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八幡道典「国の歳出増の最たる要因は社会保障費。その伸びを抑制していかないと社会保障制度も国の財政も持続可能ではない」

最終更新日時 2017/07/31

八幡道典「国の歳出増の最たる要因は社会保障費。その伸びを抑制していかないと社会保障制度も国の財政も持続可能ではない」

「賢人論。」第45回のゲストは、財務省主計局に勤務する八幡道典氏。これまで財務省で国の予算編成に携わったほか、厚労省で介護保険法の施行準備にも関わった八幡氏が、“財政政策の当事者”の立場から社会保障を語る。前編では、政府での議論を紹介しつつ、社会保障費のこれからを語る。 ※2017年7月10日付で金融庁に異動。肩書は2017年6月12日時点のもの。

文責/みんなの介護

公私ともに、介護には思い入れが深い

みんなの介護 八幡さんは1994年に財務省に入省し、これまで24年間、財務省などで日本の財政に携わってこられました。

八幡 財務省でもずっと財政に携わっているわけではありませんが、20代の後半、1998年から2000年には当時の厚生省の老人保健課に出向していました。その頃は、まさに介護保険法の施行準備の真っ最中。とても忙しかったですが、やりがりのある仕事でした。そういう意味で、介護分野は特に思い入れがありますね。

みんなの介護 プライベートでは“介護”に馴染みはありますか?

八幡 父は数年前、癌でなくなりましたが、在宅のターミナルケアを受けており、介護保険も利用していました。今は母も癌を患っていて、要介護度1~2を行ったり来たりしています。姉が近くでサポートしているので、施設は利用しておらず、訪問看護や訪問介護を利用しながら在宅で生活しています。

みんなの介護 他人事でなく、公私ともに介護に関わりがあるのですね。そんな八幡さんは現在、財務省の「主計局調査課」という部署に在籍されています。日本の財政状況は厳しいと言われていますが、実際はどうなのですか。

八幡 国の毎年の歳出に必要な財源は、本来ならば、その年の税収等で賄うべきです。ところが、現実には、2/3程度しか賄えておらず、残りの1/3は借金。つまり将来世代の負担に頼っている状況です。この毎年毎年の借金が積み重なった結果、その残高も膨れ上がってしまい、債務残高の対GDP比で2倍を超えています。

これは国際比較でも突出して悪い状況です。ですから、まずは毎年の歳出をその年度の税収等で賄えるようにすること(※プライマリーバランスの黒字化)が必要ですし、同時に債務残高の対GDP比も安定的に引き下げる必要があります。

みんなの介護 政府はその「プライマリーバランスの黒字化」を2020年までに実現する、という目標を掲げていますね。実現できるのでしょうか。

八幡 実現できるよう、しっかり取り組んでいく必要があります。安倍政権の発足以降、歳出・歳入両面での改革が進められています。この年末に編成される2018年度予算は、政府が策定した「経済・財政再生計画」の改革集中期間の最終年度に当たりますので、その取組を引き続き進めるということかと思います。

みんなの介護 やはり社会保障費は抑制していく必要があるのでしょうか。

八幡  現在、国の歳出が伸びる最たる要因が社会保障費です。高齢化等による伸びは「自然増」と言い、制度改正を行わなければ自然に歳出が伸びていきます。しかし、その伸びを抑制しないと社会保障も財政も持続可能なものとなりません。

ですから、先ほど述べた経済・財政再生計画でも、歳出の伸び、特に社会保障費の伸びを抑制することをメインとして、その目安を掲げています。社会保障費については、2018年度までの3年間で伸びを1.5兆円程度、2018年度は5,000億円程度に抑えていくことになっています。

「賢人論。」第45回(前編)八幡道典さん「医療・介護の改革の検討メニューは既にある。しっかり検討し、国民の理解を得ながら改革を進める必要」

何が医療費の無駄かという“神学論争”的な議論ではなく、優先順位を考えるべき

みんなの介護 2018年度の社会保障費の伸びを5,000億円に抑制・・・!どうすればできるのでしょうか?

