西田亮介「シルバーデモクラシーは存在するという現実をまずは直視すべき。年長世代と若年世代の利益のギャップが厳然としてある」
「なぜ若者を理解できないのか、なぜ年長者を許せないのか」。読みようによっては挑発的ともとれるサブタイトルを冠した著書「不寛容の本質」が話題となっている西田亮介氏。東京工業大学で准教授として教鞭をとる西田氏の専門は公共政策と情報社会論で、書籍だけでなくテレビやラジオなど各種メディアで持論を展開している。そんな西田氏の賢人論。は、いわゆるシルバーデモクラシーの本質から語ってもらった。
文責/みんなの介護
シルバーデモクラシーが存在するのは、今の日本社会の構造上、否定できない
みんなの介護 西田先生の著書「不寛容の本質」にある「なぜ若者を理解できないのか、なぜ年長者を許せないのか」というサブタイトルは、「賢人論。」でもたびたび話題に上る社会的なテーマです。シルバーデモクラシーというキーワードも、不寛容という考え方の延長に表出したものですよね。
西田 どこからがシルバーかという議論はひとまず置いておいて、日本社会に年長世代と若年世代の間に埋めがたいギャップが構造的にも、認識のうえでも存在すると考えています。人口構成を見たってどう考えても年長世代に重みがありますし、年長世代の利益と若年世代の利益は必ずしも合致しませんから。…といったことを鑑みると、シルバーデモクラシーの存在は否定できないと思います。ともすれば、我々の社会はこの問題から目を背けがちですが、問題の存在を直視しないと解決できないのではないでしょうか。
みんなの介護 先生の著書では、財政の面からの指摘もありますね。
西田 はい。たとえば日本の一般会計における「歳入」は所得税と消費税と法人税の三本柱で成り立っています。わかりやすくちょっと乱暴な言い方をすると、金融ではなく人、または会社から国が召し上げているお金だと考えていいでしょう。この額がいまどのくらいかというと、実はバブル期とほぼ同じで、だいたい60兆円くらい。1991~2年がピークなんですが、その頃とほぼ同水準で、59兆円くらいになっています。
なぜ歳入がそれだけ多くなっているかというと、これはやはり高齢化に起因していると考えられます。社会保障に関連した支出、社会保障関連費を含めて多額が必要になってくるので、とにかく歳入を増やさないと財政が回らない、という事情です。
みんなの介護 社会保障費を確保するために歳入が増えている…というのは、若年世代にとっては対岸の火事と言いますか…。
西田 少なくともあまり素直に納得できる状況とは言えないですよね。もしかすると年長世代に関連する産業に関わる人ならば肯定できることかもしれませんが、若年世代、あるいは子供世代にとっては、それがある種のボトルネックになっていることは否定できません。
子育てに関する、たとえば幼稚園や保育園の拡充、保育士の待遇改善などが十分に行えないのは、財政的制約がボトルネックになっていると言っても良い状況ですし、日本の大学の研究教育力が相対的に落ちているにもかかわらず大規模な投資を拡大できないことも同様の理由です。これをもってシルバーデモクラシーと呼ぶかどうかはさておいて、年長世代と若年世代の利益のギャップが厳然としてある。これは、トレードオフの関係にあると言っても過言ではないと思いますね。
シルバーデモクラシー解消のために景気回復が必須。そのためには雇用の流動性を高めれば良い?
みんなの介護 その、年長世代と若年世代との間にあるギャップというのは、どうすれば埋められるのでしょう
西田 短期的には解消されないでしょう。
みんなの介護 短期的…というと、どれくらいのスパンの話でしょう?
