中原淳「人と人との関係性を変えることで全体のパフォーマンスを向上させる。その方法は時代によって変化します」
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の成長・コミュニーケション・リーダーシップの研究に没頭している中原淳氏。さまざまな企業や組織の現場に深く分け入り、長い間「ブラックボックス」と化していた「職場における人々の学習」の実態を解き明かしてきた中原氏は、「長期化する仕事人生を完走するには、大人も学びを実践しなければならない」と力説する。今回の賢人論、前編のテーマは「人生100年時代を生き抜くための学びとは何か?」──なぜ、私たちは学び続けなければならないのだろうか。
文責/みんなの介護
人を変える『人材開発』、人と人の関係性を変える『組織開発』
みんなの介護 どちらもまだ聞き慣れない言葉ですが、まずは、『人材開発』と『組織開発』の違いについて教えてください。
中原 はい。端的に言うと『人材開発』は「組織が立てた目標を達成するため、学習を用いて人を変えること」。『組織開発』は「組織の求める成果を上げるため、そこで働く人たちの関係性を変えること」。人と人との関係を良くすることで全体のパフォーマンスを向上させる。共通の目的や目標を持った集団のチームビルディングのようなものと考えてください。
ほとんどの場合『人材開発』と『組織開発』は1セット。人材開発を行おうと思えば組織開発が必要になるし、組織開発を行うには人材開発が不可欠。どちらが欠けても成果を出すことはできないというのが僕の基本的な考えです。
『飲みニケーション』=『組織開発』だった時代
みんなの介護 『人材開発』というと何か企業による精神論のお仕着せのようなイメージがあるのですが。
中原 そうかもしれません。実際、昔は科学的な裏打ちのない『精神主義』『根性論』が当たり前でしたから。僕がこの仕事を始めた20年くらい前の時点でも、企業の人材育成方針のほとんどは「私の教育論」によって決められていました。
みんなの介護 と言いますと?
中原 「私」とは経営者。「俺はこんなふうに仕事をやってきた。だからお前もそうするべきだ」といった具合です。『組織開発』に至っては、概念すら企業にはありませんでした。
みんなの介護 なるほど。「日本型雇用施策」(終身雇用と年功序列の賃金体系)が約束されていた時代には、単純に上意下達で事足りたわけですね。
中原 当時、企業の正社員の大半は男性。長時間労働も当たり前。職場はある種の村社会のような閉じた環境にあって、現場で何か問題が起きれば上司が部下を誘って飲みに行けば事が済んだ。いわゆる『ザ・飲みニケーション』が人と人の関係を良好にする『組織開発』でもあったんです。
しかし、今では女性も正社員として働いていますし、場合によっては派遣社員、シニア、パート、外国人など、さまざまな人たちが一緒に働いている。労働時間も一律ではありません。もう、皆で『飲みニケーション』というのは成立しない時代なんです。
僕の考える『組織開発』は、そういったダイバーシティ(多様性)あふれる職場・雇用関係を前提にしています。業種、職種によって事情も違えば、求められるコミュニケーションの取り方も千差万別。大変ですが、そこがこの仕事の奥深さでもあります。

ひとつのスキルや技能で〝一生食べていける〟時代は終わった。
みんなの介護 中原さんの著書『働く大人のための「学び」の教科書?100年ライフを生き抜くスキル』には《人生100年時代、ひとつのスキルや技能で〝一生食べていける〟時代ではなくなりました》と書かれています。
市場の変化・環境の変化に応じ、個人も自分の能力やキャリアを自ら切り開かなければ、これから「長期化する仕事人生」を完走することはできないとも。
そこで大人も「学び直し」が必要であると説かれているわけですが、今、私たちを取り囲む労働環境は、それほどまで逼迫(ひっぱく)した状況なのでしょうか?
