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石黒浩「ロボット研究を通じて私は“人間とは何か?”を常に考えている」

最終更新日時 2018/06/04

石黒浩「ロボット研究を通じて私は“人間とは何か?”を常に考えている」

ロボットを研究することで、「人間とは何か?」という問いに挑み続けている石黒浩教授(大阪大学基礎工学研究科、ATR客員所長)。これまで、自分にそっくりのアンドロイド(人間酷似型ロボット)である「ジェミノイド? HI-1」をはじめ、マツコ・デラックスや桂米朝、夏目漱石の姿をしたアンドロイドなど、さまざまな研究開発活動を行ってきた中で見えてきた人間像とは一体どのようなものなのか?これまで開発してきたアンドロイドの研究テーマをふり返ってもらうとともに、その可能性について語ってもらった。

文責/みんなの介護

“人間そっくり”のロボットを“人間らしく”みせるのは容易ではない

みんなの介護 ロボット研究にはさまざまなアプローチがあると思いますが、石黒さんのようにロボットの「見かけ」に着目する方は珍しいのではないですか?

石黒 でも、見かけってすごく大事でしょ。そう思いませんか?そのことを強く意識したのは、大阪大学基礎工学部の助手を経て、京都大学工学研究科の助教授に招かれて間もなくの頃でした。

当時の上司である石田亨教授の「論文ばかり書いてないで、世の中を変えるような研究をしてください」という言葉に触発されて、人間とのコミュニケーション機能を持ち、日常生活の場で働くロボットを開発することを決意したんです。それが、日常活動型ロボット「ロボビー」でした。

デザインは、人間にそっくりではなく、頭部にそれが目だと想像できるカメラが2つ付いているくらいのシンプルなものでした。ところが、改良の段階でそのデザインを変更すると、研究者や学生たちの中に怒る人がいたんです。「なんで変えたんですか」とか、「前のほうがよかった」と文句を言われ、多くの人がロボットの見かけに強いこだわりを抱いていたことを知って、これを真面目に研究しようと思ったわけです。

みんなの介護 ロボットの「見かけ」の研究をするために、人間そっくりのアンドロイドの開発から始めたのは、なぜでしょう?

石黒 実際、考えられる研究の方法は人間型アンドロイドのほかにもありました。それは、非常に単純なデザインのロボットを作り、徐々に人間に近づけていくという方法です。ただ、この方法の欠点は、人間に近づけていく段階で何体のロボットを作れば良いのかわからないということ。そのような先の見えない方法を選ぶより、最初から人間にそっくりなロボット、すなわちアンドロイドを作り、そこから徐々に人間らしさに不必要な部分を削ぎ落としていくという方法を選びました。

そうした意図のもと、2000年に最初に作ったのが、当時4歳だった娘をモデルにした「リプリーR1」でした。

みんなの介護 その結果、何がわかりましたか?

石黒 人間にそっくりなロボットを作ったところで、それを「人間らしく」見せるのは難しいということです。

というのも、東京工業大学の森政弘名誉教授が1970年に指摘した「不気味の谷」という現象があって、「リプリーR1」がまさにそれだったからです。

人間には見かけや動き、声などの特徴に「人とはこういうものだ」と頭の中で認識しているモデルがあって、そこから少しでも外れるとゾンビを見たかのような不気味さを感じてしまうのです。「リプリーR1」の場合、顔の表情を動かしたりするための機構を頭部に搭載していましたが、製作費がそれほどなかったため、胴体は動きませんでした。そのため、首を動かすたびに体が震え、まるで死体が動いているかのように見えてしまったんですね。

ロボットに対する印象を表す“不気味の谷”とは?

