村上憲郎「新人時代、月に200時間も残業し“プチプチ”にくるまって寝ていた。“やりがい”や“大義名分”以前に食べていくことで精一杯だった」
2008年までGoogle日本法人の代表取締役を務めるなど、敏腕の経営者として米国系ICT企業を渡り歩いてきた村上憲郎氏。敗戦後の貧しい戦後日本に生まれ落ちて以来、急速に豊かになってゆく日本を氏は見つめてきた。前編は、苦労を重ねた新人時代のエピソードを皮切りに現代の雇用環境や若者の働き方について思うところを語ってもらった。
文責/みんなの介護
原子炉を検査するエンジニアとしてキャリアをスタートした
みんなの介護 村上さんは2008年までGoogle日本法人の代表、兼アメリカ本社の副社長を務められましたが、キャリアのスタートはエンジニアだったそうですね。
村上 日立電子という会社に務め、原子力発電所の振動試験とかを担当していました。当時は月に200時間も残業していましたね。ちょうどその頃オイルショックがあり、原子力発電所以外に日本のエネルギーを支えられないからということで膨大な仕事が課されていたんです。
みんなの介護 残業だけで200時間…!具体的にはどんな作業だったんですか?
村上 完成した原子炉を振動発生装置で揺すって、耐震性の検査をするんです。十分に頑丈であるということでつくってはいるんですが、配管などは構造が複雑なので地震波に特有な周波数との“共振”という現象が起こらないことをチェックしていくという業務です。
共振というのは、例えば「一休さん」のエピソードで有名な現象です。京都の「知恩院」というお寺には、日本有数の大きさを誇る釣鐘(※直径2.8メートル、高さ3.3メートル、重さ60トン)があります。これを一休さんは、共振を利用して指一本で動かしたというんです。物体はそれぞれ“固有振動数”という決まった振動数を持っていて、それに合うリズムで突いていると巨大な釣鐘でさえ揺れ始める。
みんなの介護 事故が許されない原子力発電所にとって、そんな共振現象は脅威ですね。
村上 私は“高速フーリエ変換”というコンピュータープログラムを使って、その振動試験の解析をしていました。原子炉に600個くらいのセンサーを付け、地震に特有の周波数帯域で揺する。すると共振現象が起こったところだけ大きく揺れるので、そういう箇所を少しずつ補強していくんです。
そんな仕事をしていた頃がだいたい残業200時間。土日出勤や徹夜が当たり前の世界でしたね。睡眠時間はせいぜい3~4時間で、家には寝に帰るだけ、という感じでした。事務所や工場の中で寝ることもありました。その代わり残業代がたっぷり出て、本給の3倍くらい給料をもらっていましたよ。
包装用のビニールにくるまって寝ていた新人時代
みんなの介護 家に帰ることができず、包装用のビニールシート…いわゆる「プチプチ」にくるまって寝たこともあった、という衝撃的なお話も著書に書かれていました。
村上 機械のハード部分を担当する人が手直しを終えると「今度はソフトの番だ」と言われて私たちが起こされ、それが終わると「今度は別のところがおかしい」と言ってまたハードの人を起こして…ということの繰り返しでしたから、きちんと寝る暇がないんですよ。
ですから、机の上でプチプチにくるまって寝るしかなかった。プチプチは結構、保温性があるんですよ(笑)。精神的に限界を迎える人も出るくらい、過酷な環境でした。当時といえども、さすがに労働基準監督署の査察が入りましたね。
みんなの介護 査察が入って労働環境はいくらか改善されましたか?