八幡 やるべきメニュー、検討項目は「経済・財政再生計画」の改革工程表として掲げられています。これを踏まえて、2017年度の予算編成でも、例えば医療分野では、現役並みの所得のある高齢者の自己負担上限額の見直しなどが行われました。

これなども、かつてのように高齢者が一律弱者というイメージの頃であれば難しい見直しだったかもしれませんが、世の中の変化もあって国民の理解も得られ、実現したものと思います。改革工程表には、社会保障分野だけで44もの項目が掲げられています。2018年度以降も、これらをしっかりと検討していく必要があります。

みんなの介護 ただ保障するだけでなく、“いかに無駄なく保障するか”ということも今後は考えなくてはいけないのですね。改革工程表の中でも、特にやるべきと思うことはありますか。

八幡 改革工程表の項目は、どれも重要ですし、その優先順位を述べる立場ではありませんが、最近、自民党の若手議員が社会保障について議論された場では、例えば薬局でも買える薬が保険で給付されるのはおかしいといった点がテーマになりました。

多くの論点の一例にすぎませんが、湿布薬をドラッグストアで買えば、当然、全額自己負担になるのが、病院で処方された場合には一般的には3割負担で、残りは保険制度から給付されます。やっぱり、何か変だよな、と。少しずつ見直されてはいますが、もっと抜本的に変えるべきではないかという議論でした。

もちろん、少額負担の場合を保険でカバーすること、例えば1,000円かかるところを300円で済むようにすることも大切です。しかし、私見ですが日本の医療保険制度のさらに優れている点は、公的保険がなければ、突然、何十万円、何百万円といった高額な医療費がかかりかねないケースでも、月々の負担上限が大きく抑えられる、という点にあるのではないかと思います。国の財政も医療保険財政も厳しい状況の中では、何が無駄かという“神学論争”的な議論ではなく、保険制度の中での優先度も考えていかないといけないと思います。

みんなの介護 その他、改革工程表以外には、どのような課題があるのでしょうか?

八幡 基本的に改革工程表に当面の検討項目は出揃っています。が、また自民党の若手議員の議論の紹介で恐縮ですが、医療関係で意見が百出したのは、乳幼児の医療費助成でした。例えば東京23区だと、中学生まで医療費は無料です。各自治体がそれぞれに単独事業として助成しているのですが、中学生は乳幼児でもないし、やはり無料は行き過ぎではないかと。

私も含め、親からみれば助かる話なのですが、本当に無料なわけではありません。あまり意識されないだけで税金が投入されています。これは、厚労省ではなく自治体行政の話ですが、自治体間では助成の拡大競争になってしまいますし、問題認識は共有されても見直しが難しいテーマです。これもやはり制度の問題ではないかと思います。

「賢人論。」第45回(前編)八幡道典さん「今ある制度を変えていくのは容易なことでないとしても、制度の持続性を確保するためには、見直しは進めなければならない」

何が医療費の無駄かという“神学論争”的な議論ではなく、優先順位を考えるべき

みんなの介護 ひとつひとつの制度を丁寧に見直していくことで、社会保障費や色々な支出を抑えていく余地がまだあるんですね。

八幡 そう思います。ただ、どのテーマも、今ある制度を見直すということは容易ではありません。おっしゃる通り、一つ一つ丁寧に見直しを進めていくというしかありません。

みんなの介護 社会保障以外の分野も、改革は進められているのでしょうか。

八幡 社会保障分野に限らず、社会資本整備、地方行財政などの各分野ごとに、改革工程表がつくられていて、毎年議論が行われています。さきほど申し上げたとおり、社会保障分野の伸びは年間で5,000億円程度に抑制することが目安です。

歳出全体では、3年間で1.6兆円程度、1年当たりでは5,300億円程度の伸びに抑えることが目安となっており、2017年度予算でも、これは達成されました。目安を達成するにあたっては、社会保障分野以外でも、さまざまな歳出改革が進められてきたわけです。

みんなの介護 少子高齢化が深刻な現在、“持続可能な社会保障制度”を実現するためには、茨の道がまだまだ続きそうですね。

八幡 社会保障制度には「自然増」という、他の予算にはない、いわば特殊な性質があります。通常の予算であれば、ある事業に1,000億円の予算がつけば、その年度中は1000億円以上の支出はできません。しかし社会保障分野は、法律や制度を変更しないかぎりは、高齢化や医療の高度化によって自然に支出が増加してしまいます。

単に財政が厳しいから予算をいくらに抑えますといってみたところで、現実として支出はされるわけです。その意味で、法律や制度を見直す必要があるのですが、とりわけ社会保障分野の制度改正は、国民的に心地いいものはあまりありませんので、おっしゃるとおり、茨の道かもしれません。

