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城繁幸「労働市場が流動的ではないから長時間の残業、地方への転勤、転職の不利など問題が生まれている。年功序列と終身雇用の廃止が必要」

最終更新日時 2017/06/05

城繁幸「労働市場が流動的ではないから長時間の残業、地方への転勤、転職の不利など問題が生まれている。年功序列と終身雇用の廃止が必要」

辛口だけれど軽妙。鋭い論旨が人気の人事コンサルタント・城繁幸氏を迎えた第41回。“雇用制度”を軸にした著書「若者を殺すのは誰か?」(扶桑社新書)では、若者たちが経済的に虐げられる社会構造を浮き彫りにした。そんな城氏に日本の雇用制度の特徴である“年功序列”と“終身雇用”について、その問題点とルーツを語ってもらった。

文責/みんなの介護

流動的でない労働市場が転職の不利や無茶な転勤を生む

みんなの介護 人事のスペシャリストである城さんは、日本の雇用制度の現状をどう見られていますか?

 日本の労働環境は非常に特殊ですよね。以前『半沢直樹』というドラマがありましたが、外国の人には全く理解できないそうです。「なぜ転勤を命じられると土下座をするの?嫌なら転職すればいいのに」って(笑)。

そもそも、東京に就職しているのに地方や海外へ左遷されることがおかしいんですよ。他国の企業では、課長クラスの人が遠方へ飛ばされることはまずありえません。例えばアジア統括責任者としてフィリピンへ栄転するなど、前向きな転勤ならありますけどね。

みんなの介護 なぜそのような無茶な異動が生じてしまうのでしょうか?

 終身雇用制度によってひとつの会社に居続けなければならないので、逃げ場がないんです。仮に転職市場が流動的でいつでも転職できるという環境なら「転勤は嫌なので辞めます」と言えばそれまでです。そうなれば、よっぽど辞めさせたい場合を除いて、そもそも企業側もそう簡単には転勤を命じなくなるでしょうし。

みんなの介護 現在は転職をすることがわりと一般的になったような気がするのですがどうでしょうか。

 転職のハードル自体はここ10年でものすごく下がりました。ただ“同じ待遇のポストへの転職”ということに限るなら、その難しさは何も変わっていません。日本の雇用環境の中で転職をすると、ほとんどの場合、前職よりも給与や役職が下がってしまうんです。

若い人だけでなく、40歳以上の人が転職するケースも最近だいぶ増えてはいますが、その多くは新興企業へのものなんです。新興企業はとにかく人材を欲しているため、経験があって優秀なら年齢に関係なく雇ってくれます。

みんなの介護 日本ではなぜ転勤をすると待遇が下がってしまうのでしょうか。能力にふさわしい扱いを受け取ることは本来、制度として当然のように思うのですが…。

 そもそも日本企業の多くは転職を前提とした人材育成をしていません。つまり、自社に特化した形に社員を育てる場合が多いんです。そのため、企業Aで培った技能は企業Bに移ると通用せず、労働市場における価値が下がってしまうんです。

「賢人論。」第41回(前編)城繁幸さん「雇用システムを「役割給」に一本化し業務の範囲を明確にすることで、公正な労働評価ができるばかりか仕事の質を高めることもできる」

業務の範囲を明確化することで残業が減り、生産性も上がる

みんなの介護 せっかく積んできた経験を転職先で活かせないというのはもったいないですね…。

 海外の企業の場合だと、ふつう「職務記述書」を交わして何の仕事を与えられるのか、それに対していくら支払われるのかがきちんと契約されます。だから評価も明確に下されるし、労働市場で決められた相場に基づいた給与をもらうこともできる。

しかし日本だと、どんな仕事を任せられるのかが決まるのは採用後なんです。たまたま配属された部署で、目の前の仕事をみんなで寄ってたかってやる。しかも時期によって仕事がどんどん変わるんです。

