藻谷浩介「私の関心は一貫して「どこにどのような暮らしがあるのか?」ということにある」
日本全国のあらゆる町を歩いて回り、定点観測して、地域活性化やまちづくりのあり方について提言している藻谷浩介氏。多いときで年間400回以上の講演活動をするかたわら、『実測! ニッポンの地域力』(日本経済新聞出版社)をはじめ、『デフレの正体』や『里山資本主義』(ともに角川oneテーマ新書)など、出す本のほとんどが話題作になる、注目の人である。そんな藻谷氏の目に、今の日本はどう映っているのだろうか?
文責/みんなの介護
子どものころから地理が好きでした。「どこにどのような営みがあるのか」が知りたかったのです
みんなの介護 地域エコノミストとして、全国各地を駆け回っている藻谷さんですが、やはり子どものころから地理に詳しかったんですか?
藻谷 とにかく「どこに何があるのか」に関心がありました。この川はどこからどこに流れているのかとか、この道はどこに行くのかとか、小学校低学年の頃から近所を毎日のように探検していました。
小学4年生の時に地図帳が配られたので、巻末にあった全国の市の名前と人口の一覧、それに世界の国と首都の一覧を暗記しました。ですから過去40年間に日本のどこで人口が増え、減ったのか、全部細かくわかります。町村まで全部覚えたのは、社会人になってからですが。
大学では自転車部旅行班に入って、全国の峠道や僻地を回りました。自転車だと標高差や分水嶺の場所を体感できるので、頭の中の地図が立体的になりました。そして、どこにどのような営みがあるのか、これからどうなっていくのか、本を読むように地理を読んで、考えるようになったのです。
みんなの介護 年を追うごとに藻谷さんの脳内の地図は、どんどん広くなり、精度も上がっていったわけですね。これまで訪れた土地は、どれくらいになりますか?
藻谷 平成の合併前の市町村約3,200はすべて自費で訪ねました。県ベースでいうと、訪れた回数がもっとも少ない県でも40回は行っています。海外では105ヵ国。これもすべて自腹です。アートを見るために美術館に通い続けている人のようなものでしょうか。
みんなの介護 地理がアートと違うところは、その状況が時代の波の影響を受けて常に変わり続けているという点ですね?
藻谷 そう、そこが面白いところでもある。だから、何度もその地を訪ねて定点観測する意味があるのです。
その土地の地理を知るには、その土地の歴史を知らねばならないし、その土地の産業を取り巻く経済環境も知らねばならないし、その土地に住む人の生老病死に関わる福祉などにも興味が広がっていくのです。
さらに面白いのは、「この土地は5年後にはこうなっているのではないか」と仮説を立てても、なかなか当たらないことですね。
みんなの介護 藻谷さんでも、仮説が外れることがあるんですか?
藻谷 外れてばかりです。外れるからこそ好奇心が湧くのです。「振れば必ずホームラン」の野球が少しも面白くないのと同じように、どう当てるか工夫するからこそ面白いんです。
ただ眺めるだけではなく、地域を間違った方向に行かせたくない
みんなの介護 なぜ、仮説は外れるのでしょう?
