宮田裕章「社会に最大多様・最大幸福をもたらす力は“データ”にある」
データサイエンスを専門とする慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏。専門医制度との連携により5,000病院が参加するNational Clinical Databaseや、LINEと厚労省がコラボした新型コロナ全国調査などにも取り組んできた。『データ立国論』を著した宮田氏に「データの力」によって開かれる世界や、活動の原点について伺った。
文責/みんなの介護
学生時代に予感していた情報革命
みんなの介護 『データ立国論』に「文明の転換点に貢献できるような実績を社会に残したいと考えていました」とありました。現在の活動の原点はどのような所にあるのでしょう。
宮田 インターネットが出てきたということが大きいです。私が学生だった20数年前から「農業革命・産業革命・情報革命」がキーワードとなり、今では「第4次産業革命やDX(デジタル革命)」という流れもあります。この間世界は変化を続けてきました。学生時代から「情報によって、人と人、人と世界をつなぐことで、社会や人々の暮らしは大きく変わる」予感がありました。私の研究や社会活動も「変わっていく社会の中でどうあるべきか」を念頭に置いていました。
みんなの介護 大学時代は、決まったカリキュラムだけでなく、興味がある分野の教授に会いに行って勉強されていたそうですね。
宮田 原動力になっていたのは、自分の中に湧いてくる興味や関心だと思います。その上で、自分のやりたいことと他者や世界が必要としているものの両方の接点を見つけることが大切です。「やりたいこと」が独りよがりになってしまうと、社会との関係が結びにくいからです。
そのためには、尊敬する人や周囲の人に耳を傾けることを大切にすること。その中で、自分と他者の接点を探していくことです。その際に気をつけたいのは、時間軸を「今」だけで考えないこと。今の社会だけを見ると、ただ消費され、泡のように消えてなくなるものだけを追いかけることにもなる。それも一つのスタイルだとは思いますが。
しかし「未来につながる取り組み」として自分自身の仕事を考え、「これからを生きる」ことにつなげようとすれば視野が広がります。そのためには、学生時時代からいろいろなレイヤーでのつながりを考え、意識することが大切だと思います。
心臓外科での仕事で学んだこと
みんなの介護 宮田さんが最初に「データで変革できる」とお考えになった分野は何でしょうか?
宮田 私は医療の中でも最初に心臓外科を選びました。これには、2つの理由があります。
1つは、心臓外科の一部の領域はすでに「データ評価で医療の質を変えることができる」という共通認識がありました。個々の患者さんの病状の違いをデータで捕捉して、医療の質を可視化して改善に取り組む、こうした取り組みで現場の信頼を得ることが可能だったのです。
2つ目は、心臓外科の現場の志です。私が携わった現場のリーダーたちは、医局や医者という集団の利益のためではなく、患者さんのために良い医療をしたいと思っていた。その切実で真摯な思いに心が打たれたんです。
心臓外科の仕事から「社会を良くするためには、かかわる人のことを思う強い志を持って現場を支えることが何よりも大切だ」と実感しました。その信念は今も変わりません。これはデータを活用する、以前の話ですが大切にしていることです。このような志ある方々と一緒にお仕事する機会が持てたことは、とても大切な経験だったと思っています。
10万円給付に1500億円かかった理由はデジタル化の未整備
みんなの介護 データの力により、社会の限界をどのように超えることができるのでしょうか?