みんなの介護 社会保障制度を改革する議論は、まだまだこれからというところですね。

八幡 入省間もない頃、当時の上司から言われたのですが、「私はこう思います、こんなアイデアがあります、ということは大事だけれど、役人としてもっと大事なのは、最終的に、それを実現させることができるのかということ。アイデアが、国民に納得を得られるのか、政治家あるいは大臣が国会で議論しても堪えうるものか。そうでないアイデアは単なる“青年の主張”であり、役人としてのアイデアではない」と。

今日は、かなり私見も述べていますが、そういう意味では役人としてのアイデアに達していない、政治家に背負ってもらうことのできないレベルの議論も多いかもしれません。

色々と議論はされていますし、先ほど申し上げたとおり改革メニューは既にあるわけです。問題は、国民の理解を得た上で、何をどこまで実際に進められるかということです。国民の理解が得られない限り、法制度は変わりません。

待機児童の問題は解決に至っていない課題

みんなの介護 政府は、子ども・子育て分野にも重点的に予算を配分する方針を出しています。

八幡 社会保障の中でも子ども・子育て分野は、国の予算において非常に重要な分野です。特に保育サービスが十分でないと、働きたいと思う親の労働参加を妨げてしまいますね。すなわち、少子化対策、労働人口減少の問題への対応、どちらの意味からも、子育て分野は重要です。

みんなの介護 “待機児童”というトピックが取り沙汰されるようになって久しいですが、まだ解決には至っていないのですか。

八幡 確かに長らく言われていますが、残念ながら、待機児童はなかなかゼロになりません。もちろん保育所が充実すればまた働きたい親が増える、というイタチごっこの面もあるのですが、いずれにせよ課題の解決には至っていません。

みんなの介護 待機児童対策として何か新しい動きはありましたか?

八幡 一昨年、安倍政権が掲げた“新三本の矢”のひとつの柱が「子育て支援の充実」です。政府全体として、待機児童解消を加速させるというのは大きな課題のひとつです。消費税率引き上げによる増収分も、多くが保育サービスの充実に充てられていますし、質・量ともに子育て環境を整えることの政策的な優先度は間違いなく上がっていると思います。

みんなの介護 具体的な施策としては、保育所をつくるための予算をより多く割いていく、ということがメインになるのでしょうか?

八幡 よく間違えられがちですが、より問題なのは、保育所をつくること以上に、それを運営するための予算や人員の確保の方なんです。”ハコである”保育所をつくるというワンショットの話ではなく、保育サービスが適切に運営される必要があり、そのための財源や人員をどのように確保できるか、という問題が重要です。

保育サービスの充実が喫緊の課題であることは明らかなのですが、だからと言ってその財源を借金で賄うのかというと、そこはまたよく議論されるテーマのひとつです。喫緊の課題であるから借金しても仕方ない、という声も根強くあります。

しかし、子ども分野の施策の財源を借金に頼る――つまり負担を将来世代に先送る――というのは、ある意味で本末転倒です。喫緊の課題というのは、すなわち”今”の話であるのですから、現世代の負担で対応すべきです。将来世代は今はまだ声なき存在ですが、仮に彼らに尋ねることができたならば、同じ答えが返ってくるのではないでしょうか。

「賢人論。」第45回(中編)八幡道典さん「労働人口が減少する中で経済成長するためには労働生産性の向上は必須。働き方改革は、重要な課題」

労働人口が減少する中で経済成長するためには労働生産性の向上は必須。働き方改革は、重要な課題

みんなの介護 少子化対策のひとつとして「移民政策をとるべきかどうか」という議論も盛んですが。

八幡 それに関しては、私自身にあまり定見はありません。少子化対策の議論の中では必ずテーマには挙がりますし、そういう意味では議論が盛んともいえますが、一方で具体的な検討が進んでいる感じでもないかなと思います。確かに国のあり方としてとても重要な話ですし、個々の役所ではなかなか議論が進まないテーマですから、メリット・デメリットも含め、国民的にしっかりと議論しないといけない話かもしれませんね。

みんなの介護 最近ホットなテーマとしては「働き方改革」もありますね。「プレミアムフライデー」や「ノー残業デー」を導入し始めた企業も増えてきましたが、まだまだ一般化しているとは言い難い状況です。

八幡 働き方を変えなければいけないということは、かなり多くの人が共有している感覚かと思います。でも、なかなか変わらないですよね。我々のような役所もまだまだです。先日まとまった「基本方針2017」でも、働き方改革は重要な要素になっています。

