新潟県見附市は、「住んでいるだけで『健幸』になれるまちづくり」のための総合施策である「スマートウエルネスみつけ」で注目されている。市民が地域で「健幸」に暮らせることや、健康や運動に無関心な市民も自然に健康になれるまちづくりを目指すためのものだ。運動促進や歩道の整備、宅地造成、コミュニティが生まれるたまり場づくりや庭園の運営など、さまざまな取り組みを進めている。今回は、久住時男市長にこの施策の理念や内容についてお聞きした。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・久住時男】
見附市の「健幸づくり」は
行政による健康増進施策の先駆けに

見附市では、2016年度からの「第5次見附市総合計画」で「スマートウエルネスみつけ」の実現を掲げ、推進しています。これは「住民が健康で元気に幸せに暮らせる新しい都市モデル」である「スマートウエルネスシティ(Smart Wellness City、SWC)構想」に基づく都市計画です。
Smart(賢明、快適、エコ、美しい)とWellness(健康、安心)、City(まちづくり)とあるように、市民が健康で幸せに暮らすための「健幸づくり」とは「まちづくり」そのものです。今でこそ政府も健康増進政策に力を入れていますが、私が見附市長に就任した2002年当時は、市議会でも「健康のために税金を使う必要はない」という声がありました。
そこで、高齢者向けの「健康運動教室」の運営を始めました。つくばウエルネスリサーチ社と共同で2003年からの3年間で同年齢の約300人の高齢者の年間医療費を調べたところ、健康運動教室の参加者の平均医療費は不参加の人より約10万4,000円も少ないことがわかったのです。
ほかの自治体でも同様の結果が得られており、健康づくりが医療費や社会保障費の抑制につながることが証明されました。こうした調査は世界初だそうで、行政による健康増進施策が求められるきっかけとなりました。2009年には行政の健康増進の取り組みを研究する「SWC首長研究会」を発足させ、活動を続けています。発足当初は9市のみでしたが、現在は106の自治体の首長が参加しています。
外出したくなる場づくりで高齢者の自発的な行動を促す
スマートウエルネスみつけでは、見附市が従来から進めてきた「いきいき健康づくりの4本柱」である食生活(食育など)、運動・スポーツ、生きがい(ボランティア活動など)、健診・検診の健康づくり事業への参加の呼びかけを行っている。そして、無関心な市民でも自然と健康になれる「住んでいるだけで健幸になれるまちづくり」の実現を目指す。

具体的には、健康運動教室などの開催のほか、「社会参加」をキーワードに街の「ハード面」の整備として外出したくなる場づくりを進めている。例えば、「歩きたくなる歩道」や、「まちの駅(ネーブルみつけ)」、「地域のたまり場」の機能を持つ「ふるさとセンター」、ホテルが隣設している「みつけイングリッシュガーデン」などの整備だ。いずれも人気を博している。

久住市長は、「例えば、子育て支援センターや健康づくりセンター、行政サービスの拠点などがあるネーブルみつけは、年間約50万人が集うコミュニティ・スペースとなっています。また、市民ボランティアが管理するみつけイングリッシュガーデンも、市民だけでなく全国から年間15万人が訪れる名所となりました。市民の生きがいづくりにもつながっています」と説明する。
定年後にも生き生きと暮らせる環境を整備
新潟県のほぼ中央に位置する見附市は、人口が約4万人、世帯数は1万5,000強だ。久住市長は「観光資源などは何もない町なので、かえって新しいアイデアをどんどん出すことができました」と胸を張る。
久住市長は、以前は商社に勤務し、海外赴任の経験も長い。現地で学んだことを施策に生かし、多くの「世界初」や「国内初」の取り組みを続けてきた。
「アメリカで仕事をしていたときには、30代の若者から60代の定年後の夢を聞いて驚いたことがあります。日本では考えられませんよね」
こうした体験もあって、2005年には「ハッピー・リタイアメント・プロジェクト」が誕生した。これは見附市での生活を考える定年退職者などが地域で楽しく暮らせるように応援するプロジェクトだ。

ここから発足した市民活動グループ「悠々ライフ」は、「頑張らない、競わない、出入りが自由」がテーマで、「仕掛人」と呼ばれるスタッフが、さまざまな行事を企画・運営している。
「健幸ポイント」の実証実験で
健康に無関心な層への働きかけに成功

