このところ、社会保障の在り方を巡る議論と政策的な着地が次々と発表されていて、一つひとつ政策審議を追いかけるだけでもひと苦労な状態になっていますが、2023年1月に有識者が総出で「おっ?」と思うような事案が報道されたので取り上げたいと思います。

出産費用を高齢者の保険料で補てん!異論反論が噴出中!!

その法案とは、出産一時金を50万円に増額し、その財源を75歳以上の後期高齢者医療制度の一部を回すというものです。

重要な社会保障関連法規のひとつである「健康保険法」の改正を巡って、特に75歳以上の後期高齢者向けの保険制度での予算の一部を、これから生まれてくる子どもの出産費用助成に充当しようというアクロバティックな制度です。

出典:『第152回 社会保障審議会医療保険部会 資料』(厚生労働省)

この出産育児一時金が2023年4月に現行の42万円から50万円に引き上げられるのに伴い、75歳以上でこの保険制度の保険料率を24年度以降、段階的に引き上げられることになります。

おおむね年金収入約153万円超の人が対象で、後期高齢者の4割ほどが対象になるものと設計されております。いわば世代間の年金不均衡を正し、高齢者は高齢者の負担金や保険料でなるべく回してくれという流れに乗るものと言えます。

裏を返せば、勤労世帯だけでは、もはや高齢者世帯の生活・医療を維持する負担は賄えなくなったため、段階的に高齢者福祉を削減するよという先鞭のひとつとして出産費用を大義名分に定めて着手した、と私は見ております。

このあたり、言い訳は良いからもっと大胆に若い人への助成をしろよという考えの人もあれば、これ以上高齢者対策を削るともっと増える高齢者の生活が成り立たなくなるし介護業界も医療業界も干上がりかねないぞという反対の声も出ることでしょう。

そもそも産科は不採算!?人口の多い都市部にしかないワケ

社会保障制度は、旧民主党野田佳彦政権末期のころから三位一体改革で制度全体の立て直しをしようにも政権移行した安倍晋三政権で着手が遅れ、結果的にどうにもならなくなったという経緯があります。

前述のように出産費用の助成を後期高齢者の納める保険料から賄うという費用徴取の目的外使用となったのは印象的です。確かに「小手先の対応」であり、一時的に取り繕う策に過ぎないと批判されることは請け合いですが、他方で、だからこそ手ぬるいとするのか、そのような姑息な手段は許せないとするのかでは大きく立場が異なります。いやはや、困ったもんだなと。

一方で、政府からの出産助成金が8万円ほど増えたところで、出産にかかる費用が増えるだけであって子どもを生む世帯への救済にはならんのではないかという声も上がってます。

これはもう仕方のないことなんですが、いまの医療業界において産科は特に割に合わない診療科の代名詞になっており、リスクを負って出産する妊婦さんは別に病気ではないので、治療目的ではない前向きな医療行為であるにもかかわらず、何らかの不幸があると産科が大きな負担を負わなくてはならないときもあります。

いつ産気づくかわからない妊婦さんへの対応に計画的な出産が難しい状況は特に24時間対応を強いられる中で、医師の方も助産師さんも看護師さんも待機せざるを得ないことを考えると、相応に大きな施設に集約していかないと妊娠しても出産さえままならない状況となります。

ところが、それだけ人員も設備もかかるはずの産科は特に、人口減少地域の出産をやろうとすると超絶不採算になります。過疎に陥った地域は子どもを出産できる若い女性の住民が減っているため、お産の件数そのものが減少しているわけですよ。

不採算だから、一定の人口のいる都市部にしか産科が残らないとなると、ただでさえ人口減少で大変なことになっている地域からは子どもがいなくなってしまいます。

年金で暮らせない高齢者は生活保護に…結局国の負担は増えるのか?

構造的に子どもを生み、育てられる地域が減っているので、その予算を捻出するために後期高齢者から徴収する保険料を充当するのも非常に乱暴な手段と言えます。

一方で、減りゆく勤労人口と2040年までは増える高齢者と社会保障費とを勘案すると、これ以上高齢者にはカネをかけられないという悲惨な現状の中でどうにかやり繰りするしかない未来絵図が待っています。

おそらく、保険料を払えない、年金支給額では暮らせないという高齢者が増えたとき、頼られるのは生活保護です。しかし、その生活保護の財源の4分の3は国が負担します。 残りの4分の1が自治体負担ですが、この自治体において自前の財源で足りない場合は総務省から出る地方交付税でカバーされますが、これらも要するに国の負担です。

つまりは、高齢者に対する予算は、保険料であれ生活保護であれ最終的には国が丸抱えで高齢者の生活を支えることになりますから、本来ならば、この手の高齢者支援制度を一本化してわかりやすくし、年金と医療は国が面倒を見るよという線引きをし直す制度改革が本来は必要なのでしょう。

ただ、ご承知の通り岸田政権の支持率が低迷する現状で「社会保障制度を抜本的に見直すので国民もご了解のうえでどうか我慢してください」と言われて納得できる国民がどれだけいるのかという話になります。

痛みに耐える改革を進めて合理化しようにも、その痛みに耐える国民が政権を放り投げることになれば、破綻するまで現状維持するほかなくなってしまいます。

かといって、いままで納めた年金を含む社会保険料に見合う生活を政府には保証してほしいというのもまた人情ですし、当初は国がそうするからと言って国民に納得させ制度をつくりカネを入れてもらったからには、後から「カネが尽きて都合が悪くなったのでお前らに払うおカネは減らします」と言われたら“一揆”が起きるのも当然です。

所得税の「N分N乗方式」も議論の俎上に!

今後は制度改革の柱として、ある種の切り札的に言われ始めた、少子化対策としての所得税「N分N乗方式」導入が今後議論され始めます。これは、いまの税制をガラッと改め、個人単位の収入から世帯単位とし、その世帯に住まう人数分で収入を割り、その収入から税率を決めるというある種の独身キラーみたいな制度が検討されることになります。

これは、少子化対策である程度うまくいっているフランスなどが導入している制度ですが、伴侶に先立たれた年金生活高齢者などはどうするのという議論はこれからで、いま私らが見ている限り結構雑な感じで議論がされているのでおそらくは向こう4、5年ぐらいはぐずぐずと与野党で議論されたまま進まないんじゃないのかなあと思っています。なんというか、結構重要な議論だと思うんですがダラダラしてるんすよね…。

本稿でももう何度も書いてますが「もう社会保障回らないぞ」ということで、いよいよ本格的に改革しないといけない段取りに入ったはずなのに、なんかこう、全体的にこれでいいのかという感じで進んでいるのは岸田政権だからなんでしょうか。もちろん、それでも何も進まないよりは総理の「やるぞ」感で前には動いているので救われてはいるのでしょうが。