中原 まず、日本の企業の平均寿命がどんどん短くなっている現実を念頭においてください。
また、そもそも企業の寿命も、それほど長いわけではないのです。製造業33.9年、卸売業27.1年、運輸業25.9年、農・林・漁・鉱業25.1年、建設業と小売業24.2年、金融・保険業11.7年(東京商工リサーチ2018年調査)。業歴30年以上の老舗企業の倒産も増えています。
つまり、この数字からもわかるように「終身雇用」はもはや無理。統計がないのではっきりしたことは言えませんが、大学卒で1つの企業で定年まで勤め上げる人は現状でも3割以下と言われており、そもそもそういう人たちの方が少数派だったんです。
みんなの介護 ひとつの業種自体、この先、どれだけ存続できるか定かではないのですね。人の寿命は伸びる一方だというのに…。
中原 僕はいつも学生に「ストックだけで食おうとするな」と言っています。80年、90年の人生を考えた時、いくら蓄積があっても安心はできないと。多くなくてもいいので、高齢化しても、なるべく実入りがあること、キャッシュフローが存在している状態が、大きなリスヘッジになります。
今、話題の「老後2000万円問題」にしても、金銭のストックだけで老後の生活をすべて賄おうとすることには、かなり無理があると多くの方々が気づいていらっしゃると思います。
一番大事なのはキャッシュフロー(現金の出入り)であって、健康である限りは、長い間、働ける環境をつくることです。もちろん、さまざまな事情を抱えた人にあわせて社会保障も充実させなければなりません。
一般の人は、とにかく健康を維持しつつ、学び直し、自分のスキルセット(専門的な技術や知識)をアップデートし続ける。対策はそれしかない。
と、こういう話をすると「先生、何を当り前のこと言ってるんですか」と学生には笑われてしまうのですが、40代、50代のおじさんたちが相手だと「そんなこと言われても会社を辞めるわけにはいかない」「今さら新しいことなんか学べない」「だいたいうちの会社にはろくな研修もない」と一斉にブーイングが返ってくる。一番真剣に考えて欲しい人たちなのですが…。
みんなの介護 不都合な真実を認めたくないのですね。
中原 最近は人手不足と言われていますが、一方、今年に入ってからの早期離職者の数は、半期だけで昨年1年間のそれをおそらく上回っています。40代、50代の社員たちが次々に切られている。
僕は仕事柄、大企業で20年くらい働いてきた社員が、いざ転職の段になって自分の市場価値がそれまでの3分の1しかないと宣告を受け、途方に暮れている様子なども見てきています。
突き放した言い方をすれば、そもそも会社側は「定年まで辞めないでくれ」とは一言も言っていない。今、その人が置かれている状況は、全部、本人の選択の結果。不満があるなら活躍の場を外に求めるという選択肢もあったはずなのに、結局、自分の能力やキャリア開発をずっと会社任せにしてきた。
そういった自分の人生の他人任せ、組織任せが、実は最大のリスクだったんですよ。
少し背伸びをしてやってみて、振り返ることができれば、それは学びになる。
みんなの介護 しかし、気付いたとしても「大人の学び」には学校も先生も存在しないわけですよね?何をどう始めたらいいのでしょう?
中原 僕は「大人の学び」を「自ら行動する中で経験を蓄積し、次の活躍の舞台に移行することを目指して変化すること」と定義しています。どんな些細なことでもいい、少し背伸びをしてやってみて、振り返ることができれば、それは学びになります。
例えば、今まで手計算でやっていた作業をマクロ(PC表計算ソフトExcel上で作業を自動化させる機能)を使ってやってみるとか。要は背伸びといってもハードルをあまり上げ過ぎず、長続きさせることに意味があります。
それから、これまで自分がやってきたことを軸に据える。僕はこれを「ピボットターン理論」と呼んでいるのですが、文字通り、バスケットボールで見られる、片足を軸足にし、もう片方の足を前後左右にステップして体を回転させるプレイのイメージです。
もし、新しいことにチャレンジしてみたいと思った場合でも、最低限、自分の好きなこと、興味のあることを選ぶ。くれぐれも、「世間的に、やればいいといわれていること」「社会的に大切だといわれていること」という理由で始めるのは禁物。
重要だと頭ではわかっていても、興味や関心が持てないことはやはり長続きしない。そういう調査結果が、はっきり出ているんです。
介護職の地位向上のため、介護業界はどんな取り組みをしてきたのか?
みんなの介護 率直に伺います。なぜ介護という仕事のイメージがこうも悪いのでしょうか?
中原 う?ん…。僕は介護について専門的な知識を持ち合わせていないので、その問いにどこまで適切に答えられるかわかりません。ただ介護の専門性の中からこれに答えるのではなく、一般的な社会科学の目から、「介護がどのように見えるか」を考えてみましょう。
まず、一般論として、介護という仕事の専門性はどういう点にあり、どのような知識や資格を身に付けた人たちが働いているのかが社会に認知されない限り、その職業に対する扱いが正当なのかそうでないのかは判断できません。
ただ、はっきり言えるのは、自分たちを専門家たらしめるのは自分たちだということ。逆にお訊きします。これまで介護職の地位向上のため、介護業界はどんな取り組みをしてきたのでしょう?
