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宇佐美典也「介護職員は家賃0円。そんな住宅補助をするなど介護職員の負担を軽減する発想の転換が必要」

最終更新日時 2016/03/10

宇佐美典也「介護職員は家賃0円。そんな住宅補助をするなど介護職員の負担を軽減する発想の転換が必要」

元経産省官僚・宇佐美典也氏。著書「肩書き捨てたら地獄だった - 挫折した元官僚が教える「頼れない」時代の働き方 (中公新書ラクレ)」「30歳キャリア官僚が最後にどうしても伝えたいこと(ダイヤモンド社)」などが有名なだけでなく、各種インターネットメディアで官僚の実態についての赤裸々な発言に注目が集まる若手気鋭の論客である。そんな宇佐美さんに、現在の社会保障体制が抱える問題、そして介護業界の苦境を救うアイデアなどについて話を伺った。

文責/みんなの介護

厚生労働省の官僚には、10年先、20年先を考えている余裕なんてない

みんなの介護 宇佐美さんと言えばやはり「経済産業省の元官僚」というイメージを思い浮かべてしまうのですが、経産省で働いている人から見ると、厚生労働省というのはどのように見えていたのでしょうか?

宇佐美 端からみた厚生労働省ってどういう状況か…、常に問題が起きて忙しそうにしているなぁ、という感じではありましたね。もう、自分たちでも処理しきれないくらいの問題が、常日頃起きていますからね。年金をはじめ医療f、介護、労働問題…と所管が広いので仕方のないことかもしれませんが。

みんなの介護 それだけ働いている方も忙しいわけですよね。

宇佐美 そりゃそうですね。霞ヶ関で一番忙しい省庁の一つです。予算編成は厚生労働省を中心に回っていると言っても良いくらい、予算も一番大きいですからね。一般会計だけでも30兆円もあるわけで。予算の大きさに比例して起きている問題の数も膨大なんでしょう。年金と医療と介護の現場では常に問題が起きていますよね。加えて、労働問題も深刻。ブラック企業がどうの、過労で自殺、有給未消化…など、問題が山積みなわけです。

そうした数々の問題に対して日々、対症療法的な制度変更をするだけで精一杯なんじゃないでしょうか。少子高齢化社会ということもあり、とにかく厚生労働省の所管する制度は拡張していく慣性の力なり加速度なりがものすごいんですが、その方向性やスピードがコントールできていないように感じます…よくアニメとかで雪玉がコロコロ転がってどんどん大きくなって誰も止められなくなって、壁にぶつかって壊れる、みたいなのがあるじゃないですか。はたから見ていると厚生労働省はその過程にあるように見えるんですよ。

みんなの介護 目の前の問題の解決にあたっている間に問題がどんどん膨れ上がってしまう、と。

宇佐美 そうですね。だからもう、彼らには10年先や20年先のプランなんか考えられないですよ。それは能力の問題ではなくて、リソースの問題です。昨年厚生労働者の若手職員と飲んだ時は「厚生労働省はあまりにも制度改正の法令業務が忙しすぎて、組織としてじっくりものごとを考える時間がない」とぼやいていました。

官僚になった新卒職員たちは、2週間くらい毎日、介護施設に行って、介護職員の方の仕事をお手伝いするんです

みんなの介護 宇佐美さんご自身は、就職する際に厚生労働省というのは頭になかったんですか?

宇佐美 そもそも官庁への就職を希望する学生は、国家公務員試験…今は総合職試験とかいうのかな?その試験に受かったら3つか4つの省庁の面接試験を受けることができるんです。そうした限られた省庁しか受けられない状況の中でも、厚生労働省というのは人気が高かった記憶がありますね。

私が国家公務員試験を受けていた当時(2004年)、厚生労働省というのは就職先として人気が高かったんですよ。ただ私は性格的に厚生労働省があわなくて、選択肢として考えませんでした。厚生労働省って穏やかで一つのことにじっくり取り組むまじめなタイプの人が多いんですよね。一方で私はせっかちで興味が目移りする傾向があるので、性格的にあってなかったんですよね。

そうそう介護がらみで思い出したんですけど、官僚になった新卒職員たちは、2ヶ月程度各省庁の職場でOJTで働いた後に、全省庁で合同で研修にいくんです。そこでどんなこと何をすると思いますか?

