望月優大「「生存」という「重力」からの逃れ方に個人や企業の「人格」が現れる。自分自身のキャリアを通じてそのトライを何度も続けている」
第44回賢人論。ゲストに迎えたのは「スマートニュース株式会社」マネージャ・望月優大氏。経済産業省から博報堂コンサルティング、Googleへ――現在はスマートニュースでNPO支援プログラム「SmartNews ATLAS Program」に取り組む望月氏の語りは、明晰でありながらもどこか等身大で温かだった。前篇では「重力から逃れる」というテーマを軸に、自身の仕事観、人生観、ひいては社会課題に取り組んでいくことの意義を語る。
文責/みんなの介護
お金や利益という「重力」の存在
みんなの介護 望月さんは経済産業省、博報堂コンサルティング、Googleを経て現在スマートニュース株式会社に勤務されています。NPO支援プログラムである「SmartNews ATLAS Program」を担当されていますね。
望月 私が入社したのは2014年の秋頃です。その頃はまだ社員が30人弱しかいませんでした。
みんなの介護 スマートニュースのどんなところに惹かれたのですか?
望月 多くのベンチャー企業が売上や利益をあげることに必死になりがちな中、スマートニュースはコンテンツやメディアに対するリスペクトや愛情であるとか、そういうお金以外の公共的な価値をとても大切にしていると感じたのは大きいですね。
パートナーである媒体社が配信する良質なニュースをスマートフォンに最適化した形で読者の方に提供し、これに加えて広告主から広告費をいただく。これがスマートニュースのビジネスモデルです。広告事業から得た収益の一部は媒体社に還元しています。
メディアが機能しなくなれば社会は成り立ちませんから、メディアの持続的な事業運営に貢献していくことはスマートニュースにとってもっとも大切な価値の一つであると位置付けられています。
みんなの介護 ウェブメディアはただでさえ収益化が難しいと言われている中で、素晴らしい理念だと思います。
望月 ウェブ広告にはグレーな部分が多いのも事実です。そんななかでスマートニュースは媒体社、読者、広告主のそれぞれにとって良質な広告枠を提供していくことを目指しています。会社には、創業者を含めて社会や公共に対して熱い思いのあるメンバーが集まっていて、それが私にとっては魅力的でした。
私も「社会に貢献したい」という感覚を強くもっていたので、スマートニュースというチームがフィットすると考えました。
みんなの介護 それ以前には、経産省から博報堂コンサルティングへの転職という経歴もお持ちですね。傍目には、これは大転向だったように見えます。
望月 これまで何か一貫した軸に沿ってキャリアを選択してきたとは思っていません。その時々の偶然や縁による部分が大きいと思います。ただ一つあるとすれば、それは「お金を稼ぐ」ことだけが目的になった働き方、生き方からどう逃れられるか、自分にとっての自由スペースをどう確保するかということだったのではないかと今は思っています。「生存」や「サバイバル」という「重力」の存在を認めつつ、その「重力」からどう逸れていくことができるか。
生きていくため、食べていくためにはお金を稼ぐ必要があります。人間は「ご飯を食べなければ死んでしまう」という力学から逃れられない存在です。だからこそ、社会に出れば誰にとっても「稼ぐ」ということがもっとも重要な価値になってくる。それ自体が悪いことだとは思いませんが、私自身はこれまでこの「重力」からできるだけ逃れるためのさまざまなトライをしてきたのかなと思っています。
若い世代に選挙での投票を呼びかける「I WILL VOTE」というキャンペーンの立ち上げ、Googleの非営利団体支援プログラムである「Google for Nonprofits」日本版の導入、そしていまスマートニュースでNPO支援プログラムを運営させていただいているのも、こうした数々のトライの一貫です。
みんなの介護 「食べていく」「稼いでいく」ことだけに関わらない部分で、自分なりに何か生み出したいという思いがあったんですね。
望月 「個人」だけでなく「企業」にも「生存」や「サバイバル」という「重力」が働いています。企業というのはそもそも利益を生むための箱ですから、稼ぐこと自体が目的になりやすい。その意味ではどの企業も全く同じです。反対に言うと、この「重力」からどうやって逸れるかというところに、個人の「人格」とパラレルな形で、会社の「人格」や「生き様」のようなものが現れると考えています。
「社会への関心」に向き合い続けたい
みんなの介護 望月さんが「社会」への思いを持ち続け、実際に動けているモチベーションは何なのでしょうか?