藻谷 仮説は外れるためにあります。外れるからこそ勉強になるのです。一例を挙げてお話ししましょう。
地域経営プランナーの山田桂一郎さんが仕掛けた「Mt.6(マウントシックス)」という勉強会があります。スキー離れでジリ貧となっていた日本の6つの老舗スキー場が「リゾート文化の創造と継承」を誓い合い、将来に向けてお互い切磋琢磨していこうとする有志の連合体です。
1999年6月から始められたこの勉強会で、山田さんは「スキー場の価値を山岳リゾートとして高めれば、外国人スキーヤーがたくさんやってきて長期滞在します。だから、それに向けた体制づくりをしましょう」と言い続けていました。
その活動に協力しながらも、私は内心思っていたのです。「いくら頑張っても、バブルに踊って殿様商売をしてきた地域が、そんなにみるみる元気になったりしないよね」と。しかし、その仮説は外れました。
10年以上経過した頃からです。山田さんの言う通りにやったところでは、外国人の長期滞在客が増え始めました。野沢温泉村や白馬村に至っては、日本の過疎市町村では稀にみる人口流入も起きています。まさかそこまで行くとは、私は思わなかったのです。
反対に、ある地域では、地元に君臨するボスキャラが若手の活動を弾圧して潰してしまったために、外国人観光客の増加がまったく起きませんでした。その町の人口は今もどんどん減っています。
みんなの介護 仮説はどうしても現実を元に立てるので、イノベーションが起きれば外れる、と。
藻谷 その通りです。ちなみに、その“ある地域”のボスキャラの方は、その後、会社がつぶれてしまったそうです。「外国人なんか来なくてもなんとかなる」と思い込んで、失敗したわけです。大事なのは、思い込むのではなく仮説を立てること。仮説だと自覚しているなら、外れたという事実から学ぶことができます。
このように、さまざまな要因に影響されてダイナミックに動いているのが地理です。正直「100%正しい方向」なんてありません。ですが、過去に他所で失敗した「間違った方向」はわかるのです。地域が間違った方向に向かおうとしているとき、「そっちはだめ、こっちの方がいいですよ」と説得するのが、今の私の仕事です。
私が市街地活性化や観光振興、企業経営などの分野で、地域や企業に講演やアドバイスをして歩いているのは、「どこにどのような営みがあるのか?」という問いの延長にあることなんですね。
景気の波は普通の海の波、生産年齢人口の波は潮の満ち引き
みんなの介護 藻谷さんは著書『デフレの正体』(角川oneテーマ新書)のあとがきで、この本の主旨を「経済を動かしているのは、景気の波ではなくて人口の波、つまり生産年齢人口=現役世代の数の増減だ」という言葉で要約しています。そして、現役世代が減少して内需が縮小し、危機に陥っている日本が活性化するための提言を語られています。この本が出版されたのは2010年ですが、2019年現在の日本にどこまで生かされたでしょうか?
藻谷 10年近く経って、「この本に書かれている通りだ」と実感する人が少しずつ増えてきたという感じでしょうか。
生産年齢人口というのは世界共通で15歳から64歳なのですが、1995年に9,100万人だったものが2017年には7,400万人まで減っています。その結果起きているのが、今の著しい人手不足ですね。そして人手不足以上に深刻なのが需要の不足です。家も車も家電も、売れずに値崩れする。生産年齢人口の減少は、すなわち消費者の減少だからです。
海に例えれば、良く言う「景気の波」は普通の海の波、それに対して「生産年齢人口の波」は潮の満ち引きです。同じ高さの波でも満ち潮のときは威力が増すのに対し、引き潮のときの波はどこか弱々しい。同じように、生産年齢人口の潮が寄せてきている(=増えている)ときの好景気は底上げされ、不景気といってもあまりダメージが生じない。
バブル崩壊の頃に、団塊ジュニアの成人で内需がどんどん伸びたのが典型です。逆に生産年齢人口の潮が引き始めれば、好景気でもさほどの盛り上がりは生じず、不景気のダメージは大きくなるのです。今の「好景気」に、一向に実感が伴わないのもこれが理由です。
みんなの介護 『デフレの正体』で藻谷さんは具体的に「高齢富裕層から若者への所得移転」「女性の就労と経営参加を当たり前に」「労働者ではなく外国人観光客・短期定住者の受入を」という3つの提言をしていますが、それが実行されたことが功を奏したのでしょうか?
藻谷 その通りです。日本のGDP総額は過去20年間で見れば横ばいです。増えてはいないが、減ってもいない。つまり生産年齢人口あたりのGDPの伸びでは、日本は先進国最高水準を達成しています。これは私の予想以上の成果でした。細かく言えば、後の方の提言ほど実際に実行されました。
みんなの介護 確かに外国人観光客は急増しましたし、女性の活躍促進も広まっていますね。でも「高齢富裕層から若者への所得移転」はまだまだ、ということでしょうか?
