自分で描いた絵の中を歩き回れる
「VRお絵かき」に夢中!
ボクが最近めちゃくちゃ凝っているものに「VRお絵かき」というものがある(VR:Virtual Reality、仮想現実)。要するにVR空間上に3Dの絵を描くということだ。そう言ってもなんのこっちゃという話だと思う。
言い方を変えると、「空中に立体の絵を描いている」という感じだろうか?
VRゴーグルを装着し、コントローラーを両手で持って操作して空中に絵を描いていく。もちろん描いた絵を地面に置くことだってできるし、立体の街を描いていくことだってできる。

家を描いたとしよう。家は立体に描かれているので、家の中にだって入れる。例えば1m四方ぐらいに描いて、描いたものを拡大してその中に入ったりする。お菓子の家に入っていくような感覚だ。お菓子の家を自分で描いて、その中に入ってみることができるなんて考えただけでワクワクしないか?
家の中を通って次の部屋にも行けるし、ドアから出た外の庭を歩くことだってできる。まあ、絵の中の世界なんだけど。自分の空想した空間を自由自在に歩き回れる。
つい最近は、自分の描いた満開の桜の木の下で、散ってくる花びらを眺めたりもした。お花畑を歩いたりもした。
ボクは、このVR空間でのお絵かきを始めてまだ1ヵ月ほどの初心者だけど、絵の中に入るという不思議な体験を結構気に入って楽しんでいる。
立体と平面で描き方が全然違う
ボクの最初の作品はひどかった
2018年ぐらいにVR関連で取材した中で、ゴッホの絵の中に入れるという作品があった。それを聞いて、こんなすごいことがあるんだなあといたく感動した。その頃取材していたVRでは群を抜いて驚いたものだった。
VRは普段行けないところ、例えば宇宙とかにバーチャルな世界で行けることが魅力だ。特に、フィンセント・ファン・ゴッホの代表作「星月夜」の絵の中に入って360度見上げたり振り向いたりして絵の中を探索できるっていうのが、ボクはめちゃくちゃ気に入った。あの独特な夜空を見上げるという、平面の絵を見ているだけではできないことだってできるのだ。
それが今は自分が描いた絵の中に入っていける。アバターという擬人化した人形を歩かせることもできる。当たり前だけど、立体の絵を描くというのは、平面の普通の絵を描くのと全然違う。木を描くのだって木の幹をぐるっと一周丸く描いて上へ延ばす。枝だって四方八方に延ばさないといけない。
手前から描いて、さらに後ろ側に回ってまた見てみる。立体の形を描いていくっていうのは案外難しい。慣れていないというか、やったことのない経験だ。
最初に描いた絵なんてひどかった。壁がまっすぐになっていなくて、今にも潰れそうな小さな家だ。その窓の外に太陽があるって絵だったけど、太陽の球体さえ満足に描けなかった。毛糸をぐるぐる巻きにしたような方法でなんとか球体を描いて太陽に見立てた。
壁も球体も描き方があるのだけど、それすら知らなかった頃だ。子どもが描く太陽の絵のように、丸い太陽の周りに光の線を描こうと思ったけど、球体なので360度いろんな方向に光の線を出すことになり、なんだか細菌のような、驚くほど気持ちの悪い太陽が窓から覗いた。そんな絵だった。
なんて難しいんだろう。今までの絵を描くっていう概念を覆された。大体、平面と立体とでは物の見え方自体が違うんだということを痛感する。
でも、そんなボクも熱中して描いているうちに、こんな桜の絵を描けるようになった。
ゴーグルの中は自由
麻痺があっても絵の中に没頭できる
それから毎日ゴーグルをかぶって絵を描いた。ボクは左手に麻痺があるが、なんとかコントローラーを左手に握らせて右手でバーチャルな筆を握る。こんなに熱中したのは久しぶりだ。締め切りが迫っていたり、取材で家を出ないといけなかったりするとき以外はずっと絵を描いていた。
ゴーグルの中は自由だった。麻痺をどうにか誤魔化して絵の中で没頭できる。実際の絵を描くよりは右手だけでできることが多いのかもしれない。熱中しすぎて、そろそろ休んだほうがいいよって家族に怒られる始末。
あっという間にゴーグルの中の絵の容量も満タンになって、「これ以上は描けません」と警告が出る。プロの方はパソコンなどをVRアート用にしたり、ゴーグルを有線にしたりして大作を作っているそうだ。
VRアート系YouTuberのひよこ師匠という方にSNSで出会い勉強させてもらっているが、本当に皆さんすごいのだ。
素人の機材では限界もあるようだが、ボクは今ある機材でまだまだ修行中。
高齢者や障がい者のリハビリにも!