宮田 これまでのサービスやビジネスは、「物をつくってみんなに届ける」ということが主流でした。これが象徴的に集約された言葉が「最大多数の最大幸福」だと思います。大なり小なり多くのビジネスや行政の仕組みは、そのことを目的につくられています。
ただし、現代ではこのやり方で幸福を感じられない人も出てきます。なぜなら、人々の価値観が多様化しているから。しかし、データを駆使して一人ひとりに寄り添うことが可能になります。「寄り添いながら、誰も取り残さない」ということが、ようやく現実のものになってきたのです。
データの力。それが発揮できなかった例をお話すると、給付金の件が象徴的です。日本は環境が整っておらず、政府が持っている国民のデータを十分に活用することができませんでした。そのため10万円の給付金を数ヵ月かけて配り、給付金以外の余計な経費が1500億円かかってしまった。
一方で、ドイツやイギリスでは、数日で配り終えました。インドのように10億人を超えるような国でも10日もかかりませんでした。一律給付金の話をしましたが、データの力は一律に物を配るという効率性にとどまりません。「誰がどう苦しんでいるのか」をピンポイントで見える化し、必要なサポートやサービスを必要なタイミングで必要な人に届けることを可能にします。
「個別化対応しながら誰も取り残さない」ということを、コストをかけずに実現できるようになってきているのです。ここはやはり大きな違いです。私自身はそれを「最大多様の最大幸福」と呼んでいます。「最大多数の最大幸福」にとどまらず、さらに一歩進んで多様性に配慮しながら、多くの人たちを幸せにする。これを実現できるのがデータの力です。
みんなの介護 データの力は、人間の幸福にも密接につながっているのですね。
宮田 それだけではありません。人々が一つのイメ―ジを共有するためにもデータは力を発揮します。
例えば、これまでも「お金より大切なものはある」という議論がなされてきました。しかし、「実際それはどのようなものなのか」と具体化するのは難しい状況でした。
これは、「お金より大切なもの」のイメージを可視化して共有できないということに大きな原因があったと思うのです。これまでの社会で貨幣が大きな価値を持っていたことにも関係しています。
私は、これを変えるのが「データ」だと思っています。データを使って人々が何となくイメージしているものを具体的に数値やグラフなどで示す。そこから人々が現状や未来起こりうることなどについての理解を深め、具体的な行動につなげることができます。
世界の10人に9人がお金以外の価値に気づいている
みんなの介護 コロナ禍によってわれわれの意識も変わってきているのでしょうか。
宮田 新型コロナによって、いろいろなところで経済が一旦ストップする中で、「お金以外にも大事なものはある」と世界中の人がより強く考えるようになりました。例えば、人権・健康・命・自由の大切さなどです。
個人の一時の利益のみを追求したり、団体だけがSDGsの取り組みを掲げるのではない。「長期的な目線で『公平』を考えるべきだ」という意識が一人ひとりの中に高まりました。
このことは、世界経済フォーラムとグローバル・マーケティングリサーチ会社が約21,000人の成人を対象に行った調査結果によって示されています。それによると、86%の人が新型コロナ問題が起こる前の状態に戻るのではなく、より持続可能で公平な世界に変化することを望んでいることがわかっています。これは、およそ10人のうち9人に当たります。発展途上国も含めてです。このことは、大きな転換点になっていくと思うのです。
みんなの介護 一人ひとりの小さな意識の変化が、大きなうねりを生んでいくということですね。
宮田 政治においても、新型コロナを迎えた世界というのは、まさに、そのような軸になり始めている。直近のG7でも、これまでの「経済成長・国際協調」ではなくなりました。「持続可能な未来」や「ダイバーシティ&インクルージョン」が打ち出されています。
経済を犠牲にしてでも、カーボンニュートラルや労働者の人権問題を考えていく。そんなふうに議論の設定の仕方や合意形成の仕方が変わりつつある状況です。経済を回すことがすべてではなくなればると、介護においてもお金のことを考えての運営が目的ではなくなっていくでしょう。人々が最期まで、より豊かに、その人らしく生きることを支えることが大切になってきます。
テクノロジーで生み出した時間で心のケアへ
みんなの介護 介護現場は「データの力」によってどう変わっていく可能性があるのでしょうか?
宮田 データや新しいテクノロジーのサポートを得ることで、介護を効率化できます。
今までの介護は、食事と排泄と入浴といった直接的なケアが中心になっていました。体力が消耗し、時間に追われる。その過程で多くの方が疲弊してしまっている。しかし、その負担が減らせると、入居者さん一人ひとりと向き合う心のケアに時間が使えるわけです。
例えばある入居者さんが「人生を捧げてきた田んぼを見に行きたい」と望んでいる。これまでのケアで考えると、それを実現するのは難しいかもしれません。
しかし、データやテクノロジーの活用によって時間を十分につくることができれば、介護者と一緒に田んぼを見に行くことも可能になるでしょう。入居者さんは、心から望んでいたことが実現して涙が溢れるような嬉しさを味わう。そのようなケアは、介護を提供する側がやりたいことにつながっていくのではないでしょうか?