望月 それについては逆の視点から考えていて。むしろ「なぜ人はかつて持っていた社会に対する関心を失ってしまうのだろうか」ということを考えているんですね。というのは、社会にある問題に興味を持ったり「社会の役に立ちたい」という感情を持つということは、割と多くの高校生や大学生が普通にしていることではないかと思うからです。
境遇や背景が違う若い人たちが、学校で学ぶことやニュースで得た知識などを通じて、社会にはさまざまな矛盾や問題があるということを知るようになる。どちらかといえば大人になっていく過程のなかでいつの間にか育まれている「社会への関心」こそが出発点で、その関心がなぜか社会に出て働くようになる中で少しずつ失われてしまう。そこにある逆説にこそ問うべき問題があるのではないかと思っています。
みんなの介護 大人になるにつれて忘れてしまいがちなことがあるということは、確かに多くの人が感じていることかもしれません。
望月 さきほど「重力」という言い方をしました。人間はある程度のお金を稼がなければ、生きていくことさえできない。社会に出ると、まずは会社の中で認められよう、目の前のお客さんを満足させよう、家族や子どもを養うために頑張ろう、という思考に一旦切り替える必要が出てきます。それは仕方がありません。私自身、その力学の存在を実際に体験したからこそ、「社会への関心」を維持し、行動に移すことを意識的にやらなければいけないと強く思うようになりました。
崇高な理念を起点に「自分の生活を犠牲にしてでも寄付しないと」という義務感から動いているわけでは必ずしもないんですね。もともと持っていた社会への関心や疑問に向き合い続けていくことの方が、誤解を恐れずに言えば、私にとっては楽しいことで。社会への関心と働くということのどちらもあきらめることなく、より高い次元で折り合いをつける具体的な方法を探り続けています。
社会問題に取り組むことは「楽しい」
みんなの介護 「やりたいこと」がたまたま、社会的に「やるべきこと」と一致していた、という感覚に近いのでしょうか。
望月 先日ニュースであるアンケート結果を読んだのですが、いまの日本で「仕事が楽しい」と思っている人は10%以下なんだそうです。要は、生きていくために仕方なく仕事をしている人がとても多い。他方、幸福なケースですが、仕事の中に楽しさを見出している人たちがいるのも事実だと思います。
私は「仕事が楽しい」という人が存在するのと同様に、社会のために何かすることが自分自身の納得感や満足感に結びついている人がいたとしても不思議はないと考えています。なんらかの社会問題を自分たちの力で解決し、そのことで少しずつでも社会が良くなっていくプロセスを目の当たりにするのは、単純に楽しいし嬉しいことだと思うんです。
みんなの介護 そのような感覚は学生時代から持ち続けていたんですか?