西田 少なくとも50年単位程度と見積もることはできるのではないでしょうか。ぼくは今33歳ですから、少なくともぼくが生きているうちには解消されないだろう、という認識です。そう考えると、我々のような現役世代は運命共同体として、基本的にはダウントレンドの、そして昭和の面影もちらつくような、つらい社会を生きていくんだろう、という覚悟はしています。
この問題を解消するために不可欠なのは、十分な税収でしょう。そのためには早く景気を回復させる必要があると思います。既にボリュームが大きな団塊ジュニア世代が再生産適齢年齢を過ぎてしまったため、人口は移民等を認めない限り短期的にはどうにもなりません。
消費税を上げれば…という話もありますが、消費増税はダメです。明らかな冷や水だったことはすでに明白でしょう。最近なんて、10%への増税の話も全然出てこないですよね。政治的にも、やはり、今の景気を見れば言い出しづらいんじゃないかと思います。政策的には消費増税は鬼門とされていて、時の首相がつまずく原因になってきましたから。
みんなの介護 じゃあ法人税か、所得税か…という話になりますね。
西田 とにかくマクロの景気が良くならないことには、右肩上がりの経済を前提に作られた我々の社会の息苦しさ、不寛容さはそう簡単には払拭できないでしょう。
強いていえば、評判は悪いですが、雇用に関する規制変更はカンフル剤になるんじゃないかと考えています。いま、働き方改革が大きな問題になっていますよね。生産性を上げろとか、起業が必要だとか諸説ありますが、個人的にはそもそも労働者の数が足りていないという認識です。
みんなの介護 確かに、多くの業種・職種で売り手市場と言われていますし、企業は人手不足で困っている状態が続いています。
西田 なぜ企業が労働者を雇う量を増やさないのかというと、これは解雇規制の問題で。日本は整理解雇の要件が比較的厳しい社会とされています。企業が景気の後退局面になったときに雇い入れた人のクビを切るのが難しく、それが雇用の拡大に消極的な要因のひとつとされています。いわゆる整理解雇の4要件(※)を満たさない限りは解雇できないので、企業は人を増やすということについてたいへん消極的なんですよね。
※①人員整理の必要性 ②解雇回避努力義務の履行 ③被解雇者選定の合理性 ④解雇手続きの妥当性
みんなの介護 雇用の流動性を高めることで企業が雇う量を増やす、ということですね。
西田 いまは、5年前に比べて相対的に景気は良いとは思いますが、それでも企業がとくに正社員の人員増に抑制的なのは、次の景気後退の局面が来たときに人を解雇できないからだ、という考え方は否定できません。
欧州でも、金銭保障による整理解雇というのはトレンドのひとつです。解雇する代わりに月給の数カ月分を支払います、という仕組みです。法律の変更だけではなく、労使協定の調整だったり、日本では金銭補償を何ヵ月分にするのかとか、解雇される人が大量に出ないように企業の監査や監督を行うための機関を設置するといった、多くの課題はありますが、若年世代だけが過当競争を強いられる状態を避けつつ、全体の雇用の流動性を上げる工夫が必要ではないかと考えています。
急速な生産性向上は土台無理な話。人間は機械ではない。
西田 一方で言われているのは職場の生産性を高めるという議論なんですが…あれ、僕は無理だと思うんですね。
みんなの介護 諦め方が潔いですね(苦笑)。
西田 普通に考えて無理じゃないですかね。それこそ人間は機械じゃありません。とくに年長世代の多い日本の職場では生産性が上がらないんですよ。だって、人はある特定の作業に慣れますよね。それを次の年から、あるいは次の日から「新しい作業をやってください」と言われたときに、急にできますかね。長い間同じ企業で、同じように職場で働いてきた人がそんなふうに切り替えられるかというとそういうわけにもいきません。プログラムやルールを変えたからといって、そんなにガラッと変わることができないから人は人なわけですよね。
それに、そんなに簡単に生産性向上できるんなら、企業はいちいち政府に言われなくともやっているはずですよ。だってそうですよね?企業からすれば、人件費は主要な固定費なわけで、なるべく削減したいはずです。政府に「合理化しろ」なんて言われなくたって、より合理的かつ低コストな労働力に置き換えたいと思ってるんですから。根強い日本的、昭和的な思考も阻害要因ですよね。
みんなの介護 日本的…というと?
