毛利衛「重大な局面で力を発揮できるかは、モチベーションの原点にかかわっている」
膨大なエネルギー消費を続ければ地球が保たない
みんなの介護 宇宙飛行士の毛利さんが「日本科学未来館」の館長に就任された経緯についてお聞かせください。
毛利 先ほど、はじめての宇宙飛行の後、次の目標を見失ってしばらく思い悩んだという話をしました。ですが、2000年2月にふたたびエンデバーに乗り込んで行った2度目のミッションは、私に大きな示唆を与えてくれました。そのミッションで行ったのは、NASAの合成開口レーダーによる地球観測の仕事。現在では簡単にスマートフォンで世界中の立体地形図を手に入れられますが、このミッションではそれを可能にするために地球の3次元データの収集を行いました。また日本の技術である高精細ビデオカメラによる撮影を行なったりした結果、地球そのものに対する考え方が変わった。宇宙から私たちが生きている世界を詳細に見つめたことで、「このままでは地球は保たない。何かしなければ」という強い思いに駆られたのです。
みんなの介護 「地球は保たない」とはどういうことでしょうか。
毛利 2000年当時の世界の人口は約60億。すでに日本は少子化へ転じていましたが、地球全体で見れば人口は急増中で、21世紀の中頃には人口は100億に達するだろうと予測されています。太陽に照らされた昼間の地球では宇宙から目の当たりにした大気汚染、海洋汚染、森林伐採の爪痕もそれほど深刻なようには見えませんでした。しかし、太陽の光が届かない夜の半球側の地球表面に浮かぶ無数の光の斑点…。すべての陸地にはびっしり「人間」という生物が住んでいることを実感しました。ふと「この先、人口が100億になっても人類は生き延びていけるのだろうか」という不安を禁じ得なくなったのです。
宇宙で得た一番の真実は「私たちは地球のすべてに生かされている」
みんなの介護 しかし、だからこそNASAも火星探査のミッションで“人類の火星移住の可能性”についても模索している、ということではないでしょうか。
毛利 これだけははっきり言えます。宇宙は、人間が持続的に世代を超えて住めるところではありません。宇宙船や宇宙服といった生命維持装置がなければ、人間は一瞬で死んでしまいます。人工的につくられた地球の環境を持って行って、はじめてそこで生きられる。空気と水のほか、植物や動物といったほかの生命の存在がある地球にいるからこそ、私たちは持続的に世代をつないで生きられるのです。人間は人間だけでは生きていけない。それが宇宙で私が得た一番の実感です。
したがって、私は「地球に住めなくなったら火星に移住すればいい」という発想には違和感を覚えます。可能性の追求は否定しません。ですが「人類とは何か」を考えれば、今私たちがやるべきミッションは、これ以上の地球環境の悪化を食い止め、本来持っている自然による自浄作用のシステムを正常な状態に戻す。そして将来、100億の人間が生きていける地球を目指すことだと思います。
みんなの介護 なるほど。火星に地球と同等の環境を再現する労力を思えば、地球環境を守ることの方が現実的で、私たちにも何かできるような気がします。
毛利 その通りです。では、話を戻すことにしましょう(笑)。
2度目の宇宙でのミッションを終えて地球へ帰還し、NASAの宇宙飛行士と報告会に参加している最中に、「これまでにない、まったく新しい国立の科学館をつくりたいので館長をやってほしい」という依頼を受けました。そのときはあまりピンと来なかったのですが、しばらく考えていたある日、「そうか、これこそが宇宙から地球を見つめた自分にこそ果たせるミッションだ」と閃いた。そして、「科学技術礼賛を目的とせず、今、私たちがともに生きている地球の持続的な未来に科学技術がどのように貢献できるのかを発信する基地をつくろう」と決意。半年かけてプランを練り上げ、2001年7月9日、「日本科学未来館」の開館にこぎつけました。
科学技術を歴史的な経験から蓄積してきたすべての智恵と関連づける
毛利 日本科学未来館の真の存在意義をはっきり自覚したのは、2011年3月の東日本大震災の後です。あのとき、それまで絶対に安全とされてきた原子力発電所が事故を起こし、科学技術への信頼が地に墜ちてしまいました。それと同時に、地震や津波によってあらゆるインフラが破壊されて人々が孤立に追い込まれたとき、20世紀の終わりに誕生した「インターネット」というテクノロジーが個と個をつなぎとめた。人々が生き延びるために必要な情報と勇気を与えたのでした。現在新型コロナウイルスの影響で世界中の社会が混乱に陥っています。今回のような“グローバルな災害”の中で、かろうじて救われている人がいるのも、インターネットのつながりのおかげです。これを機会にこれからも避けることができない、感染症を引き起こすウイルスや微生物との付き合いを地球生命40億年の歴史の中で俯瞰し、人類としてそれらに対処する智恵を探すときです。