体が動くような錯覚さえある
このVRの絵は「Tilt Brush」 というVRのお絵かきアプリケーションを使って描いている。元々Googleが開発したアプリケーションで、今年に入ってからオープンソース化されたものだ。
出合ったきっかけは、このコラムでもおなじみの登嶋健太先生(東京大学の先端科学技術研究センター稲見・檜山・瓜生研究室)のワークショップだった。
登嶋先生のところでは、普段なかなか外に出られない高齢者や体の不自由な方にVR旅行を届けている。それに「Oculus Quest2」というVRゴーグルを使っているが、そのゴーグルの使用方法の一環としてゲームやお絵かきアプリを紹介してくれたのだ。
もちろんそれらは高齢者やボクのような体の不自由な人にとって、いろいろな意味でリハビリになることもあるという事例の一つだったりもする。
昔取材したものの中に「リハまる」というものがあった。MR(Mixed Reality、複合現実)というCGなどで作られた仮想世界と現実を組み合わせる技術を使って、立体的なリハビリを行うというものだ。
ゴーグルの中にお花畑の通路があってそれを手で摘んだりするゲーム(リハビリ)のプログラムがあったことを思い出した。
VRお絵描きはお花を摘むだけではない。花を自ら描くから、普段上げない左手でコントローラーを持って筋肉痛になったりもした(やりすぎはいけないね)。普段行けない場所に行くってことはVR旅行に似た感覚があるってことに気がついたりしている。
ゴーグルの中で旅に行ったり絵の中を歩いたりするってことの非現実が、今の体の不自由ごとどこか違う世界に連れて行ってくれることだと気づいてしまったのだ。
今まで、VR旅行も「行けないところに連れて行ってくれる擬似旅行」というものだと思っていたが、なんとなくみんなと違う感覚を味わっているような気がしてならなかった。それがなんなのか言葉に表せなかったんだけど、最近気がついた。
ゴーグルをかぶって旅をしたり絵の中を歩いているときは、体も頭も自由だってことなのだ。不自由な体も気にならなくなって健常者と同じになれる、そんな感じなのだ。体が動くような錯覚さえある。自由になれる場所にいたいと思う。これは現実逃避?(笑)
VRアートはメジャーになるだろう
サイバラの絵の中も散歩したいなあ
せきぐちあいみさんというVRアートで日本を代表するアーティストがいらっしゃる。ボクのあの幼稚園児が描いたようなひしゃげた太陽と家の第一号作品を見て、Twitter上で「窓から太陽が見えるんですね!」なんて天使のようなコメントをくださった方だ。
そのせきぐちさんのアート作品が1,300万円という高値で即日落札されたと話題にもなった。VR空間の絵が高値で取引されたこと自体がすごいことだと話題になった。
せきぐちさんのVRアートの代表的な手法で、掛け軸や額縁の絵の中に入っていくというものがある。日本の伝統美と最新のVRのアートが融合していて、海外からの支持も大きい。まだまだVRアートは発展途上だが、これからどんどんメジャーになっていくと思う。
ボクも最近では足元にも及ばないのだが、せきぐちさんのようにアーチを抜けると違う世界があるような絵を真似て描いている。金魚鉢の中に入っていけば金魚と泳げる。高層ビル群の屋上に梯子を架け、月まで登れる。そんな自由な世界を楽しんでいる。サイバラの絵の中も散歩したいものだ。
VR旅行とまではいかないが、描いた絵の世界を楽しんでくれる人がいるんじゃないかなと思っている。この不思議な世界を味わってほしい。できればゴーグルを装着してみてほしいなあ。きっと新しい体験ができると思う。
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