西田 例えば幼稚園や保育園、介護の現場では、例えば“手書き文化”が主流です。プリントは手書きで書いたほうが、やれ温かみが伝わる、だとか。連絡ノートみたいなものも、幼稚園の先生方は頑張って手で書いて…みたいな。本当にそのプライオリティは高いでしょうか。
ちなみにキーボードで打って書いたほうが早いですよね?定規を使って直線をピーって書いて、ちょっと角度がおかしくなったら消しゴムで消して…なんてやらなくても、エクセルでささっとやったほうが早いじゃないですか。そもそも時間あたりの業務が多くて忙しいわけですから。そういったものを諦めるか、優先順位を落として、どんどんデジタル化していくのもやむを得ない。でも、それができないとすれば、そして現にできていないと思いますが、日本的、昭和的だと思います。
みんなの介護 書類のデジタル化の話ですと、介護の現場でもまったく同じことが言われています。では、どのようにすれば介護業界の合理化を図れるのか?引き続き伺っていきます。
介護業界に入るお金を増やすためのカギは「混合介護」
みんなの介護 先ほど、日本的、昭和的な考え方が根底にあるうちは、生産性を上げることは難しいのではないか、というお話をいただきました
西田 書類を書いたりという手間がかかる仕事は、手書きではなく、PCやタブレットを使うなどしてデジタル化すれば良い、ということですね。現に、病院では電子カルテが普及しているじゃないですか。昔はお医者さんがドイツ語で手書きしていたのが、ですよ。人の手書きがそんなによければ、そこは付加価値部分ということで、優先順位を落としてはどうでしょうか。
ちなみに医療業界は比較的、資金が潤沢で、業務を合理化することにお医者さんが積極的なんだとは思います。医療業界も人手不足ですから、作業を軽減できるものなら積極的に取り入れたい、と。
みんなの介護 ただ、介護や保育には、その潤沢な資金がありません。
西田 どうでしょう、ひと昔前ならさておくとして、現代ではそう大掛かりな投資が必要と言うことでもありませんから、むしろ「手書きが良い」「温かみがある」といったマインドセットや「前からこうやってきたから」といった経路依存性のほうが阻害要因になっていると言って良いんじゃないですかね。
みんなの介護 マインドセットができていないから、デジタル化して合理化しようという文化が浸透しないのが介護業界、ということでしょうか。確かに、そのために生産性が上がらない、だから給料が上がりづらい、でも仕事は大変…で結局、離職率が高まって常に人手不足が叫ばれている、というのが現状です。
西田 先日もNHKで報道されていましたね。「特養には入所待機者が何十万人もいるのに、実は空きベッドがたくさんある」と。これも、人手不足がゆえに起こっている弊害ですよね。業界全体に入ってくるお金を増やして、給料など職員の待遇改善を図るのであれば、財政的制約を念頭に置くとやはり広義の混合介護をより広く認めていく必要があるんじゃないかな、と思います。
国の財布に限界があるのであれば、高付加価値なサービスを提供することによって比較的財布に余裕がある人から多くの支払いを受ける、と。東京の豊島区が、特区として実用に向けて動き出しましたよね。この動きはもっとスピードアップしても良いですよね。
みんなの介護 規制緩和もスピード感が大事だ、と。
西田 国が介護職員の人件費につながる介護報酬を管理する状況で、給料の大幅な伸びが起こるとは考えにくい。これは介護だけでなく子育ての業界も概ね一緒だと思うんですけど、どちらも実効性ある監査の仕組みとセットにしながら、安全管理の仕組みと対にして規制変更を進めていくべきでしょう。
介護ロボットの導入は、業務の効率化という意味では非常にいい。あとは、それを導入するためのマインドセットが大事
みんなの介護 介護の仕事の中で、作業を効率化するために介護ロボットやAI(人工知能)を中心としたICT(情報通信技術)の活用も、推進の動きが活発になってきています。
西田 AIは…どうなんでしょうね?話し相手ぐらいにはなると思いますけど、生産性が劇的に向上するかと言われればそうではない気がしますけど。とはいえ、例えば介護施設がペッパーを導入して、ペッパーとの会話を楽しむおじいちゃんおばあちゃんのQOLがちょっと上がって、それによって元気になって、結果として介護職員の仕事が楽になる…なんていう、風が吹けば桶屋が儲かる的な、遠回りな効果はあるかもしれませんが。
ただ、それにしてもメインストリームではないし、あまりピンときません。
みんなの介護 では、介護ロボットはどうでしょう?