私はこの出来事をこんなふうに解釈しています。20世紀まで世界は政治や経済など国単位の対策に依存して均衡を保っていました。が、いまや資源の枯渇や環境問題など、人口が増えたため一国では解決できない地球レベルの問題がたくさん起きている。一方でインターネットという技術が一気に世界に広まり、個人がありとあらゆる情報に自由にアクセスできるようになった。もはや人間が生き延びていくためには一握りの国ではなく“個人の智恵”が求められる新たな時代に入ったのではないか。人々が意識的にせよ無意識にせよ感じ取って行動し始めた結果であり、人類が地球生命として意識を多様化させる始まりとなったのではないかと考えています。
ただし、そうなってくるとますます科学技術の取り扱いは難しくなってきます。政治や経済、宗教、芸術、教育など、私たちが今までの歴史的な経験から蓄積してきたすべての智恵を文化として常に紐づけておくことを心掛けていないと、視野が狭まってどこへ向かい始めるかわからないからです。
科学者である私が言うのも皮肉ですが、人類の未来を科学技術の進歩に任せきりにするのは危険。それを正しい方向へ導くための“未来智”ともいうべき、地球生命全体を考える総合的な智恵も同時に育くんでいかなければなりません。
過去の歴史と知識を見るのではなく、未来を見据えて今を探る
みんなの介護 お話を伺って、日本科学未来館の展示がどれも感性に訴えてくる理由がわかった気がしました。一つひとつが単なる科学的成果の紹介ではなく、人類全体の未来を見据えた視野を提示し、ともに考える場として機能するようにつくられているのですね。
毛利 従来のサイエンスミュージアムは“過去を見せる場”、あるいは“知識を得る場”でした。それに対し、日本科学未来館は“未来を見据えて、現在の私たちの意味を探る場”として誕生しました。そういう発想でつくられたサイエンスミュージアムは、これまで世界中どこを探してもなかった。ですが、近年私たちの打ち立てた考え方が海外にも浸透し、「フューチャーリウム」という形になって続々オープンしています。
みんなの介護 それは素晴らしいお話です。でも、なぜ今までそういう施設が存在しなかったのでしょうか。
毛利 かつて“未来”は空想であって科学ではありませんでした。科学とは証明が可能でなければならず、未来に起きることを証明するのは不可能だったからです。しかし、今ではスーパーコンピュータによるビッグデータの解析やAI(人工知能)の利用によって、未来に起きることがかなり正確に予測できるようになりました。20年前に「地球シミュレータ」というスーパーコンピュータが予測した、気候変動による巨大台風の発生や豪雨も現実のものになっています。桁違いに進化した現在のスーパーコンピュータが導き出す未来像は、確実にやってくると言ってもいいでしょう。
したがって、もしそれが明るい未来ではなかったとしたら、私たちは今の生き方や考え方を変えるしかありません。逆に言えば、私たちはそうすることで科学技術だけに依存しない人間らしい新しい未来を選択することもできるのです。100年ほど前も、近代科学技術が社会を大きく変えました。そのとき活躍していた農学者で詩人の宮沢賢治の作品と生き方を紐解くと、長年培われてきた日本文化の中には、すでに現在と未来へ通じる智恵があります。その思想を私が考える“未来智”へとつなげる著書をコロナ禍で書きました。新年早々出版されますので、詳しくはそちらを読んでみてほしいと思います。
撮影:荻山拓也
毛利衛氏の著書『わたしの宮沢賢治 地球生命の未来圏』(ソレイユ出版)
は予約受付中!
実験科学者として宇宙、南極、深海の極限自然環境に身を挺して研究を実践した著者が発見した「ユニバソロジ」の世界観。一方、百年前スペイン風邪の世界大流行時代に生き、近代科学技術革命の波をいち早く社会に問うた農学者であり詩人の宮沢賢治。その作品からひも解いた「未来圏から吹く風」の本当の意味を著者が解説する。それらをもとに展望するポストコロナ社会は、あらゆる生き物との「つながり」を基本とする智恵の必要性である。人類の持続可能な社会を実現するための「未来智」の中に、読者は将来の科学技術の不安を超えた人間らしい生き方と希望を見つけるであろう。
連載コンテンツ
-
さまざまな業界で活躍する“賢人”へのインタビュー。日本の社会保障が抱える課題のヒントを探ります。
-
認知症や在宅介護、リハビリ、薬剤師など介護のプロが、介護のやり方やコツを教えてくれます。
-
超高齢社会に向けて先進的な取り組みをしている自治体、企業のリーダーにインタビューする企画です。
-
要介護5のコラムニスト・コータリこと神足裕司さんから介護職員や家族への思いを綴った手紙です。
-
漫画家のくらたまこと倉田真由美さんが、介護や闘病などがテーマの作家と語り合う企画です。
-
50代60代の方に向けて、飲酒や運動など身近なテーマを元に健康寿命を伸ばす秘訣を紹介する企画。
-
講師にやまもといちろうさんを迎え、社会保障に関するコラムをゼミ形式で発表してもらいます。
-
認知症の母と過ごす日々をユーモラスかつ赤裸々に描いたドキュメンタリー動画コンテンツです。
-
介護食アドバイザーのクリコさんが、簡単につくれる美味しい介護食のレシピをレクチャーする漫画です。