金井政明「投資家・経営者・従業員の関係をフラットにして社員もオーナーになれる仕組みをつくりたい」
行き過ぎた消費社会へのアンチテーゼとして誕生した無印良品は、その普遍的な魅力から時代を超えて多くの人々に愛され続けている。1980年に家庭用品9品目・食品31品目から始まった商品は、現在七千品目を超え、国内外に千店舗以上を持つ企業へと発展。無印良品がこだわり続けてきた「感じ良い暮らし」という思想に基づくデザインは、なぜ人々に愛され続けるのか。代表取締役会長を務める金井政明氏にお話を伺った。
文責/みんなの介護
行き過ぎた消費社会は格差を煽る弊害を生みだした
みんなの介護 無印良品は、ファウンダーである堤清二氏と田中一光氏の消費主義へのアンチテーゼ、反体制主義から生まれたブランドだとお聞きしました。堤氏、田中氏が問題意識を持っていた「行き過ぎた消費社会」というのはどのような状況だったのでしょうか?
金井 消費社会が過剰になっていくことで、人々が「自分が良ければ良い」という個人主義・利己主義にどんどん向かってしまう懸念がありました。消費社会というのは、いろいろな企業が消費のシェアを奪い合うわけですから、お客様がそそられやすくなるように商品をデザインしたり、マーケティングをしたりということが起こります。
今も「格差」という問題がありますが、これが過剰になると、「隣の家はいいわね。お父さんまた会社で出世して車も高級外車で」とか、「友達は最先端のブランドのスニーカーを履いているし、周りのみんなも持っているんだ」と比較し合うことがどんどん起きていくわけです。それを企業サイドとしてさらに煽らなければいけないという構造なのです。
そういう消費社会が入り込む前の社会はどうかというと、例えば私が20年ほど前に訪問したブータンは、昔の日本のようでした。農家中心に生計を立てながら、家には必ず名前をつけてもらった家畜がいて、人々がみんな同じレベルの仕事や生活をしています。私たちからみると大変そうな仕事も、苦労でもないし、みんなで助け合うわけです。そういうことがどんどんなくなってきてしまう状況を消費社会がつくり出していくのではないかというのが、私たちが懸念していることなのです。
みんなの介護 では、無印良品の事業にとって鍵となる「違和感」とは、どのようなものですか?
金井 常に生活の中で「何か違うよね」「おかしいよね」ということが起こっています。格差がどんどん広がり、シングルマザーで大変な生活をされている方も多くいます。最近は、自治体が貧困層に向けて生理用品を無料で配布するところまで来ている。そういう社会には、とても違和感があります。「子ども食堂」なるものが必要になる社会もそうですし、介護施設で虐待的なことが起きていることなどもそうです。そうした違和感すべてが、我々の行動の源になっています。それは、皆さんも感じていることだと思いますが、この会社ではその違和感が仕事にリンクしているということです。
資本の論理のためのデジタル活用への違和感
みんなの介護 過去のインタビューでは、デジタル技術の活用によって売上の規模や店舗数の拡大が実現しても社員の幸せが伴わないとあまり意味がないと話されていましたね。これはどのようなお考えですか?
金井 ステークホルダー(利害関係者)には従業員や社員も含まれるので、社員の幸福についてプライオリティを高く考える会社でありたいという思いがあります。
デジタルによっていろいろなイノベーションが起きているのは良い側面ではあります。しかし、例えば少し前に中国で盛んだったシェアバイクという自転車は、過剰なシェア拡大競争の結果、使われなくなったものがゴミとして積み上がってしまっています。あれは結局、「資本の論理」です。採算が合わずに大赤字であっても、低料金でシェアだけとってしまおうという考えを中心に、どんどん会員を増やして、自転車をつくっていったわけです。
つまり、「シェアを取ったあとに値段を上げていけばいい」という論法なのです。結果的に60数社あった企業がみんな潰れていって、先に入れた保証金もお客様が回収できないような状況になり、自転車のゴミの山だけが残った。デジタルをそのようなことに使うのはとても違和感があります。

人間の幸せは、人の役に立って承認欲求が満たされることにあると思う
みんなの介護 では、経営と社員の幸福は、どのように結びつくのが理想的な形だと思われますか?