みんなの介護 「不気味の谷」は、どうしたら克服できるのでしょう。

石黒 森名誉教授は、ロボットのデザインをさらに人間に近づけていくと、ある段階で見た目の印象の好感度は急上昇することも指摘しています。急降下した好感度が急上昇するから「谷」のようなグラフを描くわけです。

そこで、「リプリーR1」の性能をさらに上げて作ったのが「リプリーQ1 expo」です。モデルを成人女性に変えてサイズを大きくし、息をするのに伴って動く肩や目の動き、首や腕の動きも再現するようにしました。

男性ではなく女性にしたのは、そのほうが受け入れられる余地が大きいからです。男性の場合、生身の人間でも小さな子どもなどは怖がるケースもあるでしょう。その点、女性は年齢や性別を問わず、見た目の印象が良いのです。

みんなの介護 「リプリーQ1 expo」はその名の通り、2005年の愛知万博(愛・地球博)で披露され、モデルがNHKアナウンサーの藤井彩子さんだったこともあって世間の注目を集めました。

石黒 藤井彩子さんにモデルをお願いしたのは、毎日テレビに出ていて多くの人に顔が知られている方なので、アンドロイドに会った人がテレビの印象と比較しやすいと考えたからです。それから、自分のコピーが自分と離れた場所で常に誰かから見られていると感じる精神的負担にも、プロのアナウンサーである藤井さんには耐性があるのではないかとも考えました。

実際、藤井さんの見かけを使用するのは万博の期間のみで、終了後はモデルが誰かわからないように「リプリーQ2」として顔を作り替えました。

「賢人論。」第66回(前編)石黒浩氏「アンドロイドは人間が行うコミュニケーションの可能性を最大限に広げてくれる」

ロボットと会話をしてしばらく経つと、生身の人間と会っているような感覚になる

みんなの介護 「リプリーQ1 expo」、および「リプリーQ2」の開発によって、「不気味の谷」は克服できることを証明した石黒さんはそのすぐ後に、ご自身をモデルにした「ジェミノイド? HI-1」を開発します。これは、どうしてですか?

石黒 愛知万博で展示された「リプリーQ1 expo」は、人間にそっくりということだけでなく、来場者と対話できることも評価されましたが、その対話はごく限られたものでした。具体的には、あいさつをして、万博についての話のみを一言二言説明するのみ。

高度な人工知能を仕込めば、もう少し長く会話することができたかもしれませんが、それには限界があります。そこで、インターネットを介した遠隔操作によって対話する機能を実装したアンドロイドを開発するという、次なる方向性が見えてきたのです。自分にそっくりな遠隔操作型のアンドロイドがあれば、海外で講演をするときも飛行機に長時間乗って現地を訪ね、時差に悩まされたりすることもなくなるかもしれない。

それから、男性の体は女性よりもサイズを大きく作れますから、動きをさらに複雑に、人間らしくすることができる。実際、自分の体をモデルにしたジェミノイド HI-1は、全身を動かせるようになっていて、貧乏ゆすりや指の動きなど、細かい癖なども再現できるように作られています。

みんなの介護 ジェミノイドHI-1が完成したのは2006年。以後、このアンドロイドと一緒に写っている石黒さんの映像や写真をよく見かけるようになりましたが、自分とそっくりなアンドロイドと対面したときの気分はどうでしたか?

石黒 ジェミノイドのモデルを自分に選んだもう1つの動機が、まさにその気分を味わってみたかったからでした。それまで自分の娘、そして藤井彩子さんたちが自分をモデルにしたアンドロイドを目にしたとき、2人ともかなり驚いた様子をしていたわけですが、それがどのような驚きなのかを研究者である私自身の目で分析したかったのです。

その驚きは、ある意味で意外なものでした。見かけは自分とそっくりにコピーされているにもかかわらず、完成したジェミノイドと対面したとき、私は「あまり似ていないな」と感じたのです。

みんなの介護 なぜ、そう感じたのでしょう?