SWC首長研究会では、運動をすれば健康になり、医療費や社会保障費も抑制できることが証明されたほか、公共交通が充実しているために車をあまり使わない都市部の方が糖尿病の患者が少ないことなども報告されています。
一方で、運動や健康づくりに無関心な層に働きかけることがネックとなっていました。そこで研究会で提案された「健幸ポイント」の実証実験を、2014年12月から2017年3月にかけて6つの市が合同で行うことになりました。
健幸ポイントとは、毎日の歩数や健康運動教室の参加など健康増進活動の内容に応じて地域で利用できるポイントを付与する仕組みです。市民は専用の歩数計などを使って運動量に応じた健幸ポイントを貯めることで、1ポイント1円換算で市内で使える商品券を獲得できます。
実証実験には60~70代を中心に約1,500人が参加されています。このうち約8割は、運動習慣のない方でした。それが開始6ヵ月後には、参加者の平均の歩数が推奨値の1日8,000歩を超えるまでになりました。参加者の医療費も年間約5万円減り、市全体で年間約7,500万円の抑制効果が推定できました。
「健幸ポイント」によって自主的に運動する人が増加
「健幸ポイント」の実証実験に先駆けて、「人はお金で動くのか」「人はいくらであれば動くのか」ということがスマートウエルネスシティ総合特区の6市で調査された。その際、日本人はもらう金額が多すぎても少なすぎても動かず、「年間約2万4,000円」が最適だと判明したこともある。さらに見附市に限定すると、「年間2万2,000円」で、参加者のうち今まで健康や運動に無関心だった79%の人が運動するようになった。
実証実験後も2017年7月から単独事業として年間6,000ポイントを上限に継続しているが、参加傾向に変化はない。
2020年度募集の例では、年度中に30歳以上の見附市民300人を募集した。参加費は無料だが、歩数計の代金5,230円を支払う。参加者は歩数計を装着し、運動教室などに設置された体組成計で体組成を計測、このデータを市役所などの専用パソコンに取り込む。取り込んだデータはシステムで管理され、努力や成果がポイントとして蓄積される。本人は、自分の日々の変化を確認することもできる。
貯まったポイントは1ポイント1円換算で、地域で使える商品券との交換か、市内の小中学校などへの寄付が可能だ。
久住市長は「歩数に応じて『がんばってますポイント』や体重減少による『変わりましたポイント』などが貯まり、楽しみながら参加できるのが特徴です」と話す。
口コミで健康に関する知識を広める取り組みも
地域活性化総合特区で開発・運用された「自治体共用型健幸クラウド」も新しい取り組みだ。2011年に見附市を含む7自治体(見附市、新潟市、三条市、福島県伊達市、岐阜県岐阜市、大阪府高石市、兵庫県豊岡市)と2団体が連携し、実行されている。
健康ビッグデータを活用するシステムで、7自治体の国保データと介護保険や社会保険の健康診断などを管理・分析して疾病リスクを把握。生活習慣病の予防に役立てることも可能だ。
また健康維持には口コミも重要なことから、健康に関する知識を広める「健康の伝道師」として「健幸アンバサダー」の養成・任命の事業も進んでいる。
養成講座を受講して健幸に関する正しい知識を持った健幸アンバサダーには、2020年10月現在で全国において約2万1,000人が登録している。管理・推進を行う事務局では、200万人の登録を目指す。
久住市長は、「社会の高齢化による医療費や介護費の財政負担を軽減するには、健幸になることが1番ですから、見附市としても健幸アンバサダーの口コミには大きく期待しています」と説明する。
「ウエルネスタウンみつけ」から
健幸政策と無電柱化を広めていく

見附市では、もうひとつ国内初の取り組みがあります。それは、市が住宅地を開発する「ウエルネスタウンみつけ造成事業」です。2012年の構想開始から6年をかけて2018年に完成しています。
私には以前から理想的な住宅街をつくりたいという気持ちがありました。そのため、市が買うことになった4.5haの土地を住宅地にすることにしました。「住んでいるだけで健康になるまち(スマートウエルネスシティ)」と、「住んでいるだけで健康になる住宅(スマートウエルネス住宅)」が融合した先進的な地域です。
最も大きな特徴はまちの無電柱化です。東京でも無電柱化は8%程度ですから、全国的にみるとかなり低い割合です。これは無電柱の工事が高額なためですが、見附市では全国初の低コストでの無電柱化を実現しました。
「ウエルネスタウンみつけ」から、健幸政策と無電柱化の低コスト工法が全国に広まればと思っています。
低コストでの無電柱化を実現
健幸都市づくりを進める見附市による、「住んでいるだけで健幸になる住宅地」が74区画の「ウエルネスタウンみつけ」である。
JR見附駅西側の市有地4.5haに、平均約79坪の分譲地74区画を整備、2017年度から第1期分譲を開始している。小川や遊歩道、公園が整備されているため、子育てにも適した環境だ。そのうえ住宅建設にあたっては、ガイドラインを定めるなど、景観を重視している。JR見附駅から徒歩9分、中之島見附ICから車で8分ほどであり、また市内を回遊するコミュティバスのアクセスもよく、ショッピングセンターも近い。

また、低コストの無電柱化については視察や問い合わせも多い。国から技術的支援を受けて、交通量の少ない生活道路のみ認められる電線の「浅層埋設方式」と、路面に埋めた小型ボックスに電力と通信のケーブルを収納する「小型ボックス活用方式」を採用。併用することで、低コスト化が可能になった。
久住市長は、「無電柱化によって美しい景観と広い歩道が生まれ、自然と歩きたくなる住宅地になっています」と説明する。無電柱化は災害時などの倒壊による道路や家屋への影響、停電のリスクが解消できることも大きなメリットだ。
住民の9割が住みやすさを実感
「住みたい 行きたい 帰りたい― やさしい絆のまち みつけ」を基本理念とする見附市では、1993年から2年に1回、満18歳以上の市民の中から無作為に抽出した1,200人を対象に「まちづくり市民アンケート」を実施している。2020年の調査では、開始からはじめて「住み良い」「どちらかといえば住み良い」と感じている人が9割を超えた。
「ずっと住んでいる高齢者にも、若い方にも、住み良いと感じてもらえているのはうれしいですね」と久住市長。
「スマートウエルネスみつけ」などのさまざまな取り組みが、市民が感じる「住みやすさ」をつくっていることが伺える。
これらの取り組みにより、2017年には「コンパクトシティ大賞」の最高賞である「国土交通大臣表彰」と「第5回プラチナ大賞」最高賞を受賞、また2018年には「第3回先進的まちづくりシティコンペ」最高賞を受賞している。
久住市長は、「小さな集落を大切にし、それぞれの集落の良さを生かしたコンパクトシティづくりを進めたい」と話す。これからも興味深い施策が期待できそうだ。
※2020年11月24日取材時点の情報です