金井 「人間の幸せって何だろう」と考えたときに、やはり人の役に立って「ありがとう」と言われて承認欲求が満たされることだと思います。会社がそのようなことを目指し、社員はそのための活動や商売をして社会で良いインパクトを与える。また、投資家・経営者・従業員の関係性をもっとフラットにすべきだと思うのです。
投資家が今ここにお金を積んでくれても、それだけでは1円も増えません。社員が汗水垂らして活動した結果、お金が増えるわけです。そのような意味で理想の会社とは、社員が会社のオーナーでもあることだと思います。株をシェアしていてオーナーでもある社員が、社会の役に立って「感じ良い暮らしの実現」や、「社会の役に立つ」というミッションを自分ごととして磨く会社をつくりたいと思っています。
地域の経済力を高めるためにこそ、バイイング・パワーは活かされるべき
みんなの介護 「フラット」というのは、社員一人ひとりの意見によって企業全体がつくられていくということでしょうか?
金井 世界でいくら売れたかということや、どれぐらいの店舗数があるかということそのものは、お客様にとってはそれほど意味がないものと思います。また、そこで働く人にとっても同様です。これがチェーンオペレーションで膨張していくと、どこかで破綻していきます。
そのため、個店経営やイントレプレナーを多発するような自立した個人の集合体を目指します。そのような意味で、規模を目的に追いかけていくこと自体には疑念を持ちます。しかし一方で、各店舗が地域の皆さまに喜ばれて、なくてはならない存在になったり、協業して地域のためになったりすることはとても魅力的だと思います。
今、無印良品は世界に千店舗ぐらいあります。地域にとって必要とされるお店であれば、五千店舗になっても一万店舗になっても、そこには意味があると思います。そのようにして店舗が増えていった結果、バイイング・パワー(仕入れ力・購買力)なるものが出てくると、産業もつくれるようになります。
発展途上国なども同様で、地域の素材を使って産業をつくり、雇用を生むと、その産業によってその地域の経済力を高める役割も生まれるわけです。それが搾取であっては困るのですが、このようなビジネスを展開する力も、量によって持てるということです。
「これがいい」ではなく、「これでいい」という感性で選ぶ
みんなの介護 新型コロナの影響もあって、ライフスタイルの変化は加速しているかと思います。未来の「感じ良い暮らし」「感じ良い社会」をつくるために、これから取り組もうとされていることには何がありますか?
金井 一つは、「食と農」というテーマを持っています。日本は自給率がとても低いうえに、生産者は従来つくることしかしてこなかった。我々は、そこで、売ることまで考える仕組みをつくりたいと思っています。自分がつくった野菜やお肉、魚などを喜んでくれる方と対面したり、お客様が生産者のところに行って手伝ったり、ご飯を食べたりという交流の場をつくりたいと思うのです。健康について考えるときも、食べることはとても大事です。
「感じ良い暮らし」という言葉は、もともと「豊かな生活」と言っておりました。「感じ良い暮らし」という言葉をはっきり使い出したのは、2011年の東日本大震災の後なのです。東日本大震災で、東京も電力が不足して社内のエレベーターを全部止めました。また、電気の使用を抑えるために執務スペースの電球を半分抜いたのですが、これらを経費削減を目的に行ったら文句が出てきます。ところが、あの状況でやると、ぜいぜい息を切らしながら階段を登ってきて、「これ健康に良いですよね」と言うわけです。あるいは、「電気を半分抜いても、十分仕事ができます」と言う。この気持ちの違いは何なのだろうと考えました。それが、感じ良いんだなぁということです。私たちは、「これがいい」ではなく、「これでいい」という商品をつくることをビジョンにしています。「これでいい」というと、理性的で抑制が効いていながらもあきらめてはいない。そのような感覚と、「感じ良い」ということはつながっています。
地域や家の中に四季がある生活環境や文化を守りたい
金井 それから人口は減少を始めていて、2100年には日本は6千万人ぐらいになると言われています。6千万人というと、ちょうど大正から昭和元年ぐらいです。今でも限界集落などがあるなか、6千万人に向かっていくことに対して恐怖すら感じます。
人口減少にどう向かっていくかを考えたときに、1つ目には「食と農」というテーマがあります。2つ目には人生100年時代に、「いかに健康を維持できるか」ということも考えていかなければなりません。それから3つ目に、失ってしまった地域の中のコミュニティ。人と人が「お互いさま」とか、「おかげさま」と言いながら、助け合っていくような社会です。4つ目が地域の文化やアートです。「山がきれいだね」とか「散歩道にいろいろな花が咲いていていいよね」とか、地域や家の中に四季がある生活環境や文化。この4つが支える社会をつくって行く必要があると思っています。そこに向かって考えながら進んでいくことが、私たちの事業とも関係があるのです。

今は行政に頼るばかりで、「まちの当事者」がいなくなっている
みんなの介護 無印良品の軸である「感じ良い暮らし」は、さまざまな側面において心地良さを生み出す姿だと感じていますが、例えば個人のライフスタイルや考え方、人間関係のあり方、生き方といったところで、「感じ良い暮らし」はどのように実践できますか?