石黒 よく考えてみれば当たり前のことです。まず、「顔」について言えば、人間が自分の顔を観察するのに使う道具は鏡しかありませんが、鏡に写った像というのは左右が入れ替わっています。それだけで、目にする印象はだいぶ変わるんです。おそらく、自分の顔を正確にコピーされた蝋人形を見た人は同じ印象を受けるはずです。自分に似たところはあるけれども、双子の兄弟と対面したような気分でした。

「顔」以外の部分についても、自分の姿を後頭部などの見えない部分まで眺めることは普通ではできないことです。映像や写真で見ることができても、目の前にコピーされた実物のアンドロイドを観察すると、臨場感を感じ、「初めて見る自分」と対面しているような気になりました。

鏡で見える部分について、多くの人は髪をいじったり、化粧をしたりして気を使うけれど、見えない部分については勝手に「イケているだろう」と過大評価をして、気にしていないというのが実情なんだと思いましたね。

みんなの介護 自分そっくりにコピーされたはずなのに、本人が「似ていない」と感じてしまうということは、実験は失敗だったということなのでしょうか?

石黒 いえ、そういうことではありません。ジェミノイドはインターネットに接続されていて、離れた場所から遠隔操作することができます。もし、ジェミノイドを見かけた人が「こんにちは」とか、「今日は良い天気ですね」と話しかけてきたとして、その声や相手の映像は1台のノートパソコンによって伝えられます。そして、ジェミノイドを操作するオペレーターは、声のトーンや唇の動き、頭や腕のジャスチャーなどを簡単な操作によって表現できるんです。

このようにジェミノイドを通じていろいろな人と会話をしていると、あたかもジェミノイドが自分そのもののように思えてくる。つまり、他者とのコミュニケーションを通じて初めて、私は「似ていない」と感じていたジェミノイドを自分自身として受け入れることができたのです。

みんなの介護 アンドロイドを動かすことで、感情移入することができたわけですね?

石黒 おそらく、人間の脳と体はそれほど密接につながっていないのでしょう。それもそのはずで、私たちの見かけは毎日ちょっとずつ変わります。朝起きて鏡を見たとき、体調が悪くて顔がむくんだように見えたり、寝ぐせで髪が爆発したように見えても、「自分ではない」と感じることはないでしょう。

鏡に写っている自分がある程度、頭の中の「自分」のイメージに合致していれば、誰もが普通にそれを「自分」であると認識するものなのです。

同じことは、ジェミノイドと会話をする人についても言えます。人間そっくりの見かけで人間らしい動作をしていても、それが血の通った人間でないことは誰もがすぐに気づくわけですが、会話をしてしばらく経つと、そのようなことはあまり気にならなくなって、生身の人間と会っているような感覚になることが多数の実験からわかりました。

アンドロイド相手のほうが、素直になれる

みんなの介護 ところで、「ジェミノイド? HI-1」を石黒さん自身ではなく、ほかの人が操作したときにはどのようなことが起こるのでしょう?

石黒 2009年の秋、オーストリア・リンツの美術館にジェミノイドを持ち込み、来館者で出入りするカフェの席に置きっぱなしにしたことがあるんですが、興味深いことが起こりました。

カフェから離れたところにジェミノイドを操作できるシステムを設置していたんですが、近くに住んでいるらしい小学生の女の子がその前に座ったんです。モニターを見て、ジェミノイドのまわりに人が集まっているとわかると、彼女はまるで私の姿形に合わせた演技をするかのように大人ぶった口調でジェミノイドに話しかける人と会話を始めました。大人が操作するより上手に、1時間くらい。

みんなの介護 操作するアンドロイドが自分に似た見かけではなくても、人はそれを「自分」として認識できるんですね?

石黒 ええ、そうです。これまで実に多くの人がジェミノイドの遠隔操作をしてきましたが、多くの人がジェミノイドに適応し、その体を自分の体のように感じることができました。あえて個人差を言えば、男性よりも女性のほうが適応しやすいということもわかってきました。おそらく女性は、化粧をしたり、その日の気分によって服装やアクセサリーを変えたりすることを習慣的に行っているので、自分の見かけとは違う体への適応力に長けているのでしょう。

みんなの介護 遠隔操作することによって、離れた場所にいる人とコミュニケーションをとることができるアンドロイド──。これにはどんな可能性があると思いますか?

