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八代尚弘「混合介護を解禁することで利用者にメリットがあるばかりか、介護士の待遇改善も期待できる」

最終更新日時 2017/11/20

八代尚弘「混合介護を解禁することで利用者にメリットがあるばかりか、介護士の待遇改善も期待できる」

2018年度から豊島区でモデル事業が始まる「選択的介護(混合介護)」。介護サービスの規制改革や介護士の指名制度などが実現すれば、財政や介護士の待遇をめぐる問題が、大きく進展すると見られている。今回のゲスト・八代尚宏氏が委員として参加する規制改革推進会議では、重い腰を上げない厚労省とのやりとりが未だ続く見込み。“杓子定規”の制度が生む日本社会の矛盾を、八代氏が指摘した。

文責/みんなの介護

「混合介護」が介護業界を救う

みんなの介護 政府は、次回2018年の改定で介護報酬を引き上げる方向で検討しているとのこと。これを機に、介護事業者は苦境から抜け出すことができるのでしょうか。

八代 介護報酬は、当初の大幅な引き下げから、現在でも介護保険がつくられたときより低い水準です。十分な収益がないので、介護事業者は必要な賃金を介護士に支払うことができない。今後、増える一方の要介護高齢者の下で、ますます人手不足は深刻になります。

みんなの介護 これからどうやって介護士の不足をまかなっていくか、というのは大問題ですね。

八代 外国人介護士を使うと言っても限界がある。社会保険料を必要なだけ引き上げると経済に悪影響が出る。豊島区では「選択的介護」と呼んでいますが、いわゆる「混合介護」の導入こそが有効な対策だと思っています。

みんなの介護 混合介護とは、介護保険内の1割負担サービス(※収入により2割)と保険外の全額負担サービスを自由に組み合わせられる仕組みのことですね。現段階では、これら2つを同時に利用することができません。

八代 今は、保険内サービスと保険外サービスを、時間等で明確に区分しなければならないことになっています。不当に料金を取る事業者が現れる恐れがある、ということが理由とされていますが、そんな悪徳事業者は例外的。十分な競争があれば、その中で淘汰されていくはずです。

みんなの介護 混合介護が認められていないことで、現場ではさまざまな不都合が生じているそうです。

八代 例えば、ヘルパーさんが高齢者の方のお宅へ行って夕飯をつくるとき、高齢者本人のご飯をつくるのは保険内なのですが、ご家族の分を一緒につくるのは駄目、と指導されています。もし、保険外サービスとして家族の分もつくるときには、一度鍋を洗ってつくり直さなければいけないという(笑)。これって莫迦げていますね。

少しの手間賃で家族の分までご飯をつくることができたら、帰ってきた家族がずいぶん助かるのに。「少し多めにご飯をつくっておいてね」とヘルパーさんに頼んでいるご家族の方もいるそうなのですが、そういうことを引き受けて良いものかどうか困るヘルパーさんも多いのだとか。

洗濯に関しても、家族の分も洗濯するときは洗濯物を別にして回し直さなければいけなかったり、デイサービスから自宅へ自動車で帰すときも、途中のスーパーで降ろすというようなことができなくて、必ず家まで送らなければならなかったり。こういう保険外サービスは「明確に区分」という原則が多くの無駄を生んでいます。

「賢人論。」第53回(前編)八代尚弘さん「普通のサービス業と同様、能力や相性に応じて介護士を指名できる仕組みをつくるべき」

混合介護を解禁することで、利用者は多様なサービスを選択できる

みんなの介護 保険外サービスを行うなら、とにかく保険内サービスをぜんぶ完了して、完全に区別してやらなければいけない、ということになっているのが現状です。

八代 あとは、デイケアセンターに洗濯物を持ち込んでコインランドリーを使うことさえ可能かどうか不明というのが現状です。「介護保険で賄われているデイケアで介護事業者がお金儲けをしているとみなされないか」と言うのですが…、要は厚労省が何を違反だと言ってくるかわからないから、ニーズがあるのに事業者が対応できていないケースが多いということでしょう。

一人暮らしをしている認知症高齢者の方は、自宅で洗濯すると忘れてしまって、濡れた洗濯物がいつまでも洗濯機の中にある、ということも起きているそうです。ですから家で洗濯するより、デイサービスにもっていって職員に見守ってもらう方が好都合でしょう。でも、コインランドリーが置けないので、それができない。

