宇野重規「新型コロナとの⻑期戦では「政治家の⾔葉」こそが重要」
第二次大戦の敗戦で「国家」という重しがはずれ、明るく輝かしい民主主義が到来
みんなの介護 わが国が本当の意味での民主主義を獲得したのは、第二次世界大戦後のことだと思います。日本の戦後民主主義はどのように生まれたのでしょうか。
宇野 第二次大戦が敗戦という形で終わって、わが国の戦後民主主義はスタートしました。戦争に敗れた日本の国土は荒廃し、人々の生活は困窮を極めましたが、それでもある種の喜びがあったのは事実ではないでしょうか。頭上の空がぱっと明るく開けたような解放感。、それまで重くのしかかっていた国家という重しが取り除かれた。その結果、貧困と欠乏という状況下であっても、「自分たちはこれから自由に生きていいんだ」という精神が人々の中に生まれました。その精神こそが、戦後民主主義の大きな原動力になったことは間違いありません。
みんなの介護 宇野さんは本の中で、民主主義を成立させるためには、国家と社会の力関係のバランスが重要だと書かれていますね。
宇野 いま最も注目を集めている経済学者ダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンは、「中央集権化する国家に対し、社会の側に国家の要求に対抗する勢力が組織されない限り、自由な政治制度の発展はない」と主張しています。簡潔にいえば、国家と社会の力関係が「国家>社会」であれば、国家は自分たちのいいように制度をつくり、しかも社会に何も説明しない。逆に「国家<社会」の関係になれば、国家は力を失い、国は分裂する。国家と社会がバランスの取れた状態になってはじめて、社会は国家に対して説明を求め、国家は社会に対して意を尽くして説明責任を果たす。そうやって互いに切磋琢磨しながら国を発展させていくのが、民主主義のあるべき形でしょう。
戦前の日本は明らかに「国家>社会」でした。急激に軍国化していく国家に対し、社会は何も言えなかった。それが戦後になってようやく国家と社会のバランスの取れた関係を獲得できたわけです。社会の側から見れば、民主主義を喜んで受け入れるのも当然でしょう。
戦前の軍国主義から民主主義へと転換して、政治家のタイプも変わりました。多くの戦前政治家が公職追放になったことで、戦後派へと世代交代が進んだ。例えば官僚出身の池田勇人や佐藤栄作など、戦前であれば公務員として一生を終えたような人たちが政治家になり、やがて総理大臣にまで上りつめることになります。
東西冷戦の終結とともに岐路に立たされた日本の外交
みんなの介護 政治家の性質まで変えた戦後民主主義に大きなエネルギーを感じます。
宇野 日本の戦後民主主義は、ある特定の条件で花開きました。というのも、アメリカという強力なパートナーとともにずっと歩んできたからです。いえ、パートナーというより、軍事的にも政治体制的にも、日本はずっとアメリカに支えられてきました。捉え方はさまざまですが、わが国は安全保障や外交の面でアメリカに多くを依存してきました。外交について自分たちでは考える必要はほとんどない分、ひたすら経済活動に注力できたわけです。言い換えれば、わが国の戦後民主主義は、高度経済成長で手に入れた果実を国内にどう再分配するか。それのみを考えていればよかった。お金さえ国内に潤沢に分配できていれば、それで民主主義は滞りなく回っていっていたのです。
みんなの介護 それがあるときから、うまくいかなくなったんですね。
宇野 そのとおりです。1989年の「ベルリンの壁崩壊」は、間違いなく日本の民主主義にも影響を及ぼしました。端的にいえば、東西冷戦が終結したため、アメリカには日本を守る大義がなくなってしまったのです。今日アメリカは、在日米軍の駐留経費をもっと負担するよう日本に要求していますが、それもある意味では当然ですね。ソ連(現・ロシア)などの社会主義国が自由主義世界の脅威でなくなった以上、アメリカは自腹を切って日本を守る理由などありませんから。
日本の民主主義は、東西冷戦の終焉とともに、安全保障や外交の問題を自分の頭で考えざるを得なくなりました。その一方で、市場経済を導入した中国は年々大国化してきていて、韓国、北朝鮮、ロシアと日本の関係も決して良好とは言えません。さらに戦後ずっと好調だった日本経済も、1990年代以降は失速してしまいます。利益を国内で再配分しようにも、その原資がない。こうして日本は1990年代初頭、戦後民主主義を支えていた二つの要素「アメリカの後ろ盾」と「経済成長」を失い、わが国の政治はかつてない重荷を背負うことになります。
大胆な政治改革を講ずるも、「小選挙区比例代表並立制」が失敗の要因に
みんなの介護 宇野さんの著書によれば、世界情勢が変わった1990年以降、わが国は思い切った政治改革に着手するわけですね。