西田 介護者の動きをサポートする器具、ですよね。あれはいいと思います。最近だと、サポーターサイズのものを装着して動きの負荷を軽減する装置もできているんですよね。例えば年齢が上がっても介護の世界で働くことが容易になるとか、あるいは力の弱い女性の方がギックリ腰になりにくいように働くとかいった意味で。ああいうのはとってもいいと思いますね。
みんなの介護 ただそれさえも、「介護にロボットを持ち込むなんてけしからん」といった声が、介護業界ではよく聞かれます。
西田 だから、そういうのをやめましょう、と(笑)。つまりは、ロボットを導入しましょうとか、業務の効率化を図りましょうといったことと同時に、マインドセットを変更するためのプロモーションや周知などがこれまで以上に大事なんでしょうね。
みんなの介護 ちなみにですが、やはり先生もデジタル化を推めて業務の効率化を図っているんですか?
西田 ですね。簡単なところで言うと、僕の研究室は電話の外線契約を解約してしまいました。マンション投資の電話しかかかってこないし(笑)、そもそも僕に用事がある人ならメールをよこすだろうと思って。
みんなの介護 そうしたことを自然とできる人は良いですが、そうできない人は、やはり意識的に効率化を図っていかなきゃ、ですね。
西田 そうだと思いますね。もっと言えば、日本人的な思考という邪魔を排除するためには、上からそういうことを通達したほうが話が早いと思います。厚生労働省が、「書類の手書きは極力排して電子化するように」なんていう通達を出したりとかね。
日本の社会保障システムは、いつの時代も付け焼き刃でやってきた。そのツケを払っているのが今
みんなの介護 厚生労働省の鶴の一声に期待…となると、直近で大きな制度改正が2018年度に控えています。
西田 とは言ってみたものの、抜本的に何かが変わるというイメージは正直、描きづらいですね。なにせ日本の社会保障のシステムというのは、いつの時代も付け焼き刃で来ましたから。
現代日本の社会保障システムの出発点がある意味不幸で、敗戦のあとにGHQの社会福祉指令がきっかけになっていますが、当時はリソースがないため十分な老年福祉、介護の仕組みを作ることもできなかったわけですよ。一時が万事、経済動向の影響をうけながらで、1960~70年代から将来的には日本が人口減少社会になるという予想がついていたにも関わらず十分な対策を立てる政治的決定ができませんでした。団塊ジュニアが現役世代になる時が最後のチャンスだとわかっていたにも関わらず、彼らが子供を産み、育てやすい環境を用意せず…と、そんなふうに政治を運営してきた国ですから。
みんなの介護 人口ボリュームが大きく、選挙のときに一番票になりそうな層が有利になるような施策…という感じでしょうか。
西田 最近だと、年金の給付水準についてマクロ経済スライドを導入するかどうか…というときに、結局のところ高齢者への配慮で導入が遅れましたね。景気良く大盤振る舞いの仕様にして加入を促しておいて、そのツケが今、回ってきているという感じです。時の有権者におもねってばかりやってきた政治のツケなんでしょうけどね。
みんなの介護 確かに、次世代の支持層を育てていかなければいけない時代に突入しますね。
西田 選挙の投票率というのは、60代までは高くて、70代になるとグッと下がり始めます。やはり外出が困難になるからだと思うんですが。
とはいえ、あくまで“率”の話なので、さきほど「徐々に」と申しあげたわけです。年長世代は絶対数が多いですから、率が下がったところで、それでも若年世代よりも票数が多く、影響力は大きいんですよね。最終的にパワーを持つのは“数“であって、20代の40%と70代の40%では数がかなり違いますが、やっぱり票数なんですよね。それでも時が経って、ようやく年長世代の票数が減った暁に、「おっと、将来世代も育てなきゃいけないな」と、目配りがされるようになるのでしょう。
みんなの介護 それでも、もうあと10年、15年くらいの話ですよね。その、変わり始める時代というのは。
西田 その頃に手遅れになっていなければいいなと思いますけどね。どうでしょうか。
「お金はないけど現場でなんとかしろ」。そんな風潮がまかり通っている現状には息苦しさを感じる