石黒 もし私が病気や事故などでベッドに寝たきりの状態になっても、ジェミノイドがあれば世界中のあらゆる場所で講義や講演をすることができますし、新しいロボットの開発にたずさわることができるでしょう。

「ジェミノイド? HI-1」の次に、私は「ジェミノイド? F」という遠隔操作型アンドロイドを開発しましたが、その目的は“安価で汎用性のあるアンドロイドを作る”ということで、医療の現場に役立てることを想定しました。具体的には、病院の診察室で医師の隣に同席し、患者の言葉を聞く陪席者の役目を果たすのです。笑顔で患者をリラックスさせたり、体調の不調を訴える患者の様子に同調して頷いたり、一緒に苦しそうな表情をしたりして安心感を与えるわけですね。また、長期に入院する患者の話し相手を務めることも想定しました。

そのためモデルは、男性ではなく、まして私のような無愛想な顔をした中年男性でもなく、医療機関に従事する女性に務めていただくことにしました。

みんなの介護 しかし、相手がアンドロイドだとわかると、逆に不安を感じたり、コミュニケーションに対する興味を失ったりしませんか?

石黒 そんなことはないと思いますよ。実際、学生や研究者たちからは、私自身と会話をするより、ジェミノイドHI-1と会話をするほうがリラックスできる、思っていることを素直に発言できるとよく言われます。いつもはあまり私に質問をしてこない学生が、ジェミノイドHI-1には活発に質問をしてきたりね。

マツコ・デラックスさんにそっくりなアンドロイド(マツコロイド)を作ったときも、対話実験に協力してくれたスタッフの方々は同じようなことを言っていました。

生身の人間には面と向かって言えないようなことも、アンドロイドが相手なら素直に打ち明けることができる。アンドロイドは、人間のコミュニケーションの可能性の幅を広げてくれる、重要なツールになり得るのです。

アンドロイドから“人間らしさ”を引き算する?

みんなの介護 「テレノイド?」は、どのような発想から生まれたのでしょう?

石黒 私のアンドロイド研究は、ロボットの見かけの重要性に気づいたことから始まりましたが、人間と機械との関わりにおいて、人間のどの要素が重要であるかを見つけることがそもそもの目的でした。

つまり、人間にそっくりなアンドロイドを作るということは、その第一歩の試みだったわけで、最終的な目的ではありませんでした。実際、人間に似せるには複雑な機構を組み込まねばならないために高額な開発コストがかかるし、大量生産することもできないので、広く普及するだけの汎用性を持たせるのが難しいという問題が常にありました。

また、どれだけ好感度の高い人をモデルにしたとしても、人には好みというものがありますから、“万人に好かれるデザイン”は実現しにくいという問題もあります。

そこで、アンドロイドから“人間らしさの要素”を引き算していき、「最小限の人間」とも言えるデザインを作れないかと考えたのです。

みんなの介護 ロボットから見かけの人間らしさを引き算する──。簡単なようでいて、実は非常に難しい計算なのではないですか?

石黒 そうですね。人間らしさというものは、数値に置きかえることはできないし、確たる理論や法則なども充分に見つかっていません。

ですから、私がこのデザインを思いついたのは「勘」とか「直感」によるもので、あたかもアーティストがキャンバスに向かって絵筆を落とすような方法で出てきたんです。もともと、小さいころから絵を描くのが好きで、モデルの姿をデッサンするとき、その人の個性をどのように描けば良い絵になるのかと考える癖がついていたので、それを実現できたのかもしれません。

みんなの介護 「テレノイド?」という名前の由来は、何でしょう?