豊かさは「つながり」の中で考えるべき
みんなの介護 認知症の方のケアなどはいかがでしょうか?認知症は進行性の病気ですが。
宮田 おっしゃるとおり、認知症は現代の医学では、中等度以上になると治療ができません。認知症の方へのケアは「治すこと」や「効率」という点から考えると非常に難しい。
しかし、「命の尊厳を守りその方に寄り添う」ケアを目的とするならできることがあります。いわゆる伴走型介護です。
一人ひとり幸せの拠り所にしているものは違います。手芸が好きな方がいれば、お喋りを楽しみたい方、散歩したい方などもいる。そういったことを対話によって理解していく。一方でデータやテクノロジーによって健康や生活をサポートする。そうして多様な価値に寄り添う介護が実現されます。
みんなの介護 ちなみに、宮田さんは「その人らしい幸せ」とは何だと思いますか?
宮田 多様性に基づいた価値観が実現されることではないでしょうか。日本では豊かさ=物質の所有とされてきた時代が長く続きました。古くは、洗濯機・冷蔵庫・テレビが「3種の神器」と言われていたことに象徴されます。
しかし「これがあれば幸せになれる」という時代はもうとっくに過ぎている。多くの人たちは「本当の豊かさは所有ではない」ということをわかっています。しかし、国の指標はずっとGDPが基準。「何をどれぐらいつくったか」というモノサシなのです。
「ウェルビーイングが大切だ」ということは、ノーベル経済学賞を取ったジョセフ・E・スティグリッツたちが10年前から言っていました。確かに、ウェルビーイングという言葉は「幸福」を考える上での一つの指標になりました。しかし、本当の豊かさや幸せというものは一人ひとり感じ方が違い、多様なものです。また、豊かさが自分の欲を満たすための独りよがりのものであれば、幸福は続きません。
いきつくのは「つながる中で互いがどう豊かであるか」を考えることです。この幸福のあり方については、社会と個人とがつながりあって影響を与えていく。これを私自身は“BetterCo-Being”と呼んでいます。「ともにより良くあること」という意味です。
例えば、仕事のストレスで心を病んでしまった方が、治療を受けて元気になったとする。しかし、元いた職場の同じストレス環境に戻してしまうと、ぶり返してしまう可能性が高い。これが、つながりによる影響です。元気でい続けるためには、その方を取り巻く環境やその環境との関わりを変えていく必要があるのです。
「質の高い介護」を提供した人たちが報われる仕組みを
みんなの介護 環境というところでは、介護現場の環境が良くなるためには何が大切でしょうか?
宮田 介護に携わる人が報われる、インセンティブが付くような仕組みをつくっていく必要がありますね。そこに対してもデータの力を活かすことができます。例えば過去の蓄積データを見て、「平均的な経過を辿れば、数ヶ月後から悪化して、1年後に要介護3になる可能性がある」という方がいるとします。
そのような方を施設の取り組みによって、介護度を上げずに現状を維持できたとする。そこで、要介護3の場合に必要になったであろうコストをインセンティブとして乗せられる可能性がある。データを蓄積するということは、そのような価値につながることだと思います。
ケアの仕事の尊さに、もっと社会が目を開かなければなりません。そのためには、現場側からも取り組みの状況を社会にしっかりと示していくこと。そこで「論より証拠」として必要となるのが、データなのです。
その中でも一番大事なのは、サービスを受ける当事者の声ですね。介護を受ける人たちが大切にしている価値や実現したいことを情報としてまとめておく必要があります。
介護認定の矛盾をデータがあぶり出す
みんなの介護 介護認定において、努力して介護度が軽くなった場合に生じる不利益についてもご本に書かれていましたね。
宮田 介護認定の制度がつくられた当時は、十分に過去のデータがありませんでした。そのため「提供した介護の量」で認定を決めることになりました。その結果、要介護認定1の人を一生懸命サポートして要支援に戻ったとすると、給付限度額が少なくなってしまう。そのような現象が起こることになります。
本来、良くなろうとすることはとても良い努力で、報われるべきです。介護を提供している量ではなく、質で評価すべきだと思います。介護保険の仕組みにもまだ改善の余地があるわけです。
基準をつくった人たちが悪いということではありません。介護認定制度をつくった人たちも、このような矛盾が起こっていることを悔しがられています。
みんなの介護 今後、介護認定の基準が見直される可能性はありそうでしょうか。
宮田 今、新しいデータ収集の仕組みが走り始めています。しかし、これだけですべて解決可能かどうかはまだわかりません。データと現場の取り組みをうまく組み合わせられれば、状況の改善につながるのではないでしょうか。
データの取得に労力を取られては本末転倒
みんなの介護 データによる社会変革の推進において、課題となっていることは何ですか?