金井 時代が進むスピードが、加速度的に早まっています。特に戦後の高度経済成長期というのは、大きな変化を生み出してきたと思うのです。その変化の1つは農業も含めて自営業みたいなことがどんどん縮小して、みんなが都心に集まったことです。職業としてのサラリーマンが大半を占めるような大きな変化もありました。進歩については肯定的ですが、あまりにも早いと大事なものを過去に置き忘れてきてしまうと思います。そのことに気がついて、「それが大事だからもう一度取りに行こう」というような感覚が前提として必要ではないかと思うのです。コミュニティ的な部分がなくなってしまった人間関係などもそうですね。
例えば、サラリーマンになった人たちは自分のまちを良くしたり、維持したりすることに関心がなくなりました。私は毎朝、地域のラジオ体操に参加しています。そこで驚いた光景があります。体操が始まる1時間も前にやってきたご老人が公園の掃除を行い、中にはガードレールを雑巾で拭いている方までいるのです。私たちはそんな感覚をまったく忘れていて、車をガードレールにぶつけたら、車の心配はしますが、ガードレールなんて心配しません。ガードレールのような地域のものはみんな行政に丸投げしてしまっている感覚です。一方で、昔は小学校をつくるときも、みんながお金を出し合い、協力して維持してきた。だからみんながまちの当事者だったのです。それが今はまちを消費することはしますが、当事者がいなくなってしまって、行政に頼っているだけです。行政もこれからお金がなくなってくるから、そういうわけにいかなくなります。
また、核家族化が進んだことから、従来からのいろいろなしきたりや近所づきあいのようなことが、若い世代に伝承されなくなってしまいました。地域のコミュニティがどんどんなくなっていますが、これは日本の人口が6千万人に向かう中で必要になるものです。今後は、なくなってしまったものを再生していかないといけないと思います。
出生率に関して言うと、東京が低い一方で、九州・沖縄・離島などは比較的高くなっています。出生率の高い地域は所得があるからかというと、決してそうではなく東京よりも低い。その違いは、コミュニティが守ってくれるという安心感です。そういった側面から考えても、地域のコミュニティを置き去りにしないで、「もう一度取りに行く」ということをした方が良いと思います。
着るものによって「自分はこういう人間」と思い込ませた消費社会
金井 生活の面から消費社会が何をしたかというと、いろいろなブランドやイメージをつくり上げながら、そういうものを使ったり着たりして、「自分はこういう人だ」と思い込むような時代をつくりました。しかし、無印良品は最初から主役は人間、自分なのです。着るものなどはただの道具であって、「こういうものを着たからこういう人間になる」ということではないという考え方に基づいています。特に今の若いミレニアル世代やZ世代は随分そういう意識に変わってきていると思います。
みんなの介護 無印良品では、団地のリノベーションやキャンプ場、ホテル、カフェの展開、棚田の保全などにもかかわっています。このような取り組みにおいて、どのように無印良品らしさを表現していますか。
金井 無印良品は、思想としてもともとすべての人が「同じ人間」だという意識が強くあって、権力や格差、区別や差別ということに対してアンチテーゼを持っています。そういった背景から、常に新しいものをバンバン立てて、高層マンションで見晴らしが良くて、というようなことに違和感を感じます。それよりも70年代ぐらいにつくった団地の方がもっと低コストで住めて、空間は豊かだと思います。資本主義に基づく建物は、決められた土地に建ぺい率をできるだけ無駄なく建てて、余白のない建築にしているところが大半です。しかし、これは全部、資本の論理です。そこにあって団地というのは、空間がわりと豊かで、それぞれに畑もつくれるようなスペースの余白もあり、「身の丈の中で、余計なことをせずに、もう少し心地良さをつくれれば十分だよね」というような思想があります。
ホテルに関して言えば、「アンチゴージャス、アンチチープ」をコンセプトに、ちょうど良い価格で良く眠れ、旅先において体と心を整える空間をつくりたいという想いから始めました。 無印良品は、都会である青山からスタートしました。街中に店舗をつくったのです。それは「消費社会の真っただ中だから、消費社会へのアンチテーゼとして無印良品が必要だろう」という考えからでした。都会で商売をやりながら、子どもたちがもっと自然に触れる場所をつくりたかったので、キャンプ場もつくりました。カフェや住居にしても、「人間本来の理想的な空間というのは、お金をかけて大理石を使い、ギラギラとしたゴージャスなものではない」という考えに基づいたデザインにしています。
棚田は、自然や土に触れるという意味で近くにあります。農業は人間の感覚を取り戻していくうえでも重要なことではないかなと思います。田植えのように、ずぶずぶと田んぼの中に沈んで、土の中に手を入れる行為そのものが人間にとっては大事だと考えています。
みんなの介護 そのような環境で暮らす人々に、日々をどのような思いで過ごしてほしいですか?