みんなの介護 何でしょう?想像もつかないんですが…。

宇佐美 全員、介護施設に研修に行くんですよ。厚生官僚ももちろん同様で、2週間くらい毎日、介護施設に行って、介護職員の方の仕事をお手伝いするんです。

みんなの介護 官僚の方も、現場の苦労は知っているんですね。

宇佐美 とは言っても、あくまで数週間ですし、「多少は手伝ったよ」って程度ですけどね。新しく連載させていただく「宇佐美典也の質問箱」、1つ目の質問にも「そもそも霞ヶ関の役人の仕事は介護そのものではなく、介護保険制度を運営するために必要な膨大な予算の確保や制度改正を政治家や財務省と調整して実現することです」と答えさせていただきましたが、役人に求められるのは、現場で職員と一緒に働くことではなく、下品なようですけどその職員の方々が働くのに必要な予算、カネを確保することですから。ただこういった研修は、官僚組織も、その大前提となる介護の現場を見る、知る、っていうことはそれなりに重視していることの表れだと思います

「賢人論。」第9回(前編)宇佐美典也さんは「厚生労働省の役人は、財務省や政治家などの板挟みになりすぎて、組織としてのミッションがわからなくなっているのかも」と語る

千兆円にも及ぶ赤字があるなかで、介護職員の給料を上げられるような予算をとってくるのはすごく大変

みんなの介護 カネ…というとつまり、財務省からしっかり予算を取ってくることが大切だ、と。

宇佐美 今の厚生労働省は大変だと思いますよ。千兆円にも及ぶ財政赤字があるなかで、介護職員のみなさんの給料を確保するために、毎年10兆円以上も、しかも毎年増えていくような予算を確保しているんですから。現場で不満があることは理解しますが、それって政治的にものすごく大変なことなんですよ。

みんなの介護 とはいえ介護職員の給与は決して高いとは言えるものではありません。もっと介護報酬を引き上げて、事業所に回る金額が大きくなれば、介護職員の給料にも反映させられますよね。

宇佐美 とは言っても、厚生労働官僚として最大限の努力をして今、ってことだと思うんですよ。これ以上は「官僚」ではなく「政治家」の問題です。例えばですが、「介護職員の給料を上げたい!」と思って厚生労働省の官僚が財務省に相談に行くと、財務省の担当官に「希望はわかった。でも厚生労働省の予算全体を増やすわけにはいかないから、じゃあ、高齢者の医療費負担を上げて、そのぶんのお金を介護職員の給料にまわそう」といわれてしまうわけです。それを受け入れるかどうかは政治家の判断になるわけですが…それが受け入れられないから、介護職員の給料は上がらないということなんですよね。

みんなの介護 厚生労働省って、なんだか方方からの声の板挟みになっている感じがしますね…。

宇佐美 たぶんですけど、厚生労働省の役人はみんな、板挟みになりすぎて、自分たちの組織としてのミッションがわかんなくなってしまっていると思いますよ。でも、個人個人はものすごく使命感にあふれてもいる。目の前の人を救わなきゃいけないっていう意味で。それが厚生労働省を支えている。他の省庁の役人たちとは質が違うと思います。「善人」っていうタイプの人、多いですよ。

みんなの介護 厚生労働省は他の省庁と事情が違う、ということですね。

宇佐美 そうですね。短期的な問題に追われすぎて、中長期的な視点が持てないんです。経産省だって国交省だって農水省だってエネルギー問題や住宅問題や食料問題で目前の問題で忙しくはありますが、一方でそれとは別に5年や10年といった中長期的なスパンでの視点を持って政策を検討しています。

もちろん厚生労働省も表面上は長期的なプランを組んでいますが、度々想定が崩れて制度改正が相次ぐのが現状で、今や年金や少子化問題で長期プランを出しても、それが守られるとは考えていないと思いますよ。だけど、そうしたプランを作らないと財務省からカネを引っ張ってこれないから、「とりあえず作る」という感じでしょうね。