石黒 「telephone」の「テレ」と、「もどき」を意味する「oid」を組み合わせた造語です。なぜ「電話」なのかというと、受話器から聞こえてくる声に耳を傾けたとき、それがかすれ声やだみ声だったとしても、私たちはネガティブな印象を持たないでしょう?「なんだか不細工な声だな」なんて思わない。

これは、相手の話を理解しようとするとき、相手のポジティブな面を想像して共感するという人間の性質からきています。「テレノイド?」は、その共感力を利用しています。

みんなの介護 つまりテレノイドは、見かけの上では性別も年齢も、国籍や人種もわからないような見かけをしているけれど、声を聞くことによってそれらの属性を想像させるようにできているわけですね?

石黒 その通りです。テレノイドは遠隔操作型アンドロイドと同様、離れた場所にあるパソコンを通じて相手の様子や声をモニターしていますが、手・首の動作や声を使って返答することができるようになっています。声のトーンを高く調節すれば小さな子どもを想像するでしょうし、肉声に近いものにすれば操作しているオペレーターに近い人物を想像するでしょう。

ネガティブな印象を抱かずに、「かわいい」とか「かっこいい」というポジティブな方向で想像を働かせてくれることが重要なポイントなんです。

「賢人論。」第66回(中編)石黒浩氏「人間同士だと気兼ねしても、テレノイドに対しては精神的なハードルを感じない人が多い」

テレノイドに対する適応力は幼児よりも高齢者のほうが高い

みんなの介護 とはいえ、人間の想像力には個人差があると思いますので、テレノイドと接触したときの反応は、人それぞれではないですか?

石黒 実際、いろいろな人にテレノイドと会話してもらったところ、幼児よりも高齢者のほうが適応力が高かったです。これは、「世の中にはどんな人間がいるか」という認識が幼児には浅く、逆に、人生経験を積んだ高齢者は想像する材料をたくさん持っているからでしょう。

実験は日本だけでなく、デンマークやオーストリアでも行いましたが、結果は同じでした。「赤ちゃんのようだ」とか、「女性に見える」とか、受け入れ方は人それぞれでも、テレノイドとの会話に慣れてしまうと「なぜかずっと触っていたくなる」という共通した意見が出てくるのです。

みんなの介護 「触れながら会話することができる」というのも、テレノイドの大きな特徴と言えそうですね。

石黒 ええ、そうです。細部は想像にゆだねられていますから、複雑な機構を使って手脚を動かす必要はありません。抱き上げてハグをすれば、手で抱き返してくるので共感力も高まります。

みんなの介護 すでに宮城県のいくつかの介護施設では、県の補助を受けてテレノイドを導入しているそうですね。反応はいかがですか?

石黒 評判はとても良いです。施設の中で塞ぎ込んでしまい、人との会話を拒んでいた人が、テレノイドを介することで普通に会話できるようになったという報告も受けています。

人間同士の会話だと、相手に対する気兼ねや遠慮が働いたりするでしょう。「自分がこんなことを言うと、相手は気分を害してしまうのではないか」とか、何かものを頼むにしても「めんどくさいと思われるのではないか」と。ところがテレノイドに対しては、そういう精神的なハードルを感じない人が多いのです。

みんなの介護 介護士が高齢者の健康状態をチェックするツールとしても、大いに使えそうですね?

石黒 人間にとって、人とコミュニケーションして社会とつながるということはとても大事なことで、脳の健康状態を維持することにもつながります。

理想を言うと、テレノイドが施設の中だけでなく、例えば遠く離れたところに住んでいる孫世代の若い人と会話をしたりするツールになると良いなと思っています。もちろん、別の場所にいる高齢者同士がこれを使って交流しても良い。声を若々しく調整してお互いに若い体を得たような気持ちで接すれば、昔に戻ったような楽しいコミュニケーションを交わせるでしょう。

■「テレノイド?」レポート

ATR石黒浩特別研究所の研究員としてプロジェクトに関わる住岡英信氏に「テレノイド?」のデモンストレーションをしてもらうことにした。

実は、初対面のテレノイドにあまり良い印象を持つことができず、「映画『犬神家の一族』のスケキヨのようなルックスですね」という感想をポロリと漏らしてしまったのだが、住岡氏は「そういう方はたくさんいます。でも、膝に抱いて会話を始めると多くの方が『だんだん可愛く思えるようになった』とおっしゃいますよ」と笑って答えてくれた。