みんなの介護 第一に「介護福祉士」の資格は「社会福祉士及び介護福祉士法」を根拠とする国家資格です。職能団体である「介護福祉士協議会」により、職業としての専門性についても明確に定義されています。ところが、そういった資格の存在すら一般にはほとんど浸透していないのが実状で…。
中原 そうなんですね…。そうすると、まずひとつのことから確認しなければなりません。それは「ひとつの職業が、専門家になるためには、長い苦闘の歴史が必要だ」ということです。医師、聖職者、法律家を除いて、あらゆる専門職は最初から世の中に認められていたわけではなかった。それを理解してください。
専門職としての地位は闘争によって勝ち取るもの
中原 例えば、かつて「看護師」は教育を受けていない下層階級の女性の仕事だと軽んじられていました。18世紀には、「無能で大酒のみがする下品な仕事」とすら言われていた黒歴史の時代があるのです。
しかし、看護師たちはそういった偏見に甘んじなかった。自分たちで仕事に必要な専門性を整理し、知識の体系化を行い、教育機関を作り、医師や世間ともぶつかりながら職業としての存在意義を示し続けてきた。看護職はいまや専門職のひとつですが、その獲得には、長い苦難の歴史があるのです。
つまり、看護を専門職として認めさせるために闘争を繰り返し、100年かけて今の状況を作り上げた。すべて、自分たちで勝ち取ったんです。
みんなの介護 そんな歴史があったんですか…。
中原 僕は介護が誰にでもできる仕事だとは思いません。まったくそうは思いません。
ただ、それを専門職として認めさせるためには、自分たちで集まり、自分たちで整理し、自分たちで闘わなければなりません。「誰もができる仕事」ではないことを、明確に社会に提示していかなければならないのです。
現場が頑張るだけでなく、介護を学術的に研究している大学や専門機関なども総動員して証拠を集め、どれだけの専門性、知識、スキルが必要な職業であるのかを世の中に発信するんです。それの繰り返しが職業の付加価値を高めてゆく基本的なプロセスです。
みんなの介護 私たちのWEBサイトでも、より一層、介護に関する網羅的な情報発信に取り組んでいく必要がありますね。
中原 重要なのは協会なのか、学会なのか、誰がリーダーシップをとって戦略的に行うかです。
そして忘れてはならないのが「ロビイング」(政治への働きかけ)。
ロビイングというと悪いイメージがあるかもしれません。でもそうじゃない。政治を動かす努力をしない限り、社会問題は絶対解決しない。
記憶に新しいところでは、eコマースの広がりから急増した宅配貨物を逆手に取ってドライバー不足を社会問題化させたヤマト運輸がその成功例です。
自分たちを弱者の立場に位置付けることで世論を味方につけ、最終的には料金値上げまで顧客に容認させてしまった。誰が考えたのか知りませんが、あの一連の手法は天才的としか言いようがありません。
つまり、いずれ誰しもが必要とする介護は圧倒的に社会のニーズがあるのですから、この先、取り組み次第では変革を起こすことも不可能ではないと思います。

このままいくと、あらゆる職種でマネジャーの担い手がいなくなる
みんなの介護 中原さんは「人材開発」「組織開発」の見地からマネジャー(中間管理職)への支援についてかなり多くの提言をされています。
中原 昔、日本の会社組織はピラミッド型で、それぞれの現場に部長、課長、課長補佐、係長がいて、あとはフラットなメンバー(一般社員)で構成されていました。管理職が階層的に連なっていたんです。
その中間管理層を薄くすることで迅速な意思決定の実現を目指したのが「組織のフラット化」。当時は「リストラクチャリング」も流行語になりましたが、要はそれらの名のもとに大幅な人員削減が行われたわけです。
それによって管理職がマネジメントしなければならない部下の数が増えた。一般的には1人の管理職が適正に管理可能な部下の数は5?7名。このような考え方を「スパン・オブ・コントロール」と経営学では言うのですが、バブル崩壊後、その人数が適正数をオーバーしました。
さらに、追い討ちをかけるように「成果主義」が導入され、すぐにでも成果を上げることを求められた管理職はできる部下ばかりに仕事をさせるようになった。
その結果、できる社員はさらにできるようになり、できない社員はいつまで経ってもできないという能力格差が生じた。そして、できる社員は「論功行賞」としてマネジャーに昇進していったわけですが、ここで問題が起こった。
みんなの介護 問題、と言いますと?
