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新井和宏「日本には、生身の人間の血が通っている愛すべき会社が確実に存在している」

最終更新日時 2020/03/02

新井和宏「日本には、生身の人間の血が通っている愛すべき会社が確実に存在している」

「世界中で資本主義が息切れを起こし、社会システムを見つめ直す時期にきている」と説く異色の投資家・新井和宏氏。同氏は2008年、障がいを持つ人にやさしい会社、リストラしない会社など、社会に貢献する「いい会社」だけに投資する資産運用会社、「鎌倉投信」を仲間と立ち上げ一躍脚光を浴びた。新井氏は、難病の発症をきっかけに目先の利益ばかりを求める現代社会に大きな疑問を抱いたと言う。その経緯を伺った。

文責/みんなの介護

夜間学部の苦学生から大手の信託銀行マンにある日突然、投資の世界に投げ込まれた

みんなの介護 新井さんは常識破りの投資会社・鎌倉投信でファンドマネージャーとして活躍され、国内投資信託日本一にもなり大きな話題になりました。しかし聞くところによると、もともと投資ビジネスには興味がなかったとか。

新井 私は1992年、新卒で大手信託銀行に入社しました。同期の新入社員は東大・京大出身などのエリートばかりで、大学の夜学(二部)出身者は私だけ。だから同期に負けないよう、まずは必死に勉強して資格を取りましたね。

7年以内に取得するように言われていた「宅建」や「銀行業務検定」などを、私はがんばって2年半で取得しました。すると、ある日人事部から、「キミは何がやりたいの?」と聞かれたんです。私は、お金がなくて大学院に行けなかったから、「もっと勉強がしたい」と答えた。するとどういうわけか、投資調査部という部署に異動することになりました。

経費削減のために、実はその前年まであった「大学院で学ばせたてから投資調査部に異動させる」制度がなくなってしまったんですね。そこで、大学院という課程をすっ飛ばして、いきなり投資調査部に送られることになったみたいです(笑)。

みんなの介護 つまり、ある日突然、投資の世界に投げ込まれたわけですね。

新井 そういうことになりますね。投資調査部では、投資について1から学びましたが、その結果わかったのは、投資の世界ではアメリカの運用会社の方が日本よりも一歩も二歩も先に進んでいるということ。それから、外資系資産運用会社のほうが、国内企業よりずっとお給料がいいことも知りました(笑)。

日本の信託銀行では、“声の大きな人”の意見や見立てばかりが通ってしまう

みんなの介護 その後、新井さんは実際に、世界最大の外資系資産運用会社、バークレイズ・グローバル・インベスターズ( =BGI、現・ブラックロック・ジャパン)に転職されましたね。

新井 はい。まず、投資調査部の先輩がBGIに転職し、「おまえもこっちの会社に来ないか」と誘われたからです。それで、英語がまったくできないにもかかわらず、BGIの採用面接を受けることになりました。

不思議な面接試験でしたね。私は英語が全然わからないし、アメリカ人のボスは日本語がまったくわからない。私は事前に用意した英語の挨拶文を読み上げましたが、発音が悪いせいか、ボスには全然通じない。

途方に暮れていると、ボスはいきなりホワイトボードにある数式を書き込み、「これを展開せよ」と身振りで示した。幸い、数学は得意ですから、その数式をすらすら解いてみせると、それ一発で採用が決まりました。

みんなの介護 それはスゴい! 一発逆転という感じですね。

新井 後で聞いた話ですが、ボスは現場の人たちから「英語ができる人間より、数学を含めた実務ができる人間を採用してくれ!」と直訴されていたようです。

みんなの介護 入社した後、アメリカ人の上司とは、どのようにコミュニケーションを取ったのでしょうか。

新井 入社後すぐに、英会話スクールに通わされました(笑)。そのおかげで、私もある程度は英語が話せるようになり、今では感謝しています。

みんなの介護 著書を拝読すると、BGIでの業務は、とても楽しかったようですね。

新井 仕事は面白かったし、とてもやりがいを感じましたね。何より素晴らしかったのは、自分の仕事がすべて数式で明解に説明できること。

日本の信託銀行では、ともすれば“声の大きな人”の意見や見立てばかりが通ってしまうのですが、BGIでは数字がすべてです。さすがは世界で最も進んでいる資産運用会社だと感激しました。その頃はまだ、ビジネスでは効率性や合理性だけが重要だと考えていましたから。

