吉藤オリィ「不登校を乗り越え、生きる目的を見つける。ロボット大会の優勝、恩師との出会いが人生を変えた」
OriHimeのコンセプトは「心を運ぶ車いす」
みんなの介護 改めて、OriHimeとはどんなロボットなのか教えてください。
吉藤 体を運ばなくても、その場所に自分がいるかのような体験ができる分身ロボットです。OriHimeは、インターネットを使ってパソコンやスマホなどで遠隔操作することができます。
OriHime本体には、カメラやマイク、スピーカーなどが付いているので、離れた場所にいる人たちを見て、会話もできるんです。コンセプトは「心を運ぶ車いす」です。
また、首や腕を動かして気持ちを表現したり、拍手や同意、「なんでやねん!」といったツッコミの仕草で端的に気持ちを伝えたりもできます。
OriHimeは、難病や不登校、海外などの遠方に住んでいる人に使われています。また最近は、介護や育児で出勤できない人がテレワークで使用されるケースも増えていますね。
みんなの介護 関西弁のツッコミが入るところが面白いですよね。これはどんな意図があるのですか?
吉藤 私は、ツッコミはコミュニケーションにおいて重要な部分だと思っているんです。例えば、話が盛り上がっているときに割りこめなかったり、話の方向性が違っているな、と感じたりすることもあります。しかし、難病の方にとっては、なかなか伝えにくいものがある。そうした指摘ができます。
また、誰かがボケたときにツッコミを入れると笑いが起きて、コミュニケーションがとれますよね。
みんなの介護 なるほど。奥が深いですね。OriHimeをつくるにあたって重視したことはありますか?
吉藤 私が意識したのは、身体能力を平等にすることではなく、機会を平等にすることです。
人工知能の研究をしていた頃、友だちロボットや猫ロボットをつくっていた時期がありました。今はメタバース(架空の世界)がバズワードですが、VR世界に可能性を見ていた時もあります。
でも、「あなたは寝たきりなんだからVR世界でいいじゃない」ということではないなと思ったのです。みんなが旅行に行くんだったら、自分もその旅行に参加したい。そういったことをどうすれば実現できるか考えたときに、物理世界のアバター…つまりもう一つの体をつくろうと思いました。
その体は、空気を吸ったりごはんを食べたりはできない。しかし、持ち運びができてすぐに使える状態ではあります。呼吸器をつけた生身の体をストレッチャーで運んでもらうよりは簡単だろうと考えました。
「そこにいる」「そこにいた」ことの価値
みんなの介護 一緒に体験するということがポイントでしょうか。
吉藤 何より重要なのは、「そこにいること」だと思います。例えば、ある人に「ここにいて欲しかったな」と思うことって、誰にもあると思います。また、後で思い返したときに、その人が思い出の中にいることの価値というものがある。
たぶん私も久保田先生と出会わなければ、今ここにいないと思うんです。私がそこにいて、先生がそこにいて、たまたま話しかけたということから出会いが始まっています。そして、久保田先生に憧れたことで工業高校に進学することになりました。
「あのとき、あの人が、あの場にいてくれたおかげで、今の私がいる」とよく言いますよね。そこに自分がいて、相手がいたことの価値。それをどうすればつくれるか。健常者の体ではできなかったようなことも含めてできるようにしたいなと思っているんです。
私の親友であり最初の秘書であった番田雄太という男がいます。彼は、4歳のときに交通事故で脊髄損傷をしてから28歳で亡くなるまで寝たきりでした。
その彼がこう言っていました。引きこもりや肢体不自由などの障がいの最大の困難は「出会いと発見がないことである」と。それは私も同感です。
みんなの介護 なるほど、大切な人が遺した言葉が根底にあるのですね。そこから実際にOriHimeを作りこむにあたってはかなり試行錯誤されたようですね。
吉藤 はい、OriHimeのデザインは、ノート一冊分を使うほどさまざまなパターンを考えました。
当初は、実際にOriHimeを使っている人の顔が映るような仕様にしようとも考えていました。しかし、それではビデオ通話と同じようなただのツールになってしまう。そこにその人が「存在している」という感じにはならないなと。