長期プランを作って、財務省に「これで社会保障財政は大丈夫です」と説明してカネを引っ張ってきて、目の前の困っている人に配る。そうすると2~3年後に想定からずれ始めて財政状況が悪化して、また10年プランを作り直して…ということを続けるサイクルに陥っているんです。

みんなの介護 なんだか“自転車操業”感がハンパないですね。

宇佐美 そうですね。目の前のお金をひっぱってくるために、ウソでもいいから理屈を作って、お金を引っ張ってきてる。そのうち火の車になって、また理屈を作り直している感じで、厚生労働省の官僚としても辛いところだと思います。ただそれも目の前の人を救うためにあえて汚れ役をやらざるをえないわけで、仕方がありません。結果として問題はどんどん先送りされているわけですが。

「賢人論。」第9回(前編)宇佐美典也さんは「財政の枠の中で介護職員の待遇改善を図るのが無茶な話だと思う。これからは民間資金を介護業界に呼びこむような対策が必要」と語る

介護職員の給料を上げるのではなく、生活コストを下げるような施策を考えれば良い

みんなの介護 介護職員の方の給料を上げるのは現実的に難しいとして、では彼らの負担を減少させられるようなアイデアはありませんか?

宇佐美 発想の転換が必要でしょうね。給料自体は増やせないんだったら、介護職員の生活コストを減らせるような施策をとるべきなんじゃないでしょうか。例えば住宅補助。空室になっている公舎にタダで住まわせてあげれば、それだけで家賃が浮くわけじゃないですか。これからは、そういうことを考えなければならないと思っています。

みんなの介護 それは国の仕事というより、自治体の管轄…ですよね?

宇佐美 そうですね。地方分権なので、国が手を出せない分野ではあります。はっきり言って、地方公務員の寮なんかよりも介護職員の寮の方がはるかに必要なんだから、地方に住んでいる介護職員の方々のために住まいを提供すれば良いと思いますよ。

みんなの介護 では一方で、国がサポートしなければならない分野は、どのような点だと思いますか?厚生労働省が関わっている少子高齢化の問題は、国がお金を支援しないといけないですよね。

宇佐美 先ほどもお話しした通り、私はもう、財政の枠の中で対応するっていうのが無茶な話だと思っています。ではどうすれば良いかと言えば、やっぱり民間資金を介護業界に呼び込むような対策を考えていかないといけない、という話になる。端的に一番早いのは、政策減税かと思っていますが。

みんなの介護 政策減税対策…というと、具体的には?

宇佐美 例えば企業が老人ホームの経営に投資すればそこから上がる利益には税金がかからない、とか即時償却を認める、というような節税対策になるような制度を作るとか。資産家が介護に対してお金を出すという行為自体が節税につながるような状況をつくらないといけないと思っています。

そうした状況を作るだけで、一時的にでも介護業界のキャッシュフローが楽になると思うんですよね。そしてそれが介護職員の労働環境の改善につながっていく。ただ、これは厚生労働省からは出てこない発想なんですよね。法人税制に詳しく制度設計に長けているのは経済官庁ですから。

だからそういうところを政治家が仕切って、経済産業省と厚生労働省を協力させるような動きをとって欲しい。やっぱり官僚で対応できる問題ではなくなってきてるんです。政治家が霞ヶ関に新しい基軸や仕組みを作る仕掛けをしていかなきゃいけないと思いますね。

日本経済が成長していくためには、生産性を上げなければどうしようもない

みんなの介護 そもそも宇佐美さんは、どうして経済産業省に入ろうと思ったんですか?

宇佐美 一言でいえば、楽しそうだったから入ってみたい…と思ったんですが、よくよくルーツを辿ってみると、実はうち、祖父が事業家で結構大きな借金を残して亡くなったんですよ。茨城県で、漁船業に始まって、土地を担保にして個人で連帯保証して大きなお金を借りて、ホテルを建てて、リゾート開発して…という具合に一代で大きな事業を作ったんですが、それがバブルが崩壊して一気に業況が悪化して会社が債務超過に陥ってしまった。

そんな過去があるもんですから、起業家にやさしい中小企業政策ができるような管轄省庁に入りたいと思ったんですね。

みんなの介護 なんだかものすごい因果ですね。では、実際に入省してからはどのような仕事を手がけられたんですか?