これは必ずしも予算でどうこうできる話ではありません。私の立場からは答えにくいような、答えやすいような話ですが、やはり日本社会の文化や慣行、日本人のメンタリティーとも相まって複雑な問題だと思います。 “サービス残業”という概念も日本独特のものですよね。5分でも残業したらその労働対価を主張していく、というような感覚は日本人にはあまりありません。

みんなの介護 ”日本人的”な感覚ではそういうことも難しそうですね。

八幡 私は、ドイツで合計5年間生活したのですが、例えばドイツの大手スーパーだと、閉店の5分くらい前からレジの人が帰る支度を始めていて、時間になった瞬間バタッとレジを閉じてしまう、なんてことも珍しくありませんでした。仮に少しでも定刻をオーバーすれば、しっかりと残業代を請求するでしょう。

私たちの感覚からすれば、少し違和感を感じますね。そこまでして時間通りに帰りたいとは思わないですし、スーパーに限らず、日本人には「仕事を残したまま帰るのは気持ち悪い」とか、「同僚に嫌だと思われたくない」とか、そんな感覚も強いかなと思います。

仮に残業代が出なかったとしても「まあ仕方ないか」というくらいの緩い感じの人が多いのではないでしょうか。良い悪いの話ではないのですが、あえて悪い方で言えば、働く側も経営者側も、コスト意識は薄いのかなという気がします。ドイツのスーパーの事例のようにギスギスするのが良いわけではないですが。

みんなの介護 労働生産性が低いというのはそういうこともあるのでしょうか。

八幡 そうですね。人口減少の下でも経済成長を目指すには、労働生産性を高めることは必須です。働き方改革は、そのためにも重要ですね。少子化対策の意味でも大きな柱ですから、しっかりと進めていく必要があるテーマかと思います。

「賢人論。」第45回(中編)八幡道典さん「予算に占める社会保障費の割合がどんどん大きくなったことで、成長分野への予算の重点化も容易ではなくなっている」

地方創生は、財源よりも知恵や人材が重要

みんなの介護 地方創生も大きな課題ですが、これも「財源を投入するだけ」で解決できる単純な問題ではなさそうです。

八幡 私は出身が奈良県で、最近は徳島県庁にも4年間ほど出向しました。どちらも既に人口減少の問題が進んでいる地域です。しかしその中であっても、いわゆる地方創生の成功事例のような自治体もあります。

有名な例では、私もいた徳島県の神山町などは、ブロードバンド環境の充実を背景に、IT企業などが田舎に拠点を構える「サテライトオフィス」を招致して成功しています。すごく活気がありますよ。島根県の海士町なども有名ですね。

共通しているのは、地元に核となるキーマンがおられることでしょうか。他の地域が単に同じことを真似したからといって上手くいくとは限りません。これも、財源があれば何とかなるという話ではいなく、知恵や人材が重要となる分野ですね。

みんなの介護 十把一絡げに考えるのではなく、個別具体的に対策を講じていくことが必要なんですね。

八幡 地方創生というテーマの難しさだと思います。徳島県庁に出向していた4年間は、「地方」のフィルターを通して国を見たわけですが、人口がこれからも減少していくことが確実な中で、県全体、国全体を従来どおりに復元するようなアプローチは難しい、と感じました。財務省に戻ってからは、仕事では直接には関係していないのですが、地方のあり方は地方出身者としても色々な思いがあります。

みんなの介護 話を予算に戻すと、日本全体としての経済に目を向けたとき、どのような分野に重点的に予算を振り向ける必要があるのでしょうか。

八幡 「基本方針2017」にも、「中長期的な成長に向け、人材への投資を通じた経済社会の生産性の向上が重要であり、社会保障の持続可能性を高めるとともに、人材投資や研究開発投資等を強化する」と書かれています。 やはり人材投資などの生産性向上に資するような予算には、重点的に予算が配分される必要があると思います。

もっとも予算全体に占める社会保障がどんどん大きくなっていて、成長分野への予算の重点化も容易ではない状況です。それらの分野の中でも厳格な優先順位付け、メリハリ付けが必要であることは言うまでもありません。

みんなの介護 ITなどの技術発展によって社会が豊かになる反面、職を奪われた人向けのセーフティネットをどうするか、という問題もあるそうですね。

八幡 いろんな議論があって難しいところですね。ITやロボットの進化を止められない以上、それによって生じうる弊害をどう緩和するかも、重要な課題ですね。「基本方針2017」では、リカレント教育の充実が掲げられています。仕事をやめた人が、雇用吸収力や労働生産性の高い職業に転職・再就職することを支援できれば、本人ももとよりですが、国全体の労働参加率や生産性の向上につながります。