藻谷 生産年齢人口が減っても、旺盛な消費意欲を持つ若者の所得をその分に応じて増やしていけば、需要はそうそう減りません。逆に高齢富裕層は、死ぬまで貯金を増やし続けるばかりで消費しない。彼らは「金融投資」をするのですが、その投資は多くは海外に流れ、あるいはマネーゲームに向かって、実物経済を活性化させません。さらに現在は、企業もお金を抱え込むばかりで、じゅうぶんに賃上げをできていませんね。
みんなの介護 しかし、老後に不安を抱えている高齢者が自分のお金を自発的に若者に差し出したりするものでしょうか? 企業も不況に備えて現金を抱え込んでいますよね。
藻谷 皆が一斉に行動する必要はありません。余裕のある一部の企業の行動を変えるだけでも、効果はあるのです。だから「推進主体は第一に民間企業であるべき」と書きました。年功序列賃金を弱め、若者の処遇を改善すること、特に子育て中の社員への手当や福利厚生を充実させることが重要だと。
この本を読んだ経営者の中で、私の主張に賛成し、それを実行してくれた人がどれくらいいるのか、定量化することはできませんが、確実に存在はします。正しい議論は、長い時間をかけて浸透していけばいいのです。
日本の子どもは四半世紀で半減してしまった
みんなの介護 現在、政府は「ニッポン一億総活躍プラン」を実行し、女性の社会参加を促す働き方改革を進めています。「女性の就労と経営参加を当たり前に」という藻谷さんの提言がまさに実行されつつあると思いますが、どう評価していますか?
藻谷 安倍首相が、第一次政権と第二次政権で一番豹変したのがこの点でしょう。世の中が否が応にも女性が活躍する方向に向かわざるを得ない状況になっているということに、彼もようやく気付いたのです。奥様が居酒屋をやっておられるくらいですし、言行一致であることは評価できます。
ただし、現在の人手不足を「アベノミクスの成功」の結果だと思っているとすれば、それは彼のまったくの勘違いです。人手不足は多年放置されている間に進行した極端な少子化の結果であり、経済政策の成果であるどころか、戦後自民党政治の大失敗の産物なのです。
団塊の世代が生まれた直後の1950年当時、日本には0~4歳の乳幼児が1,135万人いました。団塊ジュニアが生まれたばかりの1975年は1,000万人。それが2015年には499万人にまで減ってしまった。1973年をピークにして、毎年生まれる子どもの数が、半分以下に減ってしまったからです。
乳幼児が減れば、十数年後には新卒就職者の数が減ることになりますね。他方で高齢になって退職する人の数は、60~70年以上前の出生者数に連動するわけですから、少子化が進むほど「退職者数>新卒就職者数」となって、働き手がどんどん減っていくことになる。これが、今の人手不足の正体なのです。
首相は「若者の就職環境が改善した」とことあるごとに自慢していますが、高齢者の大量退職が起きている以上、ずっと数の少ない新卒者の取り合いが起きるのは当たり前。
その新卒者も年々減っているので、日本の15~39歳の就業者は、2012年に2,411万人だったのが、2017年には2,298万人へと、113万人も減りました。これからも減ります。その分、消費も落ち込んでいく。これを「好景気だから」と勘違いしていると、後世から見たときに「笑止千万」と言われても仕方ないでしょうね。
みんなの介護 このままの勢いで子どもが減っていけば、今後の四半世紀の間に日本から子どもがいなくなってしまうかもしれませんね…。
藻谷 この40年余りで急に出生数が減ったというのは、生物としての日本人の生存環境に、重大な欠陥が生じているということです。これは景気だの安全保障だの福祉だの、通常重要視されているすべての事柄に先立って、日本にとって圧倒的に重要な問題であるはずなのに、産・学・官・マスコミ・ネットからほぼ無視されたままです。
さて、このような少子化に伴う人手不足に、全国に先駆けて直面しているのが過疎地域です。その代表ともいえる島根県では、25~39歳の女性の就業率は82%と、47都道府県で第1位。これは、共働き家庭の子育て支援が充実しているからです。それも行政だけでなく、企業が進んで社内保育所を設置している。
ちなみに、「女性が働くと仕事が忙しくなって子どもの数が減る」という言説はまったくの誤解です。東北大学高齢社会経済研究センター算定の数字では、島根県の合計特殊出生率(1人の女性が15歳から49歳までに産む子どもの数の平均)は1.87で、沖縄県に次いで都道府県2位。子育てでも、女性就労でも、島根県はトップクラスなんです。
女性就労も子育て支援も現時点では「序の口」です