みんなの介護 社員1人当たりに与えられる仕事があまりに雑多で偶然的なので、客観的な評価が困難になり、一貫したスキルを身に付けることもできないんですね。

 ですから、大手名門と呼ばれる企業からリストラされ、40代で初めての転職活動をするような人は、まず自分に何のスキルがあるのかわからないんだそうです。もちろん十何年も働いていたんですから何らかは身に付いているはずなんですが、それを明示することができない。それをまとめて文章にするのも紹介会社のコンサルタントの仕事のひとつなんですけどね。

みんなの介護 日本でも客観的な評価制度を可能にするにはどうすればいいのでしょうか。

 まずは年功序列をやめて「役割給」に一本化することですね。例えば人事部なら、「東大と一橋と慶応から、この条件を満たす学生を何人採用してくださいね。それを達成したらいくら支払いますよ」というような具体的な形でミッションを与えるんです。いわば“仕事に値札をつける”というイメージですよね。

業務の範囲が明確になると、自分の仕事の終わりも明確になるので無駄な残業をさせられるリスクが減ります。それに「東大卒者を獲得するウエイトを何人増やした」とか「より優秀な学生を何人採用した」など仕事の“質”を数的に評価し、報酬を出せるようにもなりますよね。すると、給料を増やしたい人はだらだら残業するのではなく、生産性を高めようという方向へ発想がいくようにもなる。

みんなの介護 営業部などはそのような数値的な目標に応じて評価する仕組みが、すでに採用されているイメージがありますが。

 車のディーラーなど個人向けの営業はそうかもしれませんが、法人相手の営業となるとチーム総出でやりますから事情が違ってきます。そういう場合は「課全体で売上10億円」のような数値目標を課長などの役職者だけに与え、部下たちには「新規獲得」「顧客のメンテナンス」など担う役割をさらに細かく割り振る、という形を取るのがベストだと思いますね。

みんなの介護 そのような評価制度は、まだ日本の企業に根付きそうにないでしょうか?

 よくあるのは、評価制度を取り入れようとするんだけれども、従来の年功序列の骨組みを残してしまっているせいでうまく機能しないというパターンですね。バブル前に入社した50代前くらいの人たちは、極端な話、目標が達成できようができまいが1000万円くらいは給料をもらっているんです。彼らは以前の労基法に守られているので、よほどの損失を出すことがない限り賃下げされないことになっているんです。

「賢人論。」第41回(前編)城繁幸さん「年功序列と終身雇用は戦後にできた特殊な制度。能力があれば若くても出世できる流動的な社会が戦前にはあった」

年功序列と終身雇用のルーツは“国家総動員法”

みんなの介護 そもそも、なぜ日本にはそのような年功序列制度ができたのでしょうか?

 意外に思われるかもしれませんが、その由来は1938年の「国家総動員法」であるという説があります。例えば「大砲の弾をつくるのは怖いから」と言って仕事を辞めて良いならば、誰もいなくなってしまうでしょう。だから、戦時下においては転職の自由を制限する必要があった。この名残が終身雇用制度です。

加えて、もしある業種だけが賃金を勝手に上げると、優秀な人がみんなそこへ集まってしまいますよね。様々な物資が必要とされる戦時下では、これも良くありません。だから一年間における賃金の上げ幅も政府が制限しようということになった。これがベースアップの起源。

みんなの介護 戦前の日本には、年功序列も終身雇用もなかったのですか?

