小島武仁「経済学の理論を社会に実装する「マーケットデザイン」で多くの人の希望を叶える」
大学は東京大学理科一類に進学し、卒業後は米国ハーバード大学でPh.D.(博士号)を取得。その後イェール大学研究員を経て、スタンフォード大学教授に就任。このたび、母校である東京大学から熱烈なオファーを受けて17年ぶりに日本に戻り、新設された東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)のセンター長に着任した小島武仁(こじま・ふひと)氏。「若き天才」の呼び声高い第一線の経済学者だ。小島氏が専門とする「マッチング理論」「マーケットデザイン」とは、そもそもどんな学問なのか。待機児童問題など現代社会の課題における応用の可能性について話を伺った。
文責/みんなの介護
適材適所の組み合わせを生み出す仕組みづくり「マーケットデザイン」
みんなの介護 小島さんは2020年12月、17年に及ぶアメリカ生活に別れを告げ、東京大学に新たに設置された研究機関「東京大学マーケットデザインセンター」のセンター長に就任するために帰国されました。ご専門である経済学の「マッチング理論」「マーケットデザイン」とは、どのような学問なのでしょうか。
小島 「マッチング理論」とは、“あるもの”と“あるもの”の最適な組み合わせを考える学問分野です。実は、社会・経済活動における多くの問題は、「マッチング」というキーワードで捉えることができます。
例えば、大学入試は「受験生」と「大学」、就職活動は「学生」と「企業」、結婚は「男性」と「女性」、あるいは同性同士のパートナーとのマッチングと言えます。どの場合も、単に「両者を結びつければいい」という話ではなく、「双方共に満足できるマッチングとはどういうものか」を考えることがとても重要になります。
みんなの介護 マッチングと聞くと、今流行している「マッチングアプリ」が連想されます。
小島 マッチングアプリによる出会いも、確かにマッチングの問題と言えるでしょう。
この理論はもともと数学の理論として、50?60年前から研究されてきました。有名なのが「安定結婚問題」です。複数の男性と女性がいて、それぞれの好みを最大限尊重したカップルを成立させるにはどんな組み合わせが良いのか、という数学パズルの問題として考えられてきたのです。
議論と研究を経て、「マッチング理論」や関係する分野である「オークション理論」などの研究を“理論”にとどめるのではなく、“社会実装”のための方法として考え出されたのが「マーケットデザイン」です。より良いマッチングづくりのためのルールを設計する領域として、20年程前から各国で研究が進んでいます。
保育園の待機児童問題のミスマッチに着目
みんなの介護 現在、東京大学マーケットデザインセンターでは、その“理論の社会実装”のためにどのような研究を進めていらっしゃいますか。
小島 私が最近取り組んでいる研究テーマの一つに、保育園の待機児童問題があります。
待機児童問題が発生する理由には、保育園そのものの数が足りなかったり、保育士を一定数確保できなかったりするケースがありますが、入園希望者と保育園のミスマッチも意外に多いようです。
例えば、A、Bという2つの保育園があって、1歳のお子さんがいるX夫妻がいたとしましょう。保育園AはXさんの自宅から近く、建物も新しく、園庭も広い。保育園Bは園庭こそ広いものの、建物は古く、自宅からは遠い。
普通に考えれば、Xさんの第一希望の保育園はAになるはずです。しかしそのときXさんは、「保育園Aは人気が高く、競争相手も多そう。第一希望にしても、万が一自治体の選考に落ちた場合、どの保育園にも入れないかもしれない…」と考えます。そこでXさんご夫妻は安全策をとり、保育園Bを第一希望にしました。その結果、めでたく保育園Bに入園できました。ですが、いざ蓋を開けてみると保育園Aの人気はそれほどでもなく、「Aと書いておけばすんなりAに入れたのに…」と、Xさんご夫妻は後悔することになるでしょう。こういったケースが散見されています。
このミスマッチは、「第一希望に落ちたら著しく不利益を被る」という、自治体の保育園の入園システムそのものの不備によって生まれています。たとえ第一希望に落ちても、第二希望の保育園での選好で不利にならない仕組みにしたり、比較的簡単に転園できる仕組みを用意したりするなど、多くの保護者が満足できるシステムをあらかじめつくっておくことが重要なのです。
民間企業の人事配置の仕組みに独自のアルゴリズムを導入
みんなの介護 保育園の待機児童問題の解消に向けて、どのような要件があるのでしょうか。