金井 感じ良くと言うのは、無理をしてストレスを抱えるような生き方ではないと思っています。仕事も嫌々ではなく、会社が目指していることに共感して、「私も一緒になって社会に良いインパクトを与えてやる」という思いがあれば、大きなストレスにはならないような気がします。
スタッフが元気になると、入居者にも波及する
みんなの介護 現在、老人福祉施設のデザインにも携わっておられますが、そこで大切にしていることは何ですか?
金井 老人福祉施設では、空間デザインのお手伝いなどをしています。感じ良いかどうかということが基準になりますが、それを実現するために、まずデザイン自体を考えるのではなく、実際に老人ホームへ行って、そこで働いている方たちと雑談をしました。
働いている方が困っていることや不満にはどのようなものがあって、改善したいのはどんなことなのかということを皆さんと話す。普段はなかなか口に出せないことも、第三者である我々が入るといろいろな本音を話していただけます。それを聞いて整理をして、改善するように働きかけます。そうすると、働いている方たちが、「自分たちの考え方でここが直ったし、改善できた。自分たちにもやれるんだよね」と思っていただける。
そして次は、施設に入居されている方たちに「もっとどんなふうにしたらいいんだろうね」と聞いていくのです。すると、そこでもいろいろな意見が出てきます。また、施設に居過ぎるとわからないことにも気づくことができます。例えば、「みんなのサンダルをつくってみよう」とか、「スタッフのユニフォームを変えよう」というアイディアも出てきます。そのようにしながら、空間デザインには少しアート的な要素を入れて、色彩にもこだわって組み立てていきます。
一人ひとりに寄り添うことを中心に据えた商品開発を
みんなの介護 在宅で家族のケアをするケースも増えていますが、在宅で身体が不自由な方や認知症の方、独居高齢者の方などが良質な生活をするためには、何が大切だと思いますか?
金井 北欧でも在宅介護は当たり前になってきていますね。コロナ前からですが、財政が厳しくなってきて、ある程度自助という部分で「家族が面倒をみましょう」というようなことも含めて出てきています。家族による介護は、気持ちを割り切れず、つらい部分があるので、そう簡単なテーマではないと思います。
またご本人にとっても、今までできたことが段々とできなくなってくるのは受け入れがたく悲しいことです。例えば、手の力がなくなってくると、アルミ缶の飲料の蓋を開けられなくなってくるということも起きます。
同様に、グラスがうまく持てないということも出てきます。そうすると、我々はグラスの握りやすさや持ちやすさを工夫する必要が出てきます。無印良品というのは、ほとんどが定番の商品ですので、商品が頻繁に変わるということはありません。しかし握力が低下した方は、定番商品をそのまま使うことができないため、3Dプリンターでより使いやすいものをつくっていけたら良いのではないかと思っています。
また、津村耕佑さんというデザイナーが15年ほど前にデザイナーを集めて行ったイベントがあります。そこで発表されたものの一つに、大人用の紙おむつがありました。従来の大人用の紙おむつは、ほとんどが子ども用をただ大きいサイズにしただけのものです。家族は、「お父さんにあの紙おむつは履かせたくないな」と考えると思います。もともと商品化が目的ではなかったのですが、津村耕佑さんがそれをきちんとデザインして、私たちが普通履くトランクスの形にしたのです。そういう意味でのデザインは、どんどん考えていかないといけないと思います。
みんなの介護 尊厳を守るためのデザイン、すごく大切な取り組みですね。それでは、金井さんご自身の半生と人生観についてお聞きできればと思います。創業者の一人である堤さんの後を継いで、無印良品のお仕事に携わることになったときのお気持ちはいかがでしたか?
