ネイルアートで高齢者を笑顔に…心華やぐ“福祉ネイル”の世界

ネイルアート経験者であれば、仕事や家事の合間で、ふときれいにカラーリングした自分の手元が目に入り、なんとなく気分が上向きになった、という経験をお持ちのことも多いのではないでしょうか。
それは、高齢者の方であっても同じことです。
実は、ネイルを含め整髪や化粧などの美容施術は、施術を受けた高齢者の自己効力感向上に寄与するとされ、近年注目を集めています。中でもネイルは、入浴や手洗いなどを経ても一定期間施術状態が持続するうえに、日常生活のなかで目につく頻度が高いため、特に効果的だとされており、高齢者向け施設などで「福祉ネイル」として提供されています。
今回は、「福祉ネイリスト」として愛知・豊橋を拠点に活躍されている今泉泰枝さんに、「福祉ネイル」の施術内容や魅力についてお聞きしました。
コロナ禍で出合った「福祉ネイル」
実は、以前はデイサービスの職員として勤務されていたという今泉さん。
彼女が福祉ネイルに関心を持ったのは、コロナ禍により施設のレクリエーションが減少したことがきっかけでした。
当時今泉さんが勤務されていたデイサービスでは、新型コロナウイルスまん延防止のため、外部の方が訪問して提供するレクリエーションが減少。そこで、利用者の方に楽しんでもらえるようなサービスをみずから習得したいと考え、「福祉ネイル」にたどり着きました。
「なにか沢山の方に笑顔をお届けできるものはないかと考えていた中で、『福祉ネイル』に出合ったんです。利用者様おひとりおひとりとの時間を大切にできる点も魅力的でした」
一念発起した今泉さんは、資格取得のために日本保健福祉ネイリスト協会の認定校へ入学。爪の整え方やマニキュアの塗り方、道具の衛生管理等のネイルの知識はもちろん、福祉の知識や、高齢の方のお肌の特徴、障害に合わせたケアの仕方なども合わせて学び、実技試験、施設における実地研修を経て、2022年5月に資格を取得。福祉ネイリストとしてのキャリアは2年目ながら、これまでに80名以上の方に施術されています。
高齢者の心身に負担をかけない配慮も
今泉さんが提供しているメニューは、カラーリング、ハンドトリートメント、爪磨きの3種類です。カラーリングの場合、手の指10本の爪にマニキュアでカラーを塗り、そのうちの1本に季節の花など、ご本人のお好きなアートを施します。
「どのメニューも、直接ご利用者様の手に触れ、施術中は回想法(※)を用いてお話をします。目を見て、ゆっくりとお話をすることで、できるだけリラックスして施術を受けていただけるよう心がけています」
(※回想法:1960年代にアメリカの精神科医ロバート・バトラー氏が提唱した心理療法。昔の経験や思い出を語ることで脳を活性化させる)
例えば、通常のネイルサロンであれば施術に60~120分程度かかることも多いですが、高齢の方の場合は同じ体勢を長い時間継続することが負担になるため、速乾性のマニキュアを使用するなどして、20分以内には終了できるようにしています。また、高齢者の繊細な肌を傷つけないよう、使用する素材にも心配りをしているそうです。
「アートは、お肌を傷つける可能性のあるでこぼこした飾りは用いず、アクリル絵の具で、お好みの絵を描く事が多いです。除光液で簡単に落とすことが出来るので、急な体調の変化で受診されたり、入院されたりする場合(※)にもすぐにオフしていただけるようになっています」
(※手術や検査の際には、状態観察や末梢血酸素飽和度計測のためにネイルオフが必要となる)
「福祉ネイル」で利用者の方に変化も
自分自身が選んだお気に入りの色のマニキュアやアートで手元が彩られ、丁寧にケアがされていく…。そんな楽しいひとときを過ごす中で、利用者の方に変化がみられることもあるといいます。
例えば、耳が聞こえづらいお客さんが施術に来られたときのこと。普段は聴覚の問題から意思疎通が難しい方なのに、マニキュアの色やアートの希望をはっきりと伝えてくださり、施設職員の方が驚かれた、ということがあったそうです。施術中もこちらからの質問に昔を思い出しながらお話をしていただき、職員の方も「普段と表情が全然違うね!」とびっくり。
ほかにも、普段発語の少ない方の表情が和らいだり、笑顔を見せてくださることがあったりと、うれしい変化が多いそうです。
「『笑顔と元気をお届けします!』とお伺いしているのに、私の方が何倍も笑顔と元気をいただいて帰ってきます(笑)」
そんな福祉ネイルについて、今泉さんは「私としては、相手の心へ寄り添う施術を大切にしていることが一番の魅力と感じています」と語ります。
また、「ネイルは鏡がなくても何度も見返すことが出来るので、整ったお爪を繰り返し見ていただくことで、笑顔の時間が持続します。そして、周りの方へ……そのまた周りの方へと笑顔の輪が広がっていくのがとても素敵だなと思っています」と、ネイルならではの特長にも手ごたえを感じているそうです。
最後に、今後の今泉さんの目標について聞きました。
「『福祉ネイル』を、もっともっと沢山の方へ知っていただきたいです。今はまだご存知ない方も多くいらっしゃいますが、『福祉ネイル』が当たり前に楽しんでいただけるようになったら、もっともっと笑顔で生き生きと生活できる方が多くなると思っています。また、私自身としては、安心して施術をお任せいただけるように技術面も知識面も磨き、『あなただから来てほしい』とおっしゃっていただけるような福祉ネイリストになりたいと思っています」