中原 マネジャーとは何か?どんな仕事をすれば良いのか?中間管理層がリストラされてしまったせいで、教えてくれる先輩がいなくなっていたことがわかったんです。
職場の部下も、アルバイト、派遣社員、正社員、再雇用の元役職者といった具合に多種多様なメンバーから構成されていて、どうまとめて良いのかわからない。そうなると、部下に仕事を割り振るよりも自分でやった方が早いと考えるマネジャーも現れ、孤立する中で過重労働に陥っていったわけです。
みんなの介護 マネジャーの「バーンアウト」(燃え尽き症候群)は介護業界に限った現象ではなかったんですね。
中原 このままいくと、この国ではあらゆる職種でマネジャーの担い手がいなくなると思います。というのも、海外でマネジャーの給与はメンバーの1.5?2倍なのに対し、日本では3万円ほどの差しかないこともあります。1.1倍、1.2倍くらいが関の山でしょうか。仕事に見合うだけの待遇をまったく受けていないんです。
挙げ句、ある年齢になればポストオフ(役職定年)されてしまう。これではモチベーションの低下は避けようがありません。
『出羽守』(でわのかみ)は新しい職場や仕事に適応できない
みんなの介護 前回の話にも上がった「早期離職者」を中途採用するなどして、マネジャー不足を解消することはできないのでしょうか?
中原 一定のビジネススキルを身に付けている経験者は即戦力と言えます。すぐには使い物にならない新卒社員より仕事はこなせるでしょう。
ところが、業界によって違いはあるものの、中途採用者の約3割が1年以内に離職している。『出羽守』(でわのかみ)という皮肉を込めた言葉があるのを知っていますか?
これは「前の会社では」「○○業界では」と、何かにつけて前職の例を引き合いに出す人を揶揄(やゆ)した表現なのですが、実際、中途採用者のなかには 「○○では」を繰り返すばかりで新しい職場や仕事に適応できない人が少なくないんです。
さらには、類似する仕事によくあるのですが、経験が仇になってしまうケース。例えば、新聞とWEBでは記事の書き方がまるで違う。文字数制限や構成の仕方など、紙媒体の厳格なルールが身に染みた元記者ほどWEB媒体に移った後、制限の緩さに面食らって、なかなかその自由度を活かした書き方にアジャストできない。
その壁を乗り越えるには「アンラーニング」(学習棄却)と言って、通用しなくなったやり方を捨てる必要がある。事業変化が激しい現代では、それまでの得意技を思い切って捨てる勇気も求められるんです。
解決策は「現場の生産性を上げる」「入口を広げる」「出口を塞ぐ」の3つしかない
みんなの介護 少子化を背景とした人材不足は社会全体の問題ですが、加速度的にニーズが高まり続けている介護業界の状況はとくに深刻です。何か有効な対策はないものでしょうか?
中原 そうですね。解決策は、基本的に「現場の生産性を上げる」「入口を広げる」「出口を塞ぐ」の3つしかありません。それはどんな業種でも同じです。
まず、介護でいえば、AIやロボットを現場に導入し、作業の省力化をはかるのも生産性を上げるひとつの手段。しかし、まだ介護ロボットは実験段階のようですし、コストの面から考えても現実的じゃない。
では「入口を広げる」はどうか。それには、従来の採用枠の拡大、外国人の採用、シニア層などの短時間労働者の受け入れといった方策が考えられますが、このやり方はすでにほかの業界でも取り組みが始まっており、これも介護業界の切り札になるとは考えにくい。入口施策は最も難しいものなんです。
そうなると、当面、最も有効と思われるのは「出口を塞ぐ」。つまり、「離職率を下げる」。原理的には、長く働いてもらえる人を徐々に増やしていければ人材不足はおのずと解消する。単純かもしれませんが、現状、それが最善だと思われます。
人間に直接かかわる職種の離職率は高い
みんなの介護 確かに、介護職の離職率はほかの職種に比べて高いと言われています(16.7パーセント/2016年度「介護労働実態調査」)。それを食いとめるだけでも一定の効果は得られるかもしれません。
中原 僕がパーソル総合研究所と共同で行った、職種をまたがった大規模調査からも、「幼稚園教諭」「保育士」「介護福祉士」「ヘルパー」など、人間に直接かかわる職種の離職率の高さが見てとれます。
