宇野重規「新型コロナとの⻑期戦では「政治家の⾔葉」こそが重要」
公助と共助から安心して自助ができるようになる
みんなの介護 日本が健全な民主主義を取り戻すために、国民はもっと声を上げるべきだと伺いました。国民が声を上げることで、日本の政治と民主主義は本当に変わるのでしょうか。
宇野 国民が政治に対してさまざまな要望を突きつけた場合、政治がそれにまったく応えようとしなければ、国民の側でさらなる政治不信を引き起こす恐れはあります。「自分たちが何を言っても政治が変わらない」と国民の多くが諦めてしまえば、民主主義の危機はさらに深まるでしょう。今の若者たちに「現状肯定派」が多いと言われるのも、実際のところは政治に対して諦観しているだけなのかもしれない。
しかし、政治を動かすためのやりようはあります。例えば社会起業家の駒崎弘樹さんのように、「病児保育」という新しい福祉サービスを自ら立ち上げ、それを政治に後追いさせればいい。国民がまず動くことで政治が動くこともあるのです。
みんなの介護 なるほど。「自助」の仕組みを考えるところから始めて、それを「共助」「公助」へと広げていけばいいのですね。
宇野 そういう言い方もできるかもしれませんね。ただし、本来のあるべき姿は、順序が逆でしょう。菅総理は所信表明演説で、自身の目指す社会像として「自助・共助・公助」を掲げました。しかし私は、社会的に弱い立場の人を基準に考えれば、まず最初に公助があるべきだと考えます。立場の弱い人が「まず自分でやってみろ」といわれても途方に暮れるだけ。そういう人は、公助や共助があってはじめて、安心して自助ができるようになるのです。
国民は政治の「お客さん」ではなく、「当事者」である
宇野 グローバル資本主義が台頭してきた頃、「これで国家の役割は終わった。あとは市場経済に舵取りを任せればいい」といった意見をよく耳にしました。しかし今となっては、その意見は明らかに誤りだとわかります。市場経済を人々が過信したからこそ、リーマン・ショックをはじめとする経済危機が発生しました。先進国で所得格差による国民の分断が起きたのです。つまり、すべてを市場原理に委ねるのではなく、修正が必要であれば国家が動くべき。特に今回、世界は新型コロナの脅威を経験して、国家の役割の大切さに改めて気づいたはずです。国民が政治に働きかけるという意味では、やはり国政選挙への投票行動が重要です。
みんなの介護 どの政党のどの議員に投票するかは、しばしば購買活動にたとえられますね。自分の好みの商品はどれなのか、と。
宇野 ショッピングの場合、欲しい商品がなければ、「何も買わない」という選択ができます。しかし選挙の場合、「買わない=投票に行かない」という選択はNG。自分が投票に行かなければ、政治がますます自分の望まない方向に行ってしまう可能性が高まります。商品を買うのは消費者の義務ではありませんが、投票を通じて「こういう未来にしたい」と意思を示すこと、意思を示すために労力を払うことは国民の義務だと思います。つまり、国民は政治の「お客さん」ではなく、政治の「当事者」。国民一人ひとりが自分事として政治に参加するシステムこそが民主主義なのです。
日本の人口が5,000万人にまで減少したとしても悲観する必要はない
みんなの介護 新型コロナウイルスの問題だけでなく、今後さらに加速すると思われる日本の少子超高齢化も喫緊の課題。私たちはどのように対処していけばいいとお考えですか。
宇野 福祉については専門外なので、一市民としての意見になりますが、私自身は日本の人口減少について、それほど悲観していません。
もちろん、わが国は財政面で厳しい状況を迎えるだろうし、多くの自治体が消滅したり、機能不全に陥ることも考えられます。医療や介護の現場が持ちこたえられるのかどうかも気になるところです。しかし、人口が減ること自体は、そんなに悪いことではないように思えます。
日本の総人口は、これから急速に減少していくでしょう。一部の推計では、「人口9,000万人を維持する」となっているようですが、それはおそらく難しいでしょう。2100年には5,000万人を切っているかもしれないし、明治10年頃の約3,600万人にまで減っているかもしれません。人口が減れば当然GDPも縮小し、もはや経済大国ではなくなっている可能性が高い。とはいえ、「人口が少ないこと=不幸なこと」ではない。1人あたりGDPをある程度のレベルで維持することはできますし、その時代に生きている日本人一人ひとりが納得のいく人生を歩んでいければ、それで良いのではないでしょうか。