リーマンショックを機に効率至上主義へとビジネス・スタイルが一変

激務とストレスから難病を発症。金融ビジネスからの引退も考えた

みんなの介護 BGIでファンドマネージャーとしての仕事にやりがいを感じていた新井さんはその後、BGIをお辞めになります。退社するまでにどのような経緯があったのでしょうか。

新井 BGIで私は、企業年金や公的年金の運用を任されていました。為替や株式市場ななどを読み解き、企業や公的機関が採用している運用商品を改善しながら、堅実に利益を上げていたのです。私自身、投資ビジネスの最前線を走っていると自負していたし、「投資は科学である」という哲学を実践できていると信じていました。

ところが、親会社のメイン事業の収益悪化から、ビジネスのスタイルは一変します。それまでは、顧客に最適な投資商品を提案し、派手さはないものの、着実に利益を上げていました。

しかし収益が悪化した親会社は、安定的に収益を上げていた運用部門に対して貪欲でした。「顧客に最適な投資商品」ではなく、「自社が最も利益を上げられる投資商品」を提案するよう、プレッシャーをかけてきたのです。

みんなの介護 効率や利益重視に経営方針が変わってしまったんですね。

新井 そうなんです。そこにはもはや、「投資は科学である」という哲学も美学も存在しませんでした。それが私自身にとって、大きなストレスになりましたね。

親会社の意向に沿って、なんとかがんばろうとしたものの、激務とストレスで掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)という難病を発症してしまった。それがBGIを辞めた直接の原因です。

みんなの介護 一時期は、金融業界からの引退も考えたそうですね。

新井 はい。私はスキーが大好きで、スキー指導員の資格も持っているので、スキー場の近くにペンションでも買って、のんびり余生を過ごそうかな、なんて考えていました。

みんなの介護 しかし実際には、BGI時代のお仲間だった鎌田恭幸さん(現・鎌倉投信代表取締役社長)らと、後に投資業界に新風を巻き起こす鎌倉投信株式会社を創業します。

新井 私より先にBGIを辞めていた鎌田から、「一緒に新たな投資会社を作ろう」と、ずっと誘われていました。でも私は、難病も患ったことだし、正直言って投資ビジネスはもうこりごり、という感覚でした。

そこから心境が変化して、もう一度投資ビジネスをやってもいいと思えたのは、ちょうどその頃、1冊の本に出会ったから。法政大学の坂本光司教授(当時)が書いた、『日本でいちばん大切にしたい会社』です。この本を読んで、私は「企業」というものへの考え方が180度変化しました。

障がい者雇用率が7割の会社、50年間一度もリストラしない会社が日本にはある

みんなの介護 2008年刊行の『日本でいちばん大切にしたい会社』はベストセラーになり、その後シリーズ化もされましたね。新井さんはこの本を読んで、企業に対する考え方がどのように変化したのでしょうか。

新井 BGI時代の私は、企業を「投資やM&Aの対象」としか見ていませんでした。「社長がどんな人なのか」とか、「どんな人たちが働いているのか」なんてことには一切関心がなく、総資産とか売上高とか純利益とか、目に見える数字だけが重要だったのです。

ところがわが国には、数字を見るだけでは決して見えてこない、「いい会社」がたくさん存在しているんですね。

たとえば、川崎市にある日本理化学工業は黒板用チョークを製造している会社ですが、50年も前から障がい者雇用に力を入れ、現在は障がい者が社員の7割にまで及ぶという、本当に素晴らしい会社です。

また、長野県伊那市にある寒天メーカーの伊那食品工業は、「会社は、社員を幸せにするためにある」とのモットーを掲げ、あえて急激な成長を求めず、「年輪経営」に徹し、50年間一度もリストラを行わず、堅実なビジネスを実践してきました。

私は、『日本でいちばん大切にしたい会社』を読んでこれらの企業を知り、感激しました。そして、今までデータとしか見ていなかった企業の中にも、生身の人間の血が通っている愛すべき会社が確実に存在していると気づかされたのです。