みんなの介護 島根県のことをよく知らない人にとっては、とても意外な事実です。
藻谷 実は東京のこともよく知らない人が多いのではないでしょうか。東京の25~39歳の女性の就業率は70%で、47都道府県で37位。出生率は1.20で最下位なのです。
もし、2020年時点で、日本全国の25歳以上の女性の就業率が今の島根県と同水準になるとすると、日本の就業者の総数は、2015年より371万人も多くなります。
ところで2018年12月、安倍政権は入管法(出入国管理及び難民認定法)改正案を衆院でスピード可決させました。今後5年間で外国人労働者を35万人増加させると言います。
しかし、日本の在留外国人数が2012年末の203万人を底に2018年6月末には264万人と、過去5年半で既に60万人以上も増加しているのに、人手不足は深刻化する一方です。
先ほど述べたように39歳以下の就業者は、外国籍の人も入れて最近5年間だけで113万人も減っているのです。1年に23万人減というペースですね。ここに年に7万人の外国人労働者を新たに入れたところで、人手不足が解消するはずもありません。
それより、同年代の男性に比べて就業率が低い若い女性の活躍の場を広げる方が、はるかに社会的なコストも少なく、かつ数百万人単位の数業者数増加を実現できるわけです。おまけに消費も活性化することは確実ですし、島根県のように出生率だって上がるかもしれません。
みんなの介護 確かに外国人を受け入れるためのコストを考えたら、女性の労働力を借りるほうが圧倒的に容易です。
藻谷 もし日本の女性の就労率が東京都並みに下がったら、どうなるでしょうか。2020年時点の就業者数は、2015年の実数より349万人も減ることになってしまうのです。
みんなの介護 そんなことになったら、若い世帯の所得が減って、少子化もさらに進みそうですね。
藻谷 ですから、やるべきことは明らかですよね。都会の企業の就労条件と子育て支援環境を、島根県並みに改善することです。
とはいっても、通勤時間も長く生活費も高く、「働くことが子育てなんかより大事」という価値観の深く染みついた東京に、急速な改善を求めるのは無理です。
そうとなれば、若者が都会に一方的に集まる今の社会状況も、何とかしなければなりません。都会に行った若者は、高い住居費や食費を払い、長時間残業をした末に、地元に残った場合に比べて少ない数の子孫しか残せないのですから。
結局のところ、女性の就労についても、子育て支援についても、あるべき水準に達しているかと言えば、「まだまだ序の口」というのが私の評価です。
インバウンドは小規模でも栄養価の高い消費
みんなの介護 3つ目の提言「労働者ではなく外国人観光客・短期定住者の受入を」について、その理由を説明してもらえますか?
藻谷 ここで私が外国人を「労働者」ではなく、「観光客」としたのは、日本経済のボトルネック、すなわち生産年齢人口の減少が、経済学が想定するような労働力(生産力)の減少ではなく、消費者(内需)の減少という問題を生んでいるからです。つまり、外国から呼んでくるべきは生産者ではなく、消費者ということ。
『デフレの正体』に書いたことで私が最も重要だと考えているのは、第八講の「国民総時間」についての分析です。
みんなの介護 わかりやすく説明していただけませんか?
藻谷 国民総時間とは、「人口×365(366)日×24時間」のことです。
避けられない人口減少に伴って、国民総時間がどんどん減っていく中、それでもGDPを維持ないし成長させたいのであれば、国民の1時間あたりの生産額と消費額をどんどん上げていかねばなりません。
時間当たりの生産額は、機械化や生産技術の革新などで高めていくことができますし、事実そうしてきました。ですが後者の消費額は、そうはいきません。
胸に手を当てて考えていただきたいのですが、ネットも普及し、お金をかけずにいくらでも暇つぶしのできるこの時代、あなたが1時間あたりに消費する金額を、どんどんと上げていくことが可能でしょうか?上げていきたいですか?ギャンブルだとかネットゲームでガチャの中毒にでもならない限り、消費する時間が足りないという現実に突き当たるはずなのです。
つまり、今の世の中において最も希少な資源は、労働でも、貨幣でも、生産物でもなく、実は消費のための時間なのですよ。それを補うのが、国外から消費しに来て下さる訪日外国人であることは自明です。
みんなの介護 日本政府観光庁が1月16日に発表した2018年の訪日外国人旅行者の旅行消費総額は4兆5,064億円だったそうです。これをどう評価しますか?
