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田嶋陽子「「女らしく」ではなく、「自分らしく」生きていける。それを伝えることが私の仕事です」

最終更新日時 2020/08/03

田嶋陽子「「女らしく」ではなく、「自分らしく」生きていける。それを伝えることが私の仕事です」

1990年代前半、『ビートたけしのTVタックル』で舛添要一、浜田幸一、石原慎太郎らの論客を次々に論破して話題になった“怒れるフェミニズムの伝道師”田嶋陽子氏。2019年11月には、女性学の先駆的名著といわれる『愛という名の支配』が27年ぶりに復刊され、その内容に多くの若い女性たちが共感し、大きな話題になった。今、再び社会の注目を集めている田嶋氏に、介護をめぐるこれからの女性の生き方や家族の在り方について話を伺った。

文責/みんなの介護

行政からの情報が介護が必要な方に届くような工夫が求められる

みんなの介護 田嶋さんは著書『愛という名の支配』の中で、「結婚とは、家事労働を無償化する制度」であり、女性が家事労働を押しつけられている限り、真の女性解放はあり得ないと述べています。わが国では2000年から介護保険制度がスタートし、家事の一部である「老親の介護」が社会化されました。これについて、田嶋さんは1つの進歩と考えていらっしゃいますか。

田嶋 介護保険制度の導入によって、女性の家事労働の負担もそれなりに低減されたのではないかと思っています。私には親を介護した経験がなく、身の回りに介護関係者もいないため、実態を正確に把握できているわけではありませんが…。

逆に質問があります。2000年から介護保険制度がスタートしているのに、今でもときどき、子どもが要介護の親を死なせる事件が起きてしまうのはなぜなんでしょうか。

みんなの介護 介護者と要介護者が1対1で接している中で、「外部の介護サービスに助けを求める」という発想が生まれにくいのかもしれません。

田嶋 利用できる介護サービスがあったはずなのに、介護殺人の加害者はそれを知らなかった可能性がありますね。だとすれば、必要な情報が必要なところに届いていなかったことになります。介護にかかわる行政のアナウンスの仕方にも、もっと工夫する余地があるのではないでしょうか。

新型コロナウイルスの問題にしても、行政のアナウンスが国レベルと自治体レベルで正反対のことを言っていたり、地域や発言者によって切迫度が違っていたりと、ちぐはぐで曖昧な印象を受けます。介護にしろ、新型コロナウイルスにしろ、命に直結する行政情報は、もっと細心の注意を払って、万人に伝わるように発信してほしいですよね。

SNSの普及が生き方の多様性に影響している

みんなの介護 田嶋さんは30年以上も前から女性差別とフェミニズムの問題に取り組み、テレビ、新聞、雑誌、書籍などさまざまなメディアを通じて問題提起をされてきました。近年話題となっている「#MeToo運動」や「#KuToo運動」など、女性がSNSを通じてセクハラや女性差別の問題を社会に告発することがあたり前になりつつあります。SNSが一般化した現状をどのように見ていますか。

田嶋 大いに好ましいことだと歓迎しています。『愛という名の支配』にも書きましたが、これまで多くの女性は家庭内や職場内で孤立していて、四六時中“女らしく”していることが要求されていました。そのため、言いたいことがあってもなかなか言えなかった。でも、SNSを使えば自分の主張を自由に発信できるし、それで「いいね!」をたくさんもらえれば、「自分には賛同してくれる仲間がいる」「自分一人で社会や男性と戦っているわけではない」と勇気づけられ、さらに新たな発信ができるようになります。SNSの普及で、女性もようやく、自分らしく自由に発言することができる時代になったのではないでしょうか。

みんなの介護 田嶋さんは著書で、男性の場合「自分らしさ」と「男らしさ」が両立できるのに、女性の場合は「自分らしさ」と「女らしさ」が両立できない、と書かれていますね。