望月 社会にある問題を「理解したい」、そしてできれば「解きたい」という気持ちが強かったような気がします。若いころは「なぜ貧しい人がいるんだろう」「なぜこの国とこの国は仲が悪いんだろう」といった素朴な疑問を抱きますよね。社会の諸問題はいろんな複雑な要素が絡み合って起きることなんですが、普通に生きていたらその辺の詳しい構造や事情はよくわからない。
「社会を良くするにはどうすればいいか」と問われても、いきなり答えを出すのは難しいですよね。いろいろと自分なりに勉強することで、そういう複雑な問題を理解し解けるようになりたい、という漠然とした気持ちはあったと思います。
みんなの介護 日本ではまだ、社会のために何かするということが当たり前のこととして根付いていないと言われています。有名人が寄付をすると「偽善」というレッテルを貼られてしまったり。
望月 ひとつの考え方ですが、人の目にどう映るかよりも、自分自身がそれを「かっこいい」と思えているかどうかの方が大切だと私は思っています。どれが本当の善でどれが偽善かなんて、そもそもそんな線引きをすること自体が不可能だと思うので。
それに、善意からしたことが必ずしも正しい結果につながるわけでもないでしょう。だから、「善意だから偉いんだ」とも一概には言えない。私自身はシンプルに、自分の時間を「こうあってほしい社会」の実現のために使うことが、それをしない人生に比べてずっと納得のいくものではないかと思っています。偽善かどうかを考えている暇はないと考えているんです。
NPOの情報発信を支援する取り組み「ATLAS」
みんなの介護 「スマートニュース」が提供しているNPO支援事業「SmartNews ATLAS Program」は望月さんが発案されたそうですね。
望月 入社した直後、創業者の鈴木と浜本に「入社して何かやってみたいことはある?」と聞かれ、提案しました。「ATLAS(アトラス)」では、主に子どもたちなど社会的に弱い立場にいる人たちを支援しているNPOに対して、SmartNewsの広告枠を無償で提供しています。彼らの情報発信を支援すると同時に、社会問題の存在や現状についてSmartNewsの読者に知ってもらう。この2つが、「ATLAS」の目的になっています。
みんなの介護 具体的にはどのような支援をなさっているんですか?
望月 つい先日終了したプログラムの第2期では、「PIECES」と「フローレンス」という2つのNPO団体を支援させていただきました。PIECESは、一般の学生や社会人を「コミュニティユースワーカー」という専門的なスキルを持った人材としてトレーニングし、家庭や学校、地域で孤立している子どもたちとの関係性構築に取り組んでいます。
フローレンスは様々な事業を展開するNPOなのですが、今回の取り組みでは、新規事業である「赤ちゃん縁組事業」の情報発信を支援しました。予期せぬ妊娠や望まない妊娠などさまざまな事情で、実親が生まれた赤ちゃんを育てることが難しいケースがあります。その一方で、日本では晩婚化が進み、不妊治療にたくさんのお金をかけている夫婦が多くいる。
「特別養子縁組」という制度をうまく活用し、両者を丁寧にマッチングすることができれば、実親、養親、そして何より子どもたちにとってより良い結果につながるのではないか。この仕組みの可能性に対する理解の拡大を目指し、情報発信を支援しました。
みんなの介護 養子縁組という仕組みは、日本ではまだあまり盛んでない気がしますね。
望月 世界には、赤ちゃん縁組が普通に行われている国もたくさんあるのですが、日本はまだ養子縁組に対する偏見が強く残っているかもしれません。そしてフローレンスの活動は、その偏見を乗り越えようとしているのだと思います。養子として育てられた子どもを見て「かわいそうなのではないか」と思い込む必要はないし、夫婦として「養子をとる」という選択肢が普通に考えられる状況にまで持っていきたい、という彼らの思いに共感しました。