宮田 一つは「データ活用」と言ったときに、多くの人たちが分析をすることだけを考えることです。
そのへんに落ちているデータを適当に分析して、良い結果が出ることはほとんどありません。大事なのは、どのような形でデータを継続的に取得して現場に返していくかです。
介護現場でデータの取得に労力を取られ過ぎると本末転倒です。あくまで日々の介護の実践の中でデータを集める。それによって介護現場が楽になる。これが理想です。そして「入居者さんに一層寄り添えるサポートができた」と感じられるようなフィードバックを回すこと。仕組み化することで、自動的に介護記録などに数値が反映されるようにもできるでしょう。
また、体系的に整理された介護記録や、適切に収集したライフログのデータの取得を続けると、入居者さんのADL(日常生活動作)もある程度客観的に評価できるようになると思います。今まではスキルのある人が見守らないとわからなかった変化も、情報の蓄積によって気づける人が増える可能性があるんです。
データを読み解き「今後こんな症状が出てくるだろうから予防しよう」と考えることにもつながる。必要なサポートを事前に準備する手がかりになると思うのです。このようなことがデータによって実現すれば、現場にとっても有益な情報になるでしょう。
スマホ一つでフレイル予防ができる
みんなの介護 大切なのは、支援が必要となる状況そのものをいかに減らせるかです。「その人らしく生きられる時間を、どうしたら長くできるのか」と考えることが、より良いケアを行うこととともに大切です。
宮田 現代は、スマートフォンやIoTなど、いろいろなもので生きることのすべてを支えられるようになってきています。これまでは、医療や介護が必要になってから慌てて病院や施設でのサポートを考えるという流れでした。それが変わろうとしているのです。
高齢者の健康状態を測る目安の一つにフレイル(虚弱)というものがあります。平均歩行速度の世界的な基準としては、秒速0.8m~1mですがこれを下回ると「リスクの兆候が高くなっているので支援が必要」という基準になっていました。
ただ秒速0.8を下回る状態になってしまうと、専門家による支援で、ようやく現状維持できるかどうかになってしまいます。そこから改善するのは簡単ではありません。
もっと手前であれば、もう少し歩く量を増やしたり、歩くことを支える何かの仕組みやテクノロジーを使っていただいたりすることで、ご本人の力で改善可能です。今までは、そのような術がありませんでした。しかし、現代はデジタルに親しむ人が増えた。スマートフォンであれば、60代ぐらいまでの方はかなりの割合で持っています。スマートフォンがあれば、ある程度一人ひとりの健康や生活のデータを測ることができます。
このようにあらゆるデータを使って、介護が必要になるもっと手前からその人らしく生きられる時間を増やすことが大切です。
身体を支えることだけではなく、普段からその人らしく生きることに寄り添う。そのことも、介護に携わる人にとって大切な役割になるのではないでしょうか。
健康づくりはデータを活用して「楽しく」が理想
みんなの介護 「データやテクノロジーを使った健康づくり」と聞くと、難しそうと敬遠してしまう高齢者の方も多いかもしれません。
宮田 もっと楽しくやってみることが大切なのではないかと思います。これまでの予防の概念をアップデートしていくこと。多くの人たちが、より楽しく生きがいや働きがいを感じながら続けていけるものをみんなで考えていくことが大切です。
例えば「ポケモンGO」はポケモンを探しながら、楽しく身体を動かすことができるゲームの一つです。健康を目的にして「健康のためにがんばる」と考えすぎないことも大切ですね。働く中で、趣味や好きなことをする中で。その中で自然と健康に寄り添う仕組みをつくれるとよいのではないでしょうか。これから、データの活用やテクノロジーが進化すればそのようなことが可能になると思います。
みんなの介護 「楽しく」というのがポイントなのですね。
宮田 動機の部分では「楽しく」ということも大切になると思います。病気になった方々は健康に対しての切迫感があります。しかし、健康目的で生きている人は、全体の10%ぐらいに限られる。多くの人たちは健康のために何かを頑張るより、自分らしく生きることで健康づくりにつなげる方が続けやすいのではないでしょうか。そのための仕組みづくりが大切だと感じます。
撮影:花井智子
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