古くから温泉地として知られている新潟県湯沢町。この地域には、2011年より認知症支援・予防策として、地域の人々が一緒に農作業に従事する「アクション農園倶楽部」がある。イベントとしてではなく、日常の中で自然に人が集まって交流できる場所として途切れることなく取り組みが続いている。今回は、丸山静二団長にその継続の秘訣と認知症への効果、地域の目指す姿についてお聞きした。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・丸山静二】
認知症の人への支援策として
「アクション農園倶楽部」を開始

「アクション農園倶楽部」が誕生したのは、2011年です。湯沢町の住民たちが集まって認知症に関する施策をそれまでの行政主導から、当事者本位へ見直すための話し合い「アクションミーティング」で集まったことがきっかけです。同級生がたまたまその会議のメンバーにおり、私も参加させていただきました。
会議を進めているうちに、認知症の人が地域に昔から多くある田んぼや畑での作業にかかわることが、過去を思い出すきっかけになるのではないかと思いました。そこで、「みんなで畑をやりましょう」と提案しました。このアイデアに多くの方が賛同してくれて、2回目の会議でアクション農園倶楽部という名前が決まり、全4回の会議で、すでに今の取り組みの構想は完成していました。
当時の私は、認知症のことについてまったくわかっていませんでした。そのうえ、田んぼや畑での農作業もしたことがありませんでした。ただ、認知症の人にとって、花を植えたり、歌を歌ったりすることが良いということは知っていました。
きっかけは「アクションミーティング」での話し合い
新潟県湯沢町は、緑豊かな土地で、古くから温泉地として知られている。人口は約8,000人で、そのうち3割以上を高齢率が占めており、認知症の方も多いという。そんな状況に対して、町では役所と民間の方々による「アクションミーティング」が開催されていた。
アクション農園倶楽部は、その会議が発端となって始まった。活動内容は、毎週火曜日の午前中に、畑の世話をしたり、お茶を飲んで話をしたり、収穫した野菜を一緒に食べるたりすることだ。単発的なイベントとは異なり、毎週必ず同じ場所で開催されるので、参加者にとって非常にわかりやすく、足を運びやすいのが特徴だ。

畑の管理は地域のつながりに支えられている
アクション農園倶楽部の取り組みは、多くの地域の方に支えられている。丸山さんは、生まれも育ちも湯沢町で地域に馴染みが深い。マンション管理の仕事のかたわら、団長としてアクション農園倶楽部での活動に精力的に取り組んでいる。
活動のために必要だった畑は、湯沢町にいる丸山さんの同級生が活動を応援したいと見つけてきてくれたものだ。また、9年間拠点となっていた畑が諸事情で引越しを迫られたときも、話を聞いた同級生のお兄さんが次の畑を見つけてきてくれた。

さらに、畑の管理も多くの方に支えられている。畑は、農作物の日々の世話や周辺の草刈りなどが定期的に必要となる。しかし、丸山さんが畑に行くのはほかの参加者同様、週に1回だけだ。なぜなら、畑の近所に住む方や参加者が散歩のついでと言って手をかけてくれているためだ。
この活動を講演やメディアを通して知り、自分の地域で試みる人も多くいるが、うまくいかないケースが多いそうだ。無理な努力をしないで活動することが、長く続けていく秘訣だと丸山さんは言う。
活動にあたって「認知症」への理解が
とても重要なことだった

この活動を始める前、私自身、認知症について詳しくは知らなかったんです。なので、活動が決まってから「認知症サポーター養成講座」を4回ほど受けました。その中では、「同じ目線で話さなければならない」「後ろから急に話しかけてはいけない」などの基本的なことを勉強しました。
アクション農園倶楽部には保健師さんも来るので、何かあっても対応をお願いできます。さらに、その日の体調なども確認できる場になっています。活動の中で実感したのは、認知症の方には怒らず、常に優しい心で対応することが一番だということです。当たり前ですが、認知症の方も同じ「人」なので、心を開けば自然と相手に優しくなるんだと思います。「一緒に畑で土いじりをしよう」とお誘いして、皆さんと楽しい体験ができる場を提供することで、認知症の症状も穏やかになる気がします。
そのほか、取り組みに参加すると、表情が豊かになる方が多くいます。ご家族の方からは、「毎週畑に行くようになってから元気になった」といった話も聞くようになりましたね。
認知症の方が地域とかかわる場所をつくる
認知症に関する知識がないと、対応ひとつで認知症の人を驚かせてしまったり、感情的にさせてしまったりすることがある。そのため丸山さんは、認知症に関して事前に勉強をしたそうだ。
また、徘徊で行方不明になってしまうことや、人に迷惑をかけてしまうことを恐れて、家族が認知症の高齢者を家に閉じ込めてしまうケースもあるそうだ。丸山さんはそうした状況に対し、「家に1日中閉じ込められていたら、認知症でない人でもおかしくなりそうですよね」と話す。
アクション農園倶楽部をスタートさせてから、表情が豊かになり、体力的に元気になった高齢者が増えた。家族の意見から、農作業を通してコミュニケーションをとることが、認知症の症状の緩和にもつながっているようだ。