今のところ特別養子縁組は、不妊治療を最後まで頑張った後の次の選択肢として考えられる方が少しいるという状況のようです。ところが特別養子縁組自体にも年齢制限が設けられていることが多く、それについてももっと知られる必要があると思います。さまざまな選択肢があるということは、人生の早いタイミングから知っていて良いことだと思います。
こうしたNPO団体の情報発信をサポートするために、外部のさまざまな方と協力しながら、インタビュー記事やマンガコンテンツなど、伝えるためのさまざまな方法を模索しています。つくったコンテンツはSmartNewsアプリ上の広告枠を通じて多くの人に配信しています。
誰もが使っているニュースアプリだからこそできることがある
みんなの介護 世間の「空気」を変えていくことは、ニュースアプリだからこそできる重要な役割ですね。
望月 実際に養子として育てられた方のインタビューや、養子をもらった親御さんのインタビューなど、リアルな声を届けるようなコンテンツもありました。伝えたいのは、「養子をとる」という体験や「養子として育つ」という体験のリアルです。養子を受け入れるのは本当に子どもを欲しがっていた方たちなので、その他の家庭と比較して、子どもがより幸せに育てられるケースが多いとさえ言われているんですよね。
また、娘や息子が養子をとることに親世代が反対するというケースもあるいはあるでしょうから、若い世代以外も含め、全体的に認識が変わっていけばいいなと思います。年代問わず誰もが使ってくださっているニュースアプリだからこそ、力を発揮できる部分もあるのではないでしょうか。
みんなの介護 「ATLAS」は収益を目的にしていないそうですね。
望月 はい。「ATLAS」は収益を挙げるために行っている事業ではありません。NPOの情報発信を支援することで、スマートニュースとしてコミットしたい価値観や、社会の中でこういう存在でありたいという絵姿を表明することを大切にしています。前半で話した、スマートニュースという企業の「人格」にあたる部分ですね。
個人が持っている趣味やこだわりと同じで、「なぜこの人はこんなものにこだわるんだろう」という部分がその人の面白さや個性を形づくると考えています。最近新しく入った社員たちに聞くと、「ATLAS」の存在がスマートニュースを就職先として選ぶ理由のひとつになっている、ということもあるようなんです。
NPOの課題に寄り添うコンサルティング会社のような側面が「ATLAS」にはある
みんなの介護 利潤追求という、企業の「重力」から逸れたところに初めて個性が表れてくるんですね。
望月 いわゆるCSR(※企業の社会的責任)に類する活動に取り組んでいる企業は規模の大きいところが多いと思います。私たちのようなスタートアップや中小規模の企業で社会への貢献をここまで重視しているところはあまりないかもしれません。確実に、ひとつの個性になっていると思います。
また、「ATLAS」関連のイベントなどを通じて、通常の事業を通じてはあまりつながることのない領域の方々、例えば教育関係の方々や福祉関係の方々とのつながりができたり、社会問題の解決に関わりたいという一般の方々とお会いできていることも、会社としてとても大切なことだと考えています。
みんなの介護 広告枠の提供以外の形で、スマートニュースがNPOや社会活動に関わっていく可能性も今後ありますか?
望月 ありえるかもしれないですね。プログラムに携わっていると、さまざまな支援のニーズに気付きます。最初はできることの範囲に限界があるとしても「私たちは広告をつくるところしかやりませんよ」なんて言わずに、いろんな形で関わっていきたいですね。こちらから提供できるものだけでなく、社会問題の現場で支援に取り組んでいる方々が求めていることと、なるべく擦り合わせていきたいです。
みんなの介護 現場にはどんなニーズがあるのですか?