宇佐美 法律をたくさん作りましたね。特に僕が手がけたのは工場立地に関する法案の作成で、工場を建てるときの税制の減税とか。あとは、農水省と共同して農業への参入規制を緩和するような法律を作ったり、といった感じでしょうか。特許関係の法律法の改正などにも携わって、経産省にいた最初の5年くらいは、ひたすら法整備をしていましたね。

後半の3年間は、民間企業の参加を募った何百億円というプロジェクトがメインでした。半導体を開発するプロジェクトや太陽光発電のマネジメントや戦略決定に携わったり。

みんなの介護 そうしたプロジェクトに関わってきた宇佐美さんから見て、今後の日本の経済はどのように推移していくと思いますか?

宇佐美 日本経済が成長していくためのアプローチは2つだけだと思っています。ひとつは、生産性を上げること。ものすごく単純に見ると経済の規模というのは、一人あたりどれくらい稼げるのかということと、何人働く人がいるのかということの掛け算で考えられます。

1000万円稼ぐ人が100人いれば10億円の経済圏ということです。前者が生産性で、後者が労働人口の議論。そう考えると、これから労働人口が増えることはあり得ないので、生産性を上げなきゃしょうがないですよね。一方で労働人口が減ってしまうことはなんとしても防がなければいけないので、高齢者の労働参加を促す政策をとる必要があります。例えば年金の支給を遅らせるとか。

みんなの介護 一人あたりの生産性が上がるということは、一人当たりの稼げる額がも大きくなる、と考えて良いですか?

宇佐美 そういうことです。これからの時代は「清貧」的な思想は一切、廃した方が良いと思うんですよ。給料が上がることは良いことだ。それで良いじゃないですか。なんだか日本人的な感覚なのかわかりませんが、稼いでいる人を妬む風潮って少なからずありますけど、そういうのって誰のためにもならないと思うんですよ。金持ちが増えたら喜べばいい。

ただ一方で、国としては高給をとって裕福になっていく人たちのお金が介護をはじめとした社会保障関連の分野にお金が回るような税制を整備することも大事だと思っています。その辺は、先ほどもお話しした通りです。

「賢人論。」第9回(中編)宇佐美典也さんは「年金は確かに不安。だけど、その枠組みがあるからこそ国家としての長期計画を立てることができるんです」と語る

日本が抱えている社会保障の問題については誰も答えを持っていないが、破綻に向かって歩いているのは間違いない

みんなの介護 裕福層がいる一方で、当然ですがそうでない人たちもたくさんいます。特に昨今では「下流老人」という言葉が世間を賑わすなど、貧困にあえぐ高齢者が増えているという側面もあります。

宇佐美 確かに、生活保護を必要とする人が増える一方…というのも、社会的な問題ですね。

みんなの介護 例えばですが、以前に「賢人論。」にご登場いただいた堀江貴文さんは「最低賃金を撤廃すれば高齢者の働く場所が増える。社会参加も積極的にできるようになるんですよ」の中でベーシックインカム(注・政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想)を導入する案を提案されたり、ちきりんさんからは「介護業界全体に流れ込むお金を増やさない限り、介護職員の待遇は良くならない」の中で生活保護以外の社会保障を撤廃するという提案もありました。

宇佐美 うーん、私はそうした考えには懐疑的なんですよね。そもそも年金というのは、国民が将来をお金の不安なく暮らせるようにするための制度ですよね。つまり、年金の議論というのは将来のための政治の議論です。それなのに、それを生活保護に置き換えると全部リアルタイムの政治の議論になってしまって、国家として長期計画が持てなくなってしまいます。

「年金は不安だらけだ」とは言っても、その枠組みを組んでいるからこそ10年先、20年先のことを議論できるんです。矛盾するようでありますが「年金財政が破綻している」ということも年金という制度があるからこそ議論できるわけです。これが年金という制度がなければ、その時々の世論に流されて政府がもっと大盤振る舞いして赤字財政が拡大すると思いますよ。世界を見渡してください。社会保障を生活保護だけにまとめている国なんてありませんよ。それはつまり、非現実的な考えだからだと、私は思いますけどね。

