黒川清「「第三の開国」の機会を逃しつつある日本。コロナ禍で過去の教訓を活かす」
25年前の公衆衛生審議会・臓器移植専門委員会を振り返る
みんなの介護 黒川さんは、国会事故調以前にも、脳死関連の諮問委員会で委員長を務められた経験がありますね。
黒川 はい。1997年「臓器移植法」が施行されましたが、そのために行われた厚生省(現・厚労省)の公衆衛生審議会・臓器移植専門委員会で委員長を務めました。メンバーは移植医、救急医、移植コーディネーター、法律家など、私を含む合計17人。私に白羽の矢が立ったのは、アメリカ時代での経験があったり、移植医とも救急医とも利害関係がなかったりしたからでしょうか。
みんなの介護 詳しく聞かせていただけますか。
黒川 誤解を恐れずに言えば、移植医の人たちは移植手術を速やかに開始したい、という立場。対する救急医の人たちは、でき得る限り患者さんの蘇生と延命措置を続ける立場になります。委員長はどちらにも与しない、公正中立の立場でなければいけません。私はもともと日本でも内科医として腎臓移植に立ち会った経験もあります。また腎臓の専門医であり、人工透析を早期に立ち上げた一人でもありました。米国に移ってからは長く日本の医学界を離れていたので、大学医局とのしがらみもありません。そして、米国でも腎不全や移植患者さんの診療もしていましたので、適任であったのだろうと思います。
ただし、委員長を引き受けるにあたって、厚生省に一つ条件を出しました。それは、委員会のすべての審議をメディアに公開すること。脳死と臓器移植は、哲学や死生観、生命倫理に関わるきわめて重いテーマです。そのため密室でコソコソと話し合うのではなく、審議を広く公開し、多くの国民の皆さんにも自分事として考えてほしいと思ったからです。この手法は、国会事故調のときも踏襲しました。
「脳死」「臓器移植」に関してメディアを巻き込んだ議論を
みんなの介護 臓器移植専門委員会では、具体的にどのような審議が行われたのでしょうか。
黒川 例えば、臓器移植法の法案では、脳死したドナー(臓器移植の提供者)本人の意思が不明な場合、「家族の承諾があれば臓器を取り出すことができる」と書かれていました。しかしそれ以上の細かなシナリオがないわけです。
そこで私は、「何親等以内の家族であれば良いのか」「遠い親戚しかいない、あるいは何年も連絡を取っていない親戚の場合でも判断してもらうのか」など質問を投げかけました。具体的に話を詰めていけば、聞いている人もイメージしやすいし、脳死や臓器移植を身近なこととして考えやすくなると思いました。また、委員長がくだけた話し方をすれば、他の委員もいろいろ発言しやすくなります。委員会の対話はできるだけ活発なほうが良いに決まっています。
みんなの介護 確か、国内初の脳死判定例はニュースになりましたよね。
黒川 はい。1例目は高知県で出ました。そしてそのドナーの臓器は、大阪府、長野県、宮城県、長崎に運ばれました。私は厚生省と「その過程もすべて公開する」と約束を交わしていたので、メディアでも報道されたのだと思います。
ですが、2例目の報道の仕方は新聞社ごとに異なりましたね。脳死判定の2例目が出て、新聞社2社はドナーが出たことをその日の夕刊で報道し、残りの新聞社はレシピエント(臓器移植の受容者)も決まってから翌日の朝刊で報道しました。そこで私は両者の違いについてメディアの人たちに「なぜそうしたのか」と、公開の委員会で発言をしたのです。その後記者の方たちもいろいろ答えていましたが、そうやって言葉を交わすうちに、脳死判定に関するメディアの公表の仕方も整っていったのだと思います。
私の役目は討議や審議の場で他者の“異論”を引き出すこと
みんなの介護 黒川さんが各種委員会や検討会で討議や審議を重ねるとき、常に心掛けているのはどんなことでしょうか。
黒川 委員会や検討会の座長の役目は「いかに『異論』を引き出すか」だと考えています。
本日のインタビューの冒頭でも述べましたが、私たち日本人は、いまだに「年功序列・上意下達」というタテ社会の悪しき慣習に縛られています。具体的にいえば、委員会や検討会に上司やお世話になった先輩が参加していれば、その人と別の立場の意見を言いにくい空気が醸成されてしまっています。これは会議として、最もあってはならないことです。
上質な議論ができるように、座長はいつでも「異論・反論、大歓迎」という姿勢を示し続ける必要があります。「誰でもいいから、誰か異論を唱えて!」と促すこともありますね。
日本特有の同調圧力を取り除く
みんなの介護 黒川さんがそこまで「異論」にこだわるのは、なぜでしょうか。
黒川 周りの様子を窺って異論を唱えないのは、いわゆる“同調圧力”に屈しているからです。同調圧力とは、集団の中で意思決定を行う場合、少数意見の人たちに対して多数派と意見を合わせるよう、暗黙のうちに強制すること。
残念なことに、わが国ではごく幼い頃から、同調圧力に従うように教育されています。保育園や幼稚園でも、「今日は何をして遊ぶか」多数決で決めていたり、小学校ではクラスの決まり事を多数決で決めたりしています。多数決は確かに民主主義の原則の一つですが、少数意見も尊重しなければなりません。日本では、この部分への配慮が長らく欠けていた気がします。だから、全体の流れに水を差すような意見を言うと、「空気を読めよ」的な対応をされることも。子どもの世界では、それがいじめに発展することさえあります。
みんなの介護 つまり、異論を言うことは、民主主義を成立させるために重要ということですね。
黒川 そうです。私たちは少数意見を圧殺してはなりません。特に、臓器移植専門委員会や国会事故調など、これからの国の行き先を左右するような重要な会議こそ、民主的に進めなければなりません。いろんな異論も考慮したうえで物事を決めていることを、同席者や国民が理解できることが大切であると思っているからです。
それともう一つ重要なことは、会議の内容をいつでも後から検証できるよう、会議を公開したうえで議事録をしっかり作成すること。国会事故調では、会議の様子を一定期間、誰でも映像で見られるように公開していましたし、議事録は2021年の今でも、インターネットで自由に閲覧可能です。
みんなの介護 ここ数年、重要な会議で議事録が作成されていなかったり、審議が非公開で行われたりしていて、国民の政治不信は一層深まっているように感じます。
黒川 だからこそ、政府は新型コロナ対策の検証委員会を完全公開で行うべき。透明性こそが信頼の基本なのです。新型コロナは私たちの日々の生活を一変させましたが、この機会に日本の政治が国民に信頼されるよう大転換することを期待しています。
撮影:丸山剛史
黒川清氏の主な著書に 『規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす』(講談社)がある。
続々進む再稼働。日本人はフクシマから何を学んだのか? 国会事故調元委員長が、規制する側が規制される側の論理に取り込まれて無能化する「規制の虜」が起きたと断じ、
エリートの人災を暴いた委員会の舞台裏と、この「規制の虜」と同じ構造がいま、日本のあちこちに存在する実情を描く!
黒川氏の関心事やメッセージなどを綴ったホームページもぜひご覧ください。
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