小島 保育園は公的なサービスなので、公平性の面から“保育の必要性の高い人”から優先的に入園させることが求められます。しかし、その公平性を維持しながら、できるだけ多くの人の希望を同時に叶えることも可能なはず。このような考え方を、経済用語で「効率性が高い」と言います。それぞれの保育園に定員がある以上、すべての人の第一希望を叶えることは必ずしもできませんが、入園システムの制度設計を何とか工夫すれば、できる限り多くの保護者の方に納得してもらえることだってできるはずです。
私たちの研究によれば、ある自治体の保育園入園システムの一部を変更すれば、「待機児童が63%減少する」という試算もあります。
みんなの介護 小島さんがセンター長に就任した「東京大学マーケットデザインセンター」とは、そういったマッチング理論の実践を手がける機関なのでしょうか。
小島 東京大学マーケットデザインセンター(略称:UTMD)は大学の研究所ですから、マッチング理論やマーケットデザインの基礎研究を行うことが重要なミッションです。しかしそれと同時に、民間企業や自治体などとも積極的に連携して、マーケットデザインの社会実装にも力を入れています。先ほどの保育園入園システムの改革は、あるIT関連企業と共同で作業を進めています。
すでに導入されている例の一つが、ある医療機器メーカーの人事配置システムです。これは、社員の「行きたい配属先」と、配属先である各部門から見た「欲しい人物」とをマッチングさせるもの。2021年4月に新卒入社する社員の皆さんの「希望」と各部門の「希望」をデータ化し、私たちの開発したアルゴリズムで掛け合わせることで、より多くの人の希望とより多くの部署の希望を同時に叶えることができました。このアルゴリズムの有効性は事後アンケートでも実証されているので、今後は他の企業の人事システムにも応用できると考えています。
アメリカの公立高校における学校選択マッチング
みんなの介護 世界的に見て、わが国のマーケットデザイン研究は進んでいるのでしょうか。
小島 日本での研究・実践はまだはじまったばかりだと思います。最も進んでいるのはアメリカではないでしょうか。
みんなの介護 小島さんのハーバード大学時代の恩師であり、後にスタンフォード大学で同僚になったアルヴィン・ロス氏は、2012年にマッチング理論でノーベル経済学賞を受賞していますね。2020年にオークション理論でノーベル経済学賞を受賞したポール・ミルグロム氏も、やはりスタンフォード大学時代の小島さんの同僚でした。
小島 アメリカにおけるマーケットデザインの最も大規模な実例の一つは、アルヴィン・ロスらが手がけた公立高校の学校選択マッチングですね。現在、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、ニューオリンズなど多くの自治体で制度化されていて、中でもニューヨーク市は2003年度からこの制度を導入しています。1学年で約9万人いる生徒たちを、市内にある約500の公立高校のどこに進学させればいいのか。ニューヨーク市の担当者がマッチングサイトを作成し、各生徒の希望を聞き取ったうえで、それぞれに最適な学校へと振り分けていきます。その結果、希望どおり進学できる生徒が大幅に増えたため、このシステムはマーケットデザインの成功例としてよく取り上げられています。
みんなの介護 わが国の場合、マーケットデザインによる新たな制度を導入しようとすると、自治体が障壁になることはありませんか。
小島 実は、「自治体と仕事をするのは大変だよ」と知人から聞かされていたのですが、幸いなことに、私が接する自治体の人たちはマーケットデザインに積極的にかかわってくださる方が多いですね。現状のシステムを変更する場合、まずはそこに内在する問題点をすべて洗い出さなければならないのですが、私たちの細かな質問にも丁寧に対応してくださるので、感謝しています。今後の社会実装促進に向けて、明るい未来を見ています。
ワクチン接種の効率化を阻む2つの問題点
みんなの介護 わが国は高齢者を優先して、新型コロナのワクチン接種を急ピッチで進めています(2021年5月現在)。しかし、実務作業の多くは各地自体の裁量に委ねられているため、多くの場所で混乱が生じているようです。聞くところによると、自治体から小島さんのところにも助言を求める声が届いているようですね。
小島 はい。新型コロナのワクチン接種についても、「接種を希望する高齢者×自治体」のマッチングと捉えられるので、一部の自治体にアドバイスしています。しかし、私たちが入る前にすでに多くのことが決定されていたので、この段階からできることは限られているのが実情です。
ですが見たところ、根本的な問題点が2点あります。1点目は、それぞれの自治体ごとに単独でワクチン接種のシステムを組んでいること。ワクチン接種の予約をインターネットとコールセンターへの電話で受け付けていたり、対面の窓口を設けたり、インターネット予約のサポート要員を用意したり。ワクチン接種の優先順位にしても、高齢者施設から行う自治体もあれば、希望者順に早い者勝ちで進めているところもあります。各自治体がそれぞれ別々のシステムをゼロから構築しなければならないのは、人的資源の使い方として大いに問題があります。