みんなの介護 保険外と保険内を「明確に分けなさい」という厚労省の指示を徹底すると、そのような面倒な事態が起きてしまう。

八代 一方で、事業者の中には「500円サービス」と言って、介護保険サービスの終了後にペットに餌をやるとか、草むしりをするとか、15分程度でできる雑用を何でもヘルパーさんにお願いできるサービスを提供している事業者もいるそうです。今の決まりではグレーゾーンにあたるのですが、大変好評だそうです。

それに加え、厚労省のルールが曖昧なために、ある自治体では良いことが他の自治体だとNG、というローカルルールもあったりして、いろいろと厄介だそうです。混合介護を導入していくと同時に、その辺のルールも透明化していかなければいけないです。

みんなの介護 その他、混合介護のバリエーションとしては介護士の「指名料」制度なども検討されています。

八代 介護はもはや福祉ではなくサービスですから、介護士の経験や能力の差に応じて報酬が変わるような仕組みは必要ですね。これは美容師を始め普通のサービス業では当たり前の話ですが、今の介護報酬はベテランでも新人でもまったく差を設けていない。

みんなの介護 ヘルパーさんとの相性もありますよね。

八代 「この前来たヘルパーさんが良かったから、是非もう一度来てほしい」ということは多々あるでしょう。それに例えば、関西出身の高齢者は関西風の味付けで料理をつくってもらえれば嬉しいかもしれない。となると、関西風の料理がつくれるヘルパーさんへのニーズが出てくるわけです。

聞いた話なのですが、デイケアデンターで昼食時に認知症の高齢者がよく暴れ出すことがあるという。なぜ暴れるのか探ってみると、どうやら「味噌汁の味が口に合わない」ということが原因だった。そんなことが実際にあったそうです。それを「わがまま」で済ませるというのは少し酷。せめて在宅サービスで追加的なコストがかかる分は利用者の選択で負担することで、できるだけ高齢者のニーズに対応できるようにしていくべきです。

混合介護を解禁することで、利用者は多様なサービスを選択できるし、事業者はより多くの収入を得られる。すると介護士にも、待遇面で還元できるようになる。政府の役割と民間の役割を適切に組み合わせ、それによってお互いにメリットをもたらす、というのが「混合介護」という考え方なのです。

「賢人論。」第53回(前編)八代尚弘さん「混合介護を開放しても貧しい人が介護を受けられなくなる心配はまずありえない」

ステーキハウスができても牛丼屋は潰れない

みんなの介護 規制改革推進会議で行われたディスカッションでも、未だ厚労省は慎重な姿勢を崩していないとのことでした。

八代 厚労省はなかなか認めてくれませんね。必ず出てくるのが「お金がない人がサービスを受けられなくなるのではないか」という批判。しかしこの意見は、強い参入規制があることを暗黙の前提としているのです。しかし介護サービス産業は、新規事業者の参入がほぼ自由な世界。混合介護をやる事業者もいれば、介護報酬だけでやる事業者も入ってこれる。

混合介護を認めたら保険内サービスがおろそかになる、と言うのは、「ステーキハウスをつくったら牛丼屋が潰れる」と言うようなもの。牛丼を食べたい人もいれば、ステーキを食べたい人もいるのですから、そんなことはあり得ない。普通のサービス業と一緒で、多様なビジネスモデルが共存することは十分に可能です。

みんなの介護 混合介護を導入したからといって、介護サービスの利用料全般が底上げされることにはならないと。

八代 それでも心配だと言うなら、「事業者毎に売上の3割か4割を保険内サービスが占めなければいけない」という規制をつくればいい。これは外国の混合診療で採用されている仕組みです。どうしてもというならそういうやり方もある。

現行制度でもお金をかければいくらでも良いサービスを受けられます。お金持ちでもない普通の人でも、介護保険内だけで全て済ませるのではなく、もう少し広い選択肢の中から多様な介護サービスを選べるようになること。それが高齢化社会では大事だと思いますね。

ブレークスルーを促す「ノーアクションレター」とは

みんなの介護 先ほど、混合介護が実現されないことにより生じている弊害の数々を紹介していただきました。それでもまだ、混合介護に対して抵抗感を覚える方も多いようです。