田嶋 はい。例えば以前、学生たちに「男らしさ」「女らしさ」から連想するプラスイメージとマイナスイメージを聞いてみたことがありました。

そうすると、「男らしさ」のプラスイメージについては、力強い・たくましい・野心・冒険・判断力・決断力・行動力・経済力・リーダーシップ・責任感・理性、など。マイナスイメージは、身勝手・いばる・怒鳴る・暴力・ワンマン、などです。

一方「女らしさ」のプラスイメージは、やさしい・従順・愛嬌・かわいい・おとなしい・素直・忍耐・控えめ・気配り・美しい・細かい、など。マイナスイメージは、泣き虫・ヒステリー・おしゃべり・感情的・わがまま、などでした。

みんなの介護 イメージで多いのはそういった回答ですよね。

田嶋 こうして並べてみると、「男らしさ」と「女らしさ」の違いがはっきりわかります。「男らしさ」=「自立した1人の人間として生きていくための素養」であり、「女らしさ」=「他の誰かをサポートするための素養」だということ。男性は「男らしく」生きることで人生の主役になれるのに、女性が「女らしく」生きていこうと思えば、誰かのサポート役に徹せざるを得ない。逆に、女性が人生の主役になるために「自分らしく」生きていこうとすれば、社会から「女らしくない」とバッシングを受けるのです。私自身、これまでに数え切れないほど、そうしたバッシングを受けてきました。それらのバッシングに立ち向かうことが、私のフェミニズムでもあったわけです。

女性も、もともと自分の中にある「男らしい」部分、すなわち、たくましさ・野心・判断力・決断力・行動力・経済力・理性などを存分に発揮すれば、自分の人生を力強く生きていける。その事実を1人でも多くの女性に伝えたいですね。

日本の国力を高めるには、男女分け隔てない労働力の活用が要

家事・介護労働の正当な賃金は月44万円

みんなの介護 1990年代の初め、田嶋さんが出演していた『ビートたけしのTVタックル』で、桝添要一さんらを相手に力強く意見されていた印象があります。あれから30年近く経ちましたが、あの頃と比べて、女性も少しは生きやすい時代になったのでしょうか。

田嶋 当時から考えると、少しは良くなりましたね。男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、女性活躍推進法などの法整備が少しずつ進み、女性も男性と同じように働ける機会が増えました。最近では、ジェンダー問題に対する意識の高まりから、就職活動において性差別が生じないよう、履歴書から性別欄を廃止する動きも出てきています。

とはいえ、日本社会全体を見れば、男女差別はまだまだ改善されていません。例えば、世界経済フォーラムが世界各国の男女格差を測る「ジェンダー・ギャップ指数」を見ると、日本は最新データの2020版で153ヵ国中121位の0.652。先進国の中ではもちろん最下位であり、106位の中国、108位の韓国にも水をあけられています。1.0が完全平等、0.0が完全不平等を表しますから、日本の0.652という数値は、男女格差が存在することを示しています。

また、OECD(経済協力開発機構)は以前から「日本は女性という資源を無駄遣いしている」とし、社会における女性の活用を促しています。そして「根強い男女格差を減らすことで、急激な人口減少による労働力の減少とそれに伴うGDPの低下を避けることができるだろう」とも提言しています。極端なことをいえば、OECDは「2030年くらいまでに、女性の労働力を男性の労働力の水準まで上げなければ、日本は沈没する」と警告しているのです。

みんなの介護 なるほど。GDPに関して、田嶋さんは著書の中で、戦後日本が経済大国へと発展したのも、結婚後の女性が無償で家事労働を引き受け、サラリーマンである夫を支えたからだと書かれていますね。

田嶋 はい。わが国では長い間、家事・育児・介護といった家事労働を外注することなく、主婦である女性がタダ働きでこなしてきました。当時結婚が女性を肉体的・精神的・社会的に家庭に縛りつける制度であった。それが恋愛結婚であれば、女性は「愛」という名のもとに、一切の家事を喜んで引き受けてきたのです。だからこそ、男性は外に出てお金を稼ぐことができた。

女性の家事労働に対して、正当な賃金を払うといくらくらいになるか、わかりますか?