もちろん社会保障制度全体でのセーフティネットの議論もありますが、こういうサポートを充実させていくことが、まずは求められる施策ではないでしょうか。

年金の受給者が増えても制度は揺るがない

みんなの介護 2017年の8月1日から、年金の受給資格が拡大されたそうですね。それまでは25年間年金を払い続けなければ受給できませんでしたが、それが10年に短縮されました。

八幡 年金の受給資格に必要な期間が短縮されると受給者が増えますから、その財源が必要で、そもそもは消費税率を10%に引き上げるときに同時に行われる予定でした。税率の引き上げは延期されましたが、資格期間の短縮は、無年金者対策として喫緊の課題であり、税率の引き上げを待たずに実施すべきということで、先般、法律改正が行われました。

みんなの介護 ただでさえ「年金が危ない!?」などと言われているのに、受給者を増やして大丈夫なのでしょうか?

八幡 消費税率の引き上げ延期により、消費税の増収分を財源とすることはできませんでしたが、受給者の増加で必要となる費用は、歳出全体の効率化などで手当されています。したがって、今回の改正によって財政的に制度が揺らぐようなことはありません。

また、よく誤解されがちなのですが、そもそも社会保障制度の中でも「年金制度」は、持続可能性が高い制度です。もちろん「年金制度が危うい」という議論はよく聞かれます。実際、現役世代の所得に比べた割合を示す「所得代替率」は、若い世代になるほど、低くなっています。ただ制度が持続可能かどうかという観点で言うと大丈夫、というのが年金です。

みんなの介護 少子高齢化による影響も織り込み済みでつくられているので、よほどのことがない限り年金制度は揺らがない、と。しかし、特に若い世代には年金にたいする不信感もありますよね。

八幡 最近も大学で講演する機会があり、彼ら若者と意見交換しましたが、確かに年金には不安を感じていました。多分、今はまだ実感の湧かない医療や介護よりも年金の方が不安なのでしょう。所得代替率などの概念も、分かりづらいですよね。

でも彼らにも、少し時間をかけて制度をよく説明したところ、そうなのかと納得してくれました。年金不安の問題は、“消えた年金”問題などに象徴される、実務的な問題ともごっちゃにされているかもしれません。

もちろん、改革すればするほど、制度の安定性は高まりますから、不断の改革は必要ですが、今の制度が持続可能ではないというのは明らかに誤解です。むしろ、社会保障制度の中でも、医療保険や介護保険は今の制度のままでは持続的ではなく、そちらの方が制度改革としてはより喫緊の課題というのが、我々の問題認識です。

「賢人論。」第45回(後編)八幡道典さん「介護の現場が厳しい状況であるということは理解している。かといって、介護保険制度自体が立ち行かなくなっては元も子もない」

「2025年問題」に対応するための医療・介護制度の早急な見直しが必要

みんなの介護 確かにそれは、誤解が生まれやすい部分かもしれません。介護保険・医療保険に関しては、持続可能ではないのですか?

八幡 現行の制度のまま放っておくと、高齢化等による給付費は増加します。厚生労働省の推計によれば、2012年から2025年にかけて、GDPは1.27倍増加するという前提を元に考えたとき、年金給付は1.12倍の増加はGDP成長率の範囲内に収まっています。一方、医療の伸び率は1.54倍、介護は2.34倍となっており、GDP成長率を大きく上回って伸びています。

2025年には、いわゆる団塊の世代の方々がみんな75歳以上になりますが、そうすると公費負担が大きい後期高齢者医療制度の対象になってきますし、加齢に伴って1人当たりの医療費が増えることも明らかです。要介護状態になる人も増えるでしょう。社会保障の関係者間で、「2025年問題」と呼ばれているものですね。

ですので、医療保険、介護保険は、今のままでは持続可能とは言えず、2025年を迎える前に、給付を抑制するか税金や保険料といった負担を増やすなど、制度を持続可能なものとするための何らかの見直しが必須なのです。

みんなの介護 介護に関しては、今でさえ介護士さんの低賃金や人手不足が問題になっています。これ以上何かコストを切り詰める余地などあるのでしょうか?

