、リタイアするという発想はないんです。
みんなの介護 企業の年功序列型の賃金体制が崩れ、定年制のあり方も変わろうとしています。どのような世の中が好ましいと思いますか?
上山 かつては定年を境に「第二の人生」を設計し直すライフスタイルが一般的でしたが、今後はもっと柔軟になっていくべきでしょうね。
会社員として働きながら、夜は副業で居酒屋を経営しても良い。定年した後に料理学校に通ってイチから事業を始めるなんて非効率です。ネットビジネスやNPOを立ち上げたり、地域の活動に力を入れてみたり、元気に働けるうちにやりたいことがいろいろできる環境が望ましいでしょう。
働き方の選択肢が多くなれば、いつまでも気を張ってバリバリと働く必要はなく、疲れたら休むことだって容易に選択することができます。
現代人は部屋にエアコンがあって美味しいものを食べている。飢えから解放され、病気もかなり治せる私たち現代人の生活水準は、江戸時代の大名や中世ヨーロッパの王侯貴族の生活よりもクオリティが高い。今この時代に生きていることに私たちはまず感謝すべきです。その上で、今ある生活をその人なりに楽んでいけば良い。そうしたら本当は誰もが「幸せな社会だ、日本は素晴らしい」と感じるはずなんですよ。
撮影:小林浩一
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