みんなの介護 そこから、坂本光司さんとの交流が始まったんですね。

新井 はい。鎌田と二人で坂本先生の講演を聞きに行き、講演後にご挨拶して、その後は折に触れて先生のアドバイスをいただけるようになりました。そうした流れの中で、「いい会社だけに投資する」をコンセプトに、私たちは鎌倉投信を創業することになったのです。

「きれいごと」と揶揄されても国内ファンドの中では運用実績第1位になった

みんなの介護 2008年、新井さんが鎌田さんらと創業した金融ベンチャーの鎌倉投信株式会社は、そのユニークな投資方針で業界の大きな話題になりましたね。まず2011年にテレビ東京系列の「ガイアの夜明け」で取り上げられ、2015年には新井さん個人としてNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも密着取材されました。

新井 私たちの投資のスタイルが注目されたのは、これまで理想的とされてきた投資手法の完全に“真逆”をいっていたから。

私たちは企業を評価する際、預金・不動産・売上高・利益率など、目に見えるデータを第一に注目することをやめました。代わって注目したのが、「社風・企業文化・経営者の資質・社員のモチベーション・美意識・社内外に築かれた信頼」などの「見えざる資産」です。

こうした見えざる資産を長年にわたって蓄積している会社は、間違いなく「いい会社」であり、社会に必要とされる会社といえます。鎌倉投信では、そんな「いい会社」を財政面で応援するために、「いい会社」だけを選んで投資しようと考えました。

しかし、「いい会社」が持っている「見えざる資産」は、有価証券報告書、財務諸表を見てもわかりません。

そこで私たちは、気になる企業に足繁く通って経営者や社員の人たちと交流を深め、自分の五感をフルに使って「いい会社」かどうかを確かめることにしました。

みんなの介護 おそろしく時間と労力がかかる手法ですね。

新井 はい。かつて私が“神”のように信奉した、BGIの科学的で客観的な手法とは真逆の手法ですね。客観的なデータではなく、あくまでも自分自身の主観を重視するようにしたのです。

そうやって、自分たちの主観を信じて選んだ「いい会社」だからこそ、その会社を最後まで信頼しようと思いました。「いい会社」であれば、時代の潮流に流されることなく、着実に成長していってくれるはず。だから私たちは、将来的な株式市場の動向や為替の変動などを予測することもやめました。

「先を読まない」ファンドマネージャーなんて、投資ビジネスの世界からすれば、あり得ない存在なのですが…(笑)。

こうした鎌倉投信の運用方針については、業界内から「きれいごと」と揶揄されたり、「運用がうまくいくはずはない」と冷ややかに見られてきました。にもかかわらず、鎌倉投信の「結い2101」は2013年と2019年、国内ファンドの中で運用実績第1位に輝いています。

この事実を見る限り、私たちの運用方針は間違ってなかったといえるのではないでしょうか。

「経済成長だけは無限に続いていく」と、誰もが何となく信じ込まされてきた

みんなの介護 鎌倉投信の運用方針については、新井さんの著書『持続可能な資本主義』(ディスカヴァー携書)にも書かれていますね。この本の中で個人的に気になったのは、「世界中で資本主義が息切れしている」という記述です。これはどういう意味ですか。

新井 一言でいえば、「資本主義」という社会経済システムもそろそろ限界に近づいてきた、ということですね。

日本経済は長らくデフレと低成長が続いていますが、これはもはや日本だけの現象ではありません。いまやどの先進国でも経済成長率は伸び悩んでおり、政府と中央銀行がいくら金融・財政政策を講じても、世界的な格差と貧困の拡大に歯止めがかかりません。

さらには、これまで頼みの綱だった新興国の経済までも、成長率に急ブレーキがかかってしまった。こうなってくると、資本主義というシステムそのものが限界に近づいているのでは?と考えざるを得ません。

みんなの介護 なるほど。新井さんご自身は、資本主義の「息切れ」をいつ頃から感じ始めたのでしょうか。

新井 リーマン・ショックが起こる少し前の2006年あたりから、ですかね。リーマン・ショックまでは予想できませんでしたが、投資の現場で「ん? なんか変だな」と感じることが増えてきました。どう考えても普通ではあり得ない、たとえばサブプライムローンのように不自然な金融商品に依存するようになるとか。

