Q.42 政策について…政治家が叩かれるだけでなく、官僚も同じく批判の対象になるべきだと思うのですが、いかがでしょう?(HARIBO・自営業)
テレビや新聞、ネットメディアが政治家をバッシングする光景はよく見ますが、官僚を叩くのはあまり見かけません。いや、僕が見過ごしているだけかもしれませんが、政治家が叩かれる方が多いのは間違いないと思います。ナゼですか? 実際に政策を考えている官僚も、政治家と同じ立場で批判の対象になるべきだと思うのですが。
官僚に対する批判がメディアを通じてなされないのは、非常にまずい事態だと思っております
確かに最近は官僚に対するバッシングは減りました。その理由は2000年代後半にメディアと民主党が一体となって展開したいわゆる「官僚たたき」があまりにも的外れなものであったため、メディアから官僚批判論者が一掃されてしまったからだと思います。振り返れば2009年に誕生した民主党政権は当時の政治体制を「官僚主導」と呼んで、それを「政治主導」に転換することにより日本の課題の多くは解決すると主張し、国民もそれを支持しました。当時の鳩山総理の所信表明の演説には以下のような文言があります
「鳩山内閣は、これまでの官僚依存の仕組みを排し、政治主導・国民主導の新しい政治へと一八〇度転換させようとしています。各省庁における政策の決定は、官僚を介さず、大臣、副大臣、大臣政務官からなる「政務三役会議」が担うとともに、政府としての意思決定を内閣に一元化しました。また、事務次官等会議を廃止し、国民の審判を受けた政治家が自ら率先して政策の調整や決定を行うようにいたしました。重要な政策については、各閣僚委員会において徹底的に議論を重ねた上で結論を出すことにいたしました」
このように当時は「政治家か官僚か」という二者択一のモデルで政策決定の主導権争いが行われて(いると民主党政権は考えて)おり、官僚を政策決定の場から排除していわゆる「政治主導(笑)」が実現したわけですが、その結果として、マニフェストに対する財源不足、普天間移設問題の混迷、超円高不況に対する対策の遅れ、八ッ場ダム等公共事業での朝令暮改の連発、などの問題が噴出することになりました。
結果として民主党政権は自壊し、政権末期には逆に財務省に依存して政権を安定させる野田政権が誕生することになったわけですが、この過程で「官僚主導」「官僚依存」を声高に批判していた論客が一斉に説得力を失っていくことになり、メディアから排除されて現在に至ります。
こうした民主党政権の反動からか、安倍政権は政治家と官僚が一体化して短期的な成果を追い求める、いわゆる「政局政治」の傾向を強めているように思うのですが、これに関する適切な“官僚批判”がなされていないように感じます。
政治家は選挙があるので興味が短期的な成果に集中するのは仕方がないことですが、本来選挙のない官僚は長期的な国家運営を見据えた政策実現に労力を割くべきです。そうでなければ政治は短期的問題ばかり取り扱う場になって、将来の日本の活力がそがれます。こうした官僚に対する「長期的観点の不在」を指摘するような批判がメディアを通じてなされていないのは、私としては非常にまずい事態と思っております。