みんなの介護 それは、前編「千兆円にも及ぶ赤字があるなかで、介護職員の給料を上げられるような予算をとってくるのはすごく大変」でお話しいただいたような、「厚生労働省=自転車操業状態」と通ずるものがありますね。

宇佐美 厚生労働省みたいに一番将来のことを予測して政策を考えなければいけない省庁が目の前の問題に追われてばかりいるような状態になってしまうのは国家として大変マズイ状況ですよね。結果として、今、日本が抱えている社会保障の問題については誰も答えを持っていない状況になっているわけですから、日本の社会保障制度は破綻に向かって歩いているのは間違いないと思います。

「賢人論。」第9回(中編)宇佐美典也さんは「今の人が受け取っている半分や3分の1くらいしか受け取れなくなる。そんな「年金の破綻」はこのままいけば確実でしょう」と語る

年金制度の設計は、経済成長率が2%を継続する前提で進んでいること自体が無茶な話

みんなの介護 破綻…というと、何をもって破綻と言うのでしょうか?まさか、年金支給額が0円になるということではないですよね?

宇佐美 ゼロになるということではないです。ただ、設計していた通りに遂行できなくなるという意味での「破綻」です。今の高齢者が受け取っているくらいの年金を若い世代も受け取れるという前提で制度設計しているわけですが、それが無理で、今の人が受け取っている半分や3分の1くらいしか受け取れないという意味ですね。

みんなの介護 その未来は、かなり近い将来という感じでしょうか?

宇佐美 時期までは確定的なことは言えないですが、そう遠くない未来にこのまま行けば破綻するのは確実でしょう。政府が消費増税に向けて2012年に発表した経済予測では、経済成長率が2%程度をずっと継続する前提で進んでいる話なのですが、早くもその前提が崩れてきていますからね。

今、年金というのは皆さんから集めた保険料に税金と政府の借金、を加えた額がプラスされているわけですが、経済成長が予定通りに行かなければ、税収が減って、さらにどこかで政府が借金できなくなってプラスする分がなくなってしまう。そうなった時が破綻でしょうね。

みんなの介護 そういえば先日は、年金を運用する機関であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の、その運用方法と実績についても問題になっていました。なんでも、何兆円も損益を出したとか…。

宇佐美 GPIFは、株と国債で運用しているわけですが、国債の利回りは限られている以上、株で運用するしかないですよね。そうなると、得する時もあれば損するときもあるわけで、一時期だけを見て「損益を出した!どうなっているんだ!」と騒ぎ立てるのは、ちょっと違うかな?と思いますが。

安倍政権の期間の株価を見ると、8,000円から1万7,000円くらいにまで上がっているわけですから、そのぶん利益が上がっているのは間違いありません。とはいえ、株で運用するにしても、株価がずっと上がり続ける前提で設定されているのはおかしな話で。日本経済がずっと発展するなら良いですけど、そんな旨い話はありませんからね。

みんなの介護 経済成長が前提での話というと、かなり時代にそぐわないようになっているのではないでしょうか?

宇佐美 そうですよ。でも、そうでも言わないと国民の信頼を得られず、国の口座にお金が入ってこない、そして運用することもできないんですから仕方ない。厚生労働省の官僚だって、「経済成長?これ、ウソだなー」なんて思いながら制度設計をしていると思いますよ。それでも今の高齢世代の年金にプラスする財源を確保するため、ひいては国民の皆さんのために、彼らはせっせと狼少年をやっているんです。全ては国民のためなんです。見方によりますが。

厚生労働省の役人は、「ボランティアか!」ってくらいサービス残業してるんですよ

みんなの介護 先ほど、厚生労働省は現在の年金を確保するために狼少年のようなことをしているという、衝撃的な言葉がありました。

宇佐美 別に衝撃的なことでもなんでもなくて政府が公式に発表している情報を振り返れば、誰でもわかることなんですけどね。この点日本はギリシャのことを笑えないと思うんですよね。ギリシャだって思っていたはずなんです、好景気はずっとは続かないって。いわゆる有識者と呼ばれる方はみんな指摘していたんですが、当時、国民はそれほど危機感を持ってその情報を捉えませんでした。「今が続く」と思っていたんです。