今思えば、リーマン・ショックは起こるべくして起こったのですが、考えてみると、世界経済は市場の期待が膨らんだりしぼんだりするごとに、「バブルが膨らんで、はじけて」を繰り返してきました。

古くは1920年代にアメリカの株投資ブームがはじけて世界恐慌が起こり、近いところでは1980年代の日本で地価高騰とバブル景気の崩壊があり、90年代にはタイの不動産バブルがはじけてアジア通貨危機が起こり、ITバブルの崩壊では多くのITベンチャーが倒産に追い込まれました。

私たちが資本主義という経済システムを選択している以上、バブルの発生と崩壊は、いわば宿命みたいなものなのでしょう。

みんなの介護 資本主義というシステムそのものが抱えている、ときどき発作を起こす持病のようなものなのかもしれませんね。

新井 資本主義のもうひとつの弱点は、「無限成長論」が当たり前のように信じてられていることです。私たちの地球は1個しかないし、資源も有限のはずなのに、「経済成長だけは無限に続いていく」と、誰もが何となく信じ込まされてきたのではないでしょうか。

しかし、ちょっと考えてみれば、「そんなのあり得ない」とすぐにわかりますよね。

地球も有限、化石燃料などの地下資源も有限。なのになぜ、経済だけが無限に成長できると考えてしまうのか。「そんなことあり得ない」と、本来はすぐに気づくはずなのですが…。

新井和宏「「資本主義」という社会経済システムに限界が近づいている」「なんだかんだいっても、将来的に日本経済は成長していくだろう」という幻想を私たちは信じないことに決めた

「いい会社」であれば景気が悪くても成長していく

みんなの介護 資本主義が永遠に発展し続けるなんて、もはや幻想である、ということでしょうか。

新井 その通りです。先ほど紹介した鎌倉投信の投資信託「結い2101」も、そんな資本主義の息切れを見越して設計した商品だといえます。

みんなの介護 どういうことでしょうか。

新井 投資理論はあくまでも「ベンチマーク(基準となる指標)が年々右肩上がりに上昇していくこと」を前提に設計されています。長期的な観点で言い換えれば、「GDP(国内総生産)が年々増え続けていくこと」が投資の絶対条件なのです。なぜだか、わかりますか。

みんなの介護 ……すみません、わかりません。

新井 「GDPが年々良くなっていくこと」を前提にしないと、株式に投資する投資信託は金融商品としての存在意義を自ら放棄することになるからです。

考えてみれば、当たり前ですよね。投資信託という商品がなぜ売れるのかといえば、投資家の皆さんが「将来的に、株価(=景気)は今よりも良くなっていくだろう」と期待しているから。

もしも最初から、「景気は今より悪くなる=利益が出ない」ことが明らかであれば、投資信託を買うお客さんは一人もいなくなります。だから、投信信託を売る立場からすれば、どうしても景気が良くなることを前提に設計せざるを得ません。

その点、鎌倉投信の投資信託はユニークです。「将来的に景気は良くなっていくものだ」という投資業界の“常識”を初めから信用していません。

私に言わせれば、簡単に信用するわけにはいきませんよね。「失われた20年」とか「30年」とか言われていますが、要するにここ20?30年、日本のGDP(特に消費支出)はほとんど成長していないのですから。

みんなの介護 では、鎌倉投信の投資信託「結い2101」は、何をベンチマーク(基準)に設計されているのですか。

新井 ゼロベース、つまりGDPはほとんど成長しないだろうと想定して、商品設計しています。この点が、他の投資信託商品と決定的に違うところですね。「なんだかんだいっても、将来的に日本経済は成長していくだろう」という、これまでの資本主義の幻想を私たちは「信じない」ことに決めたのです。

では、何を信じるかというと、「社会に必要とされる『いい会社』であれば、毎年少しずつゆっくり成長していくはずだ」ということ。だからこそ鎌倉投信は、会社の規模や知名度に関係なく、投資先に「いい会社」だけを選びました。

