大阪府泉大津市では、独自の視点で健康維持や健康増進のための施策を展開している。その代表格といえるのが「あしゆびプロジェクト」だ。人間の体の土台というべき「あしゆび」を鍛えることで、転倒防止や寝たきり状態になることを予防する。今回はその旗振り役を担う南出賢一市長より、2025年に向けて大きなビジョンを展開する泉大津市のまちづくりや健康づくりについて話を伺った。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・南出賢一】
高齢者の健康寿命を延ばすために
体の土台となる「あしゆび」を鍛える

現代を生きる日本人の健康寿命を延伸させるためには、どのようにすれば良いでしょうか。私はこの課題に対する本質的解決策を追求・研究していく中で、体の土台というべき「足」に着目しました。
現代人の多くは「浮指(うきゆび)」といって、足の指が上方に反るように浮いてしまっています。これが原因となって転倒などの事故を引き起こし、ひいては高齢者の要介護の原因にもなり得ます。
「あしゆびプロジェクト」は、市民が一生涯にわたって寝たきりにならず、健康な暮らしを送るための土台づくりを行うために始めたものです。子どもから高齢者まで、現代人の生活習慣を改めて、足の指を使った正しい姿勢と動作を覚えることで、実現が可能だと考えています。
「あしゆび体幹体操」でバランス力を強化
あしゆびプロジェクトがスタートしたのは2018年のこと。まず、身体を支える土台となる「あしゆび」のセルフケアに関するパンフレットが作成された。次いで、JAPAN体幹バランス指導者協会代表の木場克己氏の監修の下、「あしゆび体幹体操」がつくられている。
これらは、あしゆびから足裏の筋力と足首周りの筋腱を鍛えて、体幹バランスを強化することを目的としている。この体操を継続的に行うことで、転倒や大きな怪我を予防することが期待できる。しっかり踏ん張れる足や転びにくい身体をつくることは、健康寿命を延ばすことにもつながる。
泉大津市は、高齢者の介護予防サークルなどの協力も得ながら、市民への認知浸透に努めてきた。

あしゆび体幹体操を実践している高齢者からは、「血行がよくなり、足がぽかぽかして、冷え性が治まった」「以前より階段の上り下りが楽になった」「転びそうになったときにあしゆびで踏ん張ることができて、転ばずに済んだ」という感想が寄せられているという。
地元の特産品・毛布の縁でつくった「モフ草履」を活用
ほかにも、「草履を履くとあしゆびが鍛えられる」という意見を取り入れ、泉大津市の特産品である「毛布」の縁(へり)を用いて編み上げた「モフ草履」を製作。「鼻緒のある履物」を履く習慣づくりを、市内で推進している。さらに市内のモデル園の園児らに対しては、協賛機関の企業からの寄贈により「足袋シューズ」の提供を行った。
取材で市役所を訪れた際も、市長をはじめ、多くの職員の方々が鼻緒のある履物を履いていた。感想を求めると、多くの方が「あしゆびを意識して歩くことができている」と答え、その効果を実感している様子だった。

また足袋シューズを履いた幼児たちからは、「かけっこが速くなった」という声も聞かれた。
あしゆびプロジェクトの効果検証のため、泉大津市では職員を対象に、母趾(第一番目の足の親指)および第二趾(母趾の次の足趾)の挟む力の測定を実施。その結果を見ると、多くの年代層で数値が上昇し、状態が改善されていた。プロジェクトの効果は確かに現れているようだ。
「真に効果的な解決策は何か」を考え
既成概念にとらわれない健康づくりを

私が最も大切にしているのは、既成概念にとらわれずに、真に効果的な解決策を探っていくべきということです。そのためには、西洋医学だけに頼るのではなく、日本人が古くから脈々と受け継いできた知見を生かすことも重要だと考えています。
あしゆびプロジェクトも、このような考えに基づく取り組みです。日本人は古来より鼻緒のある履物に親しんできました。よく「昔の日本人は足腰が丈夫だった」という話を聞きますが、もしかすると、それは鼻緒のある履物という文化によっているところも少なくないのではないでしょうか。また、「和式便所にまたがる」という習慣のことも無視できません。というのも、しゃがむときにはあしゆびにチカラが入り、地面を掴むようにしなければいけないからです。
今後は、自然の力も積極的に採り入れていきたいですね。現在、私が執務する市長室では、クスノキの成分を噴霧するミストを使用しています。古来よりクスノキやヨモギの香りには防虫作用があるとされてきました。私はこれらの植物に、ほかにも活用方法があるのではないかと思っています。柔軟な発想でさまざまな知見を取り入れ、高齢者をはじめとする全世代の方々の健康づくりに役立てていければと考えています。
「足形」のビッグデータが市民の健康を変えていく
泉大津市では現在、ビッグデータを活用した健康づくりや、生活習慣病予防のための取り組みを推進している。足と靴のフィッティング専門店「My Foot Station泉大津店」は、そんな取り組みをバックアップするために泉大津市が誘致した店舗だ。足に特化した3Dスキャン技術を駆使し、一人ひとりの足にあわせたインソールの製作を行っている。