みんなの介護 いえ、わかりません。結構な金額になりますよね。

田嶋 ちょっと古いデータになりますが、1997年時点で当時の経済企画庁が試算した家事労働代は月23万円。また、1996年時点で経済企画庁の依頼により経済学者がまとめた介護労働の代金は21万円。つまり、一家の主婦が家事や介護を自分でこなしている場合、夫は月々のお給料とは別に、本来であれば毎月44万円を妻に支払わなければならない計算になります。日本経済は、その分をチャラにして成り立っていたわけです。夫が安定してお給料を稼げるのも、ひいては夫の勤め先である日本企業が莫大な利益を上げるのも、ある意味当然といえます。

男女の所得格差の是正には、「家事・育児・介護」すべての社会化が必要

みんなの介護 現在の日本は、専業主婦が当たり前だった時代に比べれば、女性の社会進出もそれなりに進んでいるように見えます。

田嶋 専業主婦世帯数と共働き世帯数を比べてみると、1980年代までは専業主婦世帯のほうが多かったのですが、1990年代に入ると両者の数は拮抗するようになり、2000年代以降は共働き世帯のほうが多くなっています。

みんなの介護 その分、女性の収入も増えたはずですね。

田嶋 ニッセイ基礎研究所の試算(2017年)によれば、大卒女性が一生フルタイムで働き続けた場合、生涯所得は2億6,000万円。一方、同じ大卒女性が結婚を機に退社し、40歳を過ぎてパートで働き始めたとすると、生涯所得は6,000万円。所得格差は2億円以上になりますから、女性は結婚しても会社を辞めないほうが良いと思います。

とはいえ、女性の賃金は不当に低く抑えられているケースも多いように思います。男性正社員と女性正社員の給料を比較すると、女性は男性の約75%程度。また、パートタイムで働く人の約7割を女性が占めていますが、パートタイマーを男女で比較すると、女性の給料は男性の約9割です。男女の所得格差は、今も歴然と存在しています。

みんなの介護 男女間で所得格差が生まれてしまうのはなぜでしょうか。

田嶋 女性が家庭の外で働くようになっても、「家事の多くは相変わらず女性が担っている」という厳しい現実があるからでしょう。働く主婦の多くは、1日の仕事を終えてから買いものや調理など夕食の支度をしなければなりません。お子さんがいる場合は、保育園へのお迎えや子どもの世話もお母さんに任せられている。つまり、男性と同等に働くのが難しい状況で、企業側も責任ある仕事を女性に振り分けにくいのではないでしょうか。だとすれば、そこに所得格差が生まれても仕方がないのかもしれない。男女の所得格差を撤廃するには、「家事・育児・介護」のすべてを社会化するしかないかもしれませんね。ただ日本の男性はもっと「生活自立」すべきです。自分のことは自分で面倒を見られるようにならないと、社会全体が良くなりません。

みんなの介護 男女間で所得格差が埋まらない一方、育児に積極的に参加する、いわゆる“イクメン”が増えているという明るいニュースもあります。

田嶋 確かにイクメンが増えるのは良い傾向ですが、社会全体で見ると、その動きはまだ微々たるものです。厚生労働省が公表している育児休業取得率を見ると、女性の育休取得率は2007年度以降80%を超えているのに、男性の育休取得率は2015年度まで2%台。その後取得率は急上昇していますが、2018年度でも6.16%に過ぎません。

人が生きている限り、遅すぎるということはありません。今からでも、男性は育児や家事に前向きに取り組むべきです。最近では、男性の育児参加を促すため、「夫にも産休を取得させるべき」との議論が政府内外で持ち上がっています。新型コロナの大変な時期ではありますが、男性の産休をぜひ制度化してほしいですね。