短期間に大きな利益を上げることなど、最初から求めていません。時間をかけて少しずつ、しかし確実に成長してもらえればいい。「いい会社」の成長スピードでその程度でいいのだと、初めから割り切っていました。

そういうわけなので、鎌倉投信の商品は、株式市場が元気で景気のいいときほど目立ちません。他に大きく実績を伸ばす銘柄がいくつも出てきますから。その代わり、景気の悪いときには輝くと思います。もともと、景気が良くないことを前提に設計された商品だからです。

みんなの介護 なるほど。だから2013年と2019年に、運用実績で日本一になることができたんですね。

新井 本物の「いい会社」は、不景気のときほど光って見えるものですよね。

人々も、企業も長期的な視野を持てなくなっている

みんなの介護 逆に言えば、不景気のときに光って見える会社が「いい会社」なのでしょうか。

新井 そう言えると思います。たとえば、新卒採用を例に考えてみましょう。

企業が新卒をどれだけ採用するかは、そのときどきの景気が大きく作用しますね。景気が良ければ新卒を大量採用し、景気が悪くなれば採用を手控える。こうした傾向は、特に大手企業によく見られるところです。

一方、私たちが言うところの「いい会社」は、景気の動向よりも長期的な採用計画を重視しているため、毎年コンスタントに一定数の新卒を採用しています。すると、不景気のときほど、採用コストをあまりかけずに優秀な人材を獲得しやすくなる。大手が採用を手控えているのですから、当然そうなりますよね。

結局、長期的な視野で企業経営している「いい会社」のほうが、最終的には企業間競争においても勝ちやすくなります。

みんなの介護 「企業経営には長期的視点が必要」とよく言われているに、大企業を含め、多くの企業が長期的視点を持てなくなっているのはなぜでしょうか。

新井 ひとつには、多くの企業が株主や投資家から短期的な利益と成果を求められてきたから、ですね。

外資系にいたころは、年金基金からも「最新四半期のパフォーマンス」について問い合わせが来るほど。世の中のあらゆる場面で、すぐに結果が求められる時代でした。

また、大企業を含めサラリーマン社長が増えているのも、企業が長期的視野を持てない要因になっています。大手企業で粉飾決算や不適切な会計処理が横行しているのも、結局は歴代トップが問題の先送りを指示してきたから。

たとえ問題が発生しても、自分の在任中にバレなければいい。そんな刹那的な思考しかできない経営者に、「長期的な視点を持て」なんて言っても、無理な話です。

みんなの介護 新井さんの著書の中では、「フロー」と「ストック」の話もありましたね。今の世の中は、売上高やGDPなど「フロー」ばかりが重視されるけど、従業員や地域とのつながりを大切にしている「いい会社」は、「ストック」の重要性を認識している、と。

新井 そうでしたね。例え話として、はげ山の話をしておきましょうか。

ここに、山林を所有している人がいます。この人が手っ取り早く「フロー」を増やそうと思えば、将来のことは考えず、どんどん木を伐り出して売ってしまえばいい。しかし、その結果として山ははげ山になり、「ストック」はなくなってしまいます。

山がはげ山になれば一目でわかりますが、社員がサービス残業などで酷使されていても、目には見えません。しかし、今の日本社会を見渡してみると、こういうはげ山のようになってしまっている企業があちこちにあるような気がします。

多様性を認め合うことが社会の大前提。「競争」ではなく「共創」です

みんなの介護 先ほど(中編)、資本主義は息切れしているというお話になりましたが、どうしてこのような状況に陥ってしまったでしょうか。格差や貧困の問題はなぜ発生したのですか。

新井 格差や貧困の問題は、最近になって新たに発生したわけではありません。むしろ、資本主義にもともと内包されていた問題だと見るべきですね。資本主義のベースである市場経済を推し進めていけば、どこかのタイミングでかならず、格差や貧困の問題は発生するはず。

今の状況をより正確にいえば、1990年代以降のグローバル経済の進展と急激なIT技術の進化によって、これまで見えてなかった資本主義の問題点が一気に顕在化したのだといえます。

考えてみれば、資本主義がカンペキなシステムだなんて、誰も言っていません。18世紀以降の歴史の流れの中で、社会主義や共産主義より少しだけマシだった、というだけの話です。私たちは、資本主義というものを過信していたのかもしれません。