それは日本でも一緒で、普通の人にとっては将来的なことなんかより日々の生活の方がはるかに大事ですよね。私だって公務員で安定した将来設計ができる恵まれたサラリーマンだったからこそ、将来のことを考える余裕があったわけで、フリーランスになって今感じることは、「30年後の年金より今日の生活」っていうのが普通の感覚ですよね。

みんなの介護 元官僚の宇佐美さんでも、そんなことを感じるんですね。金銭的には余裕がありそうなのに…あ、「肩書き捨てたら地獄」でしたか(笑)。

宇佐美 辞めたのが30歳の時で、その時点で年収500万円ほどですから、そんな余裕があったわけではなくて、あっという間に貯金がつきましたね、1週間を1,000円で過ごさなきゃいけない時期があったくらいですから。まさに将来の年金なんかより明日のメシ代(笑)。

多くの人が勘違いされていると思うんですけど、官僚の年収なんてたいしたものではないんですよ。安定しているというのは間違いないですけど、天下りだって先細りですしね。大部分の官僚は「なんとか日本を良くしたい」と思って働いているんですよ。そしてその結果が現状なわけです。「どうせ役人は自分のことしか考えてない…」的な非難をして、それで楽になろうとしても、今日本が抱える大きな問題の解決には何もつながりませんよ。

厚生労働省の役人なんて、僕からしたら「ボランティアか!」ってくらいサービス残業してますからね。若手なんて時給で言ったら1,000円くらいだと思います。ブラック企業を取り締まるはずの職場が、霞が関で一番ブラックな職場ですよ。彼らがなんでそういう職場に残るか、っていったらそこはやっぱり「志」なんですよ。本当は転職した方がよっぽど労働時間も減って、稼げるお金も増えるんですから。

社会保障の予算の枠は決まっているわけだから、介護の予算を増やすということは年金を減らすということになる

みんなの介護 話を国政の方に戻しますね。「介護職員の待遇を手厚くするためには、年金・医療のお金を回してでも、介護の予算を大きくする必要がある」とお話しいただきました。すると、別の問題が噴出しそうです。

宇佐美 社会保障の予算の枠は決まっているわけですから、介護の予算を増やすということは年金を減らすということ。それ、どっちにしますか?ということですね。

結局、票に直結する高齢者の利害が優先されているのが現状です。それは政治家のせいでもなく、かといって官僚のせいでもなく、選挙というプロセスを通じた日本国民の総意の結果です。現状、高齢者層の方が利害が一致していて、かつ投票率も高いため、高齢者サイドからの「若いうちはつべこべ言わずに安く働けば良い」とか「高齢者の医療費負担は低くなきゃダメだ」という潜在的な意志が政治的に反映されているということです。もちろんそれは、口に出しては言わないですけど、間違いなく現実になっているんです。

みんなの介護 そうした考えが浸透してしまうと、「世代間格差が…」などとなってしまいそうなのが怖いです。

宇佐美 でも我々は、そういった上の世代が作った日本という国の基盤の上で生きているわけですから、それを安易に世代間格差の議論にしてしまうのは違和感を覚えるんですよね。ただ現状は、高齢者の利害に政治が配慮しがちなのは間違いないので、若者は不満があるならもっと本気で戦う手段を考えなければいけないと思うんですよ。

例えばですけどね、介護職員の方で給料に不満を持っている方が多いのであれば、どんどん辞めていけば良いと思いますよ。1年くらい準備して、お金を稼げるところに転職すればいいじゃないですか。日本は若者が転職しやすい社会ですし、幸い今は求人率は高い状況にあります。