 そうですね。例えば朝日新聞社には緒方竹虎さんというジャーナリストがいましたが、この人は30代で主筆という職に出世しています。それから田中角栄だって30代で閣僚になりましたよね。いまの国会議員が40代でも若手と言われていることを踏まえると、よく違いがわかると思います。そういう年功序列でない流動的な社会が戦前には存在していて、能力とやる気がある人はどんどんポストに上げていくというスタイルが主流だったと考えられます。

みんなの介護 それが、国家総動員法を境に変わった。

 という説を私は支持していますが、もちろん違う説を唱える人もいますよ。江戸時代の丁稚奉公が年功序列のルーツであるという解釈とか。

みんなの介護 丁稚奉公というのは、10歳前後から商店に住み込みで勤めながら仕事を教わる徒弟制度のことですね。

 それから「武家社会」がルーツであると唱える人も多いです。大企業などは、たとえるならば「藩」のような濃密な人間関係で繋がれていて、不祥事を何10年も会社ぐるみで隠したりするでしょう。株主と経営者と労働組合が対立するものではなく、実は一緒になってしまっているのが日本の企業なんです。だって株主は株を売ったらそれっきりですけど、労組はなん十年もそこで飯を食うわけだから、誰よりも経営者目線なんです。

しかし僕は、丁稚奉公や藩の文化が国家総動員法をもたらし、国家総動員法をもとに年功序列制度が組成された、という風に、根っこでは全てつながっていたのだと考えています。

みんなの介護 現行の雇用制度は長い日本史の中で形成されてきたものであるだけに、改善していくことには困難が伴うのですね。

人口減少の中で制度を維持する仕組みがまだ日本には足りない

みんなの介護 城さんはご著書の中で、日本の年金制度についても言及なさっていました。

 厚生年金に関して知っておくべき話がひとつあります。厚生年金は現在、約19%で、そのうち半分は会社が負担してくれるということになっています。しかし会社側から見れば、事業主負担も実質的には本人負担だということです。

みんなの介護 厚生年金の企業負担分まで本人が負担している…?それはどういうことですか?

 例えば、Aさんが額面で50万円の給料をもらっているとしますよね。仮に厚生年金を20%とすると、納めるのは50万円×0.2で10万円。そのうち半分は“労使折半”によって企業が負担してくれるので、Aさんの負担は5万円で済む。その結果、45万円のお金が手元に残る、という建前になっています。

しかし、その解釈は本当は誤りなんです。なぜなら、企業はAさんに支払った給与の50万円に加え、厚生年金の企業負担分5万円も“Aさんに掛けた人件費”として勘定していますから。言い換えれば、企業はAさんの人件費から10万円を負担し、それに半分ずつ“本人負担”“企業負担”と名前を割り振っているだけなんです。

みんなの介護 Aさんは50万円の給与の中から厚生年金を5万円負担したのではなく、実は、本来もらえるはずだった“55万円”の給与から10万円を全額負担していた、ということですね。結果、45万円を受け取ることに変わりはありませんが、負担額が10万円と5万円ではだいぶ大きな差があります。

 そう。厚労省は「国民年金よりも厚生年金の方がお得ですよ」と発表していますが、実質本人が全額負担しているという前提に立てば、厚生年金の利回りは正味、国民年金の半分くらいしかないんです。

みんなの介護 公的な発表と言えども、そのまま鵜呑みにしてはいけない場合もあるんですね。

 また厚生年金といえば、最近は会社に雇用されるのではなく請負契約を結ぶ形で仕事をする人も徐々に増えています。そうすることで厚生年金を抜けられ、国民年金だけ支払えば良くなりますからね。厚生年金は給与の19%程度、しかし国民年金は16000円の定額ですから、負担が全然違います。

みんなの介護 節税ならぬ…。

 節・社会保険料(笑)。その代わり、個人で仕事を取って来られるレベルのものすごく仕事ができる人にしかできないことですけれどね。

みんなの介護 それくらい、厚生年金を納めるメリットが感じられなくなっているという現れなのでしょうか。

 現行の年金制度は高度経済成長期につくられたもので、人口が増えていくことを前提としたシステムなんです。現状として日本は人口が減少しているにも関わらず、それを成り立たせるための政策が上手く取られていませんね。

ヨーロッパを中心とした諸外国では、人口を維持するために血の滲むような努力をしています。フランスでは出生率を回復させるために子育てに関する社会保障を手厚くしましたし、ドイツや北欧諸国では積極的に移民を受け容れています。それでなんとか1.8以上の出生率を維持しているんです。

「賢人論。」第41回(中編)城繁幸さん「移民受け容れには“留保”の立場。彼らが老いて働けなくなったとき、移民二世が生まれてきたときに支える用意がまだできていない」

移民を受け容れる前に、それを支えるための社会保障制度が必要

みんなの介護 移民に関する議論なら日本でも盛んですよね。城さんは移民の受け容れに対して賛成ですか、反対ですか?