みんなの介護 では、問題解決のために、何をすればいいのでしょうか。

新井 資本主義に構造的な問題があるにしても、現在の経済システムをすぐに別のシステムに入れ替えることはできません。格差や貧困の問題が解決する方向へと、システムを少しずつ修正していくほうが建設的です。

そこで今、私たちが提案しているのが「共感資本社会」の実現です。

ならば、「共感資本社会」とはどんな社会なのか。ここでまず重視されるのは多様性です。人の生き方や価値観がこれだけ多様化している時代、まず人々の多様性を認め合うことが社会の仕組みづくりの大前提になるでしょう。

ところが、人や企業を評価する基準は旧態依然のまま、多様化できていません。ほぼ“一様”ですね。学生は「偏差値」で評価され、社会人や企業は「利益」で評価され、国は「GDP」で評価される。このように基準をひとつに単純化すれば、人々はより競い合うようになります。

しかし、これから私たちが目指すべきなのは「競争」ではなく「共創」です。だとすれば、人々が同じ土俵で競い合うことのないよう、評価基準も多様であるほうが望ましい。

そして、ある人はAさんに共感し、ある人はBさんに共感する。その辺は曖昧なままでいい。要は、貨幣に換算できない価値をお互いに認め合っていければいいと考えています。

みんなの介護 キーワードは「共感」なんですね。

新井 はい。たとえば、京都大学総長の山際寿一先生は、ヒトとゴリラ・チンパンジーを分ける境界線は、他者に共感できる力を持っているかどうかだと語っています。また、マイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏も、AI全盛の時代になれば、人が人に共感する能力が今まで以上に重要になると述べています。

大阪大学大学院教授の堂目卓生先生はもっとストレートに、「これからは共感資本主義の時代だ」と発言されていますね。堂目先生は『国富論』を書いた18世紀イギリスの経済学者アダム・スミスの専門家ですが、アダム・スミス本人が「人々が互いに共感する結果として経済が生まれた」と書いている。

人間同士共感し合うことで、分業という働き方が生まれ、そこから経済が発展していったわけです。

だとすれば、経済活動においても、もっと共感が重視されてもいいはずですね。私は、「お金」の代わりに「共感」が資本になる社会をつくっていきたいと考えています。

人間同士の関係性が分断されると何事もお金で解決しなければならなくなる

みんなの介護 「お金」の代わりに「共感」が資本になるとは、どういうことでしょうか。

新井 そうですね。たとえば、地方に住んでいた若者が、地域のコミュニティに嫌気がさして、都市部で一人暮らしを始めたとしましょう。

都会で一人暮らしをしていれば、確かに人間関係の煩わしさからは解放されます。生活態度をうるさく注意する親はいないし、何かと世話を焼きたがる近所のおばさんもいない。その代わり、隣に誰が住んでいるかわからないという、きわめて孤独な生活が始まります。

病気になっても、おかゆを作ってくれる母親はいないし、必要なものを買ってきてくれる家族もいない…最悪の場合、孤独死するケースも出てくるでしょう。

人と人の関係性が「分断」されている都会では、隣人やコミュニティに頼れない分だけ、何事もお金で解決しなければならなくなります。そして、一度そちらの方向に踏み出してしまうと、お金ですべて解決するのが当たり前になる。

そうなったとき、便利で快適な生活を送るためには、もはや「お金を増やす」という方法論しかなくなってしまいます。それがはたして、幸せな人生といえるでしょうか。

みんなの介護 そういえば昨年、「老後資金2000万円問題」が物議をかもしましたね。

新井 「老後資金2000万円問題」があれだけ騒がれたのは、私たちがいかにお金に依存しきった生活を送っているかという、さみしい現実を目の前に突きつけられたから。

しかし、何でもお金で解決するといっても、やはり限度がありますよね。日本人の平均寿命が延び、人生100年時代を迎えた今、老後の暮らしの支えは、もはや個人の財布ではどうにもならないところまで来ているのかもしれません。