先進国の中でも男性の家事分担率が著しく低い日本

みんなの介護 新型コロナ感染拡大防止のために、在宅勤務を導入する企業が増えています。日本企業でも、例えば富士通は、2022年度末までのオフィスの規模を半減、国内約8万人のグループ社員を対象に在宅勤務を標準とする働き方に改めるそうです。

これまで外にいる時間の長かった夫が自宅で長時間過ごすことになるわけですが、今後日本の家庭における夫と妻の関係はどのように変化していくと思われますか。

田嶋 在宅時間が長くなった分、夫が積極的に家事に参加するようになれば、その夫婦は今後も仲良く暮らしていけるでしょうね。

「在宅勤務が増えたおかげで夫婦仲が良くなった」という話はあまり聞きません。若夫婦と中年夫婦でもまた違うかもしれませんが。世界的に見ても、日本の男性は家事にほとんど参加してません。日本では、専業主婦のお母さんが家事すべてをするのがあたり前になっているので、男の子には家事を教えるより「勉強しなさい」ですものね。ただ私が見る限り、共働きの家庭の子どもは、男の子も女の子も自立度が高いです。

みんなの介護 なぜ日本の男性は、家事に積極的に参加しようとしないとお考えですか。

田嶋 昔の「男子厨房に入らず」という言葉に象徴されるように、日本では家父長制の時代が長く、家事のように「煩雑でお金にならない仕事は女にやらせるべき」という考え方が今も根強く残っているからです。私の本(『愛という名の支配』)にも書きましたが、男性は女性に家事を押しつけ、そうすることで、男性より女性を一段と低い地位におとしめて、蔑視するようになった。女性は男性から二重の意味で差別されてきました。

みんなの介護 なるほど。日本の女性にとって厚く高い壁がまだあるのですね…。

田嶋 ただ近頃、男性が、家事代行、介護代行の分野に入り始めたので、同一労働、同一賃金が実行されれば、女性の待遇も良くなるかと。主張しないとダメですね。

みんなの介護 諸外国の男性は、日本の男性よりもっと積極的に家事をしているとよく耳にしますが、田嶋さんはどのように見ていますか。

田嶋 欧米の男性は、今では皆あたり前のように家事に参加しますね。少し古いデータになりますが、2020年の国際調査で、子どものいるお父さんの家事分担率を見ると、1位はスウェーデンで42.7%。日本は調査対象となった33ヵ国中、最下位の18.3%です(※)。世界の主要国を見ても、日本ほど男性が家事に参加しない国はほかにありません。日本の男性は大いに反省すべきですね。世界規準から見ると、生活自立していない日本男性は、いくら経済的自立をしていても、人間としては半人前です。

※国際社会調査プログラム(ISSP)が2012年に行った『家族と性差別に関する意識調査』の「子持ち有配偶男性の家事分担率」では、1位スウェーデン 42.7%、2位メキシコ 41.1%、同率3位アイスランドとデンマーク 40.1%。
日本は33位(最下位)で、32位のチリ 24.3%からも大きく引き離されるという結果になった。

自由に愛し、自由に子どもを産み、自由に暮らす人生が理想的

みんなの介護 田嶋さんはイギリスに長く留学されていましたが、日本の男性と比較して、イギリス男性の暮らしはいかがでしたか。

田嶋 みんな家庭的ですね。イギリス人男性は日本人みたいに残業しませんから、たいてい夕方には帰宅します。それから、妻と子どもと犬と一緒に公園に散歩に出かけ、帰ってから家族みんなで一緒に夕食をつくったり、あるいは後片づけをしたりなど、あたり前のように家族で家事を分担します。

同じ時期にイギリスで働いていた日本の男性は、評判が悪かったです。家で何もしない。「妻は召し使いか」って言われていましたよ。特に評判が悪かったのは、いわゆるビジネスマンや銀行マン。反対に外国人女性から比較的対等に扱われていたのは誰だと思います?