偏見をなくして対等に接することが必要
高齢者とのコミュニケーションの中では、苗字ではなくて名前で呼ぶことを心がけています。目線を同じくらいにして、名前で呼ぶと一気に親しくなれますね。また、私は以前から、自分より年上の人を「先生」と呼ぶ癖があるんです。認知症の方を「先生」と呼ぶと一気に距離が近くなる気がします。畑で「先生、これはどうなんですか」と聞くと、皆さん喜んで教えてくれます。

認知症の人も、私たちと同じ「普通の人」です。認知症だからと偏見を持つのではなくて、対等に接していかないといけないですよね。心を開いて接することで、自然と相手も心を開いてくれるんだなと思っています。
これまでの活動を地域の人が知ってくれて、子どもたちや研修医や看護師が参加してくれることもあります。多いときには50人にもなります。若い人から「接し方がわからない」などと質問されたときには、「一緒に楽しんでやればいいんだよ」と言っています。
誰もが気軽に声を掛け合える
地域のコミュニティをつくりたい

町のホームページでも宣伝してくださっていて、「農作業ができるかどうかは関係ありません。お茶を飲んで会話するだけでも良い」と書いてあるんです。この先も、認知症の人が減ることはないので、ずっと続けていかなければと思っていますね。
以前に、認知症のおばあちゃんが徘徊をして線路に迷い込んでしまい、電車にひかれて亡くなったというニュースがありました。私は、会話する町をつくりたいと思っています。
認知症かどうかにかかわらず、道ゆく人に「どこにいくの?病院?」なんて会話ができる空気があれば、行方不明になる方はいなくなるんですよね。アクション農園倶楽部は、住民同士で会話ができるコミュニティをつくる土台でもあるんです。
自分もいずれは認知症になるかもしれません。それまでには、住民同士の会話が広がって、安心して暮らせる町になっているのではないかと思っています。
「定番化」することで安心して足を運べる場所に
丸山さんが目指すのは、足を運んだ高齢者たちが「今日も開いていて良かった」と思える場所だ。悪天候でも、活動の日には丸山さんは畑に向かう。雨で畑ができないときも、お茶を飲んだり会話をしたりして楽しんでいる。
「決まった時間に決まった場所に行けば、人と会話ができる場所があること」こそが重要だと、丸山さんは教えてくれた。

湯沢町には、共同浴場の文化がある、浴場で近所の人と「元気か?」「変わりはないか?」などと、何気ない会話していたそうだ。日常的に人とコミュニケーションをとる文化のある町だからこそ、アクション農園倶楽部でも同様に多くの人と一緒に交流を楽しみたいと丸山さんは言う。
オフシーズンにも交流を絶やさない工夫を
認知症になると、一人での外出時に帰り道がわからなくなったり、徘徊で行方不明になってしまうことがある。そんなときでもアクション農園倶楽部で顔を覚えている人だったら、本人に声をかけたりすることができる。さらに、目撃情報を家族に伝えることも可能になる。この活動を通して地域のネットワークを構築し、行方不明者をゼロにしたいと丸山さんは構想している。
最近では、冬の休園期間に、みんなで集まって室内ゲートボールを行っている。アクション農園倶楽部が開園する夏場だけではなく、冬も「あの人最近来ないけど、どうしたのかな」「怪我をされたそうだから、元気になったらまた声をかけよう」など、個々が気にかけている。メンバーの顔や状況を把握し合えるような、関係性がつくれられているということである。
現在、アルツハイマーの新薬が注目されているが、当面は高齢化で認知症の人が減ることはない。そのため、丸山さんはこの活動を一生続けていくつもりだそうだ。ただ、体力にも限界があるため、今後の課題は「次世代の担い手」を見つけることだと話してくれた。
※2021年5月11日取材時点の情報です
撮影:小池京平