100歳になっても、「あなたが必要です」と言われれる高齢社会でなければいけない

お年寄りが幸せな老後を送るためには、最後まで「現役」でいることが重要なポイント

みんなの介護 超高齢化社会を迎えた今、老後資金に不安のあるお年寄りは、どのような生活を目指すべきでしょうか。

新井 経済力や老後資金の有無に関係なく、まずは都市部で分断された人と人との関係性を修復し、活気ある新たな関係性(コミュニティ)をもう一度取り戻すことが大切ですね。その際、コミュニティでできることはできるだけコミュニティの力を借り、みんなで何とかしようと努力することが重要です。お金の使用は最少限に留めるべきです。

みんなの介護 ただちに実現するのは難しいような気がしますが……。

新井 ただちに、ということでは確かに難しいかもしれませんが、先ほど提言した「共感資本社会」が実現すれば、うまくいく可能性はあると思います。ポイントは、これまでのように「お金」に頼るのではなく、人々の「共感」の力を増やすこと。共感が社会に行き渡れば、不可能を可能にできると信じています。

みんなの介護 先ほど伺った、「お金」の代わりに「共感」を資本にするとは、そういうことだったんですね。

新井 それから、お年寄りが幸せな老後を送るためには、健康で、元気で、最後まで「現役」でいることが重要なポイントだと考えます。現役というのは、仕事に就くという意味ではありません。営利でも非営利でもいいから、社会に何かしらの付加価値を提供し続けること。それがその人の幸せになり、人としての尊厳につながります。

90歳になっても100歳になっても、「あなたが必要です」「あなたの知識と経験から学びたい」「あなたのような生き方を目指したい」と言われれば、最高に幸せなのではないでしょうか。

80歳から大学に入るのもアリ。学び続けられることが大切

みんなの介護 超高齢化社会では、15歳以上65歳未満のいわゆる「生産年齢人口」の減少も、ゆゆしき問題となっています。この点については、何かアイデアはお持ちでしょうか。

新井 ひとつのアイデアとして、教育制度の改革を以前から考えています。たとえば、高校を卒業したら大学に進学するのではなく、「高校卒業はほぼ全員が就職する」を日本の教育のデフォルトに設定するのはどうでしょうか。

大学に進学するのは、すでに自らの研究テーマを持ち、そのテーマに真摯に取り組みたいと考えている高校生のみ。その他大多数の人は、一旦社会に出て働いてみて、そのうえで自分に足りないところ、さらに究めたいところが見つかったとき、改めて大学に入学すればいい。

今は会社員にも副業が広く認められているのですから、副業を始める代わりに、「大学に進学する」という選択肢があってもいいはずです。

みんなの介護 それはユニークなアイデアですね。今、若者の多くは「将来の夢」を見つけにくくなっているので、一度社会に出てから「将来の夢」を再検討するのもアリかもしれません。

新井 何事においても、新しいことを学ぶのに「遅すぎる」ということはありません。私自身、社会人になってからでも大学院で勉強したかったし、外資系投資会社入社後に英語を身に付けたくらいですから。

これはお年寄りについてもいえることです。生涯現役を貫くために、新たな勉強が必要だと気づけば、80歳から大学に入るのもアリでしょう。大学側も入学希望者に対して、もっと幅広く柔軟に門戸を開いてほしいと思います。

このアイデアのもうひとつの利点は、大学で無為に4年間過ごす若者を減らせること。現状では、それぞれの大学生のふらふら遊んでいる時間がもったいないですよね。

だったら、19歳から22歳までの4年間社会できっちり働いてもらって、労働人口の上乗せに貢献してほしい。大学生の総数の何割かがそっくり労働者に置き換えられれば、私たちの国の労働環境も大きく改善されるのではないでしょうか。

撮影:公家勇人

新井和宏氏の著書『共感資本社会を生きる 共感が「お金」になる時代の新しい生き方 (ダイヤモンド社)』は好評発売中!

「お金」で社会を変えていく新井和宏と、「食」で社会を変えていく高橋博之が、お金、働き方、市場、都市と地方、そして幸せについて、本気で、本音で語り合う。高齢化や貧困、環境問題など様々な課題を抱える日本社会へ向けて、本当の“豊かさ”とは何かを問う話題作。

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07