みんなの介護 そんな状況になってしまったら、介護サービスを利用したくでも利用できない、いわゆる「介護難民」が増えてしまいそうです。

宇佐美 そうなってしまったら、そのときにようやく政治家が本気で介護職員の給料を増やすために、年金総額を減らしたり、医療費負担の増額を検討したりするようになるんでしょうね。何度も言いますが、社会保障費全体の枠は限られているんですから。なのでそれくらい追い詰められないと政治は変わらないと思います。政治は綺麗事ではなく戦いなんです。

「賢人論。」第9回(後編)宇佐美典也さんは「カジノ型デイサービスはどうなんでしょう?
ギャンブル依存症の方への社会的な対策が打たれていないのは問題」と語る

高齢者も含め、ギャンブル依存症の人たちを支援する基金を起ち上げたい

みんなの介護 ところで、宇佐美さんは今、ギャンブル依存症団体のアドバイザーをされているそうですね。実は介護業界とパチンコとの関連性も、最近では指摘されるようになっているんですが、ご存知ですか?

宇佐美 もちろん知っていますよ。ギャンブル依存症は老若男女問わないものですが、孤独で、やることなくてパチンコにハマってしまって…という高齢者は多いと思います。この前あるパチンコ屋の元店長の方が「毎日朝から晩までパチンコを打ちに来る、おそらく依存症の高齢の女性客の方が、パチンコのリーチがかかったときにモニター越しに手を合わせて自分に大当たりをお祈りしているのを見て、パチンコ業界を辞めることを決意した。」というようなことを仰っていました。生々しいですね。

みんなの介護 昨今では、デイサービスのレクリエーションの一環として「カジノ型デイサービス」といった形態も出てきたりしています。その敷地の横にパチンコ屋さんがあって、デイサービスが終わってからパチンコ屋さんに通うという高齢者もいるようです。

宇佐美 う?ん、それはなんとも言えないです。ただ高齢者がそれでギャンブルにハマってしまったらどうするのだろう、という風には思います。個人的には家族持ち、子持ちの親でギャンブル依存症になってしまう方がたくさんいて、それに対する社会的対策が打たれていないことが問題だと思っています。そうすると何がまずいかというと、次の世代への二次被害が出てしまうことなんですよね。子どもが高校に行けない、大学に行けないとか、ひどい場合には児童虐待に繋がったりもするので。

みんなの介護 ギャンブル依存症って、ある意味で病気ですよね。たとえば高齢者に限ると、治すために病院に通って、その医療費がまた膨れ上がって…という負のスパイラルに陥りますね。

宇佐美 う?ん、そこは必ず医療費の議論ではないんですよ。ギャンブル依存症には医療機関による「治療」という行為はあまりなじまなくて、支援者によって社会復帰に導いていく「回復」というアプローチが用いられます。依存症は完治することがない病気で1~2年ギャンブルをしなかったけど、なにかのきっかけで再発して大きな借金を抱えるなんていう例もたくさんあって、一生戦い続ける病気なのが難しいところです。

みんなの介護 やっかいな現象なんですね…。でも、依存症になったとしても、ギャンブルに使うお金がなくなったら、したくてもできないですよね

宇佐美 そうです。ただ依存症の罹患者は、借金に対するハードルが下がっていますし、たとえウソをついてでもギャンブルをするためのお金を引っ張ってこようとするので、その結果信頼を失い、どんどんどんどん社会的に孤立して行き詰まって…ひどい人になると自殺に及んでしまう。依存症の罹患者はギャンブルをやめられないんですよ、やめたくても、やめたくてもやめられなくて、自分を嫌いになって自殺してしまう。

「これではダメだ。自分はギャンブル依存症なんだ」と自ら認めて、そこから回復するための周囲のサポートが必要なんですよ。自力でたちなおるのは難しい。全然道筋は立っていないのですが、私自身は、ギャンブル業界が依存症罹患者の社会復帰やその家族の経済的問題を支援するための基金を作るべきなのではないかと思っています。特にギャンブル依存症の親を持つ児童向けの奨学金とか、生活扶助とか、そういうものがないと不幸が連鎖してしまいます。

みんなの介護 そうした宇佐美さんの活動が、ギャンブル依存症や、そうなってしまいそうな高齢者を守る動きにもつながることを期待しています。

撮影:大木大輔

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07
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