みんなの介護 料理人とかでしょうか…。

田嶋 カメラマン。職業柄なのか、身の回りのことを何でも自分1人でこなすことができるでしょう。欧米では、炊事洗濯など身の回りの家事を一通りできて生活自立していないと、一人前の男性とは認められません。あたり前のことなんですよ。

みんなの介護 古い日本映画を見ると、かつての日本のお父さんは、自分の服の着替えさえ奥さんにやってもらっていたみたいですね。

田嶋 外国人はそれを見て「子どもみたい」って言います。帰宅した夫の背広を妻が脱がせてハンガーに掛けたり、ね。専業主婦が一般的だった時代の「ホームドラマ」の定番シーンでしたね。現在の日本では、共働き世帯のほうがあたり前になっていますが、まだ家事・育児・介護の比重は女性に大きく傾いているケースが多い。不満が出ています。会社で専業主婦のいる同僚の男と、家事全般をこなさなければならない共働きの自分と同じ量の仕事をせよと言われてもムリだと。日本で、共働きの女性社員が昇進を望まない理由は、1番多いのが「仕事と家庭の両立が困難になる」で40%以上でした。((独)労働政策研究・研修機構『「男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査」結果』(2013年))

みんなの介護 今後、日本の家庭のあり方はさらに変わっていきそうですか。

田嶋 長期的に見れば、結婚制度そのものが徐々に崩壊していくのではないかと考えています。だいたい戸籍制度は、今や日本でしか機能していないようなヘンなものです。韓国はすでにやめました。世帯単位でなく個人単位になるといいですね。そうすると、新型コロナの給付金もキチンと女の人の手にわたることになります。夫の口座に入って夫に使われてしまうなどという話もなくなります。1日でも早く選択的夫婦別姓制度が実現するといいですね。女性が、男性の姓を名乗ったり、男性に経済的に依存したり、そういった「結婚」にまつわるすべてのことは、いずれ「ナンセンス」と見なされるようになると考えています。

男性と女性は大いに愛し合ったらいい。子どもを授かりたければそれも良し。ただし、それらの行為を「結婚」と結びつけて考える必要はないと思います。今、すでに、いろんな家族の形が出てきています。

みんなの介護 詳しく教えていただけますか。

田嶋 イギリスの例を挙げるとわかりやすいかもしれませんね。私が留学していたおよそ30年前のイギリスでの友人に、ロシア系イギリス人女性がいたんですが、彼女はカウンセラーとして働いていました。子どもは3人いましたが、ぜんぶお父さんが違うの。それで週末になると、それぞれの子どものお父さんたちが集まってみんなでパーティをするんですよ。日本ではちょっと信じられないでしょう。

みんなの介護 それは驚きですね。

田嶋 あるとき、彼女が自分でレンガを積んで家の建て増しを始めたら、休みの日にそのお父さんたちがバラバラやってきては手伝って、家を完成させたのね。でもその父親たちも自分の家庭があったり、恋人がいたりしたんですから、おもしろいでしょう。

自由で自立していると、男女関係もしばられなくてすみます。自由に人を愛し、自由に子どもを産み、自由に住居を構え、自由に暮らしていた彼女みたいなスタイルが、私にはとっても生きやすいですね。

婚姻関係への執着が薄れていく。「結婚しない」のも1つの選択

婚姻数が多い日本と合計特殊出生率が高いフランス

みんなの介護 これからの時代の男女の関係は、「結婚」の二文字にこだわりなく成立していく、ということでしょうか。

田嶋 そうなるといいですね。そういう意味で、先駆的な例としてよく挙げられるのがフランスです。出生率を見ると、フランスが1.93と先進国の中でも高い水準を維持しているのに対して、日本は1.43と深刻な少子化が進んでいます。婚姻率は、日本の方がフランスの3倍近くあるのに、です。