宇野 そうです。私の先生や先輩にあたる政治学者たちがブレインとして、政治改革のためにいろいろと知恵を絞ることになりました。その結果、1994年には公職選挙法改正案、政治資金規正法改正案、政党助成法案、衆院選挙区画定審議会設置法案のいわゆる「政治改革四法」が成立。衆院選はそれまでの「中選挙区制」から「小選挙区比例代表並列制」に移行します。さらにその4年後の1998年には、中央省庁等改革基本法の成立で省庁再編と内閣機能の強化という行政改革が実現。翌1999年には地方分権一括法により地方分権改革が行われました。
みんなの介護 それらの政治改革によって、どんな民主主義を目指したのでしょうか。
宇野 当時の政治学者たちが目指したのは、「物事がしっかり決められる政治」です。それまでのような、派閥のバランスを取るコンセンサス形成型の政治から、白か黒か明快な決着がつけられる政治。言い換えれば、必要と判断される場合にはいつでも政権交代できる政治へと変化させる。選挙の結果次第で与党と野党が入れ替わるシステムを構築できれば、国家と社会の関係は対等になり、国民の声が正しく反映される形で民主主義が発展すると考えたのです。
しかし、残念ながらそうはいきませんでした。中選挙区制を廃止したことで、派閥の弱体化には成功したものの、政権交代できる仕組みがつくれなかったのです。
政治改革に失敗した最大の要因は、結果として、小選挙制と比例代表並立制の悪い部分を結合してしまったこと。現状において、この選挙制度のままでは、与野党逆転はなかなか起こりません。野党が際限なく分裂している現状では、与党はめったなことでは負けないからです。
1つの選挙区で1人しか当選できない小選挙区制では、しっかりとした連立関係を組んだ与党が圧倒的に有利です。実際には3割の票しか集めていなくても、多数の議席を獲得できます。これに対し、小選挙区で野党が与党に勝つためには、野党同士が選挙協力して、対立候補者を1人に絞る必要があります。ところが、比例代表制では、有権者は政党別に投票することになるので、野党同士が協力し合うことは事実上不可能です。つまり、小選挙区比例代表並立制で選挙を行う限り、野党は構造的に与党に勝てないのです。
国家の説明責任が果たされたとき民主主義は成立する
みんなの介護 これからずっと政権交代が起こらないとすると、民主主義にとってどんなデメリットがあるのでしょうか。
宇野 先ほどお話ししたとおり、民主主義が成り立つのは、国家と社会の力が五分五分のとき。「いつ政権交代が起きるかわからない」という緊張状態にあれば、社会は国家に対して疑問点をいつでも追及できるし、国家は社会に対して説明責任を果たさなければならなくなります。これこそが民主主義のあるべき姿です。
ところが、「自分たちが何をやっても政権交代は起きない。世論の風当たりの強いときだけおとなしくしていればいい」と国家が考えれば、社会に対して誠実に説明責任を果たす必要はなくなります。すなわち、正しい民主主義が行われなくなるのです。
みんなの介護 なるほど。与党側が何か不祥事を起こしても「その件についてはお答えできません」と言うのみ、となるわけですね。
宇野 民主主義の必要条件である「説明責任」を国家が果たさなくなれば、民主主義は空洞化します。その状態が続けば、国民は深刻な政治不信に陥り、誰もが政治に関心を持たなくなるかもしれない。恐ろしいことですが。
みんなの介護 私たちが健全な民主主義を取り戻すにはどうすればいいのでしょうか。
宇野 国民の側がもっと声を上げるべきですね。社会保障、少子高齢化、外交、安全保障、新型コロナなどなど、政治的に決めなければならない問題は山積しています。その一つひとつに迅速に答えを出していかなければならないのに、国家はなかなか動こうとしない。だとすれば、「新型コロナで医療崩壊しそうな病院をどう救うのか」「人命より経済を優先させる政治で本当に良いのか」など、国家や政治家をもっと突き上げていくしかありません。
先ほど、「今回の新型コロナの影響で国民の政治リテラシーが高まった」というお話をしましたが、それが行動につながっていくことを期待しています。
撮影:荻山拓也
宇野重規氏の著書『民主主義とは何か』(講談社現代新書)
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ギリシア・アテナイにおける民主主義思想の「誕生」から、現代まで、民主主義という制度・思想の誕生以来、起こった様々な矛盾、それを巡って交わされた様々な思想家達の議論の跡をたどってゆきます。その中で、民主主義という「制度」の利点と弱点が人々にどのように認識され、またどのようにその問題点を「改良」しようとしたのか、あるいはその「改革」はなぜ失敗してしまったのかを辿ることにより、民主主義の「本質」とは何なのか、そしてその未来への可能性を考えてゆきます。
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