2016年度の介護保険のサービスの総費用が10兆円に迫る状況であったことが、先日厚生労働省が取りまとめた報告の中に入っており、物議を醸しております。と申しましても、2014年には「いまの介護保険制度のままでは2018年には総費用が12兆円を超えかねない」という試算もあったので、これ自体はそう驚くことでもないのですが、増えるとわかっていて、手を打ってきたけどやっぱり予想通り増えたというのはショッキングなのかもしれませんね。
介護費を抑制しようと頑張って本当に抑制されると、
必要な人全員には介護サービスが行き渡らなくなる…
報告書もこちらにあるのですが、概要をざっと見るだけでは「これのどこがどういう意味を持つのか」がわかりづらいのもまた事実でありまして、悩ましいものがあります。要介護の認定者数の伸びが止まらないのは仕方がないとして、医療改革のほうでは前年比マイナス0.4%と総費用の伸びが抑制された一方、介護費については1.8%増。とはいえ、介護を必要とする人数も増えているので1人当たりの費用が増えているわけではないというのもポイントになるのではないかと思います。
つまり、介護を必要とするお年寄りが増えたので、介護費の伸びを抑制しようと頑張って本当に伸びが抑制されると、必要とする人全員には介護サービスが行き渡らない問題が続発するよ、ということですね。おそらく、介護の現場では地域での訪問介護の件数が増えているのではないかと思います。
介護保険給付費においては、大きく変化しているのが居宅介護の約4兆4,500億円(前年度比5%減)と地域密着型介護が約1兆3,600億円(前年度比35%増)で、地域密着型介護の伸びが目立ちます。2015年に改正された地域医療介護総合確保推進法による介護保険制度では、介護老人保健施設の新規入所者は要介護3以上が条件となり、地域包括ケアシステムによる制度変更も大きな要因となって、地域密着型介護の費用が増大したことになります。
果たしてこれで本当に社会保障費全体の伸びが抑えられつつサービス水準が維持できるようになるのかはわかりませんが、1人当たりの介護費は、地域密着型介護のカテゴリーが前年度比33%の大幅増になっています。もちろん、もっと浸透していけば1人当たりの介護費の増加は抑えられるのかもしれませんが、「今度は介護保険を担う各事業者の負担が増大することでもあるため、そう簡単じゃないよなあ」と思うわけであります。
跳ね上がった状況は以下の図の通り明らかで、制度変更が定着するまでは何とも言えない感じではあります。もちろんその主たる理由は、新規に特養ホームに入所できなくなった要介護1・2の受給者数が急増して地域密着型介護サービスを受給する人数が増大したからで、いままで介護老人保健施設や特別養護老人ホームに収容されていたはずの高齢者が一気に地域や居宅介護に回る以上、これは仕方のないところであります。
しかしながら、介護が必要な高齢者が文字通り“ひとつ屋根の下で集住”する福祉施設の運用よりも、いろんなところに点在して住む高齢者をいちいち訪問して介護サービスを提供して回るほうが予算が多くかかり、1人当たりの介護費が増大する傾向になるのもまた、当然と言えます。本来は、高齢者がどのくらいの期間を終の棲家としてその地域に住まわれるのかという期間と人数を考えたときに、首都圏と地方では取り組むべき仕事量がそもそも違います。
要介護認定率という点では、最高が和歌山県の22.2%に対し最低は埼玉の14.4%であり、介護認定の基準調査が策定された2010年はおおよそ認定率が10%であったことを考えると、地域によって要介護認定に大きな差があるとわかります。日本経済と財政規律を守るための基本方針である「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2016」においては、介護費の地域差縮小を重要項目のひとつに掲げておりまして、これは本当に大丈夫なのか、と言いたくなる部分はあります。
介護保険の適用は特定地域に限るなど、
介護体制をより効率的にするための座組が必要
社会保障改革全体で言うならば、受けるサービスの量によって払われるべき応益負担と、払える能力(持っている資産や所得など)に応じて払う応能負担とがあり、これらの介護保険の事業費の増大は年金や医療などとセットで大枠の社会保障費の伸びの抑制という文脈で捉えられることも多いため、骨太の方針として「国全体の社会保障費を考えるにあたっては、その年代の問題はその年代の国民が持つ資産や所得でカバーして、次世代にツケ回しをしたくない」という議論になりやすいのです。
しかしながら、当みんなの介護「ニッポンの介護学」でも指摘されるように、後期高齢者の自己負担3割(3割負担の対象となるのは一人暮らし世帯では340万円以上の年金収入などを得ている高齢者)の議論では単に介護保険を含む社会保障費の増大に歯止めをかけるための自己負担率の引き上げという内容に加え、2000年度に総額3.6兆円だった介護費が2016年度までに9.9兆円まで増えて、次世代へのツケ回しどころか税金まで投入して身動きが取れなくなりつつあることが鮮明になってきています。
いまや40代の保険料も引き上げざるを得ず、「社会保障費が実質的な歯止めなき増税になっている」と言われても仕方のない部分はあります。皆さんも働いておられると超天引きされてると思うんですよね、社会保険料。マクロスライドのある年金基金や抑制効果が表れ始めている薬価についで、そろそろ介護費用や診療報酬をどうにかしないといけない、というのは仕方のない流れなのでしょうか。
これでなお、社会保障費の増大傾向が変わらず、その主要因のひとつが介護制度にあるとなれば、地域で受け持つ介護の充実というお題目からさらに一歩進んで、介護保険を適用される地域は高齢者が密集して住める自治体の特定地域に限るとか、より効率的な介護体制を実現するための座組が求められていくでしょう。
つまり、介護を受けられない地域に住む自由はあるけれど、介護を必要とするならば都市部や高齢者の集住地域に引っ越してきてください、というアプローチです。いまでもいざというときに受け入れられ得る救急のある大学病院の周辺に高齢者が自主的に集住し始める動きはありますが、介護もまた、電気水道ガスなどのライフラインや防災、救急などと同様の公共サービスに属するものと再定義し、水準を維持するためにどうするべきかを積極的に考えて政策を立案しなければならない状況になったのではないか、ということになります。
国(厚生労働省)→都道府県→各自治体と支援のお題目が揃い始めたのは朗報ですが、おそらくは終わりなきコストダウンの中で要介護認定者が増え続ける状況をどうにかし続けなければならない、というのは実に苦しいものがあります。魔法の杖も銀の弾丸もありませんので、上手く整理できる仕組みが欲しいなあと強く思うわけなんですが。