「こんにちは」というあいさつの後に「ハグして」と話しかけられ、抱きかかえながらの会話がスタート。話しているのが隣室にいる石黒研究室の学生さんだということはあらかじめわかっているのだが、高い声で話しかけられるので多くの高齢者と同様、テレノイドが言葉を覚えてまもない赤ちゃんのように感じた。

「パソコンや目覚まし時計や掃除機など、生活の中で接する機械を擬人化して『こいつ』と呼んだり、名前をつけたりする人は珍しくありません。テレノイドは、そんな人間の擬人化する能力をうまく引き出すように設計されているのです」と住岡氏。

現在、テレノイドは株式会社テレノイドケア(旧・テレノイド計画)によって事業化され、実際に介護施設での高齢者との会話に使用されるだけでなく,介護士が高齢者とのコミュニケーションを学ぶための研修などにも使われているという。

「若くて経験の浅い介護士の方がいきなりベテランの方のように高齢者に接するのは難しいことだと思いますが、テレノイドを媒介させることによって速やかに経験を積むことができるという声もあがっています。テレノイドは今後、自閉症やコミュニケーション障害のある方がいる医療機関などでも活躍してくれることでしょう(住岡氏)」

コンピュータに「意識」を植え付けるなんて不可能に近い

みんなの介護 将棋や囲碁の世界でAIソフトが名人級の棋士を負かすなど、人工知能の技術が大きな進歩を遂げています。介護の現場でも生かされることはあるでしょうか?

石黒 よく言われるのは、コンピュータは人間に命令されたことを忠実に実行することはできるけど、命令の仕方を間違うと、とんでもないふるまいをすることもあるし、正確に命令しないとまったく動いてくれない存在だということ。

現時点での人工知能はまだその段階にとどまっているし、専門的な知識を持った人でないと使えない。ましてや高齢者にとっては、使いこなすことなんて到底できないシロモノです。

この段階を飛び越えるには、コンピュータが自らの意図や欲求に従ってものを考えるようになることが必要です。

みんなの介護 コンピュータが「意識」を持つということですね?

石黒 いや、人間が持っている「意識」さえ、どのようなメカニズムから生じているかがわからないくらいですから、コンピュータに「意識」を植え付けるなんてことは不可能に近いことです。

その前の段階として、人間に対して自発的に「こんなことを話してみたい」という意図や欲求を起こさせる仕組みが必要だということです。コンピュータに意図や欲求が生じるということは、人間側の「こんなことをしてもらいたい」という意図や欲求も先回りして理解できるということになります。そうなれば、コンピュータは「意識」を持った存在にかなり近づけるでしょう。

みんなの介護 そのような状況は、将来的にやって来るとお考えですか?

石黒 人間の進化は、「遺伝子」の変異によって成し遂げられたということは疑いのないところですが、もう一つ、人間は「技術」によって進化してきました。携帯電話を使って海外の人と会話している現代人は、100年前の人から見ればテレパシーの使い手にしか見えないでしょう。

つまり、技術の進化は遺伝子の進化よりもはるかに速いのです。コンピュータが人間と同等の知能レベルで会話ができる世界は、そう遠くない未来にやって来ると私は思います。

みんなの介護 ロボットが人間の日常生活に当たり前に存在する未来も、すぐ近い将来に実現すると言ってもよさそうですね?

石黒 特に、極端な人口減少に向かっている日本にとって、ロボットとの共存は喫緊の課題だと思っています。これまでの生活レベルを維持するために、ロボットは必要不可欠な存在ですし、そうした社会を実現する技術をなるべく早い段階で確立しておかなければいけないと思っています。

「賢人論。」第66回(後編)石黒浩氏「私は“人間とは何か?”という問いを死の瞬間まで考え続けていく」

「生きる」って、そういうことでしょう?