みんなの介護 政界がもう間もなく次世代の支持層を育てることを考え始めて、社会保障の施策も変革の時期に入る、といったお話を伺いました。「その頃に手遅れになっていなければいいけれど」という注釈付きでしたが。
西田 ほんとはなるべく早く…なるべく早く何をすればいいのか、もうわかりませんけどね。短期の人口回復というのはあり得ないですし…何よりも景気を回復させることが先決だというところに合意します。
社会が今しんどくなっているのは、結局、私たちが経済状態が良い中でなんとなくみんな仲良く右肩上がりの環境の中で共存する以外の術を培ってこなかったからだと思います。だから、とにかく景気が良くならないと我々の社会というのはまわらないんじゃないと見ています。例えば政治におけるリーダーシップや改革が起爆剤になるかというと僕はちょっとならないと思うんですね。
みんなの介護 そうなると、景気回復のための政策に期待したいところですね。
西田 政治が大きく変わって、そのことが我々に何か元気をくれるというのは期待しづらい。それよりも民間発の力で、この息苦しい社会をどうにかしないといけないと思いますが、規制改革は必要でしょうね。
みんなの介護 先生自身も息苦しさを感じる時があるんですね。
西田 例えば日本の大学業界というのはある意味ではわかりやすくて、輝かしい思い出と、そのギャップのなかで、少しずつ退潮している業界でもあります。たとえばかつて日本の大学というのはアジアでもナンバーワンでした。東大を筆頭に京大、阪大…そして僕が今いる東京工業大学(以下:東工大)もそのグループでした。でも今では、毎年ランキングが下がっていって、ある有名なランキングでは東大の5位前後が最高で、京大が10位前後、東工大にいたっては20位以下にまで順位を下げています。
では1位はどこかというと、シンガポールのシンガポール国立大学なんですね。2位が、同じくシンガポールの南洋理工大学で、中国の北京大学、清華大学などが続きます。最近は香港の大学もランキングを上げていますね。
みんなの介護 1位の大学がシンガポールというのは意外ですね。
西田 国が小さいですし、大学の数自体も少ないので、少数の大学に集中投資することができることが大きいようです。人材の引き抜きにも積極的で、日本や海外からも研究者だけではなく、それこそ研究室ごと引き抜いたりするんです。そんな中で日本では、「お金はないけどなんとかしろ、競争しろ」と言われていて…これはたいへん息苦しいですよね。
みんなの介護 お金はない、だけど現場の力でなんとかしろ。介護業界とも似た感じがしますね。
西田 そうですよね。しかしお金がないし、より良い人が職場に就くためのポストも給料水準も上げられない。国立大学には運営交付金というものがあってそれが各大学の経営に大きな影響を与えているんですが、それも大幅な増額は期待できません。この状況は、介護報酬が上がらない介護業界と、確かに似ていると思います。
シルバーデモクラシーは、ある。その問題を直視しないと問題は解決しない
西田 さらに苦しいのは、一方で我々は、良かった時代のこともまだそれなりに覚えているからです。例えば大学業界でいうと、ひと昔前なら、東大京大に入れば「末は博士か大臣か」といわれ、そのランクはアジアのトップに君臨して、卒業したら終身雇用で働くことができました。もうちょっと頑張れば日本の大学も世界でもトップクラスに、というのが現実味をもった時代もあったわけです。いまは政策目標としては声高にいわれますが、どうでしょうね。今の大学が置かれている状況、毎年だらだらとランキングが下がっていく現状を見ていると、ギャップを痛感せざるを得ないですよね。
みんなの介護 先生が著書「不寛容の本質」で書いていた“羨望の昭和”という言葉は、そんな思いから生まれたんですね。
西田 前編「シルバーデモクラシーが存在するのは、今の日本社会の構造上、否定できない」での税収の話の延長として、「昭和の古い常識は忘れろ」といった話をお説教のように、ある意味ではその時代に良い思いをしてきた年長者が言うじゃないですか。「もうそういう時代じゃない」といった風に。でも若い世代からすれば「よく言うよ」と思える部分があるんじゃないですか、という問題提起です。
みんなの介護 シルバーデモクラシーの根底にある、意識的な部分ですね。例えばですが、そうした意識さえも客観的に理解することができれば、世代間の対立構造みたいなものにも寛容になれるのでしょうか?