村上 されませんよ。仕事は、待ったなしで、あるんですから。
みんなの介護 それに比べれば遥かにましだと思いますが、今の日本人も休みは取れないし、残業は多いし、働きすぎだと言われています。
村上 そもそも未だに時間で管理しているんですか、と私は思いますね。これからは、仕事の成果で評価する仕組みをきちんと導入していかなければいけません。編集部で言えば、素晴らしい原稿を書き上げさえすれば朝の11時ころにのんびり出社して14時には帰ることができる。そんな働き方を許していくべきです。
残業代が何時間だから労働基準監督署が取り締まるとか、問題になって社長が交代させられるとか、そういうことを相変わらずやっているのはおかしいですよ。チャップリンの『モダン・タイムズ』に描かれたような機械的な労働ならまだしも、知的産業に携わる人を時間で管理してもしょうがない。こういう成果主義の考え方は決して新しいものではないんですが、なかなか実現しませんね。
みんなの介護 どうすれば、そんな成果型の働き方が日本に浸透していくのでしょうか。
村上 どうでしょうね。残業が多いのは、帰れないのではなくて空気を読んで帰らない場合が多いわけですから、会社として「無駄な残業はしません!」という宣言をしていくべきなんじゃないでしょうか。
最近ではいろんな会社がフレックスタイムを取り入れ始めていますが、それもまだまだ浸透しそうにない。出勤時間が集中していますから、通勤電車の混み具合にしたって最悪です。お互いにグーッと押し合わなければ乗り込めませんよね。
みんなの介護 介護士さんなどもそうですが、低賃金かつ重労働という過酷な環境で働いている人は今でも多いかと思います。つらい仕事の中でうまくやりがいを見つけていくコツなどはあるでしょうか。
村上 介護士さんに関しては、本当に申し訳ない状況になっていると思います。非常にストレスフルで体力も要る仕事だと思いますから、介護士さんの給料を一定以上の水準に保つための施策を、政府は率先してやるべきだろうと思いますよ。
とはいえ、“この仕事は社会のためなんだから”とか、そういう大義名分を無理に探そうとする必要はないと思うんです。そういうものは、持てる人だけ持っていれば良いんじゃないでしょうか。綺麗事の前にまずは「食うために働くんだ」そして「自分がのし上がるために働くんだ」と思うことが一番のモチベーションになると思います。
若者は一度、貧しさに恐れおののく経験をしてみるべき
みんなの介護 村上さん自身「のし上がってやるぞ」という思いは若い頃から強かったんですか?
村上 のし上がる、なんて言うと何だか悪党みたいに聞こえますが、でも私が言っているのはある意味そういうことですよ。生きていくにはある程度“悪党”でいいんだと思うんです。自分のために必死に生きることは全然恥ずかしいことじゃないですよ。
みんなの介護 “ゆとり”や“草食系”などという言葉も流行りましたが、現代の若年層の中にはそういったハングリー精神が乏しい人も多くなっていると言われています。
村上 我々のような団塊の世代は貧しい戦後の世の中で幼少時代を過ごし、だんだん生活水準が上がっていったというラッキーな世代の人たちなんです。そうして辿り着いた生活水準を、彼らの子供や孫たちは当たり前のものとして施されてきた。だから、今の人たちは“ひもじい”とか“明日の食料が手に入らない”という感覚があまり身についていないわけです。
これは大変幸せなことなんですが、一方では、また戦後のように日本が貧しくなってしまうことも可能性としてはあり得るんだということを、妄想で良いのでイメージしてみることが大切だと思いますね。
みんなの介護 今の若い世代にとって仕事は“食うため”というよりも「やりがい」などが重視されている気がします。
村上 あと“自分探し”とかね。そんなもの食えるんか(笑)?「やりがい」を食べて生きられるんか?そんなことはない。まずはパンが手に入らないとダメでしょう。もしも、食べ物を買うお金がない、なんていう状況になったら、私は店頭のものだって盗むかもしれない。我が身が大切なのはみんな同じですから、食べ物を奪い合って殴り合いになるかもしれない。
そういう状況を考えれば、“草食系”だとか“自分探し”だなんて言ってられないですよ。一度そういうことをみんなでディスカッションし、恐れおののくという経験をしてみれば、また生き方が変わる人もいるんじゃないですかね。
要求を満たす表現から身につけていくことが英語学習の基本
みんなの介護 IT技術の普及によりグローバル化が進むこれからの時代、英語が喋れない人は生き残れないだろうと村上さんは主張されています。村上さんご自身、外資系コンピューター企業「DEC」に転職された31歳から勉強を本格的に始めて、3年間かけて英語をマスターされたそうですね。
村上 英語がまったくできないのに外資のコンピューター会社に転職してしまいましたから、必死にやりましたね。
みんなの介護 ご著書『村上式シンプル英語勉強法』に書かれている勉強法は独学で編み出されたとか。
村上 まずは、生きていく中で最低限必要な言葉だけを覚えるんです。「何か食べたい」「これをくれ」などの“要求”が人間の発話の基本でしょう。だから英語教室に来た生徒にはまず今やりたいことを日本語で言わせて、その英語での言い方を教えていく。お互いに要求を満たし合うような表現を最初に身につけていくと成長が早いと思います。
みんなの介護 ビジネスの場面も、基本は“要求”の積み重ねですものね。
村上 自分の身から湧き出る表現欲を満たすための表現から入るんです。そういうことを疎かにして「This is a pen.」みたいな文を教えているからダメなんですよ。英語の教育産業は当時にもありましたし、今でも廃れていません。なぜ廃れていないかというと、“ぜんぜん成功していないから”です。
私は英語学校の先生に会うとこう言うんです。「あなたたちの目標はなんだと思いますか?それは、あなたたちが失業することです」。そうでしょ?「英語教室なんか開いたって誰も来ないよ。だってみんなペラペラだもん」というところが英語教育の最終ゴールなんですからね。
第四次産業革命が、生産と流通の仕組みを根本的に変える
みんなの介護 最近の村上さんは、どのようなお仕事をなさっているんですか?