望月 規模やフェーズによっても違いがあると思っています。今回支援させていただいた「PIECES」はまだ4人しかメンバーがいない小さな組織です。一方でフローレンスは500人以上を抱えています。すると、ベンチャー企業の支援と同じで、組織の成長段階に合わせて情報発信に関わるニーズも大きく変わってきます。
初期に近いフェーズであれば、まずは情報発信のコンセプトをきちんと固めることをお手伝いした方が良い場合が多いですし、逆に、より成熟したフェーズに入っている場合には、すでにあるコンセプトに寄り添いながらこれまでとは異なる発信の方法を模索する必要があるかもしれません。特に、これまで協業したことのないような人たちとのパートナーシップをつくっていくことはとても大切だと考えています。
ある意味「ATLAS」にはコンサルティング会社のような側面があると感じ始めています。組織の戦略的な部分から最終的な実行の部分まで、NPOの状況ごとにいろいろなニーズがあります。そうしたニーズのうち、「情報発信」に関するものについてはできるだけ本質的な形で応えていきたいと思っています。NPOが情報発信のプロになることで、社会が得るものはとても多いと思っています。今後さらにチャレンジしていきたいことです。
「自由とは何か」とは、簡単なようで難しい問い
みんなの介護 望月さんは大学院で「自由」をテーマに研究されていたそうですね。
望月 ミシェル・フーコーという思想家の研究を通じて「自由」という概念について考える日々を送っていました。自分は「自由」という価値観をとても大切にしてきたのですが、「自由」というのは考えれば考えるほどよくわからなくなってくる概念でとても奥が深いんです。
「自由」が問題になるひとつの理由は、誰しも1人で生きているわけではないというところにあると思います。親の介護をする、子どもを育てる、そうしたことに伴って個人としてできることの幅は制約されるでしょう。また、そもそも生活を成り立たせるために最低限の稼ぎは必要で、そういったことからも「自由」を論じることはできると思います。
みんなの介護 望月さんご自身が思う、「自由」な状態とはどのようなものでしょうか?
望月 「自由」はとても多義的な概念で、「これが自由だ」とひとつの定義に集約できるようなものではないのですが、「内発性」というのはキーワードになると思います。「自分はこれをやるべきだ」あるいは「これはやるべきではない」という個人的なモラルのようなものが明確であれば、その視点から現在の自分のあり方を捉えることができます。
雇用形態としての会社勤めかフリーランスかといったことで「自由」が語られることもありますが、あまり本質的ではないと思います。自分がこのように行動すべきであるという方向性を自ら見定められるかどうか。これもひとつの視点かなと思います。
みんなの介護 では、現に不自由な状況にある人が、自由をつかむためにはどうすればいいでしょうか?
望月 目の前にある不都合な状況を「自分の力で変えていける」と思えているかどうか。それがとても大事だと思います。お金がない、就職が決まらない、差別を受けている、介護をしなければいけないなど、不自由な状況というものは誰しも少なからず抱えていると思います。
多くの場合、それは社会的な制度が十分に整備されていないとか、経済の状況が良くないとか、いろんな理由が重なって起きている問題の現れですが、そんな中で「自分はちっぽけな存在だからなす術がない」「今の状況を変えるチャンスはない」と思い込んでしまったとしたら絶望してしまいますよね。
孤立している子供が「自分はそういう家の子どもだからしょうがないな」と夢や希望を失ってしまったり、そういう子どもたちを目の当たりにした私たちが「何もしてあげられないな」と諦めてしまったり。それはとても苦しいことだと思います。
まずは身近な環境から、小さくてもいいから変えていく
みんなの介護 今の境遇が不自由であるということ以上に、「その状況を変えることができないと感じてしまうこと」に不自由ということの本質があるということですね。
望月 ひとり親であることや養子であること、あるいはLGBTであることなど、自分の境遇について何の罪や責任もないのに世間に対して隠したいと思ってしまう人はたくさんいると思います。心のどこかで「こういう社会は嫌だな」と思っていても、それは仕方のないことであり、変えることは無理だ、と諦めてしまう。
そうした状況に置かれたときに、「自分ではない誰かが変えてくれたら」と思うか、あるいは「自分たち自身で変えていける」と思うか、これは大きな差だと思うんです。社会に存在する大小さまざまの問題を発見して解決していけるというポジティブな感覚。これを私は「公共性の感覚」と呼んでいて、そういう感覚が広まっていくにはどうすれば良いだろうということをいつも考えています。