実際には、いくつかのIT関連企業がベンダーとして自治体のシステムづくりをサポートしているので、完全な“百者百通り”にはなっていませんが、自治体同士の連携は十分ではないようです。本来であれば、国がワクチン接種の実務を自治体に振る前に、 “ひな形”となるシステムを数パターンつくって提供していれば、作業はもっとスムーズに進んでいたはずです。
2点目は、多くの自治体でデジタル化がまったく進んでいないことです。東京大学マーケットデザインセンター(略称:UTMD)で研究しているマーケットデザインは、私たちの開発したアルゴリズムにデータ入力することでコンピュータが自動で計算してくれます。今回のワクチン接種にしても、保育園の入園システムにしても、多くは現場の担当者が手作業で進められています。その結果、多くの職員が著しく疲弊してしまうのです。この現状は自治体職員にとって好ましくないのはもちろん、行政サービスを受ける私たち市民にとっても、決して好ましいことではありません。
12年前に訪れたパンデミック時に議論の機を逃した日本
小島 今、高齢者へのワクチン接種をめぐって各自治体が混乱しているのは、これまで課せられた宿題にきちんと取り組んでこなかった結果とも言えます。
みんなの介護 それはどういうことでしょうか。
小島 今から12年前の2009年、私たちの世界はブタ由来による新型インフルエンザのパンデミックに見舞われ、全世界で約1万5,000人の人が亡くなりました。あのときも、国内でワクチン接種をどう迅速に進めるかが議論されましたが、幸いなことにわが国では感染爆発にまでは至らず、結局ワクチン接種の議論を棚上げにしたままパンデミックは終息しました。あのとき、もう少し突っ込んだ議論を国家レベルや自治体レベルで行っていれば、それが一種のひな形となって、今回のワクチン接種もより迅速かつ的確に行えたかもしれません。
みんなの介護 現在進められているワクチン接種に対して、今からでもできることはありますか。
小島 今回混乱を招いた原因の一つは、コールセンターによる電話予約に人々が集中してしまったこと。この根本的な問題は予約枠が先着順であったことで、誰もが我先にと同じ番号にかけることになり、結果として電話がつながらず、すべての人にとって望ましくない状況が発生したのです。 この問題は、先着順ではなく抽選や年齢などによる優先順位に従って予約を取ることで解決できます。「今日は80歳の人、明日は79歳の人、明後日は78歳の人」などのように、年齢別に電話できる人を分散させるのも有効な方法だと思います。
また、現在ワクチン接種の予約がその場で行き当たりばったりで決まっています。例えば、10日から20日までスケジュールの空いているAさんの電話が先につながり、先にAさんが10日に予約を入れてしまうと、次に10日しかスケジュールの空いていないBさんの電話がつながったとしても、Bさんは結局ワクチン接種が受けられないことになってしまいます。
今後、64歳以下の人の予約を受け付ける際には、システム上可能であればその場で日時を決定してしまうのではなく、とりあえずは各人の希望日時を聴取することをおすすめします。そうやって数多くの希望日時の情報を一時的にプールできれば、それらのデータをまとめて処理することで私たちのような研究者が開発したアルゴリズムの利用が可能になり、予約者全員のワクチン接種日時をバランスよく配分できるようになるはずです。
いずれにしても、新たな感染症のパンデミックは今後も次々にやってくるはずです。各自治体やそれ以上に政府はこの機を逃さず、ワクチン接種システムをしっかり整備しておくべきだと考えます。
介護現場での離職率・就職率の改善を図る
みんなの介護 超高齢社会のさまざまな問題を解決するために、マーケットデザインの手法はどのように活用されるべきでしょうか。
小島 少子化対策としては、私たちが今取り組んでいる保育園入園システムの改善が有効に働いてくれるかもしれません。多くの親御さんがお子さんを希望する保育園に入園させることができ、待機児童問題がある程度解消されれば、子どもを持ちたいと思うカップルがもっと増えてくる可能性があります。
また、これから深刻になると予想される介護現場の人材不足についても、マッチング理論によるマーケットデザインの手法で一定の改善が見られるはずです。
介護業界については不勉強なため伺いたいのですが、介護の現場では、それぞれのスタッフの働き方に対する要望はどの程度受け入れられているのですか。多くの人が希望するポジションやシフトに就けているのでしょうか。