村上 第四次産業革命に関連する政府の委員などが活動の中心ですね。先の3月には、株式会社エナリス代表としての最後の仕事で、安倍総理や世耕経産大臣などと一緒にドイツへ行きました。ハノーバーという街で開催されたITの万博「CeBIT」に参加し、「ハノーバー宣言」の発表に立ち会うためです。「ハノーバー宣言」では、日本とドイツで手を取り合い第四次産業革命を推進していくための方針が打ち出されました。
みんなの介護 第四次産業革命というのは、蒸気機関による第一次、電気による第二次、ITによる第三次産業革命に続く、第四の産業革命のことだそうですね。実現すると、具体的にどのように社会は変わるんでしょうか?
村上 IoT、ビッグデータ、人工知能を使って、製品のデザインや製造、流通といった一連の産業構造が一気に効率化されます。例えばスーツをつくるなら、現段階では一種類のデザインを大量生産するという方法が最も安上がりですよね。しかし、第四次産業革命後はオーダーメードの製品さえ大量生産と同じ低コストでつくることが可能になります。
みんなの介護 IoTは家電や工場の機械などあらゆるものをインターネットに繋げて情報をやりとりする技術のことで、介護業界でも、安否の見守り機能を搭載したベッドなど様々な用途への活用が期待されています。
村上 スーツをつくるならば、例えばある人を真っ裸にしてスキャナーの間をスッと通すことで、体型や色などを検出する。それにその人の好みなどのデータを加えて、つくるべきデザインを人工知能が瞬時に割り出す。そうしてできたデザインデータが工場へ送られると、インターネットに繋がったIoTの生産マシンが自動的運転でスーツをつくり始める。
こんな具合で、自分に合った唯一無二のスーツが安く、早く生産されるようになるんです。ひょっとしたら、スキャナーを出てきたときにはもうスーツを着ているかもしれないですよ!というのは冗談ですが(笑)。
第四次産業革命に備え、雇用のセーフティネットの整備が必要
みんなの介護 SF映画のようなすごい技術ですね!
村上 それに伴う補助金の受け皿づくりのため、地方自治体を回るのも私の仕事のひとつです。第四次産業革命による新しい技術が普及するときのため、今どんな計画を立てておけば政府のお眼鏡に適い支援を受けられるか助言する仕事です。
みんなの介護 一方で、第四次産業革命の実現によって仕事が奪われてしまう人もたくさん出てしまいそうですね。
村上 さっきの例で言えば、スーツのテーラーさんなど技術職のプロフェッショナルたちの仕事は限りなくゼロに近くなってしまいますね。第四次産業革命はバラ色の話だけではないんですよ。技術の普及によって人が要らなくなったとき、雇用問題はどうするのか?という問題はもちろん出てきますよね。
そこで日本政府は新しいセーフティネットの在り方も含む「Society 5.0」という新しい社会についての議論を始めている段階です。
みんなの介護 Society 5.0とは、「狩猟社会」「農耕社会」「工業社会」「情報社会」に続く第5番目の「超スマート社会」の実現に向けた一連の計画・取り組みのことを指す言葉だそうですね。
村上 第四次産業革命によって雇用が失われたときのために、働かない人たちには「ベーシックインカム」を支給するというアイデアも案として出ています。つまり、労働をしなければ生まれてから死ぬまで国からお金がもらえるんです。
みんなの介護 何もしなくても、働かなくても行きていける…。
村上 働かなくて済むような社会が来るんだからすごいことですよね。1日に8時間も働くなんて嫌ですから(笑)。反対に言うと、ベーシックインカムを受け取った人は働いてはいけないんです。働く権利を放棄する代償としてそれは支給されるんですから。働くことは“義務”でなく“権利”になっていく。これが肝なんです。
好きな仕事に就いたり、人よりも経済的に豊かになりたいと願う人は自由に働いていい。あなたも、引き続き「みんなの介護」の編集をしていたいのならすればいい。その代わりベーシックインカムはもらえませんし、しかも所得税を納めてくださいね、という仕組みになるんです。第四次産業革命は今から30~40年、「Society 5.0」が指す新しい社会は100~200年をかけたプロセスになるとみられています。
知的好奇心に火を点けてくれた恩師「宮崎先生」
みんなの介護 村上さんは若い頃から人工知能をはじめとしたIT技術への関心が強かったそうですね。それらのものに関心を持つきっかけはなんだったのでしょうか?