八幡 現場の状況は仰る通りだと思いますし、私自身、親が介護サービス利用者であるわけで、利用者の立場からみても、制度を厳しい方に見直すことは、嬉しいことではありません。それでも、やはり制度自体が立ちゆかなくなっては元も子もありませんから、何とか見直していくしかないとも思います。役人はとかく現場を知らないとも言われるのですけど、それほど知らないわけではない、ということもご理解いただければと思っています。

私は、2000年に厚労省で制度の施行準備に携わったのですが、当時は、まずは制度を何とか施行し、定着されることが大切で、その後も走りながら考えようと言われていました。そういう意味では、常に制度の見直しを続けることは仕方ないとも思います。少し主観的かもしれませんが、当時想定されていた保険料の水準からすると、今の介護保険料の負担はかなり重くなっているように思います。

制度スタート時の1号保険料の全国平均は2,911円でした。ちょうど当時生まれた私の長男の体重とどっちが上かと言っていたので、この数字は忘れません。当時は3,000円を超えると大変と言われていたのですが、今では5,514円です。そういう意味では、やはり給付の見直し、重点化は考えざるを得ないのではないかなと思いますし、そうでなければ、さらなる負担増も考えないといけません。負担を増やすのか、給付を抑えるのか、あるいはそれらを組み合わせるのか。いずれも難しいことではありますが。

「賢人論。」第45回(後編)八幡道典さん「財政健全化のような話は国民には「耳障り」だとしても、しっかりと主張し続けることが行政官としての責務だと思う」

借金がいくらあっても大丈夫、という前提に立った財政運営は無責任

みんなの介護 日本の借金残高は1,000兆円以上にも上り、「このままだとギリシャのように破綻する」とか「いや、国民から借りているお金なので問題ない」とか、さまざまな説が飛び交っています。結局どちらが正しいのでしょうか?

八幡 その問いに明快な回答ができないので議論になるのですが、少なくとも、借金残高がどんどん拡大していく状況は、“持続可能”ではありません。ギリシャと同じかはさておき、諸外国と比べて突出して財政状況が悪いことは事実ですので、「このままで大丈夫」と胸を張れる状況ではありません。

みんなの介護 国には資産もあるし、もっと借金をしても大丈夫だという人もいます。

八幡 今は確かに貸してくれる人がいるから借金ができていますが、「日本国には返済能力がないのではないか」と判断されれば貸し手はいなくなります。その時が「大丈夫ではなくなるとき」。それはなんとしても防がなければなりませんが、だからと言って「そんなことはあり得ない」という前提に立って国の財政を運営することは無責任ではないかと思います。

みんなの介護  国の借金の問題は、国が破たんするかどうか、という問題だけなのでしょうか。他に問題はあるのでしょうか。

八幡 財政破たんしないことは最低限の目的かもしれませんが、財政赤字自体にも色々問題があります。次世代から見れば、今の世代が本来負担すべき、現在の年金、医療、介護の費用を負担せずに費消してしまっている状況は、明らかに不公平です。その割合がまだ増えている状況について、現在の世代は無責任と言われても仕方ありません。やはり、できるだけ早くプライマリーバランスを黒字化し、借金が膨れ上がる体質を改善しなければいけません。

みんなの介護 色々と伺ってきました。最後に、今後も行政官として仕事をされるにあたって一言、思うところをお話しいただけますか。

八幡 今日もそうですが、財政の話は、あまり明るいものではありません。学生向けに講演して、「しまった」と思うこともあります(笑)。それでもやはり言い続けなければならないことだとも思います。

先日亡くなられた与謝野馨(よさのかおる)元官房長官、財務大臣を追悼する言葉に、「耳障りなことを言い続けた政治家」というものがありました。選挙で選ばれる政治家にとって、国民に耳障りなことを言い続けるのは、本当に大変なことだと思います。そんな中、信念として財政健全化の必要性を説き続けられた姿勢には、改めて感銘を受けました。財政に限らず、政策の最終判断は政治が担うわけですから、行政官としては、政治の世界で背負ってもらえるような状況を作る必要があります。

そのためには、「耳障りなこと」でも、我々自身もしっかり主張し続けなければなりません。また、きちんと理解が得られるよう、わかりやすく説明する能力を身に着けなくてはいけないな、と日々反省しています。今日も十分ではなかったかもしれませんが、まだ、これから能力を高めていきたいと思いますので、色々な意味でご容赦いただければ幸いです。

撮影:公家勇人

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07