みんなの介護 残念ながら、すべての職場で職員の要望を十分汲み取れる体制にはなっていないと思います。どの施設も慢性的な人材不足なため、本来の希望とは異なる業務が重なることもあるのではないでしょうか。
小島 そうなのですね。
介護現場の人材不足を根本的に解決するためには、介護スタッフの社会的地位や待遇の大幅な改善が必要になるでしょう。しかし、それぞれのスタッフの働き方に対する要望にきめ細かく対処するだけでも、介護の現場はもっと魅力的な職場に変えられるはずです。
これはあくまで想像ですが、介護現場で働いている人は自らの働き方について、さまざまな要望を抱いていると思います。例えば、仕事が多少ハードであっても、お金を稼げる夜勤や休日出勤でできるだけ長時間働きたい人もいるでしょう。あるいは、子どもがまだ小さいために、残業なしで毎日5時にきっちり仕事を上がりたい人もいるはずです。また、ほかのスタッフと共同作業するのが好きな人もいれば、裏方的な業務を一人でコツコツこなしたい人もいるかもしれません。
そこで、こうした各人の働き方に対する要望を細かく聴取したうえで、その現場における配置やシフトとの最適なマッチングを構築することができれば、その職場の離職率が大きく改善されるでしょう。それだけではありません。スタッフが適材適所で配置されるようになれば、離職者の少ない魅力ある職場として広く認知されるようになり、求人にも俄然有利になるはずです。
みんなの介護 「介護スタッフ×職場」での働き方のマッチングを改善するわけですね。その手法を実践するには、どんなことが必要でしょうか。
小島 以前導入した「企業内人事配置のシステム」を応用することができます。全スタッフに対して、働きたい部署・ポジション・シフトを第一希望からすべて聴き取り、一方で各部署の責任者にも欲しい人材を第一希望からすべて聴き取って、私たちのアルゴリズムに入力すればいいわけです(前編を参照)。
データベースの共有で生体腎移植件数を伸ばしたアメリカ
みんなの介護 高齢者が入居する施設を選ぶ際の、「入居者×高齢者施設」の組み合わせを最適化するためには、どのような方法が考えられるでしょうか。
小島 そうしたケースでは、臓器移植に関する例が参考になるでしょう。
現在、腎臓病の治療法としては生体腎移植が最も有効ですが、その場合に重要なのがドナー(臓器提供者)とレシピエント(臓器受容者)のマッチングです。
例えば、Aという腎臓病の患者さんがいて、生体腎移植を望んでいるものの、Aさんの家族全員を検査した結果、Aさんと適合する腎臓を持つ家族はいなかったとしましょう。その一方で、Bさんという腎臓病患者がいて、Bさんの配偶者の生体腎は不適合で手術ができずにいたとします。このとき、Aさんの担当医とBさんの担当医がたまたま同じ人物で、しかもAさん家族の腎臓はBさんに、Bさんの配偶者の腎臓がAさんに適合することがわかったらどうなるでしょうか。ドナー交換により、AさんBさん共に生体腎移植を受けることができ、命を永らえることが可能になります。
こうした奇跡が起こるのも、AさんとBさんの担当医が偶然同一人物だったからです。この種の奇跡をもっと頻繁に起こすためには、Aさんとそのドナー、Bさんとそのドナーを一つのペアとしてデータベース化しておけばいいことになります。事実、アメリカではそうしたペアによる登録制度が15年ほど前から実用化されていて、年間1,000人近くの人が生体腎移植を受けられるようになっています。
みんなの介護 興味深い実例です。1人の医師が持っていた患者情報をデータベースで広く共有しておけば、思わぬマッチングが成立することになります。今伺った例を介護業界に置き換えれば、1人のケアマネジャーが持っている高齢者と施設の情報を広く共有することで、高齢者と施設のより良いマッチングが成立するのではないかと考えられます。
帰国後にふと考えはじめた定年後の暮らし
みんなの介護 2020年に帰国されましたが、アメリカでの暮らしと比較して新たに気づくことはありましたでしょうか。
小島 今回17年ぶりに帰国してみて、アメリカと日本の違いについて少し考えさせられることはありました。
というのも、日本では定年制度があり、東京大学の職員である私もやがて65歳になれば、その後を考える必要が出てきます。そうなったとき、自分は何をすればいいんだろう…と、ふと考えてしまうことがあります。日本人男性の平均寿命は80?90歳くらいですから、80歳まで生きるとして残り15年、90歳まで生きるとして残り25年をどのように過ごすべきか。できれば今のように働いていたいと思っています。
昨年(2020年)12月まで暮らしていたアメリカには、「定年」という概念がありません。逆に、年齢を理由に雇用関係を解除することは法律で禁止されています。だからアメリカにいる限り、私は年齢を気にせず働き続けることができました。
シニア人材の有効活用にも「マッチング理論」を応用する