八代 従来のやり方に慣れているので、変えることが面倒なのでしょうね。民間でも小規模な事業者だと「ヘルパーの間に賃金の差を設けると、険悪な雰囲気になる」との反対論がある。しかし、規制緩和は選択肢の拡大であり、混合介護を取り入れないことにすれば良いだけです。

介護に限らず、過度に平等にしたがるのは日本の悪いところです。余談ですが、学校教育もそうです。今、塾に行っている子どもは多い。でも塾の費用はかなり高い。そこで藤原和博さん(※「賢人論。」第25回に登場)という校長先生が始めたのは、放課後、塾の先生を呼んできて学校内で補講を行うというものだった。すると設備費が必要ないので、費用が半分になり、これまで通えなかった子供も役に立つ授業を受けられるようになった。

それに対して教育関係者は「神聖な学校の中に格差を持ち込んだ」と反対した。そういう原理主義的な考え方が、むしろ教育の機会を制限することにもなります。

みんなの介護 反対の声を受けながらも、来年2018年から豊島区では混合介護のモデル事業が始まることが決定しました。介護業界にとって大きな転機となるでしょうか。

八代 保険内と保険外の区分を明確にするという第一段階までは、スムーズに進むものとみています。今は豊島区がサービスの区分を現場でつくって提出、厚労省にYESかNOの判断をしてもらう、という進め方で動いています。

こういったルールづくりは普通、厚労省側がやるものなのですが「明確にしてください」とお願いしても「今でも十分だ」などと言われて、なかなか動いてくれない。

みんなの介護 厚労省に判断を丸投げするのではなく、現場が主体となって規制改革を動かしている、と。

八代 これは金融機関が金融庁に対して提出する「ノーアクションレター」という仕組みに近いもので、規制改革のひとつの手段なんです。

「こういうサービスをやりたいのですが、どうでしょう」と訊かれたらさすがに向こうは答えなければいけないわけですから、新しいビジネスモデルのブレークスルーが進みやすくなる。他の自治体もそれに倣っていけば、だんだんひとつのルールができ上がっていきます。

このシステムの利点はもうひとつ、事業者のリスクもなくなるところ。一番困るのは、新しいことをやってみた後に厚労省から違反だと言われ、ペナルティを受けることです。そういったさまざまな縛りが強いせいで「アイデアはあるのに実現できない」というケースが多々あるそうです。

「賢人論。」第53回(中編)八代尚弘さん「「混雑料金」を設定すれば訪問介護の利用時間を分散することができる」

混合介護の解禁で「介護のIT化」も視野に

みんなの介護 ”第一段階は”スムーズにいくとのことでしたが、反対に、議論が難航しそうなものもあるのでしょうか?

八代 先ほど話した「介護士の指名システム」と、それから「混雑料金システム」でしょうか。

みんなの介護 「混雑料金」というのは、利用者が集中する時間帯の利用料を割増する仕組みのことですね。

八代 例えば夕飯なら、できれば17時~19時の晩飯時までにつくってもらい、温かいうちに食べたい。だからその時間帯はどうしても混雑してしまうものですが、あまりに集中すると事業者としても対応しきれない。そこへ「混雑料金」を導入し夕飯時の料金を少し高めに設定すれば、払いたくない人は自然に別の時間帯へ流れてくれるので、利用時間を分散できます。

これも「不公平だ」と言われがちなアイデアですが、かといって現行のような先着順にしておいても、いわば「暇な家族が有利になる」というような別の不公平も生じてしまう。価格のメカニズムを制度の中に入れていくことで解消できる問題は多いのです。

みんなの介護 その他、混合介護の導入で介護サービスはどう変わるでしょうか。

八代 ITの導入も進むかもしれませんね。介護報酬の枠組みの中で認めてもらうのはまだ難しいとしても、混合介護の解禁によって、保険外サービスの一環として活用される可能性が大きい。高齢者の見守りをITでできるようになったら、それに派生して各企業がいろんなアイデアを出せるようになります。

そうすれば、もっと事業の可能性が進んでいく。とにかく、まずは介護をひとつの“産業”として認めてほしいですね。今は“福祉政策”の枠の中でやっているので、どうしても画一性が優先され「政府が公的に提供するもの」というイメージが強いのです。