金井 私は堤さんが現役だった頃の後の世代なので、バトンタッチしながらお鉢が回ってきたという感じでした。堤さんは西武百貨店の社長を退いてもオーナーという立場でいらして、無印良品には強い思いをお持ちでした。そのため、家電製品や化粧品関係のものをつくるときは、私が直接説明に伺う必要があったのです。そのような場面で、いろいろなご指導を受けましたが、それ以外はむしろ堤さんが若い頃どのような本を書いたか、経営に対してどのような考えがあったか、というようなことを行間から読み解きながら、「やっぱり堤さんはこういう考えなんだな」と想像して理解してきたという感じです。
みんなの介護 そうなのですね。無印良品の経営は、創業当時から確かな理念を持って続けて来られたわけですが、行き過ぎた消費社会に歯止めをかけることにつながったと感じる部分はありますか?
金井 日本はもともと「引き算」の文化を持っていました。ところが西洋から「デザイン」という概念が入ってきて、デザインを取り入れたら「足し算」になってしまいました。世界では無印良品が与える影響力はまだまだ小さいと思いますが、クリエイターの皆さんには、私たちの思想が確実に受け入れられています。

私たちは、公益人本主義でありたい
みんなの介護 今後の目標としていることや、思い描いている夢はありますか?
金井 1980年代後半には、いろいろな人が「エコロジー」という言葉を使うようになりました。無印良品はエコロジー的な概念でずっと経営してきていますが、エコという言葉を使ったことはありません。「自分の口から人に言うものではない」という日本人らしい感覚があったのです。ところが、ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)ということが言われる今の時代、海外のビジネスシーンにおいて、日本人のように、あ・うんでその取り組みをわかってもらうことは困難です。そのようなことから、ESGやSDGsのための取り組みを行っていることを、もっと定量化しながら、わかるように開示し、発信していこうと思っています。最近言われる「公益資本主義」…我々の場合は「公益人本主義」と言った方がいいということもありますが、格差や相対論を越えて、「これでいい」という商品群を世界の多くの人に使ってもらえるような生活の基本になる商品を圧倒的に強くしていきたいと思います。
また、一つの企業で「衣生食」が揃うというのはなかなかありません。それを、同じ思想のもとで行ってきています。使う人が主人公で、引き算だから余白があり、アレンジしようと思えば自由になるものを手の届く価格で、環境や生産者にも配慮してつくる。それを販売するお店が無印良品の商品だけを売っているのではなく、地域のものを2・3割取り扱ったり、地域で小商いをしている人たちに販売する場を提供したり、地域の課題に地域の方と一緒に取り組んでいく。それを我々は「土着化」と言っていますが、その両方ができる会社は多分ないと思います。それを世界でも進めていきたいと思っていますが、その事業は公益人本主義と言っていいのかなと思います。だから、社員と私たち経営者が同じ方向を向きつつ、株主も取引先も地域の方もすべてのステークホルダーの方に「MUJIってそういう会社なんだ」と思いながらかかわっていただいて、一緒に社会に良いインパクトを与えられるようになったらいいと思っています。そうなると、経営者か従業員かというようなことではなく、経営を通じてそれぞれの力を活かし合う人の集合体になると思うのです。
日本のことだけではなく、世界をどうしようと考える日本人が必要
みんなの介護 最後に、心に豊かさを取り戻すために、人々はどのように考えたらいいと思いますか。
金井 「役に立とう」という思いを持ったらいいのではないかと思います。アメリカのギャラップの2019年の調査によると、日本には、熱量を持って働いている人が圧倒的に少なく、6%程度なのだそうです。アメリカと比較すると、3分の1ぐらいの数字です。一方で「今の生活に満足ですか」と聞くと、日本人の満足度は結構高いのです。それは何を意味しているかというと、今の生活ができるのであれば、そんなにお金もいらないし、これで十分。主体的に誰かの役に立ったり、貢献したりということにも無関心という感じです。衣食住もそんなに良いものはいらないから、自分の世界だけで良いという国になってしまっているような気がします。そう思うと1億2千ほどの集団の中で日本をどうしようではなく、世界をどうしようかと考える人間が出てこないとダメなのだろうなと思うのです。
幕末の薩摩藩と長州藩が「自分の藩をどうしようか」と考えて動いたわけではなくて、「この脅威にさらされた日本をどうするんだ」と考えたのと同じ発想です。世界を良くするためにどうしたらいいのだろうかと考える人間が出てくることが必要です。そのためには、世界をどうしようかと大局観に立った思考ができる圧倒的に優秀な人を育てる教育をしたらいいと思うのです。
地域の課題はそれに比べると難易度は低いため、普通の人たちみんなで知恵を出し合い、6千万人になっても生きていける構図をつくっていければと思います。しかし外交や国間の問題は次元が違いますので、圧倒的に優秀な人たちを日本は育てていく必要があるでしょう。
撮影:丸山剛史
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