 反対はしませんがまだ賛成もできません。「留保」という感じですね。もし労働市場が流動的になって、バックボーンや年齢に関わらず公平にチャンスが与えられる雇用環境をつくることができれば、移民の受け容れはしてもいいと思います。しかし現状はそれに程遠いですね。

みんなの介護 それはなぜですか?

 例えば2000年前後に社会に出たいわゆる「氷河期世代」にしたって、未だに非正規雇用者の割合は多いです。あと10年ちょっとして彼らが労働市場からこぼれ落ち、社会保障になだれ込むと、そのコストがとんでもない額になるんじゃないかという話もあります。しかしそれに対する救済措置がとられているわけでもない。

移民たちはそれよりもさらにつらい状況に置かれると思うんです。その時に、ルーツが違うからとか、宗教が違うからとか、そういった理由付けで受け止められてしまうと後々禍根を残すことになる。ドイツでは移民を積極的に受け容れていると先ほどお話しましたが、そのドイツ人の学者さんでさえ「移民問題は解決できない」と言っています。移民が社会に馴染むのには相当時間がかかるようです。

みんなの介護 移民を受け容れることの一番の問題は何だとお考えですか?

 短期的に見る限りなら良いんですが、彼らが年を取り働けなくなったときサポートするための保障制度が必要になってきますよね。彼らも社会保障制度の中に取り込んでいかなければならないんだけど、日本人の非正規雇用だけでもカバーしきれていないのが現状です。

もっと言えば、次に生まれる移民2世は生まれも育ちも日本人なのですから、自分の親が与えられてきたのと同じ仕事や社会保障では満足しないでしょう。「自分たちも正社員を中心とした社会保障の枠に入れろ」と言ってきたとき、彼らに夢と希望のあるキャリアパスを示せる気がしないんですよ。日本人の氷河期世代にすらできてないんだから……だから移民の前に、まずは正規雇用と非正規雇用の格差だけでも是正した上で議論したほうが良いと思いますね。

「賢人論。」第41回(中編)城繁幸さん「国内を高付加価値な業務に特化し採算のとれる産業構造にすることが新興国やAIに食われないために日本が目指していくべき道」

ホワイトカラーの仕事さえ、多くがAIに食われるだろう

みんなの介護  「賢人論。」第40回で加藤久和さんが、「少子高齢化による財源の不足分は経済成長で賄わなければ」というお話をされていましたが、いまのところ日本経済は停滞気味です。

 原因のひとつは、法人税が高いことです。日本を含めた先進国の法人税はだいたい30%弱ですが、新興国となるともっと安く、20%ほどの国もあります。ですから黒字が出る企業は利益が減ることを避け、海外へ拠点を移してしまうんです。そして日本国内には赤字の企業が多く残される。

それから労働規制が強いことも問題です。例えば日本の解雇規制はOECD諸国で最も規制が強く、人件費が固定費にされてしまう。ですから国内での正規雇用は本当にコアな業務だけに抑え、あとは非正規雇用を使うなど安く抑えるというのがここ20年くらいのトレンドになっています。

みんなの介護 いま日本は他の先進国と比べるとそれほど競争力が強くないですが、かといって人件費等の安さでは新興国に敵わない状況です。グローバル化する世界を生き抜いていくために、日本はどのような戦略をとっていくべきなんでしょうか?