みんなの介護 民間事業者に任せると、安全性やサービスの質の面で不安…という意見も多いのではないでしょうか。

八代 悪質な事業者は市場原理で淘汰されていきますから、その点は心配ないと私たちは考えています。その代わり、判断の難しい部分はケアマネジャーが保険外介護をしっかりとモニタリングし、不当なことをやってないかどうかきちんとチェックする必要があります。現在ケアマネは公的な方面に特化してしまっていますが、民間の介護についても今以上に知識が求められるようになる。

となれば、今後はケアマネ自身もスキルの優劣が問われるようになっていくので、介護士と同様、ケアマネの指名制度のようなものも始まっていくのではないでしょうか。「カリスマ美容師」がいるように、そのうち「スーパーケアマネ」のような人が出てくるかもしれません。

「賢人論。」第53回(中編)八代尚弘さん「介護は消費者の選択力が大きく問われやすいため、サービスの選択肢を広げるメリットは大きい」

介護士の「ランク付け」も始まるか

みんなの介護 「市場原理の導入」と言うとシビアに聞こえますが、それによって介護士やケアマネが夢のある仕事になるかもしれない。

八代 介護が魅力ある産業になっていく発想だと思うのですが、とにかく競争を忌避し、格差だと叫ぶ声がまだ多いですね。

特に介護は、専門的な医療にくらべれば明らかにサービスの良し悪しがわかる。消費者の選択力が大きく問われやすいので、市場の仕組みに近づけ、サービスの選択肢を広げるメリットは大きいと思いますね。

みんなの介護 それに介護士がより前向きな仕事に変わっていくかもしれない。

八代 人のためになる仕事なのだ、という意欲が強い介護士さんは多いですけれども、それだけではやっていけない。生活に十分な賃金はもちろん必要なわけで。

政府も今、「介護士をランク付けする」ような仕組みを構想し始めているそう。問題点は、政府が決めたランクと利用者のニーズが必ずしも一致しないこと。両者の擦り合わせが今後の課題になっていくでしょうね。

みんなの介護 客観的にスキルを評価し、適切な賃金を支払うためには、いずれ何かしらの指標は必要になってきますよね。

八代 しかし、ランクを付けると美男美女が得をしてしまうという反対意見もある(笑)。それは、ある程度まで仕方のないことで。もっとも美男美女でなくても、仕事が丁寧だったり親切だったりったり、介護士の優劣を測る基準はいろいろあるわけですから、容姿でそれほど差が出てしまうというのは考えにくいと思うんですが。

例えそうだとしても、おばあさんがちょっと可愛い男性の介護士を選んでしまうとか、そのくらいのことはいいじゃないかと思うんですが。それさえ不公平だと言う人もいるので、なかなかセンシティブな問題です。

定年退職制度はほとんどの先進国で廃止されている

みんなの介護 日本の生産年齢人口は、2016年現在、7,665万人。これはピークだった1997年の8,699万人から、およそ12%も減った値です。やはり少子高齢化が日本経済に及ぼす影響は大きいのでしょうか。

八代 「条件付きでYES」だと思います。今の制度をまったく変えなければ、これから日本経済は衰退してしまうでしょう。今の日本の働き方や雇用慣行は、若い人が多く高齢者が少ない、過去のピラミッド型の人口構成の時代を暗黙の前提にしています。だけど今、急速にそれが逆転してきている。

みんなの介護 人口構成の変化に、制度や慣行が対応しきれていない、と。

八代 あまり知られていませんが、例えば定年退職制度はほとんどの先進国で廃止されています。一番早かったのはアメリカ。1960年代、すでに定年退職は「年齢差別にあたる」という理由で禁止していたんです。

ご存知のように、アメリカは差別に対して非常に厳しい国。女性だから、黒人だから、ユダヤ人だからと言って解雇すれば莫大な罰金が取られる。そんな土壌があったので、60歳という年齢を理由に解雇することもまた差別にあたると考えたのですね。ヨーロッパもほとんどその方向になってきていますが、日本だけは未だに60歳定年制がまかり通っている。

みんなの介護 もし定年が延長されるとなると、それに合わせて年金制度も見直す必要が出てきますね。

八代 今、年金が制度として厳しくなってきているのは「支給開始が早すぎる」こともひとつの原因だと思います。現行の厚生年金支給開始年齢は62歳で、2025年には65歳まで引き上げられることになっていますが、世界標準は67、68歳。まだ少し足りない。中でも日本は一番平均寿命が長い国なのですから「70歳支給開始」でもおかしくないと思います。