※2017年の年間婚姻数は、フランスが約23万3,000組、日本が約60万7,000組。一方、2017年の新生児出生数はフランスが約76万9,000人、日本が約94万1,000人。フランスの総人口が日本の半分程度しかないことを鑑みると、フランスの新生児出生率が高いことがわかる。

フランスが先駆的といわれるのは、出生率が高いからだけではありません。驚くべきは、2017年に生まれた新生児のうちの、実に6割が、婚外子として生まれていることです。つまりフランスでは、結婚しているカップルから生まれる子どもより、結婚していないカップルから生まれる子どもの方が多く、それは政府から十二分な差別のない支援があるからです。

わが国の少子化対策を議論するうえで、少子化の要因として未婚化、晩婚化、女性の高学歴化、教育費の高騰や育児サポート体制の不備、夫の家事支援が得られないことなどが挙げられています。日本でも婚外子があたり前になっていけば、そして育児サポート体制さえ十分に整っていれば、ここに挙げた少子化の要因は意味をなさなくなると思います。

結婚のあり方は今後徐々に崩壊していく

みんなの介護 これまでのお話をまとめると、田嶋さんは日本もフランスのように、「『結婚』という制度に縛られないカップルが今後増えていく」とお考えなのですね。

田嶋 そう思います。ただし、日本はフランスやイギリスよりも国の政策が30年以上遅れています。だからすぐにフランスのようなライフスタイルが定着するわけではありませんが、でもその兆候は見えていますね。

みんなの介護 そういった時代の流れと、今回の新型コロナの感染拡大とはどのようにかかわってくるのでしょうか。

田嶋 新型コロナ感染拡大は、制度としての結婚が崩壊していく、1つのきっかけになるだろうと考えています。

在宅時間が長くなった夫によるDV、モラハラ、児童虐待の発生件数が増えているという話をよく耳にします。在宅勤務中の夫が騒ぐ子どもを叱りつけたり、妻の家事のやり方を批判したりしているケースが増えているから、大変ですよね。結婚している女性の何割かは、「このまま結婚生活を続けていていいのか」と今も思い悩んでいるかもしれません。ただし経済面で夫に頼っていた女性は、なかなかその状況から逃げられません。

女性もきちんとお金を稼げて食べていくことができて、行政の助けがあれば、1人で子どもを育てていくこともできます。現にそうやって立派に子育てしている女性たちがたくさん出てきましたよね。これからは、「結婚」にこだわらない生き方をする人も増えていくと思います。

安定した経済力の獲得は自由に生きるために必要なこと

みんなの介護 ウィズコロナ時代の女性の新たな生き方として、「結婚しない」ことも選択肢の1つだと伺いました。そんな生き方を実現するために、現代の女性にとって最も必要なことは何であるとお考えでしょうか。

田嶋 女性が「経済的に自立する」ことですね。

わが国が社会構造の基盤に据えてきた「結婚」という制度は、肉体的・心理的・社会的・経済的に女性を家庭に縛りつけるための仕組みでした。20?30年前まで、女性にとって最もポピュラーな生き方は「結婚して専業主婦になること」と、テレビや雑誌や家庭教育で喧伝されてきました。「結婚は女のしあわせ」と思いこまされてきた女性たちは、男社会の都合で、家事・育児・介護を無償で行う役目を負わされてきたわけです。家事労働ではいくら働いても、自活できるだけのお金を稼ぎ出すことができません。その結果、あらゆる面で、夫からの要求に対して、「NO!」とも言えなかったのです。

「女三界に家なし」は、まさにかつての日本女性を象徴する言葉でした。幼いときは親に従い、嫁に行ってからは夫に従い、老いては子に従う、というように、女性は生涯誰かに従属しながら生きる道しかない、そういう無権利状態におかれていました。

