酒井穣(さかい・じょう)です。第12回「介護ロボット技術導入の成功。それは日本の名誉ある地位を築く」では、介護現場へのロボット技術の導入について考えました。介護現場に限らず、ロボット技術の職場への導入は、今後さらに進んでいくことでしょう。

そうした中でも、介護現場におけるロボット技術の導入は国が多額の補助金を出した効果として、特にホットな話題になっています。背景にあるのは、介護業界の深刻な人手不足です。国は、この人材不足を介護職一人あたりの生産性を高めることで対応しようとしています。

とはいえ、いかにロボット技術が導入されても、介護業界の待遇改善がなければ人材不足は解消されません。ある意味で人材不足は、介護業界の待遇改善にとってチャンスなのです。

今回は、介護業界の待遇改善について、国の政策を踏まえながら考えていきたいと思います。

2025年には介護職が38万人も不足!?
介護の魅力を語るだけではもう続かない!

出典:厚生労働省 更新

まず、昨年の東洋経済による、日本の全63業界における40歳のモデル賃金を比較した調査(『格差歴然!40歳平均年収「63業界」ランキング』, 2017年9月8日)では、介護業界のモデル賃金がダントツの最下位だったことから始めないといけません。介護には高い専門性が求められるにもかかわらず、待遇がこのような状態ではとてもやりきれないでしょう。

順位
(63業界中)
業界名 平均年収
(万円)
1位 コンサルティング 1,240
2位 総合商社 1,115
3位 放送 866
10位 医薬品 718
20位 生命保険・損害保険 669
30位 専門商社 606
40位 文房具・事務用品 562
50位 コンビニエンスストア・人材サービス 523
60位 家電量販店・ホームセンター・ディスカウントストア 479
63位 介護 395
出典:東洋経済オンライン 更新

もちろん、待遇の良し悪しだけで仕事を選ぶ人ばかりではないと思います。しかし、マクロに考えれば待遇が最下位の業界に十分な数の人材が集まるはずはありません。そして介護業界は2025年になると約38万人もの人材が不足するのです。介護の現場で通用する人材になるにはそれなりの職務経験が必要です。とにかく早急に人を集めないとならないのですから、待遇の改善は絶対に必要です。

しかも2025年を待つまでもなく、現時点ですでに介護職は不足しています。いかに介護職が足りていないかは、有効求人倍率をみれば明らかです。昨年の有効求人倍率の全国平均は1.22倍でした(1人の労働者に対し、求人が1.22あるという意味)。これに対して、介護業界の有効求人倍率はなんと3.15倍だったのです。特に、東京都の5.40倍と、愛知県の5.30倍という数字からは介護事業者の悲鳴さえ聞こえてきそうです。

ここで、連載第5回『介護業界は人材不足問題よりも先に、まず職員の待遇改善に着手せよ!』でも考えましたが、待遇が改善されないままに人材の数だけが確保されてしまうのは、国を滅ぼす愚策であると述べたことを思い出してください。介護の魅力を語るばかりで、待遇の改善に声をあげないと、国の税収は減り、社会福祉そのものが崩壊してしまうからです。介護の魅力の発信も大事かもしれませんが、順番があります。待遇が改善されないままの魅力の発信は、非常に危険なのです。

勤続10年以上の介護福祉士への月8万円給付
国は年間で約1,000億円を確保!

そんな中、政府は年間約1,000億円の財源を投入し、2019年10月より、勤続10年以上の介護福祉士に対して「月額8万円相当」の賃上げを行うと発表しました。これは介護業界では広く話題になっており、この政府の対応については介護業界内でも意見が大きく分かれています。政府なりに頑張ったというものと、実質的には意味がないという正反対のものです。

政府なりに頑張ったという意見は、とにかく少しでも介護職の待遇を改善することにつながる政策であれば賛成という立場でしょう。その気持ちはよくわかりますし、政府関係者の大変な努力の結果であることも認識できます。獲得した予算ですから、それ自体はありがたいものです。しかし、今回の「月額8万円相当」というのは、本当に多くの介護職に支給されるのでしょうか。介護職の人材不足の解消に有効なのでしょうか。私は、これに懐疑的です。

まず、年間約1,000億円という予算を介護業界で働く労働者数(ざっくりと200万人)で割ると、一人あたり年間5万円という計算になります。月額にすれば一人あたり4,200円程度の賃金アップです。これでは、春闘で労働者が勝ち取る賃金アップと大差ありません。とにかく月額4,200円ですから「月額8万円相当」という謳い文句とはかなりのズレがあります。これは、今回の賃上げの条件となっている勤続10年以上の介護福祉士に該当する人が少ないことを意味するでしょう。「月額8万円相当」という表現は、はっきり言って“目くらまし”です。

そもそも、今の介護福祉士の平均勤続年数は6年程度です。そうした介護福祉士が辞めずに頑張るとしても、あと4年は支給されないお金ということになります。介護福祉士になったばかりの人材からすれば、10年後の話です。それに、今回の処遇改善は介護事業者に加算として支払われることになっています。事実上、介護事業者の経営者が自由に決めて支払えるのですから、本当に「月額8万円相当」になるかどうかは不明です。毎年、過去最高の倒産件数を記録しつづけている介護事業者の多くは赤字経営ですから、こうして支給される加算は赤字の補填に使われる可能性も高いと否定できないと考えられます。