村上 高校1年生のとき担任だった、数学の宮崎先生の存在は大きかったと思いますね。高1の数学は、因数分解などの単純なものばかりで退屈だった。ある日の授業中、そんな私を宮崎先生が見つけて「村上、つまらんか」と言ってきたんです。
「いえ、そんなことはありません」としおらしくしていたら「俺が授業で教えることは『チャート式』という参考書に全部書いているから」と、その本で勝手に自習を進めることを許されました。
みんなの介護 普通なら叱る場面ですが、器の大きな先生ですね。
村上 3学期になり、また先生がやってきて「村上、『チャート式』はどうしているんだ」と聞かれました。その頃にはとっくに3年分の自習を終えていたので「全部終わりました」と伝えたら、今度はジョージ・ガモフという理論物理学者が書いた『不思議の国のトムキンス』という本を薦められました。相対性理論や量子力学についての本なんですが、面白おかしく物語調に書かれているんです。挿絵なんかも入ったりして。
みんなの介護 3年分の数学を1年で終えるなんて驚きです!『不思議の国のトムキンス』という本はどんな内容だったんでしょうか?
村上 トムキンスという名の主人公が、普通はミクロな世界でしか起こらない量子力学上の現象を等身大のままで体験するというものなんです。物体の中をすり抜けていったり、波になったり、また元の身体に戻ったり。
その本がきっかけとなり、本屋へ行って本格的な物理学の理論書を手に取ってみました。もちろん当時の知識ではさっぱり理解できませんでしたが、「量子力学を理解するには“行列”や“ベクトル”が必要らしいぞ」とか「“微分”の先に“偏微分”なるものがあるらしいぞ」ということがおぼろげにわかり、数学への興味がさらに掻きたてられたんです。
みんなの介護 そんな村上さんにとって、京都大学工学部への進学は必然的な選択だったんですね。
村上 本当は理学部へ行きたかったんですが、当時の田舎には「理学部へ行っても就職ができない」という妙な伝説があったんです。ましてや裕福な家の子供でもなかったので、就職できないのは困ると思って工学部にしたんです。
みんなの介護 大学時代は、大好きな数学に打ち込まれたんですか?
村上 当時真っ盛りだった学生運動に参加しましたので、火炎瓶を投げてる方がメインでしたね。線形代数や解析力学などの単位は要領よく取りましたが、入学して1年後には逮捕もされてしまいましたので(笑)。
とはいえ、コンピューターサイエンスの魅力に出合ったのはその学生運動の最中のことでした。学内を占拠していたとき、大学の先生が『フォートラン入門』というコンピューター言語の本を貸してくれたんです。占拠と言っても、9割方の時間は暇なんですよ。だからみんなでその本をコピーして回し読みしていました。
原始仏教は宗教というより、“存在”を問い直す哲学
みんなの介護 数学や人工知能に限らず、村上さんはとにかく好奇心旺盛だそうですね。
村上 他に好きなのは、原始仏教の研究ですね。原始仏教は宗教というより、哲学的な色合いが強いんです。「存在するとはいったいどういうことなのか?」「“私”というものは存在するのか、しないのか?」という問いを突き詰めているものなので。ですから「お釈迦様を信じる」というのとは少し違うんですけれど。
そういった原始仏教学の主要のテーマ「存在とは何か?」という話を具体化すると物理学の「量子力学」へ、「“私”とは何か?」となると「人工知能」へつながっていくんです。
みんなの介護 村上さんの関心は、やはり物理学や工学の延長線上にあるんですね。
村上 私が今お手伝いしている量子コンピューターという技術や、若い頃から興味を抱いていた人工知能、そして原始仏教。それらのものに対する私の興味を支えていたのは結局「人工知能によって“私”というものをつくることは可能か?」というひとつのテーマだったんです。
みんなの介護 現在“人工知能”と呼ばれているものは、突き詰めれば「高速で情報処理をする機械」ですから、人間のように“私”という自我を持っているわけではありませんよね。
村上 一般的には“私”なるものは脳の中のどこかに中心点のようなものとしてあり、それが司令塔になって身体を動かしている、と思われていますよね。
ところが、その常識を覆すような事実が判明しているんです。例えば私がこうやって腕を上げる。そのとき、“腕を上げよう”と思う脳細胞と、“腕を上げろ”という司令を腕へ発する脳細胞の、どちらが先に働くと思いますか?