藻谷 2017年の国内家計最終消費支出が約295兆円であることを考えると、インバウンドの4.5兆円など微々たるものに過ぎないように見えるかもしれません。しかし2008年当時はまだ1兆円程度だったんです。それが10年間で4倍以上になったことで、その恩恵を受けている事業者は確実に増えています。
インバウンド消費は、それまでなきに等しかった需要ですから、スケールは小さくても、栄養分を多く含んだ高カロリーな消費なんです。
ただ、この程度の成果で満足してはならないことは明らかです。政府はこれまで「○○年までに外国人観光客○千万人達成」という目標を掲げてきましたが、問題は人数ではなく金額です。人数にこだわるのは止め、滞在日数や消費単価を上げて最終消費額を上げる段階に移行していくべきですね。
年金増額よりも生活保護強化の方が経済を活性化する
みんなの介護 『デフレの正体』(角川oneテーマ新書)で藻谷さんは、高齢化により逼迫する医療・福祉財政への処方箋として「生年別共済」を提案されていました。詳しく説明していただけますか?
藻谷 今の年金の基本設計は、賦課方式です。「今の現役世代から徴収した年金を、今の高齢者に配る」という方式です。年金が導入された1970年代には、15~59歳の数が、年金を貰う側の60歳以上の4倍以上もいたので、この制度は実に上手く回りました。
しかし、その後日本の平均寿命は大幅に伸び、戦後のベビーブーマーも65歳を超えました。年金の受給開始も65歳に延ばされましたが、65歳以上と15~64歳(生産年齢人口)の数は1:2に近づいており、やがて1:1に向かっていく見込みです。
みんなの介護 1:4から1:1ですか…。
藻谷 そのため賦課方式では年金支給額を賄えず、政府は税収を年金の補填につぎ込んでいます。これでは、少子化対策などに使えるお金がますます減り、将来の見込みが立ちません。
そこで、私が当時考えたのが「生年別共済」でした。年金を生まれた年別の共済に分割し、同じ生年の人同士で医療・福祉に必要な費用を負担し合う仕組みです。
加入者が亡くなった場合、生前支払っていた掛け金は、より長生きしているお年寄りへの支給に回されます。日本の高齢者には合計すれば十分な貯蓄があるので、受け取る権利を使う前に亡くなる人が残す分で、長生きしている人の生活は支えることができます。
ですが今では、考えが変わっています。
みんなの介護 どのような理由で考えが変わったのですか?
藻谷 生年別共済を制度化するには、法律改正や制度設計などに多大なコストがかかりますが、日本政府にはそれを実行する力がありません。議論をしている間にどんどん事態は悪化していきます。
そこで考えたのが正反対に、賦課方式を制度設計通りに厳格運用すること。つまり税収から年金支給額を補填するのをやめるのです。
みんなの介護 それでは年金支給額が減ってしまうのではないですか?
藻谷 もちろん、生産年齢人口の減少に連動して年金支給額は減ります。これを止めるには少子化対策しかありません。児童福祉に高齢者が反対するというような、バカな話はなくなります。
では、年金支給額が減って食べられなくなる人はどうするのでしょうか。生活保護制度を制度通りに運用して、生活保護で救うのです。働けなくなった高齢者が生活保護に頼ることに、何のモラルハザードも生じません。
予防医療を手厚くすれば全体の医療費は下がる
みんなの介護 生活保護を充実させるといっても、お金を使うことに変わりはないのでは?
藻谷 もちろん関係職員は大幅に増員せねばなりませんし、不正使用も取り締まらねばなりませんが、実は高齢者支援に必要な額も大きく減るのです。
税収のうち10兆円を年金支給額の補填に使うのと、生活保護に使うのとでは、どちらの効率がいいでしょうか?
年金は、貯金の多い人にも少ない人にも、高齢者になっても所得のある人にもない人にも一律に支払われます。正確には、貯金の多い人ほど厚生年金を多めにもらっている可能性が高いですね。ですから、その多くが消費に回らず、貯蓄されっぱなしになります。
その一方、生活保護は貯蓄のある人は受けられません。支給した額はそのまま消費に回ります。経済活性化の効果は、生活保護の方がはるかに高いのです。
みんなの介護 生活に必要な額しか支給されないので、生活保護費が貯蓄に回ることはありませんものね。
藻谷 はい。賦課方式を厳格運用すれば、貯金のある高齢者はそれを残さずに生活費に回します。貯金がなくなっても問題はありません。堂々と生活保護を受けて生きて行けます。
高齢者が遺して亡くなる財産は一説には毎年30兆円とも言われますが、その相当部分が消費に回れば、250兆円程度の日本の個人消費には巨大なプラスとなり、その分企業は儲かり、若者の賃上げもでき、年金の払い込みも増えます。ですから年金の減額=公費負担の増加にはなりません。
また、生活保護受給者は医療費扶助といって、医療費がタダになりますが、それによって全体の医療費が減るというメリットもあります。
みんなの介護 無料で医療を提供するのに、医療費が減るんですか?
