高齢者に景色を見せる取り組みをしていた
登嶋健太さんが総務省に表彰された!
以前少し書いたかもしれない。登嶋健太さんという方がいる。
彼と出会ったのは約2年前。総務省の「異能vation」のジェネレーションアワード特別賞という賞をとったばかりだった。
高齢者のリハビリを手がけていた彼は、高齢者施設でリハビリを行う際「昔の家の近くにもう一度行ってみたい」「昔、旅行に行った思い出の地にもう一度行ってみたい」という言葉をよく聞いていたそうだ。
そんな叶わぬ夢のため、登嶋さんは代わって現地に写真を撮りに行き、その景色を見せるボランティアをしていた。

当時はまだ珍しかった360度カメラで撮影した映像を見た方々は、まさしくその思い出の地に立っているかのように錯覚するほど喜んだという。
「ああ、この店の横に桜の木があったでしょ」。そんな記憶を辿りながら、横に顔を向ける。すると、店の横に桜の木があるのが見える。上を向けば空。自分で向きたい方向の風景を、自分の意思で見ることができるのだ。
普段なら歩けない方が立ち上がり、前に進もうとすらする。
登嶋さんは、リハビリの効果も上がったような気がしていた。まず、そこにいる高齢者同士の話が弾む。
「わたしも30年前にパリに行きましたよ」。エッフェル塔の映像を見れば、そんな話が弾む。
普段、あまり会話がない人同士でも「どれどれ。見ててください、次のこの写真です」なんて話し出す。
「これはきっと高齢者の方々に良いはずだ!」。
そう思った登嶋さんは、自費で日本のさまざまな土地と世界を撮影して歩いた。
そんな行いが、総務省に表彰されたのだ。
「娘とロスを旅行しているみたいだ」
VRで元気だったときの父親に戻った気分を味わえた
「もっともっと可能性があるはずなんです」。私と初めて会った取材で、彼はそう話していた。
そもそも、なんで彼に興味をもったかというと、きっかけは取材の1年前くらいの出来事だ。
ロスに勉強に行っていた私の娘が、360度カメラで撮った映像を送ってきた。
私の新しい物好きが遺伝した息子が、360度カメラを妹に渡していたのだ。
娘が今いるロスの蚤の市の映像を、まさにその数分後に、病室にいるボクも見ることができている。
癌の手術をしたばかりで、病室で悶々としているボクは、娘の旅の様子が手に取るようにわかった。
まるで一緒にその地を旅行しているようである。
「パパ。ここでは結局、なんにも買いませんでした」なんていう音声が聞こえてくれば、「お金はあるのか?」「無事で過ごしてるのか?」なんて過保護にも心配になる。
自分がロスに行ったときのことを思い出し、「そこから割と近くにスタジアムがあるはずだから、足を伸ばしてみれば?」と言いたくなる。
そして、「ボクのように病室で動けない人に映像を見せるサービスがあればよいのに…」と考えた。
すると、すでにそんなサービスを提供する若者がいると聞いたのだった。それが登嶋健太さんだった。
すぐさま知り合いを通じて、取材にこぎつけた。
自分の足で望んでいる場所に立つことができない…
高齢者の気持ちは高齢者にしかわからない
登嶋さんは、ボクにパリの映像を見せてくれた。
介護施設のご利用者さんからのリクエストで撮ったものだという。
なかなか行けないパリやモンサンミッシェルをVR映像で見れば、ちょっとした旅行気分が味わえる。
VR映像の良いところは、その地にいるかのように、右を向けば右の風景。左を向けば左の風景が自分の意思で見えること。
カメラマンの意思で撮ったビデオ映像を見ているのとは違う。
そうか。高齢者や病気の方はこの映像を見て、まるでその地に立っているように思い、高揚するんだろうなあ。そう自分に置き換えて考えてみた。
高齢者の気持ちは、高齢者になってみなければわからない。ボクが病気になって急に訪れた、動かない体やもの忘れ。こんなはずじゃなかったと悔やむが、そうしていても仕方ない。
ただ、自分がこういう体になって初めて、高齢者や体が不自由な方の気持ちを見ることができたということも間違えないだろう。
行くことをあきらめていたあの場所…
VRのおかげであきらめられなくなっちゃった
VRのおかげで、行くのをあきらめていた土地まで旅行に行ったような気持ちになれる。
その次の衝動は、「実際にその地に行ってみたい」と思う気持ちが強くなることだ。
あきらめて「無理だ」と思っていた自分が、その地に「もう一度行きたい」と思う気持ちが生まれる。
「そんなことできっこない」。そう思う心の狭間で、「行ってみたい」または「(故郷に)帰りたい」という気持ちが強くなる。
映像を見ながら、なんとも割り切れない気持ちにもなった。
しばらく映像を見て、頭の中を整理していた。
何歳になっても人の役に立ちたいよね。
ボクも撮影する側に回りたいな
登嶋さんの取材が終わり、妻がいつものように「喋れないので、あとで質問があったら連絡して良いですか?」と取材を締めくくろうとしたときだ。
登嶋さんは自宅の住所の書いた名刺を渡し、そしてこのように話した。
「実は、高齢者の皆さんに映像をお見せするだけではなく、まだお元気な高齢者の方に(アクティブシニア)映像を撮っていただくシステム作りをしようと思ってます。
東大の稲見・檜山研究室で、これからVRがもたらす高齢者の方達の影響を研究したいのです。
檜山先生と、アクティブシニアの上位版のスマートシニア(インターネットをばりばり使う高齢者)の存在を知ってから、私は高齢者同士が寄り添うサービスができるのではないかと考え始めました」と。
「撮る側も高齢者なのか!」と今までの10倍は興味が沸いたことを今でも覚えている。
自宅にいる私の義父だって、84歳で「まだ働けることはないか?」と言っている。
隠居しても、貢献だってまだまだしたい。
働けばわずかでも収入に結びつく。それが一番大切なことだ。
だが、金銭的な問題だけではない。
役にも立ちたい。
それに、行きたいところの映像を待っているのではなく、自分で撮影に行けるのだ。
それが高齢者にとってどんなに良いことかは想像がつく。
85歳なんてまだまだ。そんな高齢者世代を、65歳で定年したとしてどうやって過ごすのか?
何よりボクにとっては、自分も撮影する側に回れるんじゃないかと目標が生まれた。
登嶋さんもみんなも生き生きしている!
日本の未来も捨てたもんじゃない
それから私は、登嶋さんの東大で行われるワークショップに再三お邪魔して、360度カメラの取り扱いを勉強し始めた。
一緒に勉強しているのは、スマートシニアのみなさんだ。

ボクは一向にうまくなれないけれど、みなさんは世界中を旅して素材作りをしている。
最近では高齢者施設を訪ねて、その撮ってきた映像をお見せしているのだ。
しかも、ワークショップに参加しているみなさんが、高齢者施設で助手を務めている。
予期していなかった嬉しい発見があると、登嶋さんは話す。撮影をしてきたみなさんが施設の利用者さんと年齢も近く、会話の内容がとても深いところまで行けるということだ。
ボクは360度カメラのボタンを押すことさえ苦労して、未だに上手にはできない。けれど、そのカメラのおかげで間違いなく外出の機会が増えた。
高齢者の皆さんの映像を見たときの、生き生きした顔を見てほしい。
そしてそれをやっているときの、登嶋さんの姿も見てほしい。
日本の未来も捨てたもんじゃないときっと思うはずだ。