みんなの介護 「空気を読む」「身の程をわきまえる」ことが重視される日本社会では、なかなか自ら何かを変えようとしていくことは難しそうです。
望月 公共性は、なにも議会など大きなものだけに関わることではありません。それは人が2人以上いれば生まれるものだと思うんですよ。夫婦でもいいし、会社でもいい。家庭なら家事を分担するようにパートナーに頼んでみたり、「嫌な会社だなあ」と思ったら「ここをこうすれば変わるかもしれない」と考えて行動してみる。そういう小さな変革からでいいので、「少しだけど行動できた」「小さいけれど変化を起こせた」という体験を持つことが大きなステップだと思います。
自分から関わっていかないということは、「こうなって欲しいな」と思っていることを誰か別の人が汲んでくれるまで何も変わらないということです。しかも思いを汲んでくれたその誰かだって、必ずしも良い方向に変えてくれるとは限らない。むしろひどい方に持っていかれるかもしれない。
だからこそ、「自分はこうなってほしい」という考えをきちんと表明した上で関与していくことは大切で。もちろん100%とはいかないまでも、自分が望む方向に変わる可能性が高くなるのではないでしょうか。少なくとも、「あのとき行動しておけば良かった」という後悔はしなくて済むようになりますよね。
「I WILL VOTE」は“公共性の感覚”のスイッチを入れるための取り組みだった
みんなの介護 その一環として望月さんは以前、若い世代に選挙での投票を呼びかける「I WILL VOTE」という取り組みをなさっていましたね。
望月 あの取り組みは、あくまでも「入り口づくり」のつもりだったんです。選挙に行くことで「公共性の感覚」のスイッチのようなものが入れば、高まった関心に従って何かを読むようになるとか、書くようになるとか、イベントに顔を出してみるとか、そういう新しい行動のきっかけになるかもしれないと思っていました。
みんなが「選挙なんて行っても意味ないよね」とか「どうせ社会なんて変わらないでしょ」と思っていると、実際にそうなってしまうという自己成就的なスパイラルにはまっていく。それを変えるひとつのきっかけとして選挙への参加というものを捉えていました。
みんなの介護 経済産業省の若手有志が出して話題になったペーパーに対して、望月さんがブログで反論を書かれて多くの人に読まれていましたね。
望月 とある問題に対してさまざまな制約がある中でも、何らかの解決策を見つけていかなければならない。そうした状況では「選択肢を出す」ことと「話し合う」ことがとても大切だと考えています。間違っても「こういう制約があるので、解決するにはこの道しかありえません」という論理や議論の仕方には抗いたいと思っていて。他の可能性がありえるという発想を押しつぶしてしまうじゃないですか。
みんなの介護 「別の選択肢もあるでしょう」と反論したり、議論し続ける余地が残されていることが大切なんですね。
望月 話題になった資料に書いてあったことを自分なりに要約すると「とにかく日本は借金が多い。高齢化も進み、介護、年金、医療など社会保障の費用もかさんでいる。高齢者向けの出費だけがどんどん増えているので、財政規律を守りつつ若い人にもお金を回すにはその部分をもっと効率化するしかない」ということでした。
加えて特に問題だと感じたのが、高齢者の「死」のあり方について、「自己決定」や「自由」の論理を持ち出して語られていたことです。「若い人のためにもっとお金を使う」という部分にはもちろん賛成ですが、社会的に弱い立場にある高齢者の方々に「自由」の論理を使いながら生死に関する「自己決定」を迫るという考え方には賛成できませんでした。
人の生き死にに関わる部分、普遍的な価値観に関わるような部分については、どんなに厳しい制約があったとしても、ギリギリまで選択肢を編み出し続けなければいけないと思います。政府や権威のある人によって「この道しかない」という考えが示されるのであれば、「本当にそれ以外の選択肢はないのか」という問いを誰かが発する必要があるし、それによって開かれる自由の空間や公共性の感覚があると思っています。
誰かから複数の選択肢が与えられているかどうかということよりも、自分たち自身で今とは別の選択肢をつくりだせるかどうか。そこにこそ民主主義が本来もっている可能性があると思うし、「自由」という言葉で問われていることもそこにあると私は考えています。
撮影:公家勇人
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