みんなの介護 それが今では社会で活躍する女性も増えてきていて、自立した女性も多く出てきました。

田嶋 その通りです。「女三界に家なし」が解消されたのは、戦後に日本国憲法が施行されてからです。特に「法の下の平等」を定めた憲法14条1項と、「家庭生活における個人の尊厳と両性の平等」を定めた憲法24条1項が、女性の社会的地位の向上を明確に保障したからです。

それでも、1970年代からの日本の高度経済成長を実現するために、当時の女性たちは専業主婦としてタダ働きをさせられながら、この男社会を支えてきたのです。でもこのところ、やっと専業主婦世帯より共働き世帯の割合の方が大きくなって、2019年には共働き世帯が約1,245万世帯、専業主婦世帯が約575万世帯で、共働き世帯の方が2.2倍程度も多くなっています。

問題は、たとえ共働きになったとしても、夫と妻で大きな所得差が生まれていることです。今でも女性の給料は男性の70%前後です。最近おもしろい統計を見ました。男女の家事労働を貨幣評価すると、女性の時給は約1,470円、男性約1,850円です(注:平成30年内閣府経済社会総合研究所「無償労働の貨幣評価」から算出)。誰だって「ええー?」って思いますよね。「なんで女性の方が得意とされる家事の時給が男性よりも低いの?」って。これが男女の格差です。この格差をなくすためには、女性が家族の都合で退職などせずに働き続け、職場でもリーダーの位置につくことです。

みんなの介護 女性1人で子どもを数人養えるくらい所得水準に目を向けることが大切なのですね。

田嶋 そうです。それが理想です。だからこれからの女性には、「どうすれば自分が経済的に自立できるか」を真剣に考えてほしい。とにかく、仕事を持つことが大切です。簡単に辞めてはいけません。自分でお金を稼ぐ手段さえキープしていれば、あとは結婚してもしなくても、たとえ別れるにしても、本人の自由です。

私はこんなことばかり言っているから、「田嶋はお金のことばかりだ」と非難されることもあります。しかし、生活をしていくにあたって「お金」はとても大事なものです。お金のことを「御足(おあし)」と言いますが、「足」は自由のシンボルです。自分の人生を自由に生きていくためには「御足=お金」が必要なんです。

新型コロナ対策に成功した諸外国の女性リーダーの共通点

みんなの介護 経済的な自立に関するお話でしたが、私たちが直面している喫緊の課題の中に、「新型コロナ感染拡大防止」と「経済活動再開」という相反する2つの目標があります。今後の私たちの生活も、政策次第で大きく変動することは免れないでしょう。田嶋さんはこの2つの命題のバランスをどう取っていくべきだとお考えですか。

田嶋 現時点(2020年7月16日現在)で、新型コロナの感染拡大を抑え込んでいる国とそうでない国に分かれています。

早いうちに抑え込んでいる国のリーダーを見てみると、女性リーダーが多いですね。台湾の蔡英文総統、ニュージーランドのアーダーン首相、ドイツのメルケル首相、アイスランドのヤコブスドッティル首相、フィンランドのマリン首相、ノルウェーのソルベルグ首相などです。

彼女たち女性リーダーに共通しているのは、卓越したコミュニケーション能力と毅然とした決断力を持っていること。「新型コロナの感染拡大を防ぐために今、何が必要か」ということについて、子どもでも理解できるように、平易な言葉で国民にやさしく語りかけていました。それと同時に、ごく早い段階からロックダウンなどの厳しい措置を躊躇なく断行したおかげで、例えば、ニュージーランドの経済活動は、長期的な損傷もなく、つつがなく展開しているということです。彼女らが取った対応は、世界的にも新型コロナ対策成功例として認められています。

一方、アメリカやブラジルなど、マッチョな男性リーダーたちの国の現状がどうなっているかは、皆さんご存じの通りです。感染拡大防止を徹底しないうちから経済活動に舵を切った結果、結局のところ中途半端な対応を取ってしまい、いまだに感染拡大が止まっていません。