みんなの介護 2018年から年齢的に50代後半になった石黒さんですが、自らの「老い」を意識することはありますか?

石黒 過去3年で大いに苦しめられたのが、眼の衰えです。毎日、大量のメールや論文に目を通さねばならない研究者にとって、近くのものが見えにくくなることほど厄介なものはありません。

最近は、ようやく「老眼」という状態が落ち着いて、そんな状態にも慣れてきました。中途半端にものが見えたり、見えなくなったりしていた頃のほうが疲労の度合いが高かったように思いますね。

みんなの介護 眼のほかに、衰えを感じたことはありますか?

石黒 もちろんあります。私の姿を完全にコピーした「ジェミノイド? HI-1」は、私の代理として海外で講演したり、人間型アンドロイドの存在をデモンストレーションする題材として活躍してくれましたが、製作されたのは2005年ですから、41歳だった頃の私の見かけをしています。

ところが5年も経つと、特にシリコン部分などの劣化が目立ってきて、私本人との見かけの乖離が起こってきたんです。もちろん、劣化したのはジェミノイドHI-1だけでなく、私自身も太ってきたりして、そのたびに体を鍛えてアンドロイドに負けないような若さを維持する努力を続けてきました。

みんなの介護 アンドロイドに人間が近づいていくという方向性ですね。

石黒 そうは言っても、アンドロイドと生身の私の見かけとの整合性を維持する努力にも限界がくるわけです。そこで、ジェミノイドHI-1の見かけを年老いた私に合わせて改良するという必要に迫られたのが、そのためには決して安くないコストもかかるわけです。さて、どうしたものかと思っていたとき、知人を介して偶然に出会ったのが、美容整形で有名な「きぬがさクリニック」の衣笠哲雄院長でした。

美容整形に関する技術について一通りのレクチャーを受けた結果、ジェミノイドHI-1の見かけを現在の私に作り替えるより、私自身が美容整形によってアンドロイドに近づいたほうがコストが低いということがわかり、衣笠先生に相談してみることにしました。

みんなの介護 美容整形というと心理的に抵抗感を持つ人が多いと思いますが、石黒さんはそうではなかったのですか?

石黒 特に違いが目立つほうれい線など、皮膚のたるみを消す程度にとどめたので、さほど抵抗感はありませんでした。

みんなの介護 アンドロイドを修理するより、自分を修理する──。とても大胆で合理的な判断ですね。

石黒 ただ、自分でも意外だったのは、レーザーや注射などの技術を使って若返ったはずの私の顔の変化に、周囲の誰もが気づかなかったことです。私が強いて顔に手をやりながら「何か変わったことはない?」と聞いても、「言われてみれば、若くなった気がする」と答える程度の反応でした。しばらく会っていなかった人などは、私の容姿の違いにまったく気づかなかった。

唯一気づいてくれたのは、私のドキュメント番組を撮影するために頻繁に研究室を訪れていたNHKのカメラマンで、整形した直後に「何か変わりましたか?」と指摘してきました。

要するに、人は日常生活をおくる上で、他人の容姿を細かくチェックしているわけではなく、なんとなくあいまいに相手を認識しているに過ぎないということがわかったのです。

みんなの介護 「老い」の先には「死」がやってきますが、そのときをどのように迎えたいと思いますか?

石黒 体の健康状態が損なわれたとしても、脳がうまく動いているうちはロボットの技術で補ったりして普通に働けるでしょう。車椅子の技術が進化すれば、自分の足で歩いていたときより活発にいろいろなところへ出向けるようになるかもしれない。脳自体の衰えだって、テレノイドのような技術で遅らせることもできるはずです。

結局のところ、私は答えのない世界を研究しているわけだし、「人間とは何か?」ということを死の瞬間まで考え続けていくのだと思います。「生きる」って、そういうことでしょう。違いますか?

撮影:岡屋佳郎

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07
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