デザインにあたってこだわったのは、表情です。そこには人とかかわるのが苦手だった、私自身の経験が反映されています。
顔から得られる情報はさまざまな解釈ができます。例えば、会話をしていて相手の眉毛がぴくっと動くだけで「怒らせたかな」と不安になってしまう。反対に、自分のふとした表情で相手を勘違いさせてしまって、ぎくしゃくした人間関係になっていく。そんな経験をした人もいるのではないでしょうか。
かといって、情報が少な過ぎてもいけない。そんなことを考えていたときに能面や人形浄瑠璃のモチーフが思い浮かびました。
また、腕を上げる動きにも「今、喜んでいるのかな」などと、見る人の想像の余地が残るようにしました。さらに無機質になりすぎないように丸みを持たせたのも工夫の一つです。
接客が評価され一般企業への就職が決まったパイロットも
みんなの介護 昨年OPENした分身ロボットカフェでは、Orihimeが接客をしてくれるそうですね。パイロット(OriHimeを操作して働く人)の方の働きぶりが評価されて一般企業への就職が決まったという例もあると聞きました。
吉藤 はい、接客が良かったという声をいただいています。ロボットでの働き方が新しいという感覚は一瞬で過ぎ去ります。その次の部分としては、パイロットの接客能力がお客さんを惹きつけるものになってくる。
最終的にはその人の人間性だと思うんです。一生懸命働く中で自信をつけて接客している姿勢が評価されたということですね。
ユニークなケースでは、VR世界を案内するアバターとして雇用されて賃金をもらえるようになったというお話もあります。
障がい者雇用は、企業としても難しい所があります。事前にどんなスキルを持っているかは把握はしていても、Zoomなどで面接をすると緊張している方が多い。
面接のような外の世界の人と話す機会をなくしているからです。私も3年半引きこもった後、久しぶりに人に会ったときには全然喋れませんでした。ですので、その気持ちはよくわかるんです。
なので、実際にパイロットとして働いている姿を見てもらって評価していただくのは良い方法だと思います。
みんなの介護 なるほど。ちなみに介護分野におけるロボットの可能性について、吉藤さんはどんな考えを持っていますか?
吉藤 将来的には、分身ロボット的なものが増えていくことによって、自分で自分を介護して、その余剰時間で誰かを介護する側に回ることも可能になるのではないでしょうか。
労力がかかる部分を機械がやってくれるというのは良いと思います。ただ私は、ロボットが自分の体を介護できるようになることよりも、コミュニケーションの方に興味がありますね。
自分のことを自分でしながら他の人を助けに行けるということ。または、自分でやってもできないところを助けてもらうという関係性が良いのではないでしょうか。
吉藤オリィ氏(吉藤健太朗氏)の著書 『「孤独」は消せる。』 (サンマーク出版)
黒い白衣に身を包み、分身ロボットの開発やALS患者のコミュニケーション技術の研究で国内外から注目される著者が、初めて胸の内を綴った書き下ろしノンフィクション。人生のいろいろな壁を、常識破りやクレイジーと言われる方法で突破しながら、"理論"ではなく"感覚"でロボットを研究。その思考回路、発想法が詰まった、自分のあらゆる可能性の扉を開きたくなる1冊。
連載コンテンツ
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さまざまな業界で活躍する“賢人”へのインタビュー。日本の社会保障が抱える課題のヒントを探ります。
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認知症や在宅介護、リハビリ、薬剤師など介護のプロが、介護のやり方やコツを教えてくれます。
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要介護5のコラムニスト・コータリこと神足裕司さんから介護職員や家族への思いを綴った手紙です。
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