今「65歳以上」を高齢者としているのは、実は国連がつくった定義。アフリカなど平均寿命が短い国も加味した値になっています。だから、日本にとっては本来低すぎる基準です。老年学会では「75歳以上」を高齢者と呼ぶべきと言っていましたし、それくらいまでは働いて当たり前、という風にしていっても良いのかもしれない。

仮に年金を65歳から受け取り、男性で80歳まで生きるとなると、年金の支給期間は15年間ほど。諸外国はだいたい10年間が相場なので、それくらいにしていかないと、年金制度は維持できないでしょう。

みんなの介護 歴史ある定年制度を廃止するとなると、大変革になりますね。

八代 今すぐに定年制を廃止すると一般企業は困るでしょうね。年功賃金により、たとえ生産性が低くても高齢の社員には多くの給与を支払わなければいけないですし、しかも雇用保障慣行がありますから、そう簡単に解雇することもできない。定年制度は、言ってしまえば使えない人材を合法的に切り捨てる唯一の機会でもあります。

「賢人論。」第53回(後編)八代尚弘さん「年功賃金をできるだけ抑制していくとともに、厳格すぎる雇用保障も見直していくべき」

政治家の勝手な誤解がシルバーデモクラシーの根源

みんなの介護 定年制度を見直すためには、現行の雇用制度を根本から見直す必要が出てくる、と。

八代 定年後も引き続き働けられるような環境を整えていくために、まずは定年前の雇用システムを修正しかなければいけませんね。取り組みはすでに始まってきていますけれど、年功賃金をできるだけ抑制する、厳格すぎる雇用保障を見直していく、ということが第一。

もちろん、解雇のハードルを下げる代わりに、欧州のように解雇するときには手厚い補償金を出すなどの決まりもきちんと制度化していく。これらのテーマはいずれ国会でも議論が始められます。

日本は健康寿命が長いですからまだ働ける人はたくさんいますし、「働きたい」と思っている高年齢の方も多いです。彼らが働き、税金や保険料を納めてくれれば、もはや高齢者ではなく、それだけ社会保障の問題も改善できるわけですよね。

みんなの介護 まだそれほど、雇用制度が劇的に変わりつつあるような感じは受けませんね。

八代 日本の雇用制度は経団連や労働組合の意見に大きく影響されるので、いくら変える必要があっても、彼らが反対することはまず通らない。定年の延長に関しては両者とも前向きでないため「定年退職の再雇用」という今の妥協点で落ち着いているわけです。

みんなの介護 労働者の権利を守ることとのバランスをどうとっていくか、という点が今後の争点になりそうですね。

八代 柳川範之さんという経済学者の方が最近、「定年制は引き上げるのではなく、引き下げるべきだ」という提言をしています。

最初の20年間だけは雇用保障で労働者を守り、ジョブローテーションをする中でいろんなスキルを身につけていく。「40歳定年」になると雇用保障がいったん打ち切られ、その後は再契約で自分がいちばん得意とする職種に限定して、働きたい限り仕事を続けられるようにする、というアイデアです。

みんなの介護 前半の20年間をいわば「修行期間」に充て、最も適性のある天職を見つけ、磨いていく、というアイデア。

八代 極端な話に聞こえるかもしれませんが、実はこれ、国際的にみれば標準的な働き方なんです。もちろん40歳で「定年」になった後もむやみにクビを切られるというわけではなくて、当然きちんと仕事をしていれば雇用が守られる仕組みをつくった上での話。アメリカのように全く雇用保険をなくすわけでもないし、極めて合理的な意見だと思いますね。

今の日本の雇用慣行は、若年者にとってはすごく良いんですよね。だって、高校や大学を出ているとはいえ全く仕事の能力がない人を喜んで採用する、という国は世界でもあまりありませんから。「若年者を訓練して育てる」という精神を企業がもっているのは大変良いことなんですが、その反面、60歳になるまで飼い殺し、訓練し続けてしまっていることが問題。せいぜい修行は40歳までにして、その後は自分で判断、選択していけるような雇用習慣になればいいですね。

みんなの介護 ところで近年、人口が多く投票率の高い高齢者が政策上優遇されてしまう「シルバーデモクラシー」が議論の的になっています。この問題についてはどうお考えですか?