 産業レベルでも個人レベルでも、工夫して付加価値を高めていく以外にないですね。その過程で既存の仕事が国内から消失するのは仕方のないことだし、個人は状況に応じて変化していくしかないでしょう。

AI化の流れによって、既存のホワイトカラーがやっていたような業務でさえ今後はAIに食われるだろうと言われています。ルーティン化できることは海外やAIに委ね、日本のホワイトカラーは、彼らに業務を割り振る仕事を担っていく。そんな働き方がこれから求められていくのだろうと思います。

現行の社会保障制度は非正規雇用が想定に入っていない

みんなの介護 先ほど、正規雇用と非正規雇用の格差是正が直近の課題のひとつだというお話が最後にありました。「派遣切り」という言葉は最近それほど聞かれなくなりましたが、非正規雇用をめぐる問題はまだ解決されていないのでしょうか?

 今の社会保障制度の問題点は、正社員と自営業しか想定していないことです。例えば年金で言うと、正社員として勤めていた夫婦ならば厚生年金を含めて月に15万前後もらえます。自営業なら身体が動くまで定年がありませんから、収入と国民年金の6万円を合わせて暮らしていけます。

しかし、非正規雇用かつ65歳以上、という人たちのことはまだ想定されていませんよね。特にスキルを持たない人たちが、どうやって月6万円の国民年金だけでやっていけるのか。大量に切られることはなくなっても、問題そのものは解決していないんです。

みんなの介護 非正規雇用者の保障問題を解決するにはどんな手立てがあるでしょうか?

 社会保障の解決もそうですし、労働市場の解決も必要ですね。正規雇用と非正規雇用の格差は、規制が多すぎることから生じているので、正社員の解雇や賃下げを柔軟にできるような規制緩和も必要です。

みんなの介護 そうすることで正社員の賃金だけが高止まりせず、非正規雇用にお金が回って来やすくなるんですね。

 もうひとつ、非正規雇用者は雇用期間の上限が規制されています。派遣なら3年、有期雇用なら5年ごとに職場を転々としなければいけないので、なかなか付加価値のあるスキルが身に付かない。寿司屋でたとえるなら、皿を洗ったりお掃除したりというような、誰がやっても良いような仕事しか任されないわけですよ。肝心のネタを捌いたり握ったりするのは社員だけ。

スキルが身に付かないと、いつまでも賃金が上がりません。これが賃金格差の最大の原因です。こういう規制をなくして、同一労働同一賃金が成立するような環境整備をしないことには前に進まないですよね。

みんなの介護 同一労働同一賃金というのは雇用形態や性別、学歴などに関わらず、同じ仕事をする人は同じ水準の賃金を受け取る仕組みのことですね。

 ええ。そのためには政府が“同一労働同一賃金基本法”のようなものをつくって企業に見直しを促すことも有効でしょうね。

そうなると、派遣社員の方が正社員に比べ給料が上回るケースが出てきます。それは本来、正しいことなんです。同じ仕事をしている派遣社員と正社員がいるとすると、派遣社員の方が解雇しやすいぶん時給が高くなりますから。

「賢人論。」第41回(後編)城繁幸さん「終身雇用制によって生まれた「専業主婦」というスタイルは経済不況の現代では維持できず少子化の一因にもなっている」

専業主婦制は、経済の停滞した現代では少子化の一因に

みんなの介護 少子化についてはどうお考えでしょうか?

 実は「専業主婦」という仕組みが少子化の原因のひとつになっています。一般的に専業主婦は日本の伝統的なスタイルのように思われていますが、実はそれができたのは戦後のことです。農家などを例に取るとわかりやすいですが、戦前は男女共働きが普通でした。女性が家を守り男性は外で働いて…という暮らし方が可能だったのは一部の上級武士だけですよ。

みんなの介護 それは意外な事実でした。なぜ戦後、そのような専業主婦制が浸透していったのでしょうか?