公務員の賃上げは4年連続
ストライキの権利がないから仕方ないが…

出典:厚生労働省 更新

とにかく、年間約1,000億円という予算の増加では、介護職の待遇改善にはまったく足りないのです。参考までに、昨年決まった公務員の賃上げ予算は年間約1,900億円(国家公務員で約520億円 / 地方公務員で約1,370億円)でした。公務員の賃上げは4年連続で実現していますが、その一部でも介護業界に流せないものでしょうか。公務員の待遇がよくなることも大事ですが、これからの日本を考えると介護業界の救済の方が先のように思うのです。

介護職の人材不足は、日本全国で顕在化しつつあります。しかし、政府による政策の実現を待っていたら介護職を確保できません。そうした背景から、自治体は、独自に予算をつけて、介護職の待遇改善に動き始めています。たとえば宮城県栗原市は、2018年度から、市内の介護施設に就職してくれた介護福祉士に対して40万円を就職支援金として支給することに決めています。これは宮城県では最高額とのことですが、あくまでも一時金に過ぎず、年収を改善するようなインパクトはありません。

日本の公務員の待遇が良い理由は、日本の公務員はストライキを起こすことが禁止されているから(国家公務員法第98条 / 地方公務員法第37条)です。公務員がストライキを起こしてしまえば社会機能が麻痺してしまうでしょう。例えば、公務員がストライキを起こすと泥棒をつかまえる警察官がいなくなり、火事と戦う消防士もいなくなり、救急車を動かす救急隊員もいなくなってしまいます。労働者の当然の権利であるストライキを起こせないのですから、公務員には「ストライキを起こす必要のない十分な待遇」が与えられなければなりません。

介護職もストライキを起こせば良いが…
高齢者の命が人質に!

出典:厚生労働省 更新

では、介護職はストライキを起こせるのでしょうか。もちろん法的には問題ありません。しかし、少なからず介護職が関わる要介護者の内の何名かは、介護職がいないと生命の危険にさらされてしまうような状態です。ストライキを起こせば人が死んでしまうかもしれないような状況で、法的にストライキが起こせるということにどれほどの意味があるでしょう。ある意味で介護職は、要介護者の命を人質に取られているとも言えるわけです。

実際に、デンマークなどの一部の国では介護職の多くが公務員や準公務員として働いています。日本では、介護職のすべてをいきなり公務員にすることは難しいかもしれません。しかし、介護業界ではこれから約38万人もの人材が不足するのですから、せめてその一部は公務員の配置転換(国家公務員約58万人 / 地方公務員約274万人)によって賄うことは、そろそろ検討しないとならないでしょう。また、介護職の中でもベテランの介護福祉士などは、準公務員から公務員へと変えていくことも考えなければならないと思います。

外国人技能実習生4700人を突破!
国際人権規約に反する「現代の奴隷制」?

出典:厚生労働省 更新

こうした状況の中、外国人を介護職にしようとする動き(外国人技能実習制度)も活発化してきています。本来は、外国人に日本の技能を身につけてもらうという制度が建前なのですが、低賃金の労働力確保が目的になってしまっています。ですから、世界からは日本の外国人技能実習制度は「現代の奴隷制」として批判されています。実質的に、今の日本は国際人権規約(自由権規約 / 世界168か国が批准)に違反しています。実際に日本は、自由権規約委員会から、この外国人技能実習制度について、厳しい改善要求を出されています。

また、介護福祉士を要請する専門学校などでは、外国人留学生が入学者の1割近くになっています。背景には、昨年9月に施行された改正出入国管理・難民認定法(入管法)の存在があります。日本の在留資格に介護の技能が加わっており、介護福祉士には最大5年の在留資格が与えられ、更新もできることがあります。こうした外国人は、介護業界の待遇に苦しみながらも、日本で暮らすためには介護職をやめられないという状況に置かれるでしょう。これは「現代の奴隷制」に他なりません。

外国人の労働者がいること自体は問題ではありません。公務員の待遇が比較的良い状態であることも問題ありません。本当の問題は、介護業界の待遇が悪すぎることです。そのくせ、交通機関が使い放題になる「敬老パス」事業などには、東京は年間157億円、名古屋は年間140億円、横浜は年間100億円もの予算を積んでいます。高齢者を優遇する前に、介護職の待遇を改善してもらいたいです。さもないと、交通機関の乗り放題で優遇されている高齢者を介護する人材がどこにもいなくなってしまうからです。それが真の意味で敬老になるのかどうか、いまいちど考えてみるべきではないでしょうか。

介護職をせめて準公務員に!
ムダ遣いをなくすのが国の責務である

介護職はせめて準公務員として、国によるベース給与を付与していくことを検討すべきです。そのための財源は、公費の無駄使いをカットしていくことで生み出すしかありません。これは、介護職の待遇改善に合わせて同時に行っていくとスムーズだと思われます。なぜなら、無駄をカットした結果としてしか公務員の待遇は改善されないとなれば、国もより真剣に介護職の待遇を考えるようになるはずだからです。誰もが、遠くない将来、介護を必要とします。そのときになってから、介護職が足りないことに気づいても遅いのです。