西田 いや、なれないと思います。そしてならないほうがよいのではないでしょうか。我々の社会は、ともすれば対立していること自体を隠そうとしますよね。例えばシルバーデモクラシーも「そんなものはない」と言う人がとても多いじゃないですか。でも、そうじゃない。「ある」というところから、問題の存在を認めるところからスタートしないと、いつまでたっても問題は解決できないと思うんですよ。保育の問題などが良い例ですよね。
「世代ごとの利害関係は合致しない、トレードオフにある」ということをきちんと直視した上で、それでどうやって解決するのかを考えていかないといけないのではないでしょうか。
みんなの介護 臭いものには蓋、では問題は解決しないということですね。
年金は、国が破綻させない。少なくとも払ったお金は戻ってくると考えると、払わない合理的理由はない
みんなの介護 シルバーデモクラシーの話題になると、どうしてもつきまとうのが年金の話です。どんどん給付額が下がっていって、今の若年世代がもらえる年金は、今の年長者の何分の1になるか…という。
西田 うーん、もらえる額は別として、諸説ありますが僕は自分たちが払った額の1倍は切らないと思いますし、例えば怪我や病気で働けなくなったときにもらえる障害年金などのことも考えると、制度としてはそれなりによくできていると思いますけどね。
年金が破綻するとかしないとか、よく議論されますが、「するしない」の問題ではなく、国が「させない」でしょう。例えば年金を払うべきお金を銀行にプールして…なんてことをするよりもよっぽど、ちゃんと年金を払った方が合理性が高いと思います。
みんなの介護 年金制度は破綻しないけれど、民間の銀行は破綻する可能性も否定はできないですからね。
西田 メガバンクが破綻する可能性は低いとは思いますが、銀行が破綻した場合、保障してもらえるのは個人の場合、原則1,000万円まででしょう。それに比べて、65歳から年金を5万円ずつでももらって、平均寿命の85歳前後まで生きたとすると、総額で1,200万円になるわけです。どっちが良いですか?と言われたら、それは年金の方でしょう。
みんなの介護 では、年金を破綻させないにしても、「今の年金受給者はもらい過ぎだ」論みたいなものについては…。
西田 考えても訴えても無駄なので止めたほうがいいように思います。これはもうサンク・コストみたいなものですし、生存権もあり、政治的にも強いわけですから、変わらないと思います。
この問題に関して考えていくと、現実的な手段の中で比較したほうが幸せだと思います。現実に比較可能な手段というのは、銀行に預金するか…いずれにせよ本来は国民皆保険ですから支払わなきゃいけないんですけど、マイナスになるかもしれませんが投資信託か、それから税制優遇の観点からしても、余裕があればオプション部分も入っておいてもいいと思います。生命保険だって控除の対象になりますしね。いずれにせよ、年金制度が現実に破綻する見込みは相当低いですしから、現実的な手段の中でじっくり比較し、早期から備えておくことが大事ではないでしょうか。
撮影:公家勇人
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