みんなの介護 普通に考えれば、“手を上げよう”と思った後で神経へ司令が出される気がしますが…?
村上 しかし実際に脳を観察してみると、結果は反対なんだそうです。“手を上げろ”という司令が脳から出た後で、“手を上げよう”と思っていた。つまり“私”というのは、自分の身体が選んだ行動を最後に観測しているだけなんです。これが、慶応大学教授・前野隆司先生が提唱する「受動意識仮説」という学説です。
ですから、人間と同じような“私”を人工知能に持たせるためにはそれと同じ構造で設計しなければいけないと思うんです。それぞれの機能を持った部分的な人工知能があちこちで勝手放題に動いている。その中に、それらの動きをただ見ているだけの観測体を置いておく。
みんなの介護 従来の人工知能はコントロール機能を持った中心が各部分に司令を出すという仕組みでしたから、それとは全く反対のアプローチですね。
村上 話が戻りますが、原始仏教には「色・受・想・行・識」という概念があります。「色」は肉体や物体のこと、「受」は音や画像などを感じること…という具合に、人間の心身を5つに分類しているもので、これをまとめて「五蘊(ごうん)」と言うんです。
そして原始仏教は「五蘊非我(ごうん われにあらず)」、つまりこの五蘊がどれも“私”でないということをひたすら説く。「無我」と言ってしまうと、観測している“私”すらないことになってしまうので、やはり「非我」という言い方がしっくりくるのだと思いますね。そのあたりのお話は『村上式シンプル仕事術』にも詳しく書いているので、興味のある方はぜひご覧ください。
仕事という概念はなく、ただずっと“遊んでいただけ”だった
みんなの介護 ところで、老後については何かプランをお持ちでしょうか?
村上 できることなら、シリコンの上に転移したいですね。
みんなの介護 シリコン?
村上 シリコンチップ、要はコンピューターのことですよ。「受動意識仮説」に基づいた完全な人工知能ができた暁には、そこに「村上憲郎」という人格をごそっと転写して永遠に生きようと思っております。ワクワクしながら毎日を過ごしていますよ(笑)。
みんなの介護 村上さんらしい野望ですね(笑)。お仕事を引退されたらやりたいことなどありますか?
村上 もう70歳ですからいい加減辞めたいんですが、なかなか辞めさせてくれないんですよ(笑)。今だって半ばセミリタイアのようなものですが、完全リタイア後も引き続き、量子コンピューターと人工知能の行く末を楽しみに見守りたいと思っています。とはいえ、直接関わる能力や体力はありませんから、その周辺をうろうろと徘徊老人するだけですけどね。
みんなの介護 村上さんの中では、お仕事と趣味の境界線が曖昧なんですね。
村上 若い頃からずっとそうですよ。仕事という概念がなくて、ずっと遊んでただけなんです。楽しくなければ仕事じゃない。
みんなの介護 人生を振り返ってそういう風に言い切れるのは、とても素敵なことですね。村上さんの思う、“幸福な老後”の条件とは何でしょうか?
村上 もう十分やるべきことはやり終えたので、さっさと死ぬことですかね。“ピンピンコロリ”とよく言いますが、まったくその通りだと思いますよ。私は原始仏教徒ですから、本当は“解脱”しなければいけないんでしょうけれど。修行なんかしていないですから、そんな自信は全くありませんし。
「それでは皆様、長らくお世話になりましたがお先に失礼。若者よ、野垂れ死なないように苦労したまえ!では、さいなら」なんて憎まれ口を言いながら、元気なままでこの世を去りたいですね。
撮影:公家勇人
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