東大教授 小林武彦氏 「日本人は“絶滅”に向かっている」
実現まで最低10年かかる
―― フレイル治療が実用化されるのはいつ頃になりそうですか?
小林 いずれの方法も人間で実現するまでには、最低10年程度はかかるかもしれません。いろいろな安全性の基準がクリアできてからでないと、人間には使えないので。
―― フレイルが介護状態のキッカケになることはよくあります。でも、そこが消せるのであれば、かなり光になりますね。
小林 私が取り組んでいる老化の根本原因、つまりDNAの傷を治す方法でも、フレイルの状態は明らかに軽くなると思います。幹細胞が長生きになるので、健全なターンオーバーがずっと続きます。例えていうなら髪の毛がずっと生え変わり続けるようなものです。がんにもなりにくい。
実際に寿命が長い生き物ほどDNAの修復能力が高いということが、最近の論文でも発表されています。
寿命が2年ほどしかないマウスの場合、人間の10倍、DNAに傷がたまりやすいです。長生きする象はDNAが壊れにくいし、がんにもなりにくい。
―― 実現まで最低10年ということですが、すでにフレイルが進んでいる状態からその治療を受けたとして、症状は改善できますか?
小林 炎症状態が取り除かれたら症状が軽くなることは期待できます。炎症による腫れが引くようなものです。もう少し研究のためのお金と研究者の数がいれば何とかなるんですよ。だからこそ、定年制を見直してシニア人材に残ってもらう必要もあります。
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定年制度はやめて、働きたい人が働ける世の中に
―― 現代は、寿命が延びたことを前向きに考える人がいる反面、そうは思えない人もいますよね。
小林 そうですね。社会の環境がそうさせてしまっている側面もある。
今の日本の制度では、65歳までに多くの人は定年退職で職場を離れざるを得ません。人間は社会的な生き物だから、社会の中で役割がなくなった瞬間に元気がなくなるのは、自然なことです。
働くことに疲れた人は「これでラクができる」と考えるかもしれません。でも、生きがいを失ってしまう人もいる。65歳を過ぎても働きたいかどうか“本人の意思”で決められる余地が今の日本にはありません。
社会が年長者にどう役割を割り振るかが大切ですよね。
人口が減少し続ける中で年長者を社会から排除していたら、この国が持ちません。それは研究者の世界でも明らかです。入って来る人より出ていく人の方が圧倒的に多い。早急に定年制度を見直してもらわないと、日本の研究者がいなくなってしまいます。
―― 少子化から考えると「定年」とは言っていられなくなっていますね。
小林 日本は世界で一番寿命が長い国です。今から50年ぐらい前、100歳以上は130人しかいませんでした。でも、今は9万人いるわけです。要するにシニア人材が豊富だということですよね。今の日本にとって世界に誇れるのは、長寿ということです。そこの人材を有効利用しなかったら、逆に支えられる側として計上される高齢者の数が増えていく一方です。
高齢者が社会で求められるから長寿になった
―― 話は戻りますが。寿命が今のように長くなかった頃は、認知症で悩むこともなかったのですかね。
小林 ないです。人間と遺伝情報が似ている動物にチンパンジーがいます。チンパンジーの遺伝情報は、人間と98.5%一緒です。彼らは認知症やがんにほぼならない。50年ぐらい生きると、ピンピンコロリで亡くなります。
そしてメスは生涯生理がある。生涯子供が産めるのです。子どもが産めるということは、若い頃の身体の状態から変わっていないということです。
写真:AdobeStock
これが本来の大型霊長類の死に方なんだと思います。ゴリラもそうです。
でも人間の場合は、90歳ぐらいまで生きるじゃないですか。同じ大型霊長類に比べて3-40年は長く生きます。これは人間だけの特徴です。人間の場合、なぜ生物学的な限界を越えても生きているかといえば、理由は簡単。社会の中では高齢者が必要だったからです。
猿の赤ちゃんは、生まれた瞬間から自分でお母さんに抱きつきます。だから、お母さん猿は赤ちゃんがいてもフルに両手が使える。一方、人間の場合、自分でお母さんに抱きつくようになるまで数年かかる。その間、お母さんか誰かが赤ちゃんを抱っこしなければいけなくなる。
そうすると、元気なおばあちゃん・おじいちゃんがいた方が子育てに有利です。安心して子どもを育てられる環境があるから、子沢山になる傾向がある。
そのほかにも、後進の育成など高齢者が社会にとって必要な理由はたくさんあります。だから、生理が終わってからも生き続けるように進化したと考えられています。
撮影:花井智子
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