みんなの介護 65歳以降の生活や生き方を考えて人生設計をしなくてはいけないことは、多くの人にとって容易ではないと思います。
小島 そうですね。アメリカで職探しをしていた10数年前、私たち夫婦はまだ20代でしたが、妻はよく定年の話をよくしていました。そのときは「そんな先のことをなぜ気にするんだろう?」と不思議に思いましたが、彼女のほうが先見の明があったんですね。定年という制度の有無が自分の人生に大きな影響を与えることに、私はまったく気づいていませんでした。
あれから私たちにも子どもが生まれ、今、下の子が2歳なのですが、子育ては思っていた以上に大変。20年くらいあっという間に経ってしまいそうです。それだけに、「老後」は自分で思っていたよりも早く来てしまいそうだと実感しています。
自治体や政府関係の方から、「これからシニア人材を社会でどのように有効活用していくか」ということをときどき相談されることがあります。人は、仕事ややりがいを失うと急速に弱っていくことが知られていますし今後少子高齢化がさらに進行すれば、労働力確保が社会全体の課題になります。そのとき、特に50代以上である種の高いスキルを身につけている人たちに、今まで以上に元気に働いてもらうことができれば、私たちの社会ももっとうまく回っていくはずです。
みんなの介護 つまり、「シニア人材×働く場所」のマッチングが重要ということですね。
小島 そのとおりです。これまでシニア層の転職・再就職といえば、ハローワークか転職サイトくらいしかマッチングするシステムがありませんでした。もっとシニアの人々が誇りをもって再出発できるチャンネルを増やすことが重要ではないでしょうか。
“空気を読まないおじいさん“になりたい
みんなの介護 ほかにもアメリカでの生活を振り返ってみて、日本との違いをどんなところに感じられますか。
小島 アメリカは広いので一概には言えませんが、私がアメリカで出会った高齢者は良い意味で“わきまえていない”というか、自分の年齢をほとんど気にしていないように見えるのが素敵ですね。例えば、私が勤務していたスタンフォード大学には70歳以上の同僚が何人もいますが、今でも毎日プールで泳いでいたり、バリバリ研究を続けていたり、彼らの行動パターンから「老い」を感じることは滅多にありません。70歳を超えたおばあさんも、ミニスカートとハイヒールで颯爽と歩いていたり。それがまたかっこいいんです。私もアメリカで出会った高齢者のように、良い意味で“空気を読まない”おじいさんになりたいですね。
みんなの介護 日本の高齢者の場合、「私はもうトシだから…」と自分から身を引いてしまう傾向がよく見られます。多くの高齢者が萎縮してしまっているように見えるのは、やはり「定年」という制度の影響が大きいのでしょうか。
小島 そうかもしれませんね。65歳まで働いていた人が、退職した途端、心身共に急速に弱ってしまうという話はよく耳にします。やはり生きている限り、「社会から必要とされている」「社会に貢献できている」と実感できるかどうかで、老後の生き方もずいぶん違ってくるのではないでしょうか。
もちろん、「65歳で退職したい」という人がいても良いと思います。65歳で現役を引退して趣味の世界に没頭したいとか、世界旅行をしてみたいとか、それぞれ自分の頭で思い描いている老後の生き方があるはずですから。問題は、社会全体で一律「65歳」で職場から退場させること。早期退職が認められるなら、もっと長く働き続けたいという本人の希望も尊重してあげるのが良いのではないかと思います。
1人の研究者として、少しずつこの社会を変えていきたい
みんなの介護 日本に戻ってきた今、何か野望などはありますか。
小島 1人の研究者にできることは限られていますが、それでも待機児童問題や企業内人事配置の問題など、この社会を少しずつ変えていきたいと思っています。
日本では少子高齢化が急速に進んでいます。それだけに、これからの時代は限られた人的リソースをいかに効率よく活用するかが、きわめて重要なテーマになってくるでしょう。その際、私たちが使える強力な武器の一つが「マッチング理論」であり、「マーケットデザイン」であると考えます。人の数をいきなり増やすことは不可能ですが、少ない人材でもそれぞれ適材適所に配置することで、今まで以上のパフォーマンスを発揮させることは十分可能なはずです。
30代の頃の私は、マッチング理論とマーケットデザインについて、主に論文を書くことでその可能性を探究してきました。しかし40代になって東京大学マーケットデザインセンターを率いることになった以上、これからはマッチング理論の社会実装に向けて、全精力を集中させようと考えています。2人の子どもたちのためにも、日本に明るい未来を築いていきたいですね。
撮影:丸山剛史
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