藻谷 実は、医療費というのは、小さな病気をするくらいのことでは大して増えないのですが、生きるか死ぬかというギリギリの状態で入退院をくり返す人が多くなると、跳ね上がります。早い段階で医者にかかるほど、生涯の医療費は減ります。つまり最低限の医療を気軽に受けられる社会の方が、全体の医療コストは下がる可能性が高いのです。
長野県は男性の平均寿命がもっとも長い地域ですが、高齢者一人あたりの医療費も全国最低水準です。戦後の早い時期から医師が家庭にまで出向いて食生活など生活習慣の改善を指導し、「予防医療」に取り組んできたからこそ、高齢者の医療費を低水準に抑えられたのです。
日本全体が長野県並みに予防医療に取り組めば、高齢者の増加による医療福祉の負担増はかなりの程度まで抑えることができるでしょう。
逆が米国で、医療保険制度の不備からよほど悪化するまで医療にかからない国民が多く、結果として一人当たりの医療費は日本の数倍もかかっていると言われます。
弱者同士の互助介護が業界の空気を変える
みんなの介護 ところで、介護業界では働く人の低賃金と人手不足による長時間労働などの問題を抱えています。解決策はありませんか?
藻谷 医療福祉の現場で働く人の人件費を増やせていないのは、短期的には消費税を10%に上げられていない政府の失敗が大きな原因です。
需要が急増しているのに、サービスの供給側に払うお金を確保できていない。増税しても、その分が介護や保育の従業者の賃金に回るのであれば、消費が増え、経済が活性化して回収できます。
医療福祉サービスの価格統制をしている政府の的を射ない介入をやわらげ、市場原理を取り入れるべきだという意見が出ているのも当然ですが、介護報酬を自由化すればすべての問題が解決するかというと、そういうわけでもありません。高齢富裕層に高付加価値の介護サービスを行う事業者はすでに登場していますが、その存在に業界全体の人件費の水準を高めるほどの効果がないのは明らかです。
とはいえ、消費税増税だけで団塊世代が後期高齢者になった際の介護の費用とマンパワー不足を賄えるわけではありません。老老介護の比率を高めることも急務です。
みんなの介護 「高齢者の介護を高齢者に任せる」ということですか?なんだか過激な策ですね。
藻谷 昨年の9月に文庫になった対談集『完本 しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮文庫)で、高齢・障害・認知症のホームレスの支援活動を行っている「ふるさとの会」の水田惠さんの話を聞きました。
その支援施設には、生活支援員が24時間常駐している「自立援助ホーム」や「宿泊所」などがあるんですが、そこでは利用者が一方的に支援を受けるのではなく、利用者同士が共同生活をしながらお互いの面倒を見ているんです。
認知症の同居人を要介護4の利用者が面倒を見たり、その逆だったりということが当たり前のように行われているんですね。もちろん、生活支援員が何もしないわけではないのですが、「利用者同士でやれることはやってもらう」のが基本なんです。
みんなの介護 高齢者同士、あるいは病気や障害を持った人同士だと、お互いの不自由さや辛さを理解することができて、「互助」の力が発揮されるのですね。
藻谷 その通りです。「ふるさとの会」はNPO法人ですが、2007年に株式会社を作って高齢者に住居を提供する目的の不動産事業をはじめました。
社会福祉法人になって補助金をもらうことを選択せず、なぜそのような形で運営しているのかと聞いてみると、社会福祉法人の基準に合わせようとすると、本来必要とされている多様な支援ができなくなってしまうから、という答えが返ってきました。介護士の資格を絶対視することも、老老介護の妨げになります。
政府の制度がこうした多様な取り組みをも支援できるような柔軟なものになっていけば、介護の現場の空気は多少なりとも良くなるのではないでしょうか。
高齢者が減っている田舎では、子どもが増え始めている
みんなの介護 藻谷さんは、止めようもない高齢化に向かっている日本の未来をどのように見ていますか?