これらの職種の共通点はサービス残業の多さで、それが離職の一因となっている可能性があります。
サービス残業を含む長時間労働が健康不安やメンタルの不調を招き、組織に対するコミットメント(献身、深い関与)を低下させ、それが「バーンアウト」(燃え尽き症候群)などを誘発。離職へと連鎖する。長時間労働と離職のメカニズムは実証済みです。

介護は「仕事の相互依存性」が高い職種
みんなの介護 介護職の場合、一番の離職理由は「職場の人間関係」だと言われています。
中原 だとしても、やはり、サービス残業と無関係ではないと思われます。
というのも、介護は「仕事の相互依存性(自分の仕事が終わらないとほかの人も終わらない性質)」が高い職種。お互いの仕事が重なり合っていて、「ここからここまでがAさん」「ここからここまでがBさん」とは明確に分けられない。
職場単位で仕事を抱え、個々の責任範囲が不明瞭な傾向がある。突発的な業務も頻繁に発生する。
みんなの介護 おっしゃる通りです。
中原 さらに言うなら、介護や教育は「お年寄りのため」「子どものため」という「パブリックミッション」を帯びた仕事のため、どこまでも仕事を作れてしまう。とくに献身性と仕事の無限性が際立つ職種なんです。
そもそも、日本人の2割は自分の仕事に境界を設けておらず、就業時間を意識せずに働いている。さらに、教育や介護に携わる人の3割は仕事の境界について考えたことすらない──そういった調査結果も出ています。
就業時間がどこまでかという「境界」がなければ、人は働き続けてしまう。一定の境界を設けて「時間」を「有限」とし、そのうえで自分の仕事の中の「やるべきもの」と「そうでないもの」の峻別(しゅんべつ)を行わない限り、いつまでたっても長時間労働からは抜け出せません。
みんなの介護 わかりました。長時間労働が発生しない職場をつくることは、結局、「出口を塞ぐ」ことにもなるんですね。ほかにも何かメリットはありますか?
中原 僕は職場というのはメッセージだと思っています。
どんなに美辞麗句を並べて若者に向けてリクルート活動を行っても、職場を見られた瞬間、すべて見抜かれてしまう。良くも悪くも、職場はそれそのものが企業をアピールするメディアでもあるんです。
そういう意味で、残業の問題も含めた職場環境の整備は離職を抑止するだけでなく、中長期的に見て新規の人材採用を促す有効な手段にもなり得る。「入口を広げる」ことにもつながります。
誰もが働けるよう、この国のあらゆる仕組みをアップデート
中原 リクルートといえば、今、僕が一番懸念しているのは小学校、中学校、高校の教師不足。募集人員に対し、地区によっては応募が1.1倍を切っている。この数字は深刻です。
なぜなら、採用の段階で2倍以上の倍率がないと選抜機能が働かず、絶対に教師にしてはいけない人まで採用されてしまう。能力や資質に欠ける人が教育現場に入り込むことで子どもたちの学びの質も低下し、不祥事発生の危険性も高まる。
そんな事態を防ぐためにも、教育現場における労働条件の改善は待ったなしで行われなければならないんです。
みんなの介護 中原さんの話を伺って、ようやく「長時間労働是正」や「残業抑制」が喫緊の課題であることの理由がわかってきました。
中原 圧倒的な人手不足の中で「超高齢社会」を乗り切るには、もちろん、もっともっと「働く人」を増やす必要があります。
それには、共働き夫婦、外国人、育児・介護を抱えている人、病気などによってさまざまな制限のある人──とにかく誰もが働けるよう、この国のあらゆる仕組みをアップデートしなければなりません。
みんなの介護 その障壁となっているのが「長時間労働」だった。
中原 そうです。「長時間労働」を是とする従来の雇用慣行が「長時間労働ができない人」の労働参加を大きく阻害してきた。
「働く人」=「長時間労働が可能な一部の人」という固定観念を変えないと、いつまでたっても「働く人」の数は増えないし、多様な働き方に対する理解も進まない。
個々のニーズに合った働き方を選べるようにすることこそ、人材不足解消の鍵。今、真剣に考えなければいけないのは、少子高齢化が進む日本において「誰が働き、どのように社会を支えていくのか」ということではないでしょうか。
撮影:公家勇人
連載コンテンツ
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