「ここには膨大な数の『足形』のデータが蓄積されています。『これを活用することで、杖がなければ歩けなかった高齢者が自分の足で歩けるようになれば』と考えています。また、ゆくゆくは足だけでなく血液などについてもデータを活用していきたいと考えています。これらに代表される健康づくりのための選択肢を豊富に用意することを『泉大津版リビングラボ』と名付けて推進しています」と南出市長は語る。
古くからの知見だけではなく、新しい技術も柔軟に採り入れ、あらゆる世代がいきいきと暮らせる街づくりを目指しているということだろう。
あしゆびプロジェクトなどの拠点となる場所を整備
「My Foot Station泉大津店」があるのは、南海本線・泉大津駅からすぐの高架下にある複合施設「OZU ROOF(オズルーフ)」内。泉大津駅周辺のさらなる賑わい創出と、あしゆびプロジェクトをはじめとする健康づくりを目的として、2020年に開設されたものだ。
同時に、子どもたちが裸足で安心して遊べるようにと、芝生エリアもある開放的な広場「MONTO PARK(もんとパーク)」がオープンしている。

OZU ROOFとMONTO PARKは、泉大津市と高架下を管理する南海電気鉄道の共同事業。このように泉大津市は官民連携・市民共創の取り組みを積極的に推進している。さまざまな業界・世代の意見・アイデアを採り入れることで、課題解決のための選択肢に富み、高齢者はもちろん、あらゆる世代が心地良く暮らせる持続可能な街づくりが進められている。
2025年を中期的なゴールとして
「健康モデル都市」を実現へ

2025年の「関西・大阪万博」を中期的なゴールに見据え、泉大津市はこれから1年ごとに大きな取り組みを実施していきます。そして、そこで得た知見・経験を取りまとめ、万博の場で何らかのかたちで発表し、「健康モデル都市」として健康づくりに役立つ情報を世界に向けて発信していきたいと考えています。
高齢者を含めたあらゆる世代が、人間本来のアビリティ(能力)を発揮できる社会の土台があり、万が一、病気や怪我をしてしまった際には、しっかりとバックアップできる医療体制が整っている。それが、私の目指す健康モデル都市です。
2021年夏頃には、新図書館を開館予定です。開架数は現在の約2倍の15万冊、座席数は現在の約10倍の500席に増やし、市民の憩いと触れあいの場としての機能を拡充する予定です。
その翌年の2022年には市制80周年を迎えるため、市民の方々が心をひとつにすることができるイベントなどを開催する予定です。
そして、2023年には泉大津市の新たなランドマークとなる「ヘルシーパーク」を開設します。2017年に閉館した市民会館跡地を中心とする約3.94haの広い敷地を活用し、スポーツやイベント、市民活動などができる大型公園をつくる予定です。
さらに2024年には、高度急性期医療に対応できる新病院を開設します。いざというときに市民の命を守れるよう、医療体制を整えるのです。
これらを実現することで、市民の方々が自分らしく暮らせる環境をつくりたいと考えています。
高齢者を含む幅広い世代が集う図書館「シープラ」が開館予定
2025年のゴールへ向けた取り組みの第一歩となるのが、2021年夏頃に開館予定の新しい図書館「シープラ」だ。交通アクセスの優れた泉大津駅前の商業施設内に移転する。幅広い年齢層が集い、交流する、市民の憩いの場としての利用も期待される。
また、本を読む場所としての機能に加え、健康増進をテーマにセミナーなどが開催できるスペースも用意される。イベントも開催予定で、高齢者を含めた多世代が交わる施設となることが目指されているのだ。
市民の健康を支援する施設がまちに備わる
2024年に開設予定のヘルシーパークでは、さまざまなアクティビティをサポートできるよう、屋内の多目的スペースをはじめ、シャワールームなどを備えた公園管理施設が整備される。
また園内には、官民連携のコンテナやビレッジも整備される。健康サービス体験ができる機能や健康維持・増進に役立つ機能のほか、「食を通じて健康になる」をテーマにしたカフェ・レストランも設けられ、高齢者を含めたあらゆる世代が健康的な暮らしを実感できるような施設を目指している。
これらの施設では、前段で触れた泉大津市版リビングラボの実証実験や、研究開発の成果の発信が行なわれ、将来的に高齢者福祉にもメリットをもたらすことが期待されている。
※2020年11月24日取材時点の情報です
撮影:岡屋佳郎