非常事態に直面したとき、一般的には「男性より女性のほうがパニックに陥りやすい」と言われていますが、これは偏見です。各国の女性リーダーたちは、いい意味での「女らしさ」と「男らしさ」をあわせ持ち、かつユニークで自立した行動を取っています。だからこそ、非常事態でも正しく冷静な判断に徹した行動が取れたのだと思います。

「自分らしく」生きることのできなかった母の言葉に苦しんだ十代

みんなの介護 最後に、お母様との関係について伺います。田嶋さんは『愛という名の支配』の中で、「母にいじめられたことが私のフェミニズムの原点」と語っていますね。お母様は十数年前に亡くなられたそうですが、どんなお母様だったのでしょうか。

田嶋 新潟の裕福な家に生まれた母は、その当時「女に学問が不要」と広く考えられていたこともあり、本当は高等教育を受けたかったのに尋常小学校(1900年代初頭の「初頭教育機関」の名称)もまともに通わせてもらえなかったそうです。しかも母は戦後、脊椎カリエスを患って寝たきりになり、自分がいつ死ぬかわからない状況の中で、私の未来を心配したのだと思います。私に「手に職を」と言いながら、ベッドに寝たままの状態で私をしつけました。「ちゃんと勉強しなさい!」と、物差しで私を叩きました。一方で、おてんばで体の大きかった私に、ことあるごとに、「女が勉強できて何になる。もっと女らしくしないと、嫁のもらい手がないよ」と、愚痴りました。

赤信号と赤信号を同時に出す母の言葉にがんじがらめになり、私は自分らしく振る舞うことができなくなりました。そして自分の言いたいことが言えずに、当時は生きていることが苦しくて仕方なかったです。

母からのいじめが思想の原点。抑圧の連鎖を理解することで解放されました

女性として抑圧されてきたことを知り、母と和解へ

みんなの介護 母親と娘との間には、母と息子の間にはない何か特別な関係があるように思えます。

田嶋 そうですね。母の呪縛からようやく解放されたのは、私が46歳のとき。ある男性との恋愛関係の中で、彼の「愛による支配」が母からの支配と同じ性質であると気づき、自分を苦しめているものの正体がわかりました。私を苦しめていた母もまた、母の母であった人から苦しめられていたのです。「女らしく」という抑圧の連鎖が、愛によるいじめの連鎖へとつながっていたんです。

母と和解するまで、私は女の人が大嫌いでした。「女」である自分自身が嫌いだったからです。しかし母と和解することで、女の人に対するわだかまりも消えていき、心も体も解放されていくのを実感しました。

みんなの介護 最後はお母様と仲直りされたのですね。

田嶋 はい。母の晩年に、私の苦しかった少女時代の話をすると、母はきょとんとして「そうか、おまえがそんなに苦しかったのなら、悪いことをしたね」と謝ってくれました。母には、私をいじめている自覚などなかったんですね。その数年後、母は亡くなりました。私は46歳まで生きた気がしなかったので、その2倍の92歳まで、自分らしく、思いのたけ元気に生きたいと思います。

フェミニズムとは、結局のところ、女性である私自身を解放するための思想でした。『愛という名の支配』を書いているときにそう思いました。今、女性であることに生きづらさや息苦しさを感じている人にこそ、私の言葉が届いてほしいと心から願っています。

撮影:遠山匠

田嶋陽子氏の著書『愛という名の支配』(新潮文庫) は好評発売中!

どうして私はこんなに生きづらいんだろう。母から、男から、世間から受けてきた抑圧。苦しみから解放されたくて、闘いつづけているうちに、人生の半分が終わっていた。自分がラクになるために、腹の底からしぼりだしたもの―それが“私のフェミニズム”。自らの体験を語り、この社会を覆い尽くしている“構造としての女性差別”を解き明かす。すべての女性に勇気と希望を与える先駆的名著。

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07