八代 シルバーデモクラシーと言われていますが、日本の高齢者はそれほど近視眼ではないと思うのです。悪いのは政治家。「高齢者はこんなことを望んでいるんじゃないか」と“忖度”して(笑)、社会保障は充実させる、増税はしない、というような政策で巨大な借金を溜め込んでしまっている。

みんなの介護 「高齢者のため」として政府が打ち出している政策自体、ズレている可能性があると。

八代 確かに、「高齢者は社会保障制度に高い関心を寄せている」という世論調査は多いです。しかしそれは、必ずしも「自分たち高齢者向けの社会保障を充実させてくれ」というメッセージではありません。本当に気にしているのは、今の社会保障が本当に持続可能で、自分が生きている内に、年金や医療の大幅な削減がないかどうか、ということです。

「賢人論。」第53回(後編)八代尚弘さん「日本国債の国際的な評価はボツワナよりも低い。それは社会保障の改革をまったくしていないから」

高齢者向けの産業で日本経済が活気づく可能性

みんなの介護 年金や介護保険制度を始め、社会保障制度の持続性が危ぶまれるようになって久しいですね。

八代 日本の社会保障は借金、つまり国債で賄われている。もし国債が売れなくなってしまったら、計算上、年金や医療費は社会保険料で賄われる以外の部分の4割カットしなければならなくなります。そういうことがいつ降り掛かってくるのか、みんなすごく不安がっているわけです。

国債が売れなくなったときが、年金が破綻するときでしょうね。これがいつ訪れるかわかりませんが、早い計算では、もう20年も保たないかもしれない。

みんなの介護 「国債が売れなくなることなんてありえない」という主張もありますが。

八代 現にアメリカの「Moody's」という格付機関が日本国債の評価をどんどん下げていて、この前、アフリカのボツワナ共和国よりも低くなった。財務省の抗議に対してMoody'sが言うには「日本経済は立派だ。しかし日本政府はひどい」と。

「借金を垂れ流し続けているのに、その原因となっている社会保障の改革をまったくしていない。だからきちんと資源があるボツワナの方がよっぽど健全だ」という彼らのロジックは非常に確かだと思います。

「日本人が国債を買っているから大丈夫だ」という意見もありますが、それもナンセンスです。国債は、別に愛国心で買われているものではない。価値が危うくなれば、当然みんな慌てて他の資産に乗り換えてしまうでしょう。

みんなの介護 日本が不安定な財源の上に成り立っている、ということは理解しておくべきなのですね。

八代 今の日本の年金はいわば“不良債権”。政府は将来の受給者に払えるだけの準備金をもっていない。今の年金を支払うためには、すでに「簿外債務」として500兆円ほど積み上がっているのが現状です。

それなのに厚労省は「日本の年金は絶対に大丈夫です。一部の経済学者が勝手なことを言っているけれど、信頼してください」という年金マンガまで出して強弁し続けています。民間がこんな粉飾決算をやっていたら金融庁に取り締まられてしまいますけれど、政府がやっているので止める人がいない、というひどい状態。

みんなの介護 どうすれば年金は持続可能になるでしょうか。

八代 支給額を2割ほどカットするしかないですね。そうすれば、あと50年は絶対に維持できます。もちろん、一律2割では無理があるので、所得によってカットする額を変えるなどして。クレームは出るでしょうが、多くの高齢者は、この不良債権処理に賛成してくれるだろうと踏んでいます。

みんなの介護 最後に、八代先生はまだまだ高齢化が進む日本の未来をどうご覧になっていますか?

八代 暗い話ばかりではなく、高齢者が増えていくということは、介護などの業界にとっては「お客が増える」ということでもある。シルバーマーケットと捉えればとても有望です。高齢者向けの諸産業を成長させていくには、現行の社会主義体制を改革し、多様な付加価値のサービスをつくっていくことが先決だと思います。

反対に子どもは減っているので、大学等の教育産業は衰退しつつある。しかし、高齢者をターゲットにしていけばまだ可能性はあります。若者は就職するためにやむなく大学へ入るけれども、高齢者なら純粋に学問を楽しむことができる。つまり消費のための教育ができる。若い人向けだけに絞っているとジリ貧ですから、高齢者向けのカリキュラムをつくるなどして大学側も変わっていかなければならないですね。

さまざまな工夫を重ねることで、高齢者はむしろ大きな消費集団となり、日本経済を活気づけていく可能性さえ秘めていると思いますよ。

撮影:公家勇人

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07