藻谷 65歳以上人口が総人口に占める割合を「高齢化率」といって、2017年10月1日現在で27.7%ですが、この数字は今後もどんどん上がります。困ったことに、それを見て「高齢化には歯止めがない」と諦める誤解が、世間に蔓延しています。
そもそも高齢化とは、高齢化率の上昇ではありませんよ。そこに誤解の根源があります。
みんなの介護 高齢化は「高齢化率」の上昇ではない。では何なのでしょう。
藻谷 「高齢者の絶対数の増加」です。高齢者の定義は75歳以上でも、80歳以上でもいいですが、とにかく高齢化とは絶対数の問題であって、比率の問題ではありません。医療介護の費用も、マンパワーも、高齢者が増えれば増やさねばなりませんし、高齢者が減れば減らせます。
団塊の世代は2020年に70歳になり、2040年には90歳になる。その頃には団塊の世代のほぼ同数いる彼ら彼女らの子どもたち、すなわち団塊ジュニアの高齢化も始まります。
これが今、日本で起きている「高齢化」の本質で、日本全体がおしなべて同じ状態になっているわけではありません。
というのも、地方生まれの団塊世代は3人に1人が都市部に就職しました。そのため団塊ジュニアは都会育ちが多く、しかも最近さらに大都市の都心に集中してきています。彼らが加齢することで、東京などの大都市では今後も高齢化=高齢者の激増が続きます。
その一方、多くの過疎地ではもう高齢者の減少が始まっています。
みんなの介護 高齢者の絶対数が減っているということですか。
藻谷 そうなんです。このインタビューの中編で「過疎地の代表」として例に出した島根県では、もう県全体で75歳以上の人口が減少に転じています。つまり高齢化の進行は止まりました。
そこで浮いてくる高齢者医療介護の費用を子育て支援に回すことも始まっています。その結果、19市町村のうち9つの市町村で0~4歳児の子どもが増えるという現象が起きました(2010年と2015年の国勢調査の比較)。
お金だけの問題ではない面もあります。同年代の仲間がひとり、またひとりと亡くなって「次は自分かもしれない」と考え始めたとき、ようやく高齢者の眼差しは、次世代を担う子育て中の世代に対してやさしくなるんです。
高齢者の意識の変化は退職時に起こるのではなく、仲間の死=近い将来の自分の死という現実に直面したときに起こるもののようです。
みんなの介護 意外な事実です。
藻谷 このような乳幼児増加の流れは、山間過疎地や離島ほどはっきりしています。集落単位では、全県で300もの集落で、乳幼児が増え始めているんです。
高齢者が減って乳幼児が増えるというのは、つまり地域が若返り始めるということです。物事は大きく循環しているのであって、一方的に破滅に向かって進んでいるのではありません。
さらには『里山資本主義』(角川oneテーマ新書)の中で紹介されている広島県庄原市の事例のように、福祉施設自体が地産地消に取り組み、地域の経済を活性化するエンジンとなることも始まっています。
みんなの介護 こういう社会の変化は、都会の環境しか知らない人には気づけないことでしょうね。
藻谷 都会で高齢者が減り始めるのはまだ20~40年も先なので、そこに籠っている限り、実感はできません。都会人こそ、田舎に足を運んで関係を作っておくべきです。
みんなの介護 社会の変化をいち早く察知し、正しい対応をするためのコツを教えていただけませんか?
藻谷 世間の空気を疑い、数字と現場を確認すること。もう平成も終わるわけですが、世間の空気というのは、恐ろしいことに昭和のまんまですね。「空気しか読まない(KY)」「数字を読まない(SY)」「現場を見ない(GM)」、という3つの態度を改めるべきです。
「数字を正しく読む」「現場を常に見る」「空気に流されない」ということは、「無知の知」と好奇心さえあれば、誰にでもできます。周囲と群れるほど、これができなくなる。群れることを求められる仕事の人、つまり政界、官界、学界、経済界に属する皆さんは、特に要注意です。ぜひ強く意識して、KY、SY、GMを脱してください。
撮影:公家勇人
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