 ここでも終身雇用制度が絡んできます。前半でもお話ししましたが、終身雇用を守るためには転勤が欠かせません。例えば「大阪で社員が足りなくなりました」となったとき、終身雇用制度のもとでは余剰感のある他の地方から社員を転勤させることで雇用そのものを守るわけです。

もうひとつ、長時間残業もつきまといます。従業員が100人必要な企業があったとすると、終身雇用制度の元ではだいたい70くらいを雇うに留めておくんです。なぜなら、終身雇用制度で社員の人数調整ができないため、仕事が少ない時期に人手が余ってしまうからです。逆に繁忙期には70人で100人分以上の仕事をしなければならないので、月150時間くらい残業が発生することになる。

みんなの介護 「転勤」と「長時間の残業」が、終身雇用制度のもとでは不可欠なんですね。そうなると、夫婦共働きが難しくなり、専業主婦が増え、結果として少子化が進んでしまう…と。

 例えば、旦那さんが九州に転勤になったからといって奥さんも一緒に転勤させるのは難しいですよね。夫が長時間残業する分、誰かが家庭に専念しないといけないし。ちなみに東大の社会学者・上野千鶴子さんは「専業主婦は社畜の専属家政婦だ」なんてというきつい言い方をしていましたが…。

「賢人論。」第41回(後編)城繁幸さん「同一労働同一賃金の実現や非正規雇用の待遇改善によって既婚率・出生率を上げる余地はまだまだ残されているはず」

雇用制度を見直せば、既婚率・出生率が上がる可能性はある

みんなの介護 その専業主婦制がなぜ、子育てのネックになっているんですか?

 90年代後半までは、奥さんが専業主婦でも子供を2人産み、ローンでマイホームを買うだけの給料を企業が支払うことができたんですよ。でも今は経済が停滞しているので、40代を過ぎても半分以上のサラリーマンは平社員です。となると旦那さんが働くだけの世帯は、「家は買うけれど子供は1人でいいよね」ということになるんです。

みんなの介護 それが出生率低下の一因になっているんですね。一方で、結婚離れについてはどう思いますか?

 それはまた別の話でしょうけど、バブル世代くらいまではお見合い制度がまだ残っていて、家の近所にはお見合いを勧めてくるおばあさんが必ずと言っていいほどいたし、会社の上司もお見合いを勧めていました。そういう外部からのプレッシャーなしに結婚に踏み切れるほど、日本人は大人になりきれていない感じがするんですよね。だから恋愛関係で止まってしまっている。

さらに言うなら、大企業はかつて男性正社員のために花嫁さん候補を採用していたんです。これは多くの場合、「一般職」という転勤のない枠で採用される事務系の女性です。しかし90年代後半、景気が後退してくるとコストがネックになってその文化は廃れていきました。代わりに女性の派遣社員を採用しても、どんどん入れ替わってしまうのであまり結婚には繋がらないんですよね。

みんなの介護 専業主婦や少子化にまで絡んでくるなんて。雇用制度が社会に与える影響はそれほどまでに大きいんですね。

 しかし、少子化対策として打つ手はまだあります。例えば正規雇用と非正規雇用では既婚率が倍くらい違う。ということは経済的な理由によって結婚できない人たちが一定数いるんですよ。逆に言えば、同一労働・同一賃金の実現によって非正規雇用の労働環境を良くすることができれば、彼らの既婚率を上げることもできます。既婚率が引き上げられる可能性がある。

もうひとつ、夫婦が欲しがっている子供の数は過去に比べてそれほど減っていないんです。にも関わらず、実際に産む子供の数は減っている。ということは、子供を持ちたくても持てない理由についてメンテナンスすることで、出生率を上げられる可能性がありますよね。

賃上げは難しくても、長時間労働や転勤をなくすことでそうした理由のいくばくかは軽減することができるかもしれない。未婚者の既婚率を上げることと、既婚夫婦が持つ子供の数を底上げすること。この2つに取り組むことで、出生率を他の先進国並みには上げることができるのではと思っています。

撮影:公家勇人

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07