みんなの介護 人口の増減が問題ではない、ということですね。
宇野 そうです。先ほど、「日本人一人ひとりが納得して生きられれば」と言いましたが、厳密に言えば、外国人の人たちも含みます。もはや現時点においても、第一次産業は技能実習生など外国の人たちの手を借りなければ成り立たなくなっています。将来も必ず一定数の外国人の人たちが日本に居住しているはず。そういった人たちも日本人と同様、わが国を支えるメンバーの1人として尊重されながら生きていける社会を築いていくべきでしょう。いずれにしても、日本の総人口に数値目標を定めるべきではないと思います。
東アジアの家族観に根ざした介護モデルの構築を
みんなの介護 超高齢化社会の話を伺ってきましたが、宇野さんはご両親の介護についてどのようなビジョンを持っていますか。
宇野 私の両親はここ10年の間に亡くなってしまいました。2人ともずっと元気だったのですが、まず母親が病に倒れて亡くなり、父親はその後、1人でしっかり暮らしていましたが、やはり病に倒れました。私は一人っ子なので、まずは母親の、その次に父親の看病について責任を取る必要がありました。とはいえ、現在はよくあることですが、夫婦がともに働きつつ、仕事の上でも最も忙しい40代前後に「親の介護」と「子育て」が同時にやってくると、負担は大きくなります。すべてをやり遂げようとすると、相当に疲弊します。
母親が亡くなったときも父親が亡くなったときも、すごく悲しかったのと同時に、どこかほっとしている自分がいたのです。あっという間に亡くなってしまってかわいそうだったし、もう少し自分にできたことはなかったかとどうしても思う。その一方で、この状態がこれ以上続いたら、自分ももたなかったかもしれない…。どこかでそう思っている自分に対して、罪悪感にさいなまれました。今でも、その気持ちが尾を引いています。
そのとき、改めて気づきましたね。現代の日本社会に生きる多くの人たちは、同じような思いをしているのだ、と。私も大変でしたが、別に例外でもなんでもない。皆さんもご苦労されているんだなあと実感しました。家族に対する考え方も少し変わりました。
みんなの介護 どのように変わられたのでしょうか。
宇野 日本人はみんな家族が好きだし、家族を大切に思っていると思います。しかしそれだけに、ときに家族が重荷になることもある。なかなか結婚に踏み切れない人は、家族をとても大切に思っているだけに、「家族になること」にある種の恐れを抱いているのかもしれない。そんな風に考えるようになりました。いずれにしても、親が死んでどこかでほっとしてしまう社会というのは、どこかおかしいと思っています。
みんなの介護 たとえ介護保険制度があっても、まだまだご家族の負担は大きいようです。
宇野 私がそうであったように、親に介護が必要になった時点で、そのための用意ができている人は多くありません。必要な情報もなければ、心の準備もできていない。突然、親が倒れてパニックになるわけです。そんなときに、それをサポートしてくれる仕組みが欲しい。ごく気軽に相談でき、何をすべきか一緒に考えてくれる窓口みたいなものがあれば、多くの人が救われるはずです。
少子高齢化は日本だけの問題ではありません。中国や韓国でも、親の介護の問題がさらにクローズアップされてくるでしょう。東アジア諸国において、家族の問題について割り切った個人主義的な考えを取る人はまだ多くありません。その一方で、現代の家族にあまりに多くの負担をかけることは現実的ではない。多くの人々がそのギャップに悩んでいます。親の介護の問題も、伝統的な家族観を尊重しつつ、やはり社会的なサポートが大切です。日本が先導して、東アジアの新たな介護モデルをいち早く構築すべきではないでしょうか。
撮影:荻山拓也
宇野重